見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお

文字の大きさ
22 / 108

5-3 ゲオルグ・ルートヴィク・フォン・トラップ②

しおりを挟む
5-3 ゲオルグ・ルートヴィク・フォン・トラップ②

午後の陽光が、レースのカーテン越しに柔らかく射し込んでいた。
公爵邸の応接室では、セリカが静かに紅茶を口にしていた。
今日の来客――それは、マリア・フォン・トラップが紹介した夫、
ゲオルグ・ルートヴィク・フォン・トラップ。

彼は生まれながらの貴族でありながら、身分に囚われぬ広い心を持つ人物だという。
マリアが熱を込めて語ったその姿に、セリカの胸は高鳴っていた。
(もし本当に彼が理想通りの人物なら……学校は次の段階に進めるわ。)

扉がノックされ、執事が告げる。
「お嬢様、ゲオルグ・ルートヴィク・フォン・トラップ様がお見えです。」

「通して。」

数秒後、背筋を伸ばした青年紳士が姿を現した。
黒の礼装に金のボタンが映え、仕草には生まれながらの品格が漂う。
だがその瞳は、不思議なほど柔らかく、威圧感よりも温かみを感じさせた。

「初めまして、公爵令嬢セリカ様。お目にかかれて光栄です。」
穏やかな声とともに、深々と礼をする。

セリカも立ち上がり、微笑を返した。
「こちらこそ。お忙しい中ありがとうございます、ゲオルグ様。
 マリア先生からお話は伺っていますわ。」

「妻がお世話になっております。」
ゲオルグは軽く頭を下げると、椅子に腰を下ろした。
その姿勢には、幼い頃から叩き込まれた礼儀作法と、同時に人を見下ろさぬ謙虚さが同居していた。

紅茶が注がれ、穏やかな時間が流れる。
最初に口を開いたのは、ゲオルグだった。

「妻から、お嬢様の学校の理念を伺いました。
 “身分を越えてすべての子供が学べる場所を作る”――
 それは、私がずっと思い描いていた理想でもあります。」

セリカは驚いたように目を瞬かせた。
「あなたも……教育に関心を?」

「ええ。」
ゲオルグは微笑み、穏やかな声で続ける。
「私は貴族の家に生まれましたが、同年代の平民の子供たちが働く姿を見て育ちました。
 読み書きができず、夢すら語れない子供たちを見て……いつか、彼らに学ぶ機会を与えたいと思うようになったのです。」

(――なんて誠実な人なのかしら。)
セリカは思わず息を呑んだ。
貴族でありながら、下の立場の者を理解しようとする。
そんな人は、ほんの一握りしかいない。

「マリア先生は、あなたのような方に出会えたからこそ、あの温かい教育ができるのですね。」
セリカが微笑むと、ゲオルグは照れくさそうに笑った。

「むしろ、彼女から学ぶことの方が多いですよ。
 あの人は、自分がどれほど努力してきたかを誇らない。
 ただ“子供たちのために”という一心で生きている。……私はそれに惹かれたのです。」

「素敵なご夫婦ですね。」
セリカは心からそう思った。

話題は、やがて学校の現状へと移る。
セリカは資料を手に取り、淡々と現状を説明した。

「教師たちの間に意識の差があります。
 一部の者は、まだ“平民の子供に教える”という考え方を捨てきれていません。
 私は、まず組織の基盤を見直したいのです。」

ゲオルグは真剣な表情で頷いた。
「現場を支える体制が整っていなければ、理想は形になりません。
 運営には、理念と同じくらい現実的な管理が必要です。
 私はその部分でお手伝いができるかと思います。」

「管理、ですか?」

「ええ。教員の研修制度、教育費の再配分、寄付制度の透明化。
 財務を健全にすれば、教育の質は必ず向上します。」

セリカの目が輝いた。
まさに、彼女が求めていた発想だった。
「……ゲオルグ様。あなたのような方がいてくだされば、私の夢はもっと現実になる気がします。」

ゲオルグは少しだけ考え込み、そして穏やかに笑った。
「お嬢様のお力になれるなら、どんな立場でも尽力します。
 ただ……一つだけ条件があります。」

「条件?」

「私は形式よりも実質を重んじます。
 もし私を雇ってくださるなら、肩書きではなく“行動”で判断していただきたい。
 校長でも事務長でも構いません。必要とあらば雑用でもいたします。」

セリカは目を見張り、それから静かに笑った。
「……ならば、あなたにこそ“校長”という名がふさわしいわ。」

ゲオルグは驚いたように目を瞬かせた。
「校長……ですか?」

「ええ。あなたほど誠実で、公平な視点を持つ方はいません。
 学校を導く舵取りとして、これ以上の人材はいないと思っています。」

しばしの沈黙。
やがて、ゲオルグは静かに立ち上がった。
「お嬢様のご信頼に応える覚悟があるか、考えさせていただけますか。」

「もちろんですわ。」
セリカは柔らかく微笑む。
「けれど、きっとあなたなら大丈夫。私はそう信じています。」

ゲオルグの瞳が揺らぎ、やがて確かな決意を宿した。

「――わかりました。私、ゲオルグ・ルートヴィク・フォン・トラップ、
 その職責を拝命いたします。全力でこの学校を支えてみせましょう。」

セリカは立ち上がり、真っ直ぐに頷いた。
「ありがとうございます。ゲオルグ校長。」

窓の外では、春の風がやさしくカーテンを揺らしていた。
貴族と平民――異なる立場の二人が出会い、手を取り合う。
それは、この国の教育の未来を変える、新たな物語の始まりだった。

そして、
セリカの理想とゲオルグの現実感覚が交わることで、
“平民学校”は本当の意味で動き出すことになる――。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

『婚約破棄され追放されましたが、隣国の氷の公爵様に“白い結婚”を提案されましたので、心穏やかに幸せになりますわ

鷹 綾
恋愛
婚約破棄されたその日、私は“追放令”も同時に宣告された。 王太子エドモンド殿下曰く、 「君のように冷たい女はいらない。真実の愛は聖女ローザだ」──と。 ……それなら結構ですわ。 捨ててくださって、ありがとうございます。 行く宛もなく王都を去った私を拾ったのは、 冷徹と噂される若き宰相代理アレクシス様。 「俺と“白い結婚”をしないか。  互いの自由を侵さない、契約だけの結婚だ」 恋愛感情は一切なし。 ――そんなはずだったのに。 料理を褒めてくれる優しい声。 仕事帰りにかけてくれる「ただいま」。 私の手をそっと包む温もり。 気づけば、契約のはずの彼との距離が、少しずつ近づいていく。 そんな折──王太子と偽聖女ローザが私を“罪人”に仕立て上げ、 祝福の儀の場で公開断罪しようと企む。 「セレナに触れるな。……彼女は、俺の妻だ」 アレクシス様が壇上で剣を抜いた瞬間、 私の世界は大きく動き出した。 偽りの聖女は暴かれ、王太子は没落。 追放された令嬢の“ざまぁ”が王都を駆け巡る中、 契約で始まった白い結婚は――本物の夫婦の誓いへと変わっていく。 これは、 捨てられた令嬢が“本当の幸せ”をつかみ取る、 大逆転のラブストーリー。 ---

婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします

たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。 荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。 「この猫に構うな。人間嫌いだから」 冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。 猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。

転生令嬢はのんびりしたい!〜その愛はお断りします〜

咲宮
恋愛
私はオルティアナ公爵家に生まれた長女、アイシアと申します。 実は前世持ちでいわゆる転生令嬢なんです。前世でもかなりいいところのお嬢様でした。今回でもお嬢様、これまたいいところの!前世はなんだかんだ忙しかったので、今回はのんびりライフを楽しもう!…そう思っていたのに。 どうして貴方まで同じ世界に転生してるの? しかも王子ってどういうこと!? お願いだから私ののんびりライフを邪魔しないで! その愛はお断りしますから! ※更新が不定期です。 ※誤字脱字の指摘や感想、よろしければお願いします。 ※完結から結構経ちましたが、番外編を始めます!

悪役だから仕方がないなんて言わせない!

音無砂月
恋愛
マリア・フォン・オレスト オレスト国の第一王女として生まれた。 王女として政略結婚の為嫁いだのは隣国、シスタミナ帝国 政略結婚でも多少の期待をして嫁いだが夫には既に思い合う人が居た。 見下され、邪険にされ続けるマリアの運命は・・・・・。

婚約破棄された令嬢は“図書館勤務”を満喫中

かしおり
恋愛
「君は退屈だ」と婚約を破棄された令嬢クラリス。社交界にも、実家にも居場所を失った彼女がたどり着いたのは、静かな田舎町アシュベリーの図書館でした。 本の声が聞こえるような不思議な感覚と、真面目で控えめな彼女の魅力は、少しずつ周囲の人々の心を癒していきます。 そんな中、図書館に通う謎めいた青年・リュカとの出会いが、クラリスの世界を大きく変えていく―― 身分も立場も異なるふたりの静かで知的な恋は、やがて王都をも巻き込む運命へ。 癒しと知性が紡ぐ、身分差ロマンス。図書館の窓辺から始まる、幸せな未来の物語。

ゲームには参加しません! ―悪役を回避して無事逃れたと思ったのに―

冬野月子
恋愛
侯爵令嬢クリスティナは、ここが前世で遊んだ学園ゲームの世界だと気づいた。そして自分がヒロインのライバルで悪役となる立場だと。 のんびり暮らしたいクリスティナはゲームとは関わらないことに決めた。設定通りに王太子の婚約者にはなってしまったけれど、ゲームを回避して婚約も解消。平穏な生活を手に入れたと思っていた。 けれど何故か義弟から求婚され、元婚約者もアプローチしてきて、さらに……。 ※小説家になろう・カクヨムにも投稿しています。

逆行したので運命を変えようとしたら、全ておばあさまの掌の上でした

ひとみん
恋愛
夫に殺されたはずなのに、目覚めれば五才に戻っていた。同じ運命は嫌だと、足掻きはじめるクロエ。 なんとか前に死んだ年齢を超えられたけど、実は何やら祖母が裏で色々動いていたらしい。 ザル設定のご都合主義です。 最初はほぼ状況説明的文章です・・・

【完結】公爵令嬢の育て方~平民の私が殿下から溺愛されるいわれはないので、ポーション開発に励みます。

buchi
恋愛
ポーシャは、平民の特待生として貴族の学園に入学したが、容貌もパッとしなければ魔力もなさそうと蔑視の対象に。それなのに、入学早々、第二王子のルーカス殿下はポーシャのことを婚約者と呼んで付きまとう。デロ甘・辛辣・溺愛・鈍感コメディ(?)。殿下の一方通行がかわいそう。ポジティブで金儲けに熱心なポーシャは、殿下を無視して自分の道を突き進む。がんばれ、殿下! がんばれ、ポーシャ? 

処理中です...