見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお

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5-2 ゲオルグ・ルートヴィク・フォン・トラップ(1)

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5-2 ゲオルグ・ルートヴィク・フォン・トラップ(1)

季節がひと巡りし、学舎の木々が春の陽を浴びて芽吹き始めたころ。
セリカの設立した平民学校は、少しずつではあるが確実に変化を見せていた。

新任教師マリア・フォン・トラップの存在が、それを後押ししていた。
平民出身でありながら、気品と信念を兼ね備えた彼女の教えは、子どもたちの心を解きほぐし、
そして、貴族教師との間にも“新しい空気”を流し込んでいた。

校舎の窓から聞こえる歌声――。
以前は聞こえなかったその明るい音が、いまや学校の象徴となっていた。


---

その日、公爵邸の執務室では、セリカが山積みの書類と格闘していた。
教育予算の再配分、教材の調達計画、そして次年度の新任教師の選定。
ペン先が止まるたび、彼女の頭には「もっと良くするには?」という問いが浮かぶ。

そんな折――

「お嬢様、マリア・フォン・トラップ様がお見えです。」

使用人の報告に、セリカはペンを置いた。
「……マリア先生が? 珍しいわね。通してちょうだい。」

マリアが直接訪ねてくるのは、これが初めてだった。
彼女の真面目な性格を思えば、わざわざ足を運ぶということは――
よほど重要な用件に違いない。


---

やがて扉が開き、
控えめながらも堂々とした佇まいのマリアが現れた。

「お嬢様、突然のご訪問をお許しください。」

「いいえ、ようこそ。どうぞ、掛けてください。」

セリカが手で示すと、マリアは小さく礼をして椅子に腰を下ろした。
その表情はどこか緊張しているが、瞳には確かな決意が宿っていた。

「……やはり、あなたがセリカ公爵令嬢で、学校に通っている“セリカさん”だったのですね。」
マリアは目を丸くして言った。
「ずっと気になっていたんです。どうして、お嬢様が平民学校に?」

セリカは、少しだけ唇を緩めた。
「外から眺めるだけでは、本当の実情は見えませんから。
 だから私は“平民セリカ”として通っているの。――教壇の裏も、子供たちの表情も、すべて自分の目で確かめたくて。」

「……お嬢様ほどの方が、そこまでされるなんて。」
マリアは素直な尊敬のこもった声を漏らした。
「貴族の誰もが、そんな風に思ってくだされば、どれほど救われるか……。」

「理想は遠いけれど、誰かが動かないと何も変わらないわ。」
セリカは穏やかに微笑んだ。
「それで――今日はどんなご用件かしら?」


---

マリアは一呼吸おいてから、姿勢を正した。
「実は……お嬢様の教育改革をお手伝いできる人物を、ご紹介したく参りました。」

「紹介?」
セリカが首をかしげると、マリアは静かに答えた。

「私の夫――ゲオルグ・ルートヴィク・フォン・トラップです。」

「ご主人……!」
セリカは少し驚いたように目を瞬かせた。
夫の存在を耳にしたのは初めてだった。

「はい。彼はとても誠実で、出自にこだわらない人なんです。
 私が平民だったころから、身分を理由に態度を変えることもありませんでした。
 そして、実務にも非常に長けています。
 学校運営に必要な経理・管理、組織の整備――どれも彼の得意分野です。」

マリアの声は穏やかだったが、どこか誇らしげでもあった。
彼女が信頼している人なら、間違いなく優秀な人物だろう。

セリカは少しだけ目を細めた。
「……なるほど。実務面の人材は確かに不足しているわ。教師や生徒の情熱を支えるには、管理の土台が必要ね。」

そのとき、控えていたドライドが口を開いた。
「お嬢様、ゲオルグ殿の名は私も存じております。
 彼は誠実で、民からの信頼も厚い人物です。
 マリア殿と結ばれたときも、身分の違いをものともせず貫き通された。――まさに行動の人かと。」

「そう……」
セリカは手元のティーカップに視線を落とし、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「平民学校の理念に共鳴してくださる方なら、ぜひお会いしたいわ。」


---

マリアの表情に安堵の色が広がる。
「ありがとうございます、お嬢様。夫もきっと喜びます。近いうちにお引き合わせの機会を作らせてください。」

セリカは頷いた。
「ええ、ぜひお願いするわ。――ただ、一つだけお願いがあるの。」

「……お願い、ですか?」

「学校では、私のことを“公爵令嬢”ではなく、これまで通り“平民のセリカ”として扱ってください。
 身分を明かしてしまえば、子供たちも教師たちも遠慮してしまうでしょう?
 私は、あくまで“同じ目線”で教育を見たいの。」

マリアは一瞬息をのんだが、すぐに理解して頷いた。
「承知いたしました。……お嬢様の覚悟、改めて尊敬いたします。」


---

話し合いが終わり、マリアが去ったあと。
執務室には一瞬の静寂が戻った。

窓の外では、春風に乗って子供たちの笑い声がかすかに聞こえる。
セリカはその音を耳にしながら、小さく呟いた。

「……ゲオルグ・ルートヴィク・フォン・トラップ。
 この人が加われば、きっと学校はもう一段階、前へ進める。」

ドライドが横で穏やかに微笑む。
「お嬢様の信念に惹かれ、力を貸したいと願う者は少なくありません。
 きっと、この出会いも運命の一つでしょう。」

セリカは頷き、柔らかな笑みを返した。
「そうね……。これは“教育”という名の戦い。
 でも私は、誰も傷つけない戦いがしたいの。」

窓辺に立つセリカの銀髪が、風にふわりと揺れた。
その瞳は、子供たちの未来を映すように真っ直ぐだった。

そして――新たな協力者、ゲオルグ・ルートヴィク・フォン・トラップとの出会いが、
この学校を次なる段階へと導いていくことになる。


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