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11 アーシュレイの気持ち
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「ずっと忙しくて来れなかっただろう?」
「うん……」
馬車を降りると、従者が花束を渡してくれた。
「ありがとう」私は従者にお礼を言った。
「行ってらっしゃいませ」
従者が一礼した。
私はディートハルトのエスコートで、目的の場所まで行った。
そこは広々とした大きな公園のような所で、見晴らしが良かった。木々も生い茂っているがきちんと手入れされている。
私は目の前の墓石に花束を置いた。墓石にはおじい様とおばあ様の名前が刻まれていた。
おばあ様は私が生まれて間もなく亡くなり、私の記憶はないがおじい様はおばあ様の事をとても愛していた。
おじい様の作業台にはいつもおばあ様の写真と、おばあ様が大好きなお花が飾られていた。
「おじい様、おばあ様、ご無沙汰しております。ご報告が遅くなりましたが、私ディートハルトと結婚しました。喜んでくれるかな?私、伯爵邸で大事にされてるわ。おじい様の務めていた、王宮の魔道具課にも入れたの。毎日忙しいけど、とっても充実しているわ」
ディートハルトが墓石の前に跪いた。
「アーシュレイを一生大事にします。そして、おじい様との約束も果たします」
「約束……?」
ディートハルトが立ち上がり、私に向き直った。
「おじい様と約束したろ? だから、アーシュも魔道具課に入ったんだろ?」
「あっ……」
そうだ……。
――あれはおじい様が亡くなる一年前。私たちが12歳の時のこと。
コンコン……。
「アーシュレイか?入りなさい」
キィ……。
「おじい様!」
私は椅子に座ったおじい様に抱き着いた。
おじい様が目元にシワを作りながら微笑んで、頭をなでてくれた。
「ディートハルトもよく来たね」
「はい、おじい様」
ディートハルトも照れ笑いしている。
おじい様の作業机を見ると、何か小さな丸いものが置かれていた。
「おじい様、今度は何を作っているの?」
「あぁ、これかい?こうやって使うんだ」
おじい様は手のひらくらいの大きな鉄の塊に、先ほどの丸いものをくっつけた。
「さぁ、持ってみて」
かなり重そうだなと思いながら、その鉄を受け取った。
「えっ……」
重たいはずの鉄の塊がまるで羽毛のように軽かった。
「おじい様!全然重くない!」
ディートハルトも前のめりになり翡翠の瞳を輝かせて「僕も持ってみたいです!」と言ってきた。
私はディートハルトにその鉄の塊を手渡した。
「本当に重さがない!すごい!」
私達は興奮しながらその鉄をひっくる返したり、色んな方向から見た。
「ほっほっほっ。気に入ってくれたようじゃな。これは重さを軽減する魔道具じゃ」
「重さを軽減……?何に使うの?あんまり普段使わなそうだけど……」
私は疑問をおじい様にぶつけてみた。
「そんじゃな、わしら貴族はあまり使わないかもしれん。これは市井で働く市民のためのものじゃ。毎日厳しい労働を強いられている。重たいものも持ち、足腰を痛めていると聞いてな。それでこれを作ったんじゃ」
「そうなんだ……。おじい様はいつも貴族より、平民のための魔道具を作るのは何で?」
仕事を引退してからのおじい様は、貴族からの依頼をほとんど受けず、平民の為の安価や儲けのでない魔道具ばかり作っている。
「そうじゃな。確かに貴族の要望を叶えれば、報酬はたくさんもらえる。でも、貴族は弱いものを守る義務があるんじゃ。私が出来るのは魔道具で彼らの生活を助けること。だから、彼らの為に魔道具を作るんじゃ」
「そうなの?」
おじい様がまた頭をなでてくれた。
「平民の彼らが税を納めてくれなかったら、私らは生活も出来ないし、領地を守ることも出来ない。彼らあってこその私らなんだ。でも、そんなことを忘れてしまっている貴族が多い。だから、アーシュレイとディートハルトには、そのことを忘れないでほしいんだ。どんな時も弱きものを助けてほしい」
急にディートハルトが敬礼した。私が驚いていると「おじい様に約束します!僕は騎士団に入って、必ず弱き人々を守ってみせます!」と宣言した。
私も負けていられないという気持ちになった。
「わ、私もおじい様に負けない魔道具師になって、人々を助けるわ!」
「はっはっは!これは心強いな!よろしく頼むよ」
おじい様はさらにシワを深くし、笑った。そして、私たちの頭を大きな手で撫でてくれた。
