42 / 108
9-4 悪徳業者の策謀と反撃の始まり
しおりを挟む
9-4 悪徳業者の策謀と反撃の始まり
それから数日が過ぎた。
ディオール領には一見、穏やかな日常が戻っていた。商人は店を開き、農民は田畑を耕し、子どもたちの笑い声が風に混じる。
けれど、セリカはその静けさを「嵐の前」と感じていた。
ロワンスという男が、あれほど露骨に食い下がっていたのだ。あれで終わるはずがない。
領主館の執務室で書類に目を通すセリカの横で、補佐官のドライドが報告を読んでいた。
「お嬢様。……やはり予想どおりです。ロワンスが、領内の商人や農民に接触しているとの報告が入りました」
その言葉に、セリカは静かに眉を寄せた。
思ったより早かった。
「どうやら、あの男……まだ諦めていないようですね」
「ええ。奴は金で人を動かせると信じています。領主の信頼を失墜させる――その一点に狙いを絞ったようです」
セリカはゆっくりと息を吐き、立ち上がった。
「彼の狙いは明白ですわね。領民の信頼を揺るがせば、領政そのものが崩れる。……挑戦を受けて立ちましょう」
そこへ、扉をノックする音。
入ってきたのは、いつものように几帳面な身なりの少女――サエだった。
「お嬢様、失礼いたします」
「サエ、どうしたの?」
彼女は書類の束を抱え、軽く頭を下げる。
「領内の文書を確認していたところ、新しい契約書の写しがありました。念のため確認を……と思いまして」
セリカは受け取り、目を走らせた。
――やはり。違約金の文言が、以前よりもさらに巧妙に書き換えられている。
「またしても“借り手を破滅させる罠”ね……。言い回しを変えて、罠の匂いを薄めているわ」
サエは淡々と頷き、ページをめくった。
「ええ。法の専門家でも一読では気づかない構成です。ですが、要約してみれば――返済が一日でも遅れれば、全財産の没収、ですね」
セリカは唇を引き結び、ドライドを見た。
「奴ら、完全に私たちを試しているわね。……サエ、あなたの見抜く力があって助かったわ」
「当然の務めです。お嬢様が領地を守るために戦っておられるのですから、私も微力ながら支えたいのです」
セリカはほほ笑んだ。
頼もしい“知恵の剣”がそばにいる。そのことが、何よりの力になる。
その夜、セリカは執務室に地図を広げ、ドライドと対策を練った。
「まずは噂の真偽を確かめ、それに対抗する“真実”を広めましょう」
「領民に不安が広がる前に、信頼できる者たちを集めるべきですな」
翌日、ディオール領の商人、職人、そして村の長老たちが館に招かれた。
重厚な会議室に入ると、皆がざわめきを止め、セリカの前に並んだ。
彼女は立ち上がり、朗らかに、しかし芯の通った声で語りかけた。
「皆さん。私たちの領地には、平等と努力によって未来を築く力があります。けれど、それを妨げようとする者が現れました。――彼らは私たちを疑わせ、分断しようとしています」
沈黙。だが、その沈黙は敵意ではなく、真剣な耳を傾ける静けさだった。
「私は、この領地を誰かの金儲けの道具にはさせません。皆さんが正直に働いた分だけ、正当に報われる。そんなディオール領を、私は守ります」
その言葉に、最前列の老商人が目を潤ませながら頭を下げた。
「お嬢様……わしらは、ついていきます。誰が何を言おうと、あんたの領地は間違っちゃおらん」
他の者たちも次々に頷き、拍手が起こった。
会議が終わる頃には、彼らの心は完全にセリカのもとへ戻っていた。
その後、商人たちは率先して真実を語り、村々でもセリカの言葉が広まっていった。
ロワンスが流した「ディオール家は崩壊寸前」などという噂は、まるで朝霧のように消え去っていった。
執務室で報告を受け取ったセリカは、安堵の笑みを浮かべた。
「ふふ……少しずつ、光が戻ってきたわね」
ドライドは深く頷き、穏やかな声で言った。
「お嬢様の人望の勝利です。ロワンスなど、いずれ自らの悪意に飲まれるでしょう」
セリカは静かに立ち上がり、窓の外を見つめた。
陽光が差し込む領都の街並み。そこには、彼女が守ろうとする民の暮らしがあった。
「この戦いは、まだ始まったばかりよ。……でも、絶対に負けない」
その瞳には、領地の未来を見据える“領主代理”としての強い意志が宿っていた。
そしてその日、ディオール領に新たな夜明けが訪れようとしていた。
それから数日が過ぎた。
ディオール領には一見、穏やかな日常が戻っていた。商人は店を開き、農民は田畑を耕し、子どもたちの笑い声が風に混じる。
けれど、セリカはその静けさを「嵐の前」と感じていた。
ロワンスという男が、あれほど露骨に食い下がっていたのだ。あれで終わるはずがない。
領主館の執務室で書類に目を通すセリカの横で、補佐官のドライドが報告を読んでいた。
「お嬢様。……やはり予想どおりです。ロワンスが、領内の商人や農民に接触しているとの報告が入りました」
その言葉に、セリカは静かに眉を寄せた。
思ったより早かった。
「どうやら、あの男……まだ諦めていないようですね」
「ええ。奴は金で人を動かせると信じています。領主の信頼を失墜させる――その一点に狙いを絞ったようです」
セリカはゆっくりと息を吐き、立ち上がった。
「彼の狙いは明白ですわね。領民の信頼を揺るがせば、領政そのものが崩れる。……挑戦を受けて立ちましょう」
そこへ、扉をノックする音。
入ってきたのは、いつものように几帳面な身なりの少女――サエだった。
「お嬢様、失礼いたします」
「サエ、どうしたの?」
彼女は書類の束を抱え、軽く頭を下げる。
「領内の文書を確認していたところ、新しい契約書の写しがありました。念のため確認を……と思いまして」
セリカは受け取り、目を走らせた。
――やはり。違約金の文言が、以前よりもさらに巧妙に書き換えられている。
「またしても“借り手を破滅させる罠”ね……。言い回しを変えて、罠の匂いを薄めているわ」
サエは淡々と頷き、ページをめくった。
「ええ。法の専門家でも一読では気づかない構成です。ですが、要約してみれば――返済が一日でも遅れれば、全財産の没収、ですね」
セリカは唇を引き結び、ドライドを見た。
「奴ら、完全に私たちを試しているわね。……サエ、あなたの見抜く力があって助かったわ」
「当然の務めです。お嬢様が領地を守るために戦っておられるのですから、私も微力ながら支えたいのです」
セリカはほほ笑んだ。
頼もしい“知恵の剣”がそばにいる。そのことが、何よりの力になる。
その夜、セリカは執務室に地図を広げ、ドライドと対策を練った。
「まずは噂の真偽を確かめ、それに対抗する“真実”を広めましょう」
「領民に不安が広がる前に、信頼できる者たちを集めるべきですな」
翌日、ディオール領の商人、職人、そして村の長老たちが館に招かれた。
重厚な会議室に入ると、皆がざわめきを止め、セリカの前に並んだ。
彼女は立ち上がり、朗らかに、しかし芯の通った声で語りかけた。
「皆さん。私たちの領地には、平等と努力によって未来を築く力があります。けれど、それを妨げようとする者が現れました。――彼らは私たちを疑わせ、分断しようとしています」
沈黙。だが、その沈黙は敵意ではなく、真剣な耳を傾ける静けさだった。
「私は、この領地を誰かの金儲けの道具にはさせません。皆さんが正直に働いた分だけ、正当に報われる。そんなディオール領を、私は守ります」
その言葉に、最前列の老商人が目を潤ませながら頭を下げた。
「お嬢様……わしらは、ついていきます。誰が何を言おうと、あんたの領地は間違っちゃおらん」
他の者たちも次々に頷き、拍手が起こった。
会議が終わる頃には、彼らの心は完全にセリカのもとへ戻っていた。
その後、商人たちは率先して真実を語り、村々でもセリカの言葉が広まっていった。
ロワンスが流した「ディオール家は崩壊寸前」などという噂は、まるで朝霧のように消え去っていった。
執務室で報告を受け取ったセリカは、安堵の笑みを浮かべた。
「ふふ……少しずつ、光が戻ってきたわね」
ドライドは深く頷き、穏やかな声で言った。
「お嬢様の人望の勝利です。ロワンスなど、いずれ自らの悪意に飲まれるでしょう」
セリカは静かに立ち上がり、窓の外を見つめた。
陽光が差し込む領都の街並み。そこには、彼女が守ろうとする民の暮らしがあった。
「この戦いは、まだ始まったばかりよ。……でも、絶対に負けない」
その瞳には、領地の未来を見据える“領主代理”としての強い意志が宿っていた。
そしてその日、ディオール領に新たな夜明けが訪れようとしていた。
45
あなたにおすすめの小説
『婚約破棄され追放されましたが、隣国の氷の公爵様に“白い結婚”を提案されましたので、心穏やかに幸せになりますわ
鷹 綾
恋愛
婚約破棄されたその日、私は“追放令”も同時に宣告された。
王太子エドモンド殿下曰く、
「君のように冷たい女はいらない。真実の愛は聖女ローザだ」──と。
……それなら結構ですわ。
捨ててくださって、ありがとうございます。
行く宛もなく王都を去った私を拾ったのは、
冷徹と噂される若き宰相代理アレクシス様。
「俺と“白い結婚”をしないか。
互いの自由を侵さない、契約だけの結婚だ」
恋愛感情は一切なし。
――そんなはずだったのに。
料理を褒めてくれる優しい声。
仕事帰りにかけてくれる「ただいま」。
私の手をそっと包む温もり。
気づけば、契約のはずの彼との距離が、少しずつ近づいていく。
そんな折──王太子と偽聖女ローザが私を“罪人”に仕立て上げ、
祝福の儀の場で公開断罪しようと企む。
「セレナに触れるな。……彼女は、俺の妻だ」
アレクシス様が壇上で剣を抜いた瞬間、
私の世界は大きく動き出した。
偽りの聖女は暴かれ、王太子は没落。
追放された令嬢の“ざまぁ”が王都を駆け巡る中、
契約で始まった白い結婚は――本物の夫婦の誓いへと変わっていく。
これは、
捨てられた令嬢が“本当の幸せ”をつかみ取る、
大逆転のラブストーリー。
---
婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします
たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。
荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。
「この猫に構うな。人間嫌いだから」
冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。
猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。
転生令嬢はのんびりしたい!〜その愛はお断りします〜
咲宮
恋愛
私はオルティアナ公爵家に生まれた長女、アイシアと申します。
実は前世持ちでいわゆる転生令嬢なんです。前世でもかなりいいところのお嬢様でした。今回でもお嬢様、これまたいいところの!前世はなんだかんだ忙しかったので、今回はのんびりライフを楽しもう!…そう思っていたのに。
どうして貴方まで同じ世界に転生してるの?
しかも王子ってどういうこと!?
お願いだから私ののんびりライフを邪魔しないで!
その愛はお断りしますから!
※更新が不定期です。
※誤字脱字の指摘や感想、よろしければお願いします。
※完結から結構経ちましたが、番外編を始めます!
悪役だから仕方がないなんて言わせない!
音無砂月
恋愛
マリア・フォン・オレスト
オレスト国の第一王女として生まれた。
王女として政略結婚の為嫁いだのは隣国、シスタミナ帝国
政略結婚でも多少の期待をして嫁いだが夫には既に思い合う人が居た。
見下され、邪険にされ続けるマリアの運命は・・・・・。
婚約破棄された令嬢は“図書館勤務”を満喫中
かしおり
恋愛
「君は退屈だ」と婚約を破棄された令嬢クラリス。社交界にも、実家にも居場所を失った彼女がたどり着いたのは、静かな田舎町アシュベリーの図書館でした。
本の声が聞こえるような不思議な感覚と、真面目で控えめな彼女の魅力は、少しずつ周囲の人々の心を癒していきます。
そんな中、図書館に通う謎めいた青年・リュカとの出会いが、クラリスの世界を大きく変えていく――
身分も立場も異なるふたりの静かで知的な恋は、やがて王都をも巻き込む運命へ。
癒しと知性が紡ぐ、身分差ロマンス。図書館の窓辺から始まる、幸せな未来の物語。
逆行したので運命を変えようとしたら、全ておばあさまの掌の上でした
ひとみん
恋愛
夫に殺されたはずなのに、目覚めれば五才に戻っていた。同じ運命は嫌だと、足掻きはじめるクロエ。
なんとか前に死んだ年齢を超えられたけど、実は何やら祖母が裏で色々動いていたらしい。
ザル設定のご都合主義です。
最初はほぼ状況説明的文章です・・・
ゲームには参加しません! ―悪役を回避して無事逃れたと思ったのに―
冬野月子
恋愛
侯爵令嬢クリスティナは、ここが前世で遊んだ学園ゲームの世界だと気づいた。そして自分がヒロインのライバルで悪役となる立場だと。
のんびり暮らしたいクリスティナはゲームとは関わらないことに決めた。設定通りに王太子の婚約者にはなってしまったけれど、ゲームを回避して婚約も解消。平穏な生活を手に入れたと思っていた。
けれど何故か義弟から求婚され、元婚約者もアプローチしてきて、さらに……。
※小説家になろう・カクヨムにも投稿しています。
【完結】公爵令嬢の育て方~平民の私が殿下から溺愛されるいわれはないので、ポーション開発に励みます。
buchi
恋愛
ポーシャは、平民の特待生として貴族の学園に入学したが、容貌もパッとしなければ魔力もなさそうと蔑視の対象に。それなのに、入学早々、第二王子のルーカス殿下はポーシャのことを婚約者と呼んで付きまとう。デロ甘・辛辣・溺愛・鈍感コメディ(?)。殿下の一方通行がかわいそう。ポジティブで金儲けに熱心なポーシャは、殿下を無視して自分の道を突き進む。がんばれ、殿下! がんばれ、ポーシャ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる