40 / 108
9-2 悪徳金融業者との対峙
しおりを挟む
9-2 悪徳金融業者との対峙
翌日。
ディオール公爵邸の応接室には、静かな緊張が漂っていた。
磨き上げられたテーブルの上には、一枚の契約書と香り高い紅茶。
外の陽光が差し込む中、セリカは落ち着いた表情で椅子に座り、来訪者を待っていた。
「お嬢様、ロワンス殿が参りました。」
執事の声にセリカは軽く頷く。
(――来たわね。昨日の“狩人”が。)
ほどなくして、黒いスーツを着たロワンスが現れた。
昨日と同じようににこやかに笑っていたが、その笑みの裏に潜む不気味な計算を、セリカは見抜いていた。
「お嬢様、お呼びいただき光栄でございます。」
ロワンスは深々と頭を下げ、すぐに契約書を広げる。
「本日こそ、この素晴らしい融資契約を正式に結ばせていただければと。」
セリカは紅茶を一口含み、ゆったりとした口調で応じた。
「その件ですが……昨日いただいた契約書に、少々気になる点がありまして。」
ロワンスの動きが一瞬だけ止まる。
だが、すぐに薄い笑みを浮かべた。
「お嬢様ほどの方が気になる点など、そうそうございませんでしょう。どの部分でございますか?」
「ここです。」
セリカは、契約書の一節を指で軽く叩いた。
「“返済遅延時に発生する追加金利および担保資産の差押え”――この条文。
こちらについて、詳しくご説明願えますか?」
ロワンスの笑顔が、わずかに引きつる。
「それは、あくまで通常の保証です。取引先が支払いに困った場合に備える、いわば保険のようなもので――」
「保険、ですか?」
セリカの声が、わずかに冷たくなった。
「しかし、この条文によれば、支払いが三か月遅れた時点で“学園および領地の資産の一部を譲渡”する義務が発生しています。
これでは、領地を守るどころか、差し出す契約です。」
「……っ!」
ロワンスの顔がわずかに引きつる。
それでも、彼はなんとか取り繕おうとした。
「お、お嬢様は誤解を――我々は決して不当なことを――」
「いいえ、誤解ではありません。」
セリカは微笑んだ。だが、その笑みには冷たい理性が宿っていた。
「私は昨夜、この契約を専門家と共に精査しました。
その結果、あなたの“融資条件”は、明らかに違法行為に該当するものだと判断しました。」
背後の扉が静かに開く。
そこには、サエとドライドが立っていた。
サエは契約書の複製を手にし、はっきりとした声で続ける。
「この契約、罰金の累積計算が巧妙に隠されてるんです。
一度支払いが遅れると、利息が毎週加算され、三か月で元金の十倍以上。
そのうえ、担保が“領内全資産”……。
完全に詐欺です。」
「な……っ!」
ロワンスは椅子から身を乗り出したが、すぐにドライドがその前に立ちはだかった。
「ロワンス殿。」
ドライドの低い声が、部屋の空気を引き締める。
「あなたの行いは、ディオール領を害する犯罪行為です。
お嬢様は、昨日からすでに領内の商務局に調査を依頼しております。
おそらく、あなたの他の契約もすでに確認されているでしょう。」
ロワンスの顔から血の気が引いた。
「な、なんだと……! まさか、あの短時間で……!」
セリカはゆっくりと立ち上がり、真っすぐロワンスを見つめた。
その瞳は、少女のものではなかった。
――領主の眼だった。
「ロワンス。あなたのような者は、民の信頼を食い物にする寄生虫です。
ディオール領では、あなたの手口は通用しません。」
その言葉に、ロワンスは笑顔を失い、舌打ちをした。
「……チッ。小娘が、貴族の名を笠に着て――!」
しかし、その瞬間、ドライドが一歩踏み出す。
「その口を慎め。貴様の発言はすべて記録されている。
このまま退去すれば、正式な裁きをもって処理されよう。
――まだ、“罪状”の追加を望むか?」
ロワンスは言葉を失い、額に冷や汗を浮かべる。
彼は乱暴に契約書を掴み、吐き捨てるように言った。
「……結構。契約は白紙に戻します。だが――この件、後悔なさらぬよう。」
セリカは落ち着いた声で応じた。
「ええ。あなたが正しく罪を償うなら、後悔する理由などありません。」
そのやりとりを最後に、ロワンスは足早に去っていった。
重く閉じられた扉の向こうで、彼の靴音が遠ざかっていく。
---
静寂が戻った応接室。
サエが安堵の息を漏らし、セリカの方を見た。
「セリカ様……本当に、あの人をやり込めちゃいましたね。」
セリカは小さく笑い、紅茶を口に含む。
「知識は力。彼のような者に奪われないためにこそ、学ぶのです。」
ドライドが深く頭を下げた。
「お嬢様のお見事な采配でした。……ただし、奴がこのまま引き下がるとは思えません。」
「ええ、わかっています。」
セリカの瞳は静かに燃えていた。
「でも大丈夫。彼が闇に逃げるなら――光で照らすだけですわ。」
---
---
翌日。
ディオール公爵邸の応接室には、静かな緊張が漂っていた。
磨き上げられたテーブルの上には、一枚の契約書と香り高い紅茶。
外の陽光が差し込む中、セリカは落ち着いた表情で椅子に座り、来訪者を待っていた。
「お嬢様、ロワンス殿が参りました。」
