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5-3 ゲオルグ・ルートヴィク・フォン・トラップ②
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5-3 ゲオルグ・ルートヴィク・フォン・トラップ②
午後の陽光が、レースのカーテン越しに柔らかく射し込んでいた。
公爵邸の応接室では、セリカが静かに紅茶を口にしていた。
今日の来客――それは、マリア・フォン・トラップが紹介した夫、
ゲオルグ・ルートヴィク・フォン・トラップ。
彼は生まれながらの貴族でありながら、身分に囚われぬ広い心を持つ人物だという。
マリアが熱を込めて語ったその姿に、セリカの胸は高鳴っていた。
(もし本当に彼が理想通りの人物なら……学校は次の段階に進めるわ。)
扉がノックされ、執事が告げる。
「お嬢様、ゲオルグ・ルートヴィク・フォン・トラップ様がお見えです。」
「通して。」
数秒後、背筋を伸ばした青年紳士が姿を現した。
黒の礼装に金のボタンが映え、仕草には生まれながらの品格が漂う。
だがその瞳は、不思議なほど柔らかく、威圧感よりも温かみを感じさせた。
「初めまして、公爵令嬢セリカ様。お目にかかれて光栄です。」
穏やかな声とともに、深々と礼をする。
セリカも立ち上がり、微笑を返した。
「こちらこそ。お忙しい中ありがとうございます、ゲオルグ様。
マリア先生からお話は伺っていますわ。」
「妻がお世話になっております。」
ゲオルグは軽く頭を下げると、椅子に腰を下ろした。
その姿勢には、幼い頃から叩き込まれた礼儀作法と、同時に人を見下ろさぬ謙虚さが同居していた。
紅茶が注がれ、穏やかな時間が流れる。
最初に口を開いたのは、ゲオルグだった。
「妻から、お嬢様の学校の理念を伺いました。
“身分を越えてすべての子供が学べる場所を作る”――
それは、私がずっと思い描いていた理想でもあります。」
セリカは驚いたように目を瞬かせた。
「あなたも……教育に関心を?」
「ええ。」
ゲオルグは微笑み、穏やかな声で続ける。
「私は貴族の家に生まれましたが、同年代の平民の子供たちが働く姿を見て育ちました。
読み書きができず、夢すら語れない子供たちを見て……いつか、彼らに学ぶ機会を与えたいと思うようになったのです。」
(――なんて誠実な人なのかしら。)
セリカは思わず息を呑んだ。
貴族でありながら、下の立場の者を理解しようとする。
そんな人は、ほんの一握りしかいない。
「マリア先生は、あなたのような方に出会えたからこそ、あの温かい教育ができるのですね。」
セリカが微笑むと、ゲオルグは照れくさそうに笑った。
「むしろ、彼女から学ぶことの方が多いですよ。
あの人は、自分がどれほど努力してきたかを誇らない。
ただ“子供たちのために”という一心で生きている。……私はそれに惹かれたのです。」
「素敵なご夫婦ですね。」
セリカは心からそう思った。
話題は、やがて学校の現状へと移る。
セリカは資料を手に取り、淡々と現状を説明した。
「教師たちの間に意識の差があります。
一部の者は、まだ“平民の子供に教える”という考え方を捨てきれていません。
私は、まず組織の基盤を見直したいのです。」
ゲオルグは真剣な表情で頷いた。
「現場を支える体制が整っていなければ、理想は形になりません。
運営には、理念と同じくらい現実的な管理が必要です。
私はその部分でお手伝いができるかと思います。」
「管理、ですか?」
「ええ。教員の研修制度、教育費の再配分、寄付制度の透明化。
財務を健全にすれば、教育の質は必ず向上します。」
セリカの目が輝いた。
まさに、彼女が求めていた発想だった。
「……ゲオルグ様。あなたのような方がいてくだされば、私の夢はもっと現実になる気がします。」
ゲオルグは少しだけ考え込み、そして穏やかに笑った。
「お嬢様のお力になれるなら、どんな立場でも尽力します。
ただ……一つだけ条件があります。」
「条件?」
「私は形式よりも実質を重んじます。
もし私を雇ってくださるなら、肩書きではなく“行動”で判断していただきたい。
校長でも事務長でも構いません。必要とあらば雑用でもいたします。」
セリカは目を見張り、それから静かに笑った。
「……ならば、あなたにこそ“校長”という名がふさわしいわ。」
ゲオルグは驚いたように目を瞬かせた。
「校長……ですか?」
「ええ。あなたほど誠実で、公平な視点を持つ方はいません。
学校を導く舵取りとして、これ以上の人材はいないと思っています。」
しばしの沈黙。
やがて、ゲオルグは静かに立ち上がった。
「お嬢様のご信頼に応える覚悟があるか、考えさせていただけますか。」
「もちろんですわ。」
セリカは柔らかく微笑む。
「けれど、きっとあなたなら大丈夫。私はそう信じています。」
ゲオルグの瞳が揺らぎ、やがて確かな決意を宿した。
「――わかりました。私、ゲオルグ・ルートヴィク・フォン・トラップ、
その職責を拝命いたします。全力でこの学校を支えてみせましょう。」
セリカは立ち上がり、真っ直ぐに頷いた。
「ありがとうございます。ゲオルグ校長。」
窓の外では、春の風がやさしくカーテンを揺らしていた。
貴族と平民――異なる立場の二人が出会い、手を取り合う。
それは、この国の教育の未来を変える、新たな物語の始まりだった。
そして、
セリカの理想とゲオルグの現実感覚が交わることで、
“平民学校”は本当の意味で動き出すことになる――。
午後の陽光が、レースのカーテン越しに柔らかく射し込んでいた。
公爵邸の応接室では、セリカが静かに紅茶を口にしていた。
今日の来客――それは、マリア・フォン・トラップが紹介した夫、
ゲオルグ・ルートヴィク・フォン・トラップ。
彼は生まれながらの貴族でありながら、身分に囚われぬ広い心を持つ人物だという。
マリアが熱を込めて語ったその姿に、セリカの胸は高鳴っていた。
(もし本当に彼が理想通りの人物なら……学校は次の段階に進めるわ。)
扉がノックされ、執事が告げる。
「お嬢様、ゲオルグ・ルートヴィク・フォン・トラップ様がお見えです。」
「通して。」
数秒後、背筋を伸ばした青年紳士が姿を現した。
黒の礼装に金のボタンが映え、仕草には生まれながらの品格が漂う。
だがその瞳は、不思議なほど柔らかく、威圧感よりも温かみを感じさせた。
「初めまして、公爵令嬢セリカ様。お目にかかれて光栄です。」
穏やかな声とともに、深々と礼をする。
セリカも立ち上がり、微笑を返した。
「こちらこそ。お忙しい中ありがとうございます、ゲオルグ様。
マリア先生からお話は伺っていますわ。」
「妻がお世話になっております。」
ゲオルグは軽く頭を下げると、椅子に腰を下ろした。
その姿勢には、幼い頃から叩き込まれた礼儀作法と、同時に人を見下ろさぬ謙虚さが同居していた。
紅茶が注がれ、穏やかな時間が流れる。
最初に口を開いたのは、ゲオルグだった。
「妻から、お嬢様の学校の理念を伺いました。
“身分を越えてすべての子供が学べる場所を作る”――
それは、私がずっと思い描いていた理想でもあります。」
セリカは驚いたように目を瞬かせた。
「あなたも……教育に関心を?」
「ええ。」
ゲオルグは微笑み、穏やかな声で続ける。
「私は貴族の家に生まれましたが、同年代の平民の子供たちが働く姿を見て育ちました。
読み書きができず、夢すら語れない子供たちを見て……いつか、彼らに学ぶ機会を与えたいと思うようになったのです。」
(――なんて誠実な人なのかしら。)
セリカは思わず息を呑んだ。
貴族でありながら、下の立場の者を理解しようとする。
そんな人は、ほんの一握りしかいない。
「マリア先生は、あなたのような方に出会えたからこそ、あの温かい教育ができるのですね。」
セリカが微笑むと、ゲオルグは照れくさそうに笑った。
「むしろ、彼女から学ぶことの方が多いですよ。
あの人は、自分がどれほど努力してきたかを誇らない。
ただ“子供たちのために”という一心で生きている。……私はそれに惹かれたのです。」
「素敵なご夫婦ですね。」
セリカは心からそう思った。
話題は、やがて学校の現状へと移る。
セリカは資料を手に取り、淡々と現状を説明した。
「教師たちの間に意識の差があります。
一部の者は、まだ“平民の子供に教える”という考え方を捨てきれていません。
私は、まず組織の基盤を見直したいのです。」
ゲオルグは真剣な表情で頷いた。
「現場を支える体制が整っていなければ、理想は形になりません。
運営には、理念と同じくらい現実的な管理が必要です。
私はその部分でお手伝いができるかと思います。」
「管理、ですか?」
「ええ。教員の研修制度、教育費の再配分、寄付制度の透明化。
財務を健全にすれば、教育の質は必ず向上します。」
セリカの目が輝いた。
まさに、彼女が求めていた発想だった。
「……ゲオルグ様。あなたのような方がいてくだされば、私の夢はもっと現実になる気がします。」
ゲオルグは少しだけ考え込み、そして穏やかに笑った。
「お嬢様のお力になれるなら、どんな立場でも尽力します。
ただ……一つだけ条件があります。」
「条件?」
「私は形式よりも実質を重んじます。
もし私を雇ってくださるなら、肩書きではなく“行動”で判断していただきたい。
校長でも事務長でも構いません。必要とあらば雑用でもいたします。」
セリカは目を見張り、それから静かに笑った。
「……ならば、あなたにこそ“校長”という名がふさわしいわ。」
ゲオルグは驚いたように目を瞬かせた。
「校長……ですか?」
「ええ。あなたほど誠実で、公平な視点を持つ方はいません。
学校を導く舵取りとして、これ以上の人材はいないと思っています。」
しばしの沈黙。
やがて、ゲオルグは静かに立ち上がった。
「お嬢様のご信頼に応える覚悟があるか、考えさせていただけますか。」
「もちろんですわ。」
セリカは柔らかく微笑む。
「けれど、きっとあなたなら大丈夫。私はそう信じています。」
ゲオルグの瞳が揺らぎ、やがて確かな決意を宿した。
「――わかりました。私、ゲオルグ・ルートヴィク・フォン・トラップ、
その職責を拝命いたします。全力でこの学校を支えてみせましょう。」
セリカは立ち上がり、真っ直ぐに頷いた。
「ありがとうございます。ゲオルグ校長。」
窓の外では、春の風がやさしくカーテンを揺らしていた。
貴族と平民――異なる立場の二人が出会い、手を取り合う。
それは、この国の教育の未来を変える、新たな物語の始まりだった。
そして、
セリカの理想とゲオルグの現実感覚が交わることで、
“平民学校”は本当の意味で動き出すことになる――。
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