私はおじい様のゴツゴツした大きな手が大好きだった。
──さわやかな風が通り過ぎ、緑の香りが鼻をくすぐった。
私は目の前の墓石を見つめた。
「ディートハルト……、今日は連れてきてくれてありがとう」
「うん」
「なんか忙しくて、大切な事を忘れてたわ」
「アーシュは頑張り屋だからね」
「そんなことない。ディートハルトだって騎士団の厳しい訓練に耐えて、すごいと思っているわ」
「ありがとう」
ディートハルトは照れくさそうに、頭をかいた。
「さあ、そろそろ夕食の時間だ……。帰ろうか……」
ディートハルトが手を差し出してくれた。
私はその手を取り、指を絡めた。ディートハルトの体温が心地よくて、嫌な気持ちはどこかに行ってしまった。
◇◇◇
朝仕事に向かうため、身支度を整えていると部屋の扉をノックされた。
ディートハルトはもう出勤していた。
「アーシュレイ、忙しい所悪いけど、ちょっとだけいいかしら?」
お義母様の声だった。
「はい、お義母様どうぞお入りください」
お義母様が訪ねてくるなんて、初めてだった。
「おはよう、アーシュレイ」
「おはようございます、お義母様」
私はお義母様に一礼した。
「手短に話すわね。仕事帰りにここによってほしいの」
お義母様から一枚の封筒を渡された。
「ここは王宮と我が家のちょうど中間地点だから、通いやすいはずよ。話は通してあるから……。では、忙しい時に悪かったわね」
そういってお義母様は部屋を出て行った。
なにかしら……。私は封筒を開けた。
するとそこには不妊専門病院『カメリア治療院』と書かれた文字が目に飛び込んできた。
「不妊治療……」
不妊も何も、一度もいたしてませんが!と私は心の中で叫んだ。
◇◇◇
「アーシュレイ様ですね、お待ちしておりました。こちらにどうぞ」
今日は定時に上がり、お義母様に言われた通りにカメリア治療院にやってきた。
外観は治療院の看板もなく、淡いピンク色の可愛い建物だった。
伯爵家の馬車で連れて行ってもらえなかったら、まず見つけられないだろう。
建物の内装も、白やピンクを基調としていて家具や調度品は落ち着いた物が多い。とても居心地が良い。
完全個室で、この時間は他の患者さんはいないようだ。もしや、貸切りなのだろうか……。さすが、お義母様……。
確かに嫡男の嫁が不妊症なんて、噂がたったら良くないもんね。
待合室で待っていると、診察室のドアが開き優しそうな50代位の女医さんが迎えてくれた。
「はじめまして、私はノエルと言います。今日は不妊のお悩みとお義母様には聞いていますが……」
どうしよう……、なんて説明すれば良いのやら。
ノエル先生は柔らかな笑みを浮かべた。
「こういった事って、言いにくいですよね。うちは完全個室で、この時間はアーシュレイ様しかおりません。秘密も守りますので、どうぞ悩んでることがあったら打ち明けてください。わたしで力になれることがあったら、お手伝い致します」
先生がここまで言ってくれるなら……、正直に話しても良いよね。
「実は……、お義母様には言えなかったのですが。その……、子作りを一度もしてないんです……」
わたしは膝の上の拳をギュッと握った。
「夫にはそれとなく言ってみたのですが、いつもはぐらかされてしまって……。ここに来る以前の問題ですよね」
私は、はははと乾いた笑いをした。
ノエル先生が私の手を両手で包み込んでくれた。
「私、子供が欲しいとかよくわからないんです。ただ、結婚するときにお義母様と約束してしまったのもあって。夫とは長い間幼馴染の友人だったんです。だから、そんな雰囲気になかなかなれなくて……気持ちは焦るばかりで、空回りしてしまって」
「義弟夫婦にも子供が出来て、ますます焦ってしまって……。喜ばなきゃいけないのに、心から祝福出来なくて……。こんな自分が嫌で嫌で……。赤ちゃんの泣き声もなんだか辛くて……。可愛いはずなのに……」
「夫もきっと義務で結婚してくれたから、その気になれないのかもしれない。私を今更女性として見られないのかもしれない……。もしかしたら、本当は他に好きな人がいるかもしれない……」
男爵家の援助をしてくれる事を私が望んで、それを察した優しいディートハルトが婚姻届にサインしてくれた。
気がついたら、頬に何か温かいものが流れていた。
私は嗚咽をもらして泣いていた。
自分にこんな感情があったなんて、知らなかった。言い出したら、滝のように感情が流れ出した。
――私、ディートハルトが好きなんだ。
その時初めて、幼馴染に対する自分の気持ちに気が付いた。
「うん……」
馬車を降りると、従者が花束を渡してくれた。
「ありがとう」私は従者にお礼を言った。
「行ってらっしゃいませ」
従者が一礼した。
私はディートハルトのエスコートで、目的の場所まで行った。
そこは広々とした大きな公園のような所で、見晴らしが良かった。木々も生い茂っているがきちんと手入れされている。
私は目の前の墓石に花束を置いた。墓石にはおじい様とおばあ様の名前が刻まれていた。
おばあ様は私が生まれて間もなく亡くなり、私の記憶はないがおじい様はおばあ様の事をとても愛していた。
おじい様の作業台にはいつもおばあ様の写真と、おばあ様が大好きなお花が飾られていた。
「おじい様、おばあ様、ご無沙汰しております。ご報告が遅くなりましたが、私ディートハルトと結婚しました。喜んでくれるかな?私、伯爵邸で大事にされてるわ。おじい様の務めていた、王宮の魔道具課にも入れたの。毎日忙しいけど、とっても充実しているわ」
ディートハルトが墓石の前に跪いた。
「アーシュレイを一生大事にします。そして、おじい様との約束も果たします」
「約束……?」
ディートハルトが立ち上がり、私に向き直った。
「おじい様と約束したろ? だから、アーシュも魔道具課に入ったんだろ?」
「あっ……」
そうだ……。
――あれはおじい様が亡くなる一年前。私たちが12歳の時のこと。
コンコン……。
「アーシュレイか?入りなさい」
キィ……。
「おじい様!」
私は椅子に座ったおじい様に抱き着いた。
おじい様が目元にシワを作りながら微笑んで、頭をなでてくれた。
「ディートハルトもよく来たね」
「はい、おじい様」
ディートハルトも照れ笑いしている。
おじい様の作業机を見ると、何か小さな丸いものが置かれていた。
「おじい様、今度は何を作っているの?」
「あぁ、これかい?こうやって使うんだ」
おじい様は手のひらくらいの大きな鉄の塊に、先ほどの丸いものをくっつけた。
「さぁ、持ってみて」
かなり重そうだなと思いながら、その鉄を受け取った。
「えっ……」
重たいはずの鉄の塊がまるで羽毛のように軽かった。
「おじい様!全然重くない!」
ディートハルトも前のめりになり翡翠の瞳を輝かせて「僕も持ってみたいです!」と言ってきた。
私はディートハルトにその鉄の塊を手渡した。
「本当に重さがない!すごい!」
私達は興奮しながらその鉄をひっくる返したり、色んな方向から見た。
「ほっほっほっ。気に入ってくれたようじゃな。これは重さを軽減する魔道具じゃ」
「重さを軽減……?何に使うの?あんまり普段使わなそうだけど……」
私は疑問をおじい様にぶつけてみた。
「そんじゃな、わしら貴族はあまり使わないかもしれん。これは市井で働く市民のためのものじゃ。毎日厳しい労働を強いられている。重たいものも持ち、足腰を痛めていると聞いてな。それでこれを作ったんじゃ」
「そうなんだ……。おじい様はいつも貴族より、平民のための魔道具を作るのは何で?」
仕事を引退してからのおじい様は、貴族からの依頼をほとんど受けず、平民の為の安価や儲けのでない魔道具ばかり作っている。
「そうじゃな。確かに貴族の要望を叶えれば、報酬はたくさんもらえる。でも、貴族は弱いものを守る義務があるんじゃ。私が出来るのは魔道具で彼らの生活を助けること。だから、彼らの為に魔道具を作るんじゃ」
「そうなの?」
おじい様がまた頭をなでてくれた。
「平民の彼らが税を納めてくれなかったら、私らは生活も出来ないし、領地を守ることも出来ない。彼らあってこその私らなんだ。でも、そんなことを忘れてしまっている貴族が多い。だから、アーシュレイとディートハルトには、そのことを忘れないでほしいんだ。どんな時も弱きものを助けてほしい」
急にディートハルトが敬礼した。私が驚いていると「おじい様に約束します!僕は騎士団に入って、必ず弱き人々を守ってみせます!」と宣言した。
私も負けていられないという気持ちになった。
「わ、私もおじい様に負けない魔道具師になって、人々を助けるわ!」
「はっはっは!これは心強いな!よろしく頼むよ」
おじい様はさらにシワを深くし、笑った。そして、私たちの頭を大きな手で撫でてくれた。
私はおじい様のゴツゴツした大きな手が大好きだった。
──さわやかな風が通り過ぎ、緑の香りが鼻をくすぐった。
私は目の前の墓石を見つめた。
「ディートハルト……、今日は連れてきてくれてありがとう」
「うん」
「なんか忙しくて、大切な事を忘れてたわ」
「アーシュは頑張り屋だからね」
「そんなことない。ディートハルトだって騎士団の厳しい訓練に耐えて、すごいと思っているわ」
「ありがとう」
ディートハルトは照れくさそうに、頭をかいた。
「さあ、そろそろ夕食の時間だ……。帰ろうか……」
ディートハルトが手を差し出してくれた。
私はその手を取り、指を絡めた。ディートハルトの体温が心地よくて、嫌な気持ちはどこかに行ってしまった。
◇◇◇
朝仕事に向かうため、身支度を整えていると部屋の扉をノックされた。
ディートハルトはもう出勤していた。
「アーシュレイ、忙しい所悪いけど、ちょっとだけいいかしら?」
お義母様の声だった。
「はい、お義母様どうぞお入りください」
お義母様が訪ねてくるなんて、初めてだった。
「おはよう、アーシュレイ」
「おはようございます、お義母様」
私はお義母様に一礼した。
「手短に話すわね。仕事帰りにここによってほしいの」
お義母様から一枚の封筒を渡された。
「ここは王宮と我が家のちょうど中間地点だから、通いやすいはずよ。話は通してあるから……。では、忙しい時に悪かったわね」
そういってお義母様は部屋を出て行った。
なにかしら……。私は封筒を開けた。
するとそこには不妊専門病院『カメリア治療院』と書かれた文字が目に飛び込んできた。
「不妊治療……」
不妊も何も、一度もいたしてませんが!と私は心の中で叫んだ。
◇◇◇
「アーシュレイ様ですね、お待ちしておりました。こちらにどうぞ」
今日は定時に上がり、お義母様に言われた通りにカメリア治療院にやってきた。
外観は治療院の看板もなく、淡いピンク色の可愛い建物だった。
伯爵家の馬車で連れて行ってもらえなかったら、まず見つけられないだろう。
建物の内装も、白やピンクを基調としていて家具や調度品は落ち着いた物が多い。とても居心地が良い。
完全個室で、この時間は他の患者さんはいないようだ。もしや、貸切りなのだろうか……。さすが、お義母様……。
確かに嫡男の嫁が不妊症なんて、噂がたったら良くないもんね。
待合室で待っていると、診察室のドアが開き優しそうな50代位の女医さんが迎えてくれた。
「はじめまして、私はノエルと言います。今日は不妊のお悩みとお義母様には聞いていますが……」
どうしよう……、なんて説明すれば良いのやら。
ノエル先生は柔らかな笑みを浮かべた。
「こういった事って、言いにくいですよね。うちは完全個室で、この時間はアーシュレイ様しかおりません。秘密も守りますので、どうぞ悩んでることがあったら打ち明けてください。わたしで力になれることがあったら、お手伝い致します」
先生がここまで言ってくれるなら……、正直に話しても良いよね。
「実は……、お義母様には言えなかったのですが。その……、子作りを一度もしてないんです……」
わたしは膝の上の拳をギュッと握った。
「夫にはそれとなく言ってみたのですが、いつもはぐらかされてしまって……。ここに来る以前の問題ですよね」
私は、はははと乾いた笑いをした。
ノエル先生が私の手を両手で包み込んでくれた。
「私、子供が欲しいとかよくわからないんです。ただ、結婚するときにお義母様と約束してしまったのもあって。夫とは長い間幼馴染の友人だったんです。だから、そんな雰囲気になかなかなれなくて……気持ちは焦るばかりで、空回りしてしまって」
「義弟夫婦にも子供が出来て、ますます焦ってしまって……。喜ばなきゃいけないのに、心から祝福出来なくて……。こんな自分が嫌で嫌で……。赤ちゃんの泣き声もなんだか辛くて……。可愛いはずなのに……」
「夫もきっと義務で結婚してくれたから、その気になれないのかもしれない。私を今更女性として見られないのかもしれない……。もしかしたら、本当は他に好きな人がいるかもしれない……」
男爵家の援助をしてくれる事を私が望んで、それを察した優しいディートハルトが婚姻届にサインしてくれた。
気がついたら、頬に何か温かいものが流れていた。
私は嗚咽をもらして泣いていた。
自分にこんな感情があったなんて、知らなかった。言い出したら、滝のように感情が流れ出した。
――私、ディートハルトが好きなんだ。
その時初めて、幼馴染に対する自分の気持ちに気が付いた。
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