執事の声にセリカは軽く頷く。
(――来たわね。昨日の“狩人”が。)
ほどなくして、黒いスーツを着たロワンスが現れた。
昨日と同じようににこやかに笑っていたが、その笑みの裏に潜む不気味な計算を、セリカは見抜いていた。
「お嬢様、お呼びいただき光栄でございます。」
ロワンスは深々と頭を下げ、すぐに契約書を広げる。
「本日こそ、この素晴らしい融資契約を正式に結ばせていただければと。」
セリカは紅茶を一口含み、ゆったりとした口調で応じた。
「その件ですが……昨日いただいた契約書に、少々気になる点がありまして。」
ロワンスの動きが一瞬だけ止まる。
だが、すぐに薄い笑みを浮かべた。
「お嬢様ほどの方が気になる点など、そうそうございませんでしょう。どの部分でございますか?」
「ここです。」
セリカは、契約書の一節を指で軽く叩いた。
「“返済遅延時に発生する追加金利および担保資産の差押え”――この条文。
こちらについて、詳しくご説明願えますか?」
ロワンスの笑顔が、わずかに引きつる。
「それは、あくまで通常の保証です。取引先が支払いに困った場合に備える、いわば保険のようなもので――」
「保険、ですか?」
セリカの声が、わずかに冷たくなった。
「しかし、この条文によれば、支払いが三か月遅れた時点で“学園および領地の資産の一部を譲渡”する義務が発生しています。
これでは、領地を守るどころか、差し出す契約です。」
「……っ!」
ロワンスの顔がわずかに引きつる。
それでも、彼はなんとか取り繕おうとした。
「お、お嬢様は誤解を――我々は決して不当なことを――」
「いいえ、誤解ではありません。」
セリカは微笑んだ。だが、その笑みには冷たい理性が宿っていた。
「私は昨夜、この契約を専門家と共に精査しました。
その結果、あなたの“融資条件”は、明らかに違法行為に該当するものだと判断しました。」
背後の扉が静かに開く。
そこには、サエとドライドが立っていた。
サエは契約書の複製を手にし、はっきりとした声で続ける。
「この契約、罰金の累積計算が巧妙に隠されてるんです。
一度支払いが遅れると、利息が毎週加算され、三か月で元金の十倍以上。
そのうえ、担保が“領内全資産”……。
完全に詐欺です。」
「な……っ!」
ロワンスは椅子から身を乗り出したが、すぐにドライドがその前に立ちはだかった。
「ロワンス殿。」
ドライドの低い声が、部屋の空気を引き締める。
「あなたの行いは、ディオール領を害する犯罪行為です。
お嬢様は、昨日からすでに領内の商務局に調査を依頼しております。
おそらく、あなたの他の契約もすでに確認されているでしょう。」
ロワンスの顔から血の気が引いた。
「な、なんだと……! まさか、あの短時間で……!」
セリカはゆっくりと立ち上がり、真っすぐロワンスを見つめた。
その瞳は、少女のものではなかった。
――領主の眼だった。
「ロワンス。あなたのような者は、民の信頼を食い物にする寄生虫です。
ディオール領では、あなたの手口は通用しません。」
その言葉に、ロワンスは笑顔を失い、舌打ちをした。
「……チッ。小娘が、貴族の名を笠に着て――!」
しかし、その瞬間、ドライドが一歩踏み出す。
「その口を慎め。貴様の発言はすべて記録されている。
このまま退去すれば、正式な裁きをもって処理されよう。
――まだ、“罪状”の追加を望むか?」
ロワンスは言葉を失い、額に冷や汗を浮かべる。
彼は乱暴に契約書を掴み、吐き捨てるように言った。
「……結構。契約は白紙に戻します。だが――この件、後悔なさらぬよう。」
セリカは落ち着いた声で応じた。
「ええ。あなたが正しく罪を償うなら、後悔する理由などありません。」
そのやりとりを最後に、ロワンスは足早に去っていった。
重く閉じられた扉の向こうで、彼の靴音が遠ざかっていく。
---
静寂が戻った応接室。
サエが安堵の息を漏らし、セリカの方を見た。
「セリカ様……本当に、あの人をやり込めちゃいましたね。」
セリカは小さく笑い、紅茶を口に含む。
「知識は力。彼のような者に奪われないためにこそ、学ぶのです。」
ドライドが深く頭を下げた。
「お嬢様のお見事な采配でした。……ただし、奴がこのまま引き下がるとは思えません。」
「ええ、わかっています。」
セリカの瞳は静かに燃えていた。
「でも大丈夫。彼が闇に逃げるなら――光で照らすだけですわ。」
---
---
51
あなたにおすすめの小説
『婚約破棄され追放されましたが、隣国の氷の公爵様に“白い結婚”を提案されましたので、心穏やかに幸せになりますわ
鷹 綾
恋愛
婚約破棄されたその日、私は“追放令”も同時に宣告された。
王太子エドモンド殿下曰く、
「君のように冷たい女はいらない。真実の愛は聖女ローザだ」──と。
……それなら結構ですわ。
捨ててくださって、ありがとうございます。
行く宛もなく王都を去った私を拾ったのは、
冷徹と噂される若き宰相代理アレクシス様。
「俺と“白い結婚”をしないか。
互いの自由を侵さない、契約だけの結婚だ」
恋愛感情は一切なし。
――そんなはずだったのに。
