13 / 108
3-4 「生徒が教師を選ぶ世界
しおりを挟む
3-4 「生徒が教師を選ぶ世界」
朝、学校の職員室は、まるでお茶会のようにのんびりしていた。
教師たちはコーヒーを片手に、昨日の視察騒動を笑い話にしていた。
「いやぁ、昨日のお嬢様――セリカ様だっけ? 本気で平民に教育を施そうなんて、貴族の道楽も大したもんだな」
「ははは! ほんとだよ。どうせ今日から来やしないさ。あんなのは一度きりの見物だろう」
職員室には乾いた笑いが響き、誰もが教本を開こうともしなかった。
――まさか、その油断が地獄の入口になるとは、この時誰も知らなかった。
ドアを開けて教室に入った瞬間、教師たちは凍りついた。
最前列。昨日とまったく同じ席に、ちょこんと座っている銀髪の少女。
貴族令嬢のセリカ・アルジェリカが、まっすぐに彼らを見ていた。
静かなのに、鋭い。
笑っていないのに、何故か“見透かされている”気がする。
彼女の視線ひとつで、教室の空気が一気に引き締まった。
「……お、お嬢様。本日も、こちらへ?」
「ええ、昨日の続きを拝見しようと思って」
にっこり微笑むその顔は、まるで春風のように穏やかだった。
だが、その裏に“監視者”の圧が潜んでいることを、教師たちは肌で感じ取った。
――逃げ場はない。
その日の授業、教師たちは全員、妙にかしこまった。
声は震え、手はぎこちない。黒板に書くチョークの音さえ、どこか緊張で尖っていた。
生徒たちは、そんな教師の様子に目を丸くしていた。
昨日まで怒鳴ってばかりいた教師が、今日は笑顔で丁寧に教えているのだ。
それだけで、子供たちの目が輝きを取り戻していった。
---
放課後、職員室に戻った教師たちは一斉にため息をついた。
「……まさか、毎日来るとはな」
「冗談じゃない。あの視線、背中に突き刺さるようだ」
「もはや監査官だろ……」
疲労と焦燥が混じった空気の中、そこへ再びセリカが現れる。
その姿に、教師たちはビクリと背筋を伸ばした。
「お疲れさまです。皆さんに、新しい取り組みをお知らせしに来ました」
「と、取り組み……?」
セリカは手元の資料を掲げながら、落ち着いた声で言う。
「今後、教師の評価は――生徒たちの投票で決めます」
「……え?」
沈黙。
その場の空気が一瞬で凍りつく。
「授業の分かりやすさ、態度、努力。生徒たちが五段階で評価します。その結果によって、報酬と配置を見直します」
「そ、そんな馬鹿な! 子供の感想で我々を判断するというのですか!」
ひとりの中年教師が立ち上がった。だがセリカは、微笑を崩さない。
「ええ。だって、あなた方の授業を受けているのは――子供たちですもの。
私でも、領主でもありません。最も正確な評価者は、生徒たちですわ」
その瞳には、一切の揺らぎがなかった。
教室での光景、教師たちの怠慢、子供たちの沈んだ顔。
その全てを見たうえでの決断だった。
「……ふざけるな。そんな制度、前代未聞だ!」
「そうね。でも――“前代未聞”だからこそ、価値があるのよ」
その一言に、誰も反論できなかった。
貴族令嬢の発言ではなく、一人の教育者としての確信が、そこにあったからだ。
セリカは静かに続けた。
「私は、あなた方を追い出したいわけではありません。ただ、本当に子供たちと向き合ってほしいのです。
そのための方法を考えた結果が、これですわ」
その場を包む沈黙は、もはや反発ではなかった。
――羞恥と反省。
教師たちはようやく、自分たちがどれだけ子供を軽んじていたかを思い知らされる。
セリカは最後に軽く頭を下げた。
「どうか、この改革に協力してください。皆さんの誇りを、子供たちが信じられるように」
教師たちは誰も言葉を発せなかった。
ただ、深く頭を垂れた。
---
その日から、学校は少しずつ変わり始めた。
教師たちは本気で授業に取り組み、生徒たちは学ぶことを楽しむようになった。
廊下には笑い声が戻り、教室には熱気が満ちた。
そしてセリカは、窓辺でその光景を見守りながら、静かに微笑んだ。
「これでようやく――始まったのね。私の、本当の改革が」
陽光が差し込む教室で、銀の髪がやさしく輝いていた。
--
朝、学校の職員室は、まるでお茶会のようにのんびりしていた。
教師たちはコーヒーを片手に、昨日の視察騒動を笑い話にしていた。
「いやぁ、昨日のお嬢様――セリカ様だっけ? 本気で平民に教育を施そうなんて、貴族の道楽も大したもんだな」
「ははは! ほんとだよ。どうせ今日から来やしないさ。あんなのは一度きりの見物だろう」
職員室には乾いた笑いが響き、誰もが教本を開こうともしなかった。
