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56話 湖底からの救済
しおりを挟む冷たい湖の底へと、ソウタの身体は容赦なく引きずり込まれていく。
(くそっ……離せ……!)
足に絡みつく粘り強い触手を引き剥がそうともがくが、強い力に抗えない。
ソウタは最後の力を振り絞り、攻撃魔法を直接触手に叩きつけた。
ギチギチという嫌な音と共に、触手は一瞬ひるみ、ソウタの足から離れた。
しかし、攻撃した際に激しく動いたソウタは、もうこれ以上息を止めることができなかった。
肺の空気がごっそりと抜けていき、代わりに冷たい水が肺へと流れ込んでくる。
(苦しい……ルース……)
意識が朦朧とする中、ソウタは、死ぬ前にルースを庇うことができて良かった、とぼんやり考えた。
ゆっくりと目を閉じようとしたその瞬間、湖面に差し込む光を遮る影が、急速に自分へと近づいてきていることに気づく。
それは、急いで追ってきたルースだった。
ソウタが完全に気を失う直前、柔らかな何かが口を塞ぎ、温かい空気が送られてくるのを感じた。
――
次にソウタが目覚めたのは、湖畔から少し離れた宿屋の一室だった。
身体はびしょ濡れで、その上にルースが心配そうに自分を覗き込んでいるのが見える。
ルースの瞳は潤んでいた。
「ソウタ!」
ソウタが目を覚ましたことに気づくと、ルースは喜びの声をあげた。
ソウタは、まだ状況を把握しきれておらず、ゆっくりと問いかける。
「……ここは?」
「ここは宿屋だ」
ルースは、その声に優しさを滲ませて答えた。
部屋の隅では、レオ・ロウとユノ・セリウスが膝をつき、深々と頭を下げていた。
「殿下、ソウタ様、申し訳ありません……!」
護衛の任務を果たせなかったことを、心から悔やむ声だった。
ルースは、彼らの謝罪を止めるように指示する。
「私が不注意だったのだ。お前達のせいではない」
そして、ソウタに向き直り、眉を下げて心底申し訳なさそうな顔で謝罪した。
「本当にすまなかった、ソウタ」
ソウタは、ルースの無事な姿を見て、安堵からか小さく笑った。
「殿下が無事で良かった」
しかし、その声は微かに震え、ソウタの手もまた、震えていることにルースは気づいた。
ルースは、レオ・ロウとユノ・セリウスに声をかける。
「二人だけになりたい。部屋を出て、外で待機してくれ」
レオ・ロウは、素直に部屋を出て行った。
殿下とソウタをいち早く守れなかったことへの激しい後悔が、彼の歯を食いしばらせる。
ユノ・セリウスも同様だった。
己の気を抜きすぎたことを深く反省し、同時に、間一髪でソウタがルースを守ってくれたことに対して、心の中で深く感謝していた。
二人きりになったルースとソウタ。
ルースはそっとソウタの手を握り、
「ソウタ、怖い思いをさせて、すまなかった」
と心から謝罪した。
ルースに手を握られた途端、ソウタは先ほどまでの震えが嘘のように止まったことに気づいた。
その手の温もりに、心がじんわりと安堵に包まれる。
ルースは後悔に滲む声で続けた。
「一度帝都に戻ろう。今回の不祥事は対策不足だった私の責任だ」
そんなルースを見つめ、ソウタは明るい声で応えた。
「少し怖かったけど、大丈夫。そんなにやわじゃないよ」
そして、信頼のこもった眼差しで笑う。
「それに、もし何かあっても、ルースが助けてくれるだろ?」
その無垢な笑顔と信頼の言葉に、ルースはたちまち元気を取り戻した。
「当然だ!」と力強く頷いた。
湖で襲われた触手について、ソウタとルースは話し始めた。
ソウタは、攻撃した際、あの触手が未確認生物と似ていることに気づいたとルースに伝えた。
ルースは少し考えを巡らせる。
「……白髪の男と関係があるだろうか?」
ソウタは「……多分」と静かに答えた。
彼の瞳に、強い決意が宿る。
「明日、もう一度湖に行きたい。今度は必ず倒す」
ルースはソウタの身を案じた。
「護衛騎士団が湖畔を監視しているから、急ぐ必要はない」
心配そうに言うルースに、ソウタは自信に満ち溢れた笑顔を向けた。
「僕は負けず嫌いなんだ」
翌日、ルアリア湖畔に再び四人の姿があった。
昨日の一件があったため、レオ・ロウとユノ・セリウスは、その身から殺気を放つほどに警戒を強めていた。
ソウタもまた、全身に気合いが漲っている。
そんな三人に厳重に守られすぎて、ルースは少々困惑気味だった。
湖畔に到着したソウタは、まずその美しい湖をじっと見つめ、それから大きく息を吸い込んだ。
そして、その澄んだ空気を震わせるかのように、大声で叫んだ。
「昨日のお返しをしに来たぞこの野郎!!!!」
ソウタの叫びが響き渡ると、突然、湖の水面が激しく波立った。
昨日の黒い触手が再び姿を現し、またしてもルース目掛けて、猛烈な勢いで伸びてくる。
レオ・ロウとユノ・セリウスは即座に身構えた。
しかし、それよりも早く、ソウタが咄嗟にシールドを張る。
触手はその硬質な障壁に阻まれた。
ソウタはそのままシールドを大きくしていき、ついには湖全体をすっぽりと覆ってしまった。
これほど大きく、そして硬度なシールドを瞬時に張れる人間はごく稀だ。
レオ・ロウとユノ・セリウスは驚きに目を見開く。
ルースも一瞬驚いたが、そのすぐ後には、力強く、そしてどこか誇らしげな笑みを浮かべていた。
ソウタは、シールド越しに湖の奥底を見据える。
「そこから引きずり出してやる!」
そう言いながら、シールドの範囲を徐々に狭めていき、触手の本体を閉じ込めようとした。
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