見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお

文字の大きさ
86 / 108

20-2 策略の始動

しおりを挟む
20-2 策略の始動

 リュミエール王国――四季に恵まれた豊饒の国。
 金色の麦畑は風にそよぎ、王都リュミエールの尖塔群は陽光を浴びて白く輝いていた。
 だが、王宮の奥では静かな火花が散っていた。
 三人の王子たちが、それぞれの「未来」を賭けて、同じ少女――セリカ・ディオール――を見つめていた。


---

第一王子・アコード ――理性の鎖

 アコード王子は、父王の隣で報告書を読み上げながらも、心の片隅でひとつの言葉を反芻していた。

> 「では、すぐに結婚というわけではありませんし――とりあえず“キープ”でもよろしかったのでは?
大人になって、私が期待にそぐわない成長をしたときに、捨てるという発想でもよかったのではないですか?」



 ――あの時、四歳の少女にそう言われた。
 何気ない皮肉のつもりだった。だが今もなお、胸の奥で鈍い痛みとして残っている。

 彼は公的な場では理性と誠実の象徴。
 だがその心の奥で、セリカという存在は徐々に“後悔”へと姿を変えていた。
 王位を継ぐ者としての義務と、ひとりの男としての本音――その狭間で揺れていた。

(あの時、なぜ彼女の手を放したのだろう。……いや、今さら悔いても遅い)

 アコードは唇を引き結び、書類に目を戻した。
 だが彼の視線は、もはや文字を追ってはいなかった。


---

第三王子・シビック ――静かなる策士

 王宮西翼の回廊。
 陽光を背に受けながら、シビック王子は薄く笑んだ。
 磨き上げられた大理石の床に、彼の靴音が乾いた音を立てて響く。

「――彼女を手に入れた者が、王国を制する。そう言っても過言ではあるまいな。」

 ディオール領――経済の心臓部。
 豊穣な大地と商業の要衝を併せ持つその地を掌握すれば、王都の貴族たちをも屈服させることができる。
 シビックはそれを知っていた。
 そして、手段を選ばない覚悟もとうに決めていた。

 彼は机の上に地図を広げ、指先でディオール領をなぞる。
 その指が、やがて王都へと滑って止まった。

「……“偶然の不作”から始めよう。助け舟を出すのは私だ。恩を着せれば、心も縛れる」

 その声は、冷ややかに、しかし妙に楽しげでもあった。


---

第四王子・セドリック ――誠実という刃

 一方、セドリック王子は中庭の噴水前に立ち、風に舞う花弁を見上げていた。
 その表情は穏やかだが、瞳の奥には確かな炎が宿っている。

「――彼女を利用するなど、あり得ない。共に歩む、それが正道だ」

 彼は他の兄弟のように権謀を好まない。
 だがそれは、無策という意味ではない。
 彼の“誠実さ”は時に最大の武器となり、敵すら惹きつける。

 彼は自らの侍従に命じた。

「セリカ嬢の研究資料を入手してくれ。……学ぶためだ。理解なくして支援はできない」

 知ること、そして信じること――
 それこそが彼の“策略”だった。


---

セリカ・ディオール ――静寂の瞳

 その頃、ディオール領の書斎では、たった四歳の少女が地図を広げていた。
 赤いリボンで髪を結び、金色の瞳が真剣に紙上を走る。
 幼い指が、鉱山と港を結ぶ線を指し示す。

「……ここが動けば、王都がざわめくわね」

 その声はあまりにも冷静で、幼児のものとは思えなかった。
 侍女のミレーユが思わず息を呑む。

「お嬢様……まさか、王子方の動きを――」

「ええ。動くわ、近いうちに。
 兄弟たちがどう動くか……王国の次の形が、決まるもの。」

 窓から差し込む光が、セリカの横顔を照らした。
 その瞳の奥に映るのは、恐れでも野心でもない。
 ただ――冷静な観察者の光。

 彼女は知っていた。
 この“婚約”を巡る動きが、いずれ王国の勢力図を塗り替えると。

(誰が動こうと、ディオールは屈しない。
 ……私は、領民の未来を守る。それだけよ)


---

晩餐会の幕開け

 数日後、王宮では豪奢な晩餐会が催された。
 金糸のカーテンが揺れ、クリスタルのシャンデリアが光を乱反射する。
 中央のテーブルには、三人の王子と――まだ小さなセリカが座っていた。

 会話は穏やかに見えて、実のところ全員が腹の底を探り合っていた。

「ディオール領の新しい交易路は見事ですね」
 シビックの笑みは優雅だが、声の底に微かな棘。

「ええ、皆の努力のおかげです」
 セリカは無邪気な笑顔を浮かべつつ、内心ではその棘を正確に観測していた。

「私は君の考えに学びたい」
 セドリックの真摯な視線。
 だが、その正しさすら、場の緊張を和らげはしない。

 そしてアコード――最年長の王子は、ただ静かに二人を見ていた。
 理性の奥で、ひとつの決意が芽生え始めていた。

(……彼女を軽んじた過去を、償う機会があるなら――)