――まさか、その油断が地獄の入口になるとは、この時誰も知らなかった。
ドアを開けて教室に入った瞬間、教師たちは凍りついた。
最前列。昨日とまったく同じ席に、ちょこんと座っている銀髪の少女。
貴族令嬢のセリカ・アルジェリカが、まっすぐに彼らを見ていた。
静かなのに、鋭い。
笑っていないのに、何故か“見透かされている”気がする。
彼女の視線ひとつで、教室の空気が一気に引き締まった。
「……お、お嬢様。本日も、こちらへ?」
「ええ、昨日の続きを拝見しようと思って」
にっこり微笑むその顔は、まるで春風のように穏やかだった。
だが、その裏に“監視者”の圧が潜んでいることを、教師たちは肌で感じ取った。
――逃げ場はない。
その日の授業、教師たちは全員、妙にかしこまった。
声は震え、手はぎこちない。黒板に書くチョークの音さえ、どこか緊張で尖っていた。
生徒たちは、そんな教師の様子に目を丸くしていた。
昨日まで怒鳴ってばかりいた教師が、今日は笑顔で丁寧に教えているのだ。
それだけで、子供たちの目が輝きを取り戻していった。
---
放課後、職員室に戻った教師たちは一斉にため息をついた。
「……まさか、毎日来るとはな」
「冗談じゃない。あの視線、背中に突き刺さるようだ」
「もはや監査官だろ……」
疲労と焦燥が混じった空気の中、そこへ再びセリカが現れる。
その姿に、教師たちはビクリと背筋を伸ばした。
「お疲れさまです。皆さんに、新しい取り組みをお知らせしに来ました」
「と、取り組み……?」
セリカは手元の資料を掲げながら、落ち着いた声で言う。
「今後、教師の評価は――生徒たちの投票で決めます」
「……え?」
沈黙。
その場の空気が一瞬で凍りつく。
「授業の分かりやすさ、態度、努力。生徒たちが五段階で評価します。その結果によって、報酬と配置を見直します」
「そ、そんな馬鹿な! 子供の感想で我々を判断するというのですか!」
ひとりの中年教師が立ち上がった。だがセリカは、微笑を崩さない。
「ええ。だって、あなた方の授業を受けているのは――子供たちですもの。
私でも、領主でもありません。最も正確な評価者は、生徒たちですわ」
その瞳には、一切の揺らぎがなかった。
教室での光景、教師たちの怠慢、子供たちの沈んだ顔。
その全てを見たうえでの決断だった。
「……ふざけるな。そんな制度、前代未聞だ!」
「そうね。でも――“前代未聞”だからこそ、価値があるのよ」
その一言に、誰も反論できなかった。
貴族令嬢の発言ではなく、一人の教育者としての確信が、そこにあったからだ。
セリカは静かに続けた。
「私は、あなた方を追い出したいわけではありません。ただ、本当に子供たちと向き合ってほしいのです。
そのための方法を考えた結果が、これですわ」
その場を包む沈黙は、もはや反発ではなかった。
――羞恥と反省。
教師たちはようやく、自分たちがどれだけ子供を軽んじていたかを思い知らされる。
セリカは最後に軽く頭を下げた。
「どうか、この改革に協力してください。皆さんの誇りを、子供たちが信じられるように」
教師たちは誰も言葉を発せなかった。
ただ、深く頭を垂れた。
---
その日から、学校は少しずつ変わり始めた。
教師たちは本気で授業に取り組み、生徒たちは学ぶことを楽しむようになった。
廊下には笑い声が戻り、教室には熱気が満ちた。
そしてセリカは、窓辺でその光景を見守りながら、静かに微笑んだ。
「これでようやく――始まったのね。私の、本当の改革が」
陽光が差し込む教室で、銀の髪がやさしく輝いていた。
--
168
あなたにおすすめの小説
『婚約破棄され追放されましたが、隣国の氷の公爵様に“白い結婚”を提案されましたので、心穏やかに幸せになりますわ
鷹 綾
恋愛
婚約破棄されたその日、私は“追放令”も同時に宣告された。
王太子エドモンド殿下曰く、
「君のように冷たい女はいらない。真実の愛は聖女ローザだ」──と。
……それなら結構ですわ。
捨ててくださって、ありがとうございます。
行く宛もなく王都を去った私を拾ったのは、
冷徹と噂される若き宰相代理アレクシス様。
「俺と“白い結婚”をしないか。
互いの自由を侵さない、契約だけの結婚だ」
恋愛感情は一切なし。
――そんなはずだったのに。
料理を褒めてくれる優しい声。
仕事帰りにかけてくれる「ただいま」。
私の手をそっと包む温もり。
気づけば、契約のはずの彼との距離が、少しずつ近づいていく。
そんな折──王太子と偽聖女ローザが私を“罪人”に仕立て上げ、
祝福の儀の場で公開断罪しようと企む。
「セレナに触れるな。……彼女は、俺の妻だ」
アレクシス様が壇上で剣を抜いた瞬間、
私の世界は大きく動き出した。
偽りの聖女は暴かれ、王太子は没落。
追放された令嬢の“ざまぁ”が王都を駆け巡る中、
契約で始まった白い結婚は――本物の夫婦の誓いへと変わっていく。
これは、
捨てられた令嬢が“本当の幸せ”をつかみ取る、
大逆転のラブストーリー。
---
婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします
たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。
荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。
「この猫に構うな。人間嫌いだから」
冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。
猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。
転生令嬢はのんびりしたい!〜その愛はお断りします〜
咲宮
恋愛
私はオルティアナ公爵家に生まれた長女、アイシアと申します。
実は前世持ちでいわゆる転生令嬢なんです。前世でもかなりいいところのお嬢様でした。今回でもお嬢様、これまたいいところの!前世はなんだかんだ忙しかったので、今回はのんびりライフを楽しもう!…そう思っていたのに。
どうして貴方まで同じ世界に転生してるの?
しかも王子ってどういうこと!?
お願いだから私ののんびりライフを邪魔しないで!
その愛はお断りしますから!
※更新が不定期です。
※誤字脱字の指摘や感想、よろしければお願いします。
※完結から結構経ちましたが、番外編を始めます!
悪役だから仕方がないなんて言わせない!
音無砂月
恋愛
マリア・フォン・オレスト
オレスト国の第一王女として生まれた。
王女として政略結婚の為嫁いだのは隣国、シスタミナ帝国
政略結婚でも多少の期待をして嫁いだが夫には既に思い合う人が居た。
見下され、邪険にされ続けるマリアの運命は・・・・・。
婚約破棄された令嬢は“図書館勤務”を満喫中
かしおり
恋愛
「君は退屈だ」と婚約を破棄された令嬢クラリス。社交界にも、実家にも居場所を失った彼女がたどり着いたのは、静かな田舎町アシュベリーの図書館でした。
本の声が聞こえるような不思議な感覚と、真面目で控えめな彼女の魅力は、少しずつ周囲の人々の心を癒していきます。
そんな中、図書館に通う謎めいた青年・リュカとの出会いが、クラリスの世界を大きく変えていく――
身分も立場も異なるふたりの静かで知的な恋は、やがて王都をも巻き込む運命へ。
癒しと知性が紡ぐ、身分差ロマンス。図書館の窓辺から始まる、幸せな未来の物語。
逆行したので運命を変えようとしたら、全ておばあさまの掌の上でした
ひとみん
恋愛
夫に殺されたはずなのに、目覚めれば五才に戻っていた。同じ運命は嫌だと、足掻きはじめるクロエ。
なんとか前に死んだ年齢を超えられたけど、実は何やら祖母が裏で色々動いていたらしい。
ザル設定のご都合主義です。
最初はほぼ状況説明的文章です・・・
ゲームには参加しません! ―悪役を回避して無事逃れたと思ったのに―
冬野月子
恋愛
侯爵令嬢クリスティナは、ここが前世で遊んだ学園ゲームの世界だと気づいた。そして自分がヒロインのライバルで悪役となる立場だと。
のんびり暮らしたいクリスティナはゲームとは関わらないことに決めた。設定通りに王太子の婚約者にはなってしまったけれど、ゲームを回避して婚約も解消。平穏な生活を手に入れたと思っていた。
けれど何故か義弟から求婚され、元婚約者もアプローチしてきて、さらに……。
※小説家になろう・カクヨムにも投稿しています。
【完結】公爵令嬢の育て方~平民の私が殿下から溺愛されるいわれはないので、ポーション開発に励みます。
buchi
恋愛
ポーシャは、平民の特待生として貴族の学園に入学したが、容貌もパッとしなければ魔力もなさそうと蔑視の対象に。それなのに、入学早々、第二王子のルーカス殿下はポーシャのことを婚約者と呼んで付きまとう。デロ甘・辛辣・溺愛・鈍感コメディ(?)。殿下の一方通行がかわいそう。ポジティブで金儲けに熱心なポーシャは、殿下を無視して自分の道を突き進む。がんばれ、殿下! がんばれ、ポーシャ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる