76 / 108
18-2 策謀の舞台
しおりを挟む
第18章 ランディ編
18-2 策謀の舞台
ディオール領に、ひとつの知らせが届いた。
それは静かな午後の執務室――陽光がレースのカーテンを透かして差し込む中、セリカ・ディオールは手にしていた報告書を思わず取り落とした。
「……ランディ王子が、こちらに?」
報告を伝えた家臣が頷く。
「はい、セリカ様。王子殿下がディオール領を視察されるとのことです。来訪の目的は“交易網の確認”とのことですが……」
セリカは瞳を細めた。
交易網――それは最近、彼の匿名の助言をもとに整備された新たな事業だ。
つまり、彼が自らの成果を確かめに来るということ。
「……思っていたより早いわね。」
セリカは小さく息をつき、胸の奥にわずかな緊張を抱いた。
ランディ王子――リュミエール王国第5王子。
表舞台に立つことを嫌い、いつも静かに「裏」で動く男。
その名は、貴族たちの間でこう囁かれていた。
> “彼は、王の椅子ではなく――王を操る席を狙っている”
その男が、自分の領地に来る。
しかも、理由は「交易確認」――。
セリカは机の上の羽ペンをそっと置き、深く息を整えた。
「ここまでお世話になっているのですもの。……礼は言わなくてはなりませんわね。」
言葉とは裏腹に、彼女の眼差しには冷たい理性の光が宿っていた。
---
そして、迎えの朝が来た。
王族の訪問というだけで、ディオール領は緊張に包まれていた。
城の中庭には絹の旗がはためき、騎士団が整列し、花々が一斉に香りを放つ。
空までが息を潜めるような、張り詰めた空気。
控室の椅子に腰かけたセリカは、落ち着いた姿勢を保ちながらも、胸の奥で鼓動を数えていた。
やがて――扉が静かに開く。
「リュミエール王国第五王子、ランディ殿下のご到着です!」
黒髪に金の瞳。
身に纏うのは深緋のロングコート、胸元には王家の紋章。
その佇まいは、まるで夜そのものが歩いてくるかのようだった。
「セリカ・ディオール様、お目にかかれて光栄です。」
声は低く、冷ややか。
けれど、その奥には不思議な柔らかさがあった。
セリカは椅子から静かに立ち上がり、裾を摘まんで一礼する。
「ようこそお越しくださいました、ランディ王子。遠路はるばる、ありがとうございます。
……貴殿のご助言が、我が領の発展に大きく貢献しております。」
「ほう。」
ランディの口元が僅かに緩む。
「それは何より。私はただ、貴女の知恵がこの国を豊かにしていくことを楽しみにしているだけです。」
その声音には誠実さがあった。
だがセリカの耳には、**“私の意図をお前は理解しているか”**という試すような響きが含まれているように思えた。
---
応接室に場所を移すと、二人の対話はより深く静かになった。
ランディは紅茶を口にしながら、まるで舞台の脚本を読むように自然に会話を操る。
「ディオール領の交易路再整備、見事な判断でした。
南部の商業連合も感服しておりましたよ。」
「ありがとうございます。ですが、あの構想は――」
「ええ、元々は私の助言を受けた家臣の案ですね。」
ランディが柔らかく遮る。
「とはいえ、実行に移したのは貴女です。私はただ、貴女の判断力を信じていたまで。」
その微笑は完璧だった。
挑発でも、支配でもない。
だが――“信じていた”という言葉で主導権を奪う。
それが彼のやり方。
セリカは、その一言で悟った。
――この人は、私を試している。
「……お言葉、痛み入ります。ですが、私は自ら考え、決断したまでのことです。」
淡々と返す。
わずかに上がった声の調子に、ランディの瞳が楽しげに細められた。
「なるほど。やはり、貴女は噂以上だ。」
---
沈黙が数拍、流れた。
紅茶の香りと、外の風の音だけが響く。
その空気を破ったのは、セリカの方だった。
「ランディ王子。……一つだけお尋ねしてもよろしいですか?」
「ええ、どうぞ。」
「貴方は、なぜここまでして私を――ディオール領を助けてくださるのです?」
幼い顔に似合わぬ真っ直ぐな視線。
その瞳の強さに、ランディは一瞬だけ息を呑んだ。
だがすぐに、静かに微笑む。
「理由ですか。……簡単なことですよ。」
彼はカップを静かに置き、セリカを見据えた。