料理を褒めてくれる優しい声。
仕事帰りにかけてくれる「ただいま」。
私の手をそっと包む温もり。
気づけば、契約のはずの彼との距離が、少しずつ近づいていく。
そんな折──王太子と偽聖女ローザが私を“罪人”に仕立て上げ、
祝福の儀の場で公開断罪しようと企む。
「セレナに触れるな。……彼女は、俺の妻だ」
アレクシス様が壇上で剣を抜いた瞬間、
私の世界は大きく動き出した。
偽りの聖女は暴かれ、王太子は没落。
追放された令嬢の“ざまぁ”が王都を駆け巡る中、
契約で始まった白い結婚は――本物の夫婦の誓いへと変わっていく。
これは、
捨てられた令嬢が“本当の幸せ”をつかみ取る、
大逆転のラブストーリー。
---
悪役だから仕方がないなんて言わせない!
音無砂月
恋愛
マリア・フォン・オレスト
オレスト国の第一王女として生まれた。
王女として政略結婚の為嫁いだのは隣国、シスタミナ帝国
政略結婚でも多少の期待をして嫁いだが夫には既に思い合う人が居た。
見下され、邪険にされ続けるマリアの運命は・・・・・。
婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします
たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。
荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。
「この猫に構うな。人間嫌いだから」
冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。
猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。
ずっとヤモリだと思ってた俺の相棒は実は最強の竜らしい
空色蜻蛉
ファンタジー
選ばれし竜の痣(竜紋)を持つ竜騎士が国の威信を掛けて戦う世界。
孤児の少年アサヒは、同じ孤児の仲間を集めて窃盗を繰り返して貧しい生活をしていた。
竜騎士なんて貧民の自分には関係の無いことだと思っていたアサヒに、ある日、転機が訪れる。
火傷の跡だと思っていたものが竜紋で、壁に住んでたヤモリが俺の竜?
いやいや、ないでしょ……。
【お知らせ】2018/2/27 完結しました。
◇空色蜻蛉の作品一覧はhttps://kakuyomu.jp/users/25tonbo/news/1177354054882823862をご覧ください。
多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】
23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも!
そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。
お願いですから、私に構わないで下さい!
※ 他サイトでも投稿中
転生令嬢はのんびりしたい!〜その愛はお断りします〜
咲宮
恋愛
私はオルティアナ公爵家に生まれた長女、アイシアと申します。
実は前世持ちでいわゆる転生令嬢なんです。前世でもかなりいいところのお嬢様でした。今回でもお嬢様、これまたいいところの!前世はなんだかんだ忙しかったので、今回はのんびりライフを楽しもう!…そう思っていたのに。
どうして貴方まで同じ世界に転生してるの?
しかも王子ってどういうこと!?
お願いだから私ののんびりライフを邪魔しないで!
その愛はお断りしますから!
※更新が不定期です。
※誤字脱字の指摘や感想、よろしければお願いします。
※完結から結構経ちましたが、番外編を始めます!
婚約破棄された令嬢は“図書館勤務”を満喫中
かしおり
恋愛
「君は退屈だ」と婚約を破棄された令嬢クラリス。社交界にも、実家にも居場所を失った彼女がたどり着いたのは、静かな田舎町アシュベリーの図書館でした。
本の声が聞こえるような不思議な感覚と、真面目で控えめな彼女の魅力は、少しずつ周囲の人々の心を癒していきます。
そんな中、図書館に通う謎めいた青年・リュカとの出会いが、クラリスの世界を大きく変えていく――
身分も立場も異なるふたりの静かで知的な恋は、やがて王都をも巻き込む運命へ。
癒しと知性が紡ぐ、身分差ロマンス。図書館の窓辺から始まる、幸せな未来の物語。
ゲームには参加しません! ―悪役を回避して無事逃れたと思ったのに―
冬野月子
恋愛
侯爵令嬢クリスティナは、ここが前世で遊んだ学園ゲームの世界だと気づいた。そして自分がヒロインのライバルで悪役となる立場だと。
のんびり暮らしたいクリスティナはゲームとは関わらないことに決めた。設定通りに王太子の婚約者にはなってしまったけれど、ゲームを回避して婚約も解消。平穏な生活を手に入れたと思っていた。
けれど何故か義弟から求婚され、元婚約者もアプローチしてきて、さらに……。
※小説家になろう・カクヨムにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる