愛のない婚約かと、ずっと思っていた。

華南

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30話

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(な、何なの?
く、クリストファーったら急に唇を奪って……)

激しい口付けの嵐にマリアンヌの思考は混乱し始める。
マリアンヌの胸を愛撫する指の力も強まっていき、マリアンヌは混乱の中にどろりと蠢く感情が潜んでいる事に気付く。

「あ、ああん、く、クリストファー!
そ、そんなに激しくしない……」

明らかにクリストファーの様子がおかしいと思いながらも流される様にクリストファーの愛撫に身を委ねる。
一瞬、クリストファーと視線が交わる。
どろりと濃い紫色の瞳。

以前も紺碧の瞳が濃い紫に変化していって……。
マリアンヌに愛を囁く時にいつも変化する瞳の色。
艶やかさの中に潜む狂気の……。

(も、もしかしてクリストファー。
り、理性を失っている?)

推測と思われるが普段のクリストファーとは思えない。
一瞬、普段のクリストファーとはどんな様子だったかと心の中で疑問を投じるが。

「マリアンヌ」

唇を離し、マリアンヌの頸に顔を埋める。
ふわりとクリストファーの身体から立ち上がる薔薇の薫り。
濃厚で官能的で薫りが強くマリアンヌの思考は薔薇の薫りに包まれ奪われそうになるが、ぐっと気持ちを引き締め保たせるのに必死になっていた。

(だ、駄目!
クリストファーが一方的に私の事を求めている。
こ、こんなの、だ、駄目よ!)

ずっと心に秘めていた想い。
触れたくても触れられないもどかしさ。
好きだと素直に言えていればまた違っていたのかも知れない。
クリストファーに歪んだ想いを募らせた事にマリアンヌは心が曇る。

(嫌われても、跪いて、あ、愛を乞えば受け入れられると、ほ、本当に思っていたの?
クリストファー、ど、どうして、そこまで私を……。
欲しいからそう思ったの?
性的衝動が思考を奪って私が欲しいとずっと思っていたの?
愛しているからでしょう?
愛しているから私が欲しいとずっと願っていたのでしょう?
それなのに、今の告白は……)

頸を甘く噛みながら何度も舌を這わせるクリストファーの髪の毛を掴む。
引っ張る様に掴むマリアンヌにクリストファーは顔を上げマリアンヌの顔を覗き込む。

マリアンヌの目に大粒な涙が浮かび上がっていて、クリストファーは一瞬、言葉を失う。

「く、クリストファーなんて、き、嫌い!
大っ嫌いよ、馬鹿!」

マリアンヌから急に言われる言葉に失っていた理性が甦り、クリストファーは目を大きく見開く。

「ま、マリアンヌ?」

ボロボロ涙を流しながら喚くマリアンヌにクリストファーはおろおろし始め顔を真っ青にさせる始末。
クリストファーの動揺にやっと正気に戻ったのねとマリアンヌは心の中で悪態を吐く。

「マリアンヌ」

しゅんと顔を曇らすクリストファーに、マリアンヌはうううと言葉を詰まらせるが、ぐっと拳を握り、かぶりを振ってクリストファーをキッと睨む。

「も、もう、クリストファーの馬鹿!
ど、どうして、私に嫌われても跪いて愛を乞うたら受け入れると思う訳?
私が優しいから流されると思ってたの?
ずっとそんな風に思っていたの?
わ、私は……」

「ち、違う!
そ、そんな意味合いで言った訳では無い!
ただ、僕は……」

「そんな意味合いにしか取れないわよ!
わ、私、傷付いたのよ、すごく!
だって、私の事をそんな目で見ていたなんて不誠実で、不潔よ、クリストファー!」

マリアンヌの最後の言葉にクリストファーはむっとし始める。
明らかに不機嫌さを醸し出したクリストファーに今度はマリアンヌが目を瞬く。

「……、マリアンヌこそ僕に失礼だと思わないの?」

「く、クリストファー?」

上半身裸体で胸を晒している状態にマリアンヌは気付かぬままクリストファーと対峙している。
気付けば失神ものだと思うのだが、生憎、今のマリアンヌにはそこまで気が回らない。
クリストファーの豹変にただただ呆然としていた。

「いつも思うんだけど、マリアンヌは僕をどう捉えている訳?
なんか僕がマリアンヌの事が欲しいと思う事が不潔だと言うけど、僕だって健全な男だよ。
好きな女の子にはムラムラするし欲情だってする。
マリアンヌの全てを暴いて愛したいって思うのは自然の摂理だよ、それなのに……」

「クリストファー?」

完全に目が逝っている。
普段の冷静さがなりを潜めている。
これが本来のクリストファーなの?とマリアンヌは心の中で呟いていた。

「女みたいな顔だと子供の頃から周りに揶揄われて、マリアンヌには母親似だと言う言う理由で嫌われて。
僕だってね、好きでこの顔に生まれた訳では無い!
もっと男らしい、父様に似ればまた違っていたかも知れないけど、生憎、僕の顔はこれなの!
代わりようが無いのに、僕の心情を知らずに君には嫌われて。
僕の繊細な心に深い傷を負わせて、マリアンヌだって酷いと思わないの?」

目が血走り懇々と言い出すクリストファーにマリアンヌは目を丸くさせる。
クリストファーの知らなかった一面に直視して思考が追いつかない。
ただ間抜けな声でしか応える事が出来ない。

「え?」

「それにさっきから胸が小さいとか、コゼット・ケンティフォリアの事を引き合いに出して散々、僕に言うけど、僕はあの女の事なんか全然、いや、一切、興味なんて無い!
あんな化粧お化けの、品の無い嫌らしい女に何故、僕が興味を抱く訳?
マリアンヌこそ僕を何だと思っているんだ!
失言だよ、僕に対して。
僕はね。
胸が大きかろうが小さかろうが全然、興味が無いしどうでもいい!
僕はマリアンヌだから触れたいし、興味があるんだよ、それをマリアンヌは……」

捲し立てるクリストファーにマリアンヌは顔を引き攣らせる事しか出来ない。
一体、誰がクリストファーの事を高潔で孤高な精神を抱く男性だと言っているの?

いや、マリアンヌもずっとそう思っていた。
今の今までずっとクリストファーの事をそうだと決めつけて思っていた。
人間離れした美貌を持つクリストファーも血の通った普通の男性で。
普通、と言う言葉に今も多少なりの違和感を持つが、でも……。

「クリストファー……」

「僕はずっと不安なんだよ、マリアンヌ。
君が好き過ぎて、欲しくて欲しくて堪らなくて。
なのに触れる事が許される年齢では無い、それに。
今だって触れても最後までは奪わない、ただ……」

「……」

「君を感じたいんだ……。
ずっと君の愛を乞う事を躊躇って、君に想いを伝える勇気が持てなくて。
情けないし不甲斐ない自分に嫌気を抱きながら、でも。
どうしようもなくマリアンヌが好きだ。
愛している、君が欲しい。
これが不誠実とか不潔とか思われても僕の本心なんだ。
マリアンヌと一つになり結ばれたい、僕は君を愛したいんだ」

ボロボロと泣き出すクリストファーにマリアンヌはふっと息を吐く。
繊細で少し子供っぽくて純粋で、そして。
偽りない想いを抱いてマリアンヌを愛している。

「クリストファー……」

ふっと唇に触れる。
急にマリアンヌからキスをされてクリストファーは頬を赤く染めて。

「バカね、クリストファー。
そんなにボロボロ涙を流して泣かないで。
嫌いなんて嘘よ、言葉の綾に決まっているでしょう?
クリストファーの事が好き、愛している……」

「マリアンヌ」

ああ、今、目の前にいるクリストファーの瞳は紺碧のままだとマリアンヌは心の中で思った。
何故、瞳が変化するのかは知らない、だけど。

今のクリストファーは本来のクリストファーであると確信できる。
だから……。

「私を愛して、クリストファー……。
貴方に触れられたいの」

と言って、クリストファーの手を掴み自分の胸へと導いた。
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