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第1章:異世界出勤の朝
4話 環境改善はまず廊下から!
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4話 環境改善はまず廊下から!
ルノー邸の朝は、基本的に静かだ。重厚な石造りの廊下、ふかふかの絨毯、丁寧に磨かれた調度品たち。そんな静謐な空間を、私はゴロゴロと台車の音を響かせながら歩いていた。
……そう、私は今日も異世界出勤中。
「ふふ、さあ今日も“ルノー邸環境改善計画”の実行日よ!」
ドレスの裾をたくし上げ、脚立とLEDライト一式を持って、まず向かうのは――廊下だ。
この屋敷、基本的に自然光頼りで、照明と呼べるものは壁に取り付けられたオイルランプ程度。しかも廊下という廊下が、なぜか昼間でもどんより薄暗い。
「この暗さじゃ、リアンナがまた廊下でつまづいてしまうわ。大怪我してからじゃ遅いのよね」
私は重い脚立を慎重に立て、今日最初の作業に取りかかった。
――カチッ。
壁に取り付けていた旧式のランプを外し、代わりにセンサー付きのLEDライトをセットする。単三電池式で、地球で言えばホームセンターで数千円程度のシロモノだが、異世界では“魔法の灯り”とでも言うべき代物だ。
さっそく試しに、センサーの前を手で横切ってみる。
――パッ。
柔らかな光が足元から天井まで、やさしく照らす。
「よし、完璧」
この瞬間が一番好きだ。異世界での私の努力が、目に見えて成果になる瞬間。ルノー家の屋敷が、ほんの少しずつでも便利になっていくのが嬉しい。
「お、お嬢様!?」
廊下の向こうから、メイドのリアンナが飛び出してきた。
「リアンナ、びっくりさせちゃったかしら?」
「いえ……それより、なんですの、これ!? 歩いたら、勝手に灯りがつきましたわ!」
「センサーで反応するの。人が通ると点いて、しばらく経つと消えるのよ」
「ま、まるで魔法ですわ!」
「ふふ、そうかもしれないわね」
メイドたちは口々に驚きと感動の声を上げていた。
「昼間でも薄暗かった廊下が、こんなに明るくなるなんて……」
「毎回ランプに火を入れなくて良いなんて、手間が減りますわ」
「これなら深夜の巡回も安心です!」
私は満足げに微笑みながら、台車から次のライトを取り出した。
「この調子で廊下全部に取り付けていくわよ」
「え、お嬢様ご自身が!?」
「もちろん。高所作業だし、説明が必要だもの。私がやったほうが早いわ」
「……お嬢様が貴族とは思えません」
「いい意味でね?」
「はい、いい意味で……たぶん」
私はそんなやりとりを交わしながら、階段の踊り場にも設置を進めていく。設置の合間、持ってきた地球製の脚立の安定感のありがたさをしみじみ感じた。
途中、お屋敷の管理人にあたる老執事・ロザンから声をかけられた。
「アルピーヌお嬢様、これは……屋敷の明かりを一新されておられるのですか?」
「えぇ、危険防止と効率化を考えてね。これからは、メイドの皆も火打石で火を点ける必要がなくなるわ」
「それはまた、ありがたいことで……」
「ただし、電池の交換が必要なの。定期的に私がチェックするから、異変があったら報告して」
「はっ、かしこまりました」
リアンナは、となりでライトの光を見つめながらぽつりと言った。
「お嬢様、最初にこの世界に“光”を持ってきたのは、やっぱりお嬢様だったのですね」
「大げさよ」
でも、その言葉がちょっとだけ嬉しかったのも事実だった。
設置が終わったころ、ふと気づいた。
――私、完全にこの世界の“現場監督”みたいなことしてるわね。
それも、ドレス姿で、工具片手に脚立の上。
「そりゃあ、見た目はインパクトあるわよね……」
そのとき、玄関から声が聞こえた。
「侯爵家のご子息がお見えです!」
「……え?」
なにその展開、聞いてない。
私は脚立の上から飛び降り、慌ててドレスのホコリをはたきながら、急いで応接室へと向かった。
まさか、このあと突然“婚約破棄”を宣告されるとは、まだ知るよしもなかった――。
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ルノー邸の朝は、基本的に静かだ。重厚な石造りの廊下、ふかふかの絨毯、丁寧に磨かれた調度品たち。そんな静謐な空間を、私はゴロゴロと台車の音を響かせながら歩いていた。
……そう、私は今日も異世界出勤中。
「ふふ、さあ今日も“ルノー邸環境改善計画”の実行日よ!」
ドレスの裾をたくし上げ、脚立とLEDライト一式を持って、まず向かうのは――廊下だ。
この屋敷、基本的に自然光頼りで、照明と呼べるものは壁に取り付けられたオイルランプ程度。しかも廊下という廊下が、なぜか昼間でもどんより薄暗い。
「この暗さじゃ、リアンナがまた廊下でつまづいてしまうわ。大怪我してからじゃ遅いのよね」
私は重い脚立を慎重に立て、今日最初の作業に取りかかった。
――カチッ。
壁に取り付けていた旧式のランプを外し、代わりにセンサー付きのLEDライトをセットする。単三電池式で、地球で言えばホームセンターで数千円程度のシロモノだが、異世界では“魔法の灯り”とでも言うべき代物だ。
さっそく試しに、センサーの前を手で横切ってみる。
――パッ。
柔らかな光が足元から天井まで、やさしく照らす。
「よし、完璧」
この瞬間が一番好きだ。異世界での私の努力が、目に見えて成果になる瞬間。ルノー家の屋敷が、ほんの少しずつでも便利になっていくのが嬉しい。
「お、お嬢様!?」
廊下の向こうから、メイドのリアンナが飛び出してきた。
「リアンナ、びっくりさせちゃったかしら?」
「いえ……それより、なんですの、これ!? 歩いたら、勝手に灯りがつきましたわ!」
「センサーで反応するの。人が通ると点いて、しばらく経つと消えるのよ」
「ま、まるで魔法ですわ!」
「ふふ、そうかもしれないわね」
メイドたちは口々に驚きと感動の声を上げていた。
「昼間でも薄暗かった廊下が、こんなに明るくなるなんて……」
「毎回ランプに火を入れなくて良いなんて、手間が減りますわ」
「これなら深夜の巡回も安心です!」
私は満足げに微笑みながら、台車から次のライトを取り出した。
「この調子で廊下全部に取り付けていくわよ」
「え、お嬢様ご自身が!?」
「もちろん。高所作業だし、説明が必要だもの。私がやったほうが早いわ」
「……お嬢様が貴族とは思えません」
「いい意味でね?」
「はい、いい意味で……たぶん」
私はそんなやりとりを交わしながら、階段の踊り場にも設置を進めていく。設置の合間、持ってきた地球製の脚立の安定感のありがたさをしみじみ感じた。
途中、お屋敷の管理人にあたる老執事・ロザンから声をかけられた。
「アルピーヌお嬢様、これは……屋敷の明かりを一新されておられるのですか?」
「えぇ、危険防止と効率化を考えてね。これからは、メイドの皆も火打石で火を点ける必要がなくなるわ」
「それはまた、ありがたいことで……」
「ただし、電池の交換が必要なの。定期的に私がチェックするから、異変があったら報告して」
「はっ、かしこまりました」
リアンナは、となりでライトの光を見つめながらぽつりと言った。
「お嬢様、最初にこの世界に“光”を持ってきたのは、やっぱりお嬢様だったのですね」
「大げさよ」
でも、その言葉がちょっとだけ嬉しかったのも事実だった。
設置が終わったころ、ふと気づいた。
――私、完全にこの世界の“現場監督”みたいなことしてるわね。
それも、ドレス姿で、工具片手に脚立の上。
「そりゃあ、見た目はインパクトあるわよね……」
そのとき、玄関から声が聞こえた。
「侯爵家のご子息がお見えです!」
「……え?」
なにその展開、聞いてない。
私は脚立の上から飛び降り、慌ててドレスのホコリをはたきながら、急いで応接室へと向かった。
まさか、このあと突然“婚約破棄”を宣告されるとは、まだ知るよしもなかった――。
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