 晩餐会の音楽が鳴り響く中、誰もが笑っていた。
 だがその笑顔の下では、見えない駒がすでに動き始めていた。


---

 こうして、リュミエール王国の王宮では――
 「婚約」という名の静かな戦争が、幕を開けた。

 そして、誰も知らなかった。
 四歳の公爵令嬢セリカこそが、後に王国の運命を変える中心点になることを。


---
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

『婚約破棄され追放されましたが、隣国の氷の公爵様に“白い結婚”を提案されましたので、心穏やかに幸せになりますわ

鷹 綾
恋愛
婚約破棄されたその日、私は“追放令”も同時に宣告された。 王太子エドモンド殿下曰く、 「君のように冷たい女はいらない。真実の愛は聖女ローザだ」──と。 ……それなら結構ですわ。 捨ててくださって、ありがとうございます。 行く宛もなく王都を去った私を拾ったのは、 冷徹と噂される若き宰相代理アレクシス様。 「俺と“白い結婚”をしないか。  互いの自由を侵さない、契約だけの結婚だ」 恋愛感情は一切なし。 ――そんなはずだったのに。 料理を褒めてくれる優しい声。 仕事帰りにかけてくれる「ただいま」。 私の手をそっと包む温もり。 気づけば、契約のはずの彼との距離が、少しずつ近づいていく。 そんな折──王太子と偽聖女ローザが私を“罪人”に仕立て上げ、 祝福の儀の場で公開断罪しようと企む。 「セレナに触れるな。……彼女は、俺の妻だ」 アレクシス様が壇上で剣を抜いた瞬間、 私の世界は大きく動き出した。 偽りの聖女は暴かれ、王太子は没落。 追放された令嬢の“ざまぁ”が王都を駆け巡る中、 契約で始まった白い結婚は――本物の夫婦の誓いへと変わっていく。 これは、 捨てられた令嬢が“本当の幸せ”をつかみ取る、 大逆転のラブストーリー。 ---

婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします

たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。 荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。 「この猫に構うな。人間嫌いだから」 冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。 猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。

転生令嬢はのんびりしたい!〜その愛はお断りします〜

咲宮
恋愛
私はオルティアナ公爵家に生まれた長女、アイシアと申します。 実は前世持ちでいわゆる転生令嬢なんです。前世でもかなりいいところのお嬢様でした。今回でもお嬢様、これまたいいところの!前世はなんだかんだ忙しかったので、今回はのんびりライフを楽しもう!…そう思っていたのに。 どうして貴方まで同じ世界に転生してるの? しかも王子ってどういうこと!? お願いだから私ののんびりライフを邪魔しないで! その愛はお断りしますから! ※更新が不定期です。 ※誤字脱字の指摘や感想、よろしければお願いします。 ※完結から結構経ちましたが、番外編を始めます!

悪役だから仕方がないなんて言わせない!

音無砂月
恋愛
マリア・フォン・オレスト オレスト国の第一王女として生まれた。 王女として政略結婚の為嫁いだのは隣国、シスタミナ帝国 政略結婚でも多少の期待をして嫁いだが夫には既に思い合う人が居た。 見下され、邪険にされ続けるマリアの運命は・・・・・。

婚約破棄された令嬢は“図書館勤務”を満喫中

かしおり
恋愛
「君は退屈だ」と婚約を破棄された令嬢クラリス。社交界にも、実家にも居場所を失った彼女がたどり着いたのは、静かな田舎町アシュベリーの図書館でした。 本の声が聞こえるような不思議な感覚と、真面目で控えめな彼女の魅力は、少しずつ周囲の人々の心を癒していきます。 そんな中、図書館に通う謎めいた青年・リュカとの出会いが、クラリスの世界を大きく変えていく―― 身分も立場も異なるふたりの静かで知的な恋は、やがて王都をも巻き込む運命へ。 癒しと知性が紡ぐ、身分差ロマンス。図書館の窓辺から始まる、幸せな未来の物語。

ゲームには参加しません! ―悪役を回避して無事逃れたと思ったのに―

冬野月子
恋愛
侯爵令嬢クリスティナは、ここが前世で遊んだ学園ゲームの世界だと気づいた。そして自分がヒロインのライバルで悪役となる立場だと。 のんびり暮らしたいクリスティナはゲームとは関わらないことに決めた。設定通りに王太子の婚約者にはなってしまったけれど、ゲームを回避して婚約も解消。平穏な生活を手に入れたと思っていた。 けれど何故か義弟から求婚され、元婚約者もアプローチしてきて、さらに……。 ※小説家になろう・カクヨムにも投稿しています。

逆行したので運命を変えようとしたら、全ておばあさまの掌の上でした

ひとみん
恋愛
夫に殺されたはずなのに、目覚めれば五才に戻っていた。同じ運命は嫌だと、足掻きはじめるクロエ。 なんとか前に死んだ年齢を超えられたけど、実は何やら祖母が裏で色々動いていたらしい。 ザル設定のご都合主義です。 最初はほぼ状況説明的文章です・・・

【完結】公爵令嬢の育て方~平民の私が殿下から溺愛されるいわれはないので、ポーション開発に励みます。

buchi
恋愛
ポーシャは、平民の特待生として貴族の学園に入学したが、容貌もパッとしなければ魔力もなさそうと蔑視の対象に。それなのに、入学早々、第二王子のルーカス殿下はポーシャのことを婚約者と呼んで付きまとう。デロ甘・辛辣・溺愛・鈍感コメディ(?)。殿下の一方通行がかわいそう。ポジティブで金儲けに熱心なポーシャは、殿下を無視して自分の道を突き進む。がんばれ、殿下! がんばれ、ポーシャ? 

処理中です...