「貴女に“私を必要だと思ってもらいたい”のです。」
「……え?」
「私は支配者ではなく、支援者として側にいたい。
けれど同時に――貴女が私の存在を意識せずにはいられなくなるように。」
その笑みは、優雅でありながら、どこか危うい。
セリカは唇をわずかに引き結び、心の中で呟いた。
――やっぱり、彼は“影”の人。
だけど……この影を味方につけるのも、悪くないかもしれない。
---
やがて会談が終わり、ランディ王子が立ち去った後――。
セリカは、静かな部屋の中で紅茶の残り香を嗅ぎながら、独りごちた。
「……あの人は、危険ね。」
けれど、その声には恐れではなく――
ほんのわずかに、好奇心と期待が混じっていた。
---
その日、ディオール領に吹いた風は、いつもより冷たかった。
だがその冷たさは、嵐の前触れではなく――
新たな“同盟”の始まりを告げる風だった。
18-2 策謀の舞台
ディオール領に、ひとつの知らせが届いた。
それは静かな午後の執務室――陽光がレースのカーテンを透かして差し込む中、セリカ・ディオールは手にしていた報告書を思わず取り落とした。
「……ランディ王子が、こちらに?」
報告を伝えた家臣が頷く。
「はい、セリカ様。王子殿下がディオール領を視察されるとのことです。来訪の目的は“交易網の確認”とのことですが……」
セリカは瞳を細めた。
交易網――それは最近、彼の匿名の助言をもとに整備された新たな事業だ。
つまり、彼が自らの成果を確かめに来るということ。
「……思っていたより早いわね。」
セリカは小さく息をつき、胸の奥にわずかな緊張を抱いた。
ランディ王子――リュミエール王国第5王子。
表舞台に立つことを嫌い、いつも静かに「裏」で動く男。
その名は、貴族たちの間でこう囁かれていた。
> “彼は、王の椅子ではなく――王を操る席を狙っている”
その男が、自分の領地に来る。
しかも、理由は「交易確認」――。
セリカは机の上の羽ペンをそっと置き、深く息を整えた。
「ここまでお世話になっているのですもの。……礼は言わなくてはなりませんわね。」
言葉とは裏腹に、彼女の眼差しには冷たい理性の光が宿っていた。
---
そして、迎えの朝が来た。
王族の訪問というだけで、ディオール領は緊張に包まれていた。
城の中庭には絹の旗がはためき、騎士団が整列し、花々が一斉に香りを放つ。
空までが息を潜めるような、張り詰めた空気。
控室の椅子に腰かけたセリカは、落ち着いた姿勢を保ちながらも、胸の奥で鼓動を数えていた。
やがて――扉が静かに開く。
「リュミエール王国第五王子、ランディ殿下のご到着です!」
黒髪に金の瞳。
身に纏うのは深緋のロングコート、胸元には王家の紋章。
その佇まいは、まるで夜そのものが歩いてくるかのようだった。
「セリカ・ディオール様、お目にかかれて光栄です。」
声は低く、冷ややか。
けれど、その奥には不思議な柔らかさがあった。
セリカは椅子から静かに立ち上がり、裾を摘まんで一礼する。
「ようこそお越しくださいました、ランディ王子。遠路はるばる、ありがとうございます。
……貴殿のご助言が、我が領の発展に大きく貢献しております。」
「ほう。」
ランディの口元が僅かに緩む。
「それは何より。私はただ、貴女の知恵がこの国を豊かにしていくことを楽しみにしているだけです。」
その声音には誠実さがあった。
だがセリカの耳には、**“私の意図をお前は理解しているか”**という試すような響きが含まれているように思えた。
---
応接室に場所を移すと、二人の対話はより深く静かになった。
ランディは紅茶を口にしながら、まるで舞台の脚本を読むように自然に会話を操る。
「ディオール領の交易路再整備、見事な判断でした。
南部の商業連合も感服しておりましたよ。」
「ありがとうございます。ですが、あの構想は――」
「ええ、元々は私の助言を受けた家臣の案ですね。」
ランディが柔らかく遮る。
「とはいえ、実行に移したのは貴女です。私はただ、貴女の判断力を信じていたまで。」
その微笑は完璧だった。
挑発でも、支配でもない。
だが――“信じていた”という言葉で主導権を奪う。
それが彼のやり方。
セリカは、その一言で悟った。
――この人は、私を試している。
