『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』

しおしお

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第7話 冷静な承諾

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第7話 冷静な承諾

 婚約破棄は、翌日の朝議で正式に告げられた。

 王宮の大広間。
 貴族、官僚、近衛騎士――誰もが集う公の場で、エリシオンは堂々と前に立った。

「本日をもって、アヴェンタドール・ローウェンとの婚約を破棄する」

 ざわ、と空気が揺れる。

「理由は明白だ。彼女は――」

 一瞬、言葉を区切り、エリシオンは周囲を見回した。

「妃として相応しくない。
 出しゃばりすぎる。
 女は、もっと控えめであるべきだ」

 その言葉に、数人の貴族が顔をしかめ、
 官僚たちは沈黙した。

 アヴェンタドールは、一歩前に進み出る。

「発言を許します、陛下」

 国王が、短く頷いた。

「……よい」

 視線が、一斉に彼女へ集まる。

 アヴェンタドールは、深く一礼した。

「王太子殿下のお言葉、確かに拝聴いたしました」

 声は澄んでいて、震えはない。

「殿下は、妃には従順さと可愛げをお求めなのですね」

 貴族の間に、ざわめきが走る。

「そのお考えを否定するつもりはございません」

 ここで否定しない。
 責めない。

 ただ、事実を並べる。

「ですが、私は――」

 顔を上げ、はっきりと言い切った。

「そのような理想像を演じることはできません」

 場が、静まり返る。

「王国のために尽くすことは、私の本意です。
 ですが、自らを偽ってまで、誰かに仕えるつもりはございません」

 それは、静かな宣言だった。

 エリシオンの眉が、ぴくりと動く。

「……つまり、不満だと言いたいのか?」

「いいえ」

 アヴェンタドールは、首を振った。

「理解いたしました、と申し上げているのです」

 そして、最後に。

「ですから」

 深く息を吸い。

「婚約破棄を、承知いたします」

 ――完全な沈黙。

 あまりにも潔い言葉に、
 拍子抜けしたような空気すら漂う。

(……泣かない?) (怒らないのか?)

 誰もがそう思った。

 だが、アヴェンタドールの胸中は、違った。

(……終わった)

 それは、喪失ではない。

(やっと、終わった)

 重くのしかかっていたものが、
 音もなく外れていく感覚。

 王太子付き秘書官。
 未来の王太子妃。
 常に誰かを立てる役目。

(……これで、私は自由です)

 国王が、重い声で口を開く。

「……アヴェンタドール」

「はい、陛下」

「本当に、それでよいのか?」

 その問いには、僅かな――本当に僅かな――
 気遣いが滲んでいた。

 アヴェンタドールは、静かに微笑んだ。

「はい。
 殿下の選択を、尊重いたします」

 エリシオンは、勝ち誇ったように顎を上げる。

「聞いたな。これで終わりだ」

 だが。

 その瞬間、
 数人の官僚が、思わず視線を伏せた。

(……終わったのは、どちらだ)

 誰も、口には出さない。
 だが、胸の奥で、同じ予感を抱いていた。

 アヴェンタドールは、再び一礼し、
 静かに大広間を後にする。

 背筋は伸び、足取りは迷いがない。

 扉を出た瞬間。

「……ふう」

 誰にも聞かれない小さな吐息が、零れた。

(泣く理由は、ありませんわ)

 むしろ――

(これから、どう生きるかを考える時間が、ようやくできました)

 その表情は、
 解放された者のものだった。

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