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11-5 婿を取らせる方針の宣言・2
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第11章 11-5 婿を取らせる方針の宣言・2
ディオール家が「セリカに婿を取らせる」という異例の方針を正式に発表した翌日――
その決定は、驚異的な速度でリュミエール王国全土に広まった。
王都では貴族の令嬢たちがサロンでざわめき、地方の領主たちは食卓でその名を口にした。
「あの公爵家が、娘に婿を取らせるだと?」「まるで次代の君主のようではないか!」
驚嘆、戸惑い、そしてわずかな羨望。
そのどれもが、ディオール家の圧倒的な存在感を示していた。
――そして、その中心にいるのは、まだわずか五歳の少女。
しかし彼女は、単なる子どもではなかった。
すでに領地経営の一部に携わり、提案した政策が実際に成果を上げている。
「ディオールの奇跡の令嬢」――
そんな呼び名まで王都で囁かれ始めていた。
---
一方、王宮の奥。
その報せを受け取ったアコード王子は、重く静かな怒りと困惑の狭間に立っていた。
「……婿を取らせる、だと?」
報告を終えた侍従が怯えたように頷く。
王子は眉をひそめ、しばらく黙り込んだ。
胸の奥で何かが軋む音がした。
――再婚約を正式に申し入れたばかりだった。
セリカの将来を尊重するため、誠実に言葉を尽くしたつもりだった。
なのに、返ってきたのは“断り”だけではなく、完全な独立宣言のような方針。
「なぜだ……。なぜ、私ではいけない……?」
彼女を束縛するつもりなどなかった。
彼女の才を誰よりも理解しているつもりだった。
彼女と共に歩むことが、王国の未来を強くする――そう信じていたのに。
---
その日の夕暮れ、王子の私室に一人の青年が訪れた。
若き伯爵、エルンスト。
アコード王子の幼少の頃からの友人であり、今も彼に率直な意見を言える数少ない存在だ。
「殿下。お加減が優れぬと聞き、お見舞いに参りました。」
王子は窓辺に立ったまま、振り返りもせず呟いた。
「……見ての通りだ。気分など最悪だよ。」
エルンストは苦笑しながら室内に足を踏み入れ、静かに扉を閉めた。
「セリカ嬢が婿を取ると決まったそうですね。」
「そうだ。信じられるか? まだ五歳だぞ。
だがあの家は、彼女をもう“領主”として見ているらしい。」
「ええ、聞いております。……だが、殿下、ディオール家の判断は理にかなっています。」
「理だと?」
王子の声がわずかに震えた。
エルンストは怯まず、真っすぐその目を見つめた。
「彼らは、娘を“家の後継”として守ろうとしている。
セリカ嬢の才覚は、この国の未来を左右しかねないほどのもの。
だからこそ、彼女を王家の一員にするよりも、独立した存在として育てる方を選んだ。
それが、ディオール家の愛であり、戦略です。」
「……戦略、か。」
アコードは拳を握りしめた。
心のどこかで、その言葉の正しさを理解していた。
それでも、どうしても納得できない。
「だが、それでは私はどうすればいい? 私は――彼女を、ただ見ているしかないのか?」
エルンストは少し黙り、やがて静かに笑った。
「見ていることは、決して無力ではありません。
殿下が本気で彼女を尊敬しているなら、今なさるべきは奪うことではなく、
支える立場に立つことです。」
「支える……?」
「はい。
セリカ嬢が築く未来の中で、殿下が国の柱として彼女を見守る。
その関係こそ、王と領主の理想の形ではありませんか?」
---
アコード王子は沈黙した。
夕陽が赤く差し込み、金の髪が淡く輝く。
その光の中で、彼の顔には少年の迷いではなく、若き王の影が差していた。
「……そうだな。奪うのではなく、支えるか。」
小さく呟いたあと、アコードは窓の外に視線を投げた。
遠く、山の向こうに広がるディオールの領地。
そこに、たった五歳の少女が人々の未来を背負って立っている。
「セリカ。
君がこの国を導くなら――
私はその道を、王として整える。」
その声は、決意に満ちていた。
エルンストは静かに頭を下げた。
「それでこそ、殿下です。
彼女の才を理解し、彼女の自由を認める……それが、真の愛でしょう。」
アコードは微かに笑った。
苦い笑みの奥に、確かな希望があった。
---
その後、アコード王子は政治の実務にさらに精力的に取り組み始めた。
新しい交易路の開発、地方領主たちとの会談、そして王立学院への奨学制度の創設。
「ディオール領の知を国に還す仕組みをつくる」と宣言し、周囲を驚かせた。
「彼女がこの国を豊かにするなら、私はその礎を整えよう。」
そう語る彼の姿は、もはやかつての少年王子ではなかった。
---
一方、ディオール領では――
セリカは父の膝に座り、領民の生活記録を眺めながら微笑んでいた。
遠く王都の噂など知らぬように、小さな手で書類の端を指でなぞる。
「お父様。アコード殿下は……怒っていませんか?」
「怒るような方ではないさ。
むしろ、お前の成長を喜んでおられるだろう。」
公爵の言葉に、セリカは小さく頷き、にっこりと笑った。
――それでいい。
彼女は幼いながらも、自分の進むべき道を知っていた。
---
こうして、ディオール家の決断は王国に新たな潮流を生んだ。
“婿を取る令嬢”という常識破りの方針は、
旧来の価値観を揺るがし、次代の変革を予感させるものとなった。
アコード王子は王都で政治の舵を取り、
セリカは領地で人々の暮らしを導く。
――それぞれの場所で、同じ未来を見ていた。
---
ディオール家が「セリカに婿を取らせる」という異例の方針を正式に発表した翌日――
その決定は、驚異的な速度でリュミエール王国全土に広まった。
王都では貴族の令嬢たちがサロンでざわめき、地方の領主たちは食卓でその名を口にした。
「あの公爵家が、娘に婿を取らせるだと?」「まるで次代の君主のようではないか!」
驚嘆、戸惑い、そしてわずかな羨望。
そのどれもが、ディオール家の圧倒的な存在感を示していた。
――そして、その中心にいるのは、まだわずか五歳の少女。
しかし彼女は、単なる子どもではなかった。
すでに領地経営の一部に携わり、提案した政策が実際に成果を上げている。
「ディオールの奇跡の令嬢」――
そんな呼び名まで王都で囁かれ始めていた。
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一方、王宮の奥。
その報せを受け取ったアコード王子は、重く静かな怒りと困惑の狭間に立っていた。
「……婿を取らせる、だと?」
報告を終えた侍従が怯えたように頷く。
王子は眉をひそめ、しばらく黙り込んだ。
胸の奥で何かが軋む音がした。
――再婚約を正式に申し入れたばかりだった。
セリカの将来を尊重するため、誠実に言葉を尽くしたつもりだった。
なのに、返ってきたのは“断り”だけではなく、完全な独立宣言のような方針。
「なぜだ……。なぜ、私ではいけない……?」
彼女を束縛するつもりなどなかった。
彼女の才を誰よりも理解しているつもりだった。
彼女と共に歩むことが、王国の未来を強くする――そう信じていたのに。
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その日の夕暮れ、王子の私室に一人の青年が訪れた。
若き伯爵、エルンスト。
アコード王子の幼少の頃からの友人であり、今も彼に率直な意見を言える数少ない存在だ。
「殿下。お加減が優れぬと聞き、お見舞いに参りました。」
王子は窓辺に立ったまま、振り返りもせず呟いた。
「……見ての通りだ。気分など最悪だよ。」
エルンストは苦笑しながら室内に足を踏み入れ、静かに扉を閉めた。
「セリカ嬢が婿を取ると決まったそうですね。」
「そうだ。信じられるか? まだ五歳だぞ。
だがあの家は、彼女をもう“領主”として見ているらしい。」
「ええ、聞いております。……だが、殿下、ディオール家の判断は理にかなっています。」
「理だと?」
王子の声がわずかに震えた。
エルンストは怯まず、真っすぐその目を見つめた。
「彼らは、娘を“家の後継”として守ろうとしている。
セリカ嬢の才覚は、この国の未来を左右しかねないほどのもの。
だからこそ、彼女を王家の一員にするよりも、独立した存在として育てる方を選んだ。
それが、ディオール家の愛であり、戦略です。」
「……戦略、か。」
アコードは拳を握りしめた。
心のどこかで、その言葉の正しさを理解していた。
それでも、どうしても納得できない。
「だが、それでは私はどうすればいい? 私は――彼女を、ただ見ているしかないのか?」
エルンストは少し黙り、やがて静かに笑った。
「見ていることは、決して無力ではありません。
殿下が本気で彼女を尊敬しているなら、今なさるべきは奪うことではなく、
支える立場に立つことです。」
「支える……?」
「はい。
セリカ嬢が築く未来の中で、殿下が国の柱として彼女を見守る。
その関係こそ、王と領主の理想の形ではありませんか?」
---
アコード王子は沈黙した。
夕陽が赤く差し込み、金の髪が淡く輝く。
その光の中で、彼の顔には少年の迷いではなく、若き王の影が差していた。
「……そうだな。奪うのではなく、支えるか。」
小さく呟いたあと、アコードは窓の外に視線を投げた。
遠く、山の向こうに広がるディオールの領地。
そこに、たった五歳の少女が人々の未来を背負って立っている。
「セリカ。
君がこの国を導くなら――
私はその道を、王として整える。」
その声は、決意に満ちていた。
エルンストは静かに頭を下げた。
「それでこそ、殿下です。
彼女の才を理解し、彼女の自由を認める……それが、真の愛でしょう。」
アコードは微かに笑った。
苦い笑みの奥に、確かな希望があった。
---
その後、アコード王子は政治の実務にさらに精力的に取り組み始めた。
新しい交易路の開発、地方領主たちとの会談、そして王立学院への奨学制度の創設。
「ディオール領の知を国に還す仕組みをつくる」と宣言し、周囲を驚かせた。
「彼女がこの国を豊かにするなら、私はその礎を整えよう。」
そう語る彼の姿は、もはやかつての少年王子ではなかった。
---
一方、ディオール領では――
セリカは父の膝に座り、領民の生活記録を眺めながら微笑んでいた。
遠く王都の噂など知らぬように、小さな手で書類の端を指でなぞる。
「お父様。アコード殿下は……怒っていませんか?」
「怒るような方ではないさ。
むしろ、お前の成長を喜んでおられるだろう。」
公爵の言葉に、セリカは小さく頷き、にっこりと笑った。
――それでいい。
彼女は幼いながらも、自分の進むべき道を知っていた。
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こうして、ディオール家の決断は王国に新たな潮流を生んだ。
“婿を取る令嬢”という常識破りの方針は、
旧来の価値観を揺るがし、次代の変革を予感させるものとなった。
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――それぞれの場所で、同じ未来を見ていた。
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