「……お言葉、痛み入ります。ですが、私は自ら考え、決断したまでのことです。」
淡々と返す。
わずかに上がった声の調子に、ランディの瞳が楽しげに細められた。
「なるほど。やはり、貴女は噂以上だ。」
---
沈黙が数拍、流れた。
紅茶の香りと、外の風の音だけが響く。
その空気を破ったのは、セリカの方だった。
「ランディ王子。……一つだけお尋ねしてもよろしいですか?」
「ええ、どうぞ。」
「貴方は、なぜここまでして私を――ディオール領を助けてくださるのです?」
幼い顔に似合わぬ真っ直ぐな視線。
その瞳の強さに、ランディは一瞬だけ息を呑んだ。
だがすぐに、静かに微笑む。
「理由ですか。……簡単なことですよ。」
彼はカップを静かに置き、セリカを見据えた。
「貴女に“私を必要だと思ってもらいたい”のです。」
「……え?」
「私は支配者ではなく、支援者として側にいたい。
けれど同時に――貴女が私の存在を意識せずにはいられなくなるように。」
その笑みは、優雅でありながら、どこか危うい。
セリカは唇をわずかに引き結び、心の中で呟いた。
――やっぱり、彼は“影”の人。
だけど……この影を味方につけるのも、悪くないかもしれない。
---
やがて会談が終わり、ランディ王子が立ち去った後――。
セリカは、静かな部屋の中で紅茶の残り香を嗅ぎながら、独りごちた。
「……あの人は、危険ね。」
けれど、その声には恐れではなく――
ほんのわずかに、好奇心と期待が混じっていた。
---
その日、ディオール領に吹いた風は、いつもより冷たかった。
だがその冷たさは、嵐の前触れではなく――
新たな“同盟”の始まりを告げる風だった。
50
あなたにおすすめの小説
『婚約破棄され追放されましたが、隣国の氷の公爵様に“白い結婚”を提案されましたので、心穏やかに幸せになりますわ
鷹 綾
恋愛
婚約破棄されたその日、私は“追放令”も同時に宣告された。
王太子エドモンド殿下曰く、
「君のように冷たい女はいらない。真実の愛は聖女ローザだ」──と。
……それなら結構ですわ。
捨ててくださって、ありがとうございます。
行く宛もなく王都を去った私を拾ったのは、
冷徹と噂される若き宰相代理アレクシス様。
「俺と“白い結婚”をしないか。
互いの自由を侵さない、契約だけの結婚だ」
恋愛感情は一切なし。
――そんなはずだったのに。
料理を褒めてくれる優しい声。
仕事帰りにかけてくれる「ただいま」。
私の手をそっと包む温もり。
気づけば、契約のはずの彼との距離が、少しずつ近づいていく。
そんな折──王太子と偽聖女ローザが私を“罪人”に仕立て上げ、
祝福の儀の場で公開断罪しようと企む。
「セレナに触れるな。……彼女は、俺の妻だ」
アレクシス様が壇上で剣を抜いた瞬間、
私の世界は大きく動き出した。
偽りの聖女は暴かれ、王太子は没落。
追放された令嬢の“ざまぁ”が王都を駆け巡る中、
契約で始まった白い結婚は――本物の夫婦の誓いへと変わっていく。
これは、
捨てられた令嬢が“本当の幸せ”をつかみ取る、
大逆転のラブストーリー。
---
婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします
たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。
荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。
「この猫に構うな。人間嫌いだから」
冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。
猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。
転生令嬢はのんびりしたい!〜その愛はお断りします〜
咲宮
恋愛
私はオルティアナ公爵家に生まれた長女、アイシアと申します。
実は前世持ちでいわゆる転生令嬢なんです。前世でもかなりいいところのお嬢様でした。今回でもお嬢様、これまたいいところの!前世はなんだかんだ忙しかったので、今回はのんびりライフを楽しもう!…そう思っていたのに。
どうして貴方まで同じ世界に転生してるの?
しかも王子ってどういうこと!?
お願いだから私ののんびりライフを邪魔しないで!
その愛はお断りしますから!
※更新が不定期です。
※誤字脱字の指摘や感想、よろしければお願いします。
※完結から結構経ちましたが、番外編を始めます!
悪役だから仕方がないなんて言わせない!
音無砂月
恋愛
マリア・フォン・オレスト
オレスト国の第一王女として生まれた。
王女として政略結婚の為嫁いだのは隣国、シスタミナ帝国
政略結婚でも多少の期待をして嫁いだが夫には既に思い合う人が居た。
見下され、邪険にされ続けるマリアの運命は・・・・・。
婚約破棄された令嬢は“図書館勤務”を満喫中
かしおり
恋愛
「君は退屈だ」と婚約を破棄された令嬢クラリス。社交界にも、実家にも居場所を失った彼女がたどり着いたのは、静かな田舎町アシュベリーの図書館でした。
本の声が聞こえるような不思議な感覚と、真面目で控えめな彼女の魅力は、少しずつ周囲の人々の心を癒していきます。
そんな中、図書館に通う謎めいた青年・リュカとの出会いが、クラリスの世界を大きく変えていく――
身分も立場も異なるふたりの静かで知的な恋は、やがて王都をも巻き込む運命へ。
癒しと知性が紡ぐ、身分差ロマンス。図書館の窓辺から始まる、幸せな未来の物語。
逆行したので運命を変えようとしたら、全ておばあさまの掌の上でした
ひとみん
恋愛
夫に殺されたはずなのに、目覚めれば五才に戻っていた。同じ運命は嫌だと、足掻きはじめるクロエ。
なんとか前に死んだ年齢を超えられたけど、実は何やら祖母が裏で色々動いていたらしい。
ザル設定のご都合主義です。
最初はほぼ状況説明的文章です・・・
ゲームには参加しません! ―悪役を回避して無事逃れたと思ったのに―
冬野月子
恋愛
侯爵令嬢クリスティナは、ここが前世で遊んだ学園ゲームの世界だと気づいた。そして自分がヒロインのライバルで悪役となる立場だと。
のんびり暮らしたいクリスティナはゲームとは関わらないことに決めた。設定通りに王太子の婚約者にはなってしまったけれど、ゲームを回避して婚約も解消。平穏な生活を手に入れたと思っていた。
けれど何故か義弟から求婚され、元婚約者もアプローチしてきて、さらに……。
※小説家になろう・カクヨムにも投稿しています。
【完結】公爵令嬢の育て方~平民の私が殿下から溺愛されるいわれはないので、ポーション開発に励みます。
buchi
恋愛
ポーシャは、平民の特待生として貴族の学園に入学したが、容貌もパッとしなければ魔力もなさそうと蔑視の対象に。それなのに、入学早々、第二王子のルーカス殿下はポーシャのことを婚約者と呼んで付きまとう。デロ甘・辛辣・溺愛・鈍感コメディ(?)。殿下の一方通行がかわいそう。ポジティブで金儲けに熱心なポーシャは、殿下を無視して自分の道を突き進む。がんばれ、殿下! がんばれ、ポーシャ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる