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4話 命を賭した庇護
しおりを挟むメイドの早とちりから始まったルースの誤解は、ソウタの計算をはるかに超える効果をもたらしていた。
以前は警戒心でいっぱいだったルースの態度は、目に見えて軟化し、ソウタへの警戒はすっかり消え失せていた。
「ソウタ様。おはようございます。今日も、朝から大変お美しいですね」
ルースは、朝の訓練場でソウタを見つけると、以前よりもずっと穏やかな、しかし丁寧な敬語で話しかけてくるようになった。
その瞳には、隠しきれない親愛の情が宿っている。
「はは、おはよう、ルース。君も相変わらずイケメンだね」
ソウタは、そんなルースの言葉に、内心で困惑しつつも、表面上はにこやかに、友達のような口調で返した。
ルースの態度軟化の理由は理解できていないが、これで悪役となる未来は遠のいたはずだと、ソウタは安堵していた。
二人の関係は、軍事学校の生徒たちの間でも「以前より仲が良い」と噂されるようになっていた。
かつてソウタがいじめていた相手であるルースと、今や親友のように振る舞うソウタ。
その奇妙な光景に、皆が首を傾げたが、当の二人は気にする様子もなかった。
しかし、ソウタの心の片隅には、常に原作の筋書きが張り付いていた。
(ルースの周りには、危険がつきものだ。原作では、この時期に、一度大きな怪我をするはず……)
ソウタは、ルースの「親友」として振る舞いながらも、常に周囲に注意を払っていた。
自身の安全を確保するためには、主人公であるルースが無事でなければならない。
その日の午後、軍事学校の模擬演習場。
生徒たちは、実戦形式の訓練に励んでいた。
模擬弾が飛び交い、爆音が鳴り響く中、ルースは持ち前の機転と運動能力で、敵役の生徒を次々となぎ倒していた。
その華麗な動きは、多くの生徒の注目を集めている。
その時、ソウタの脳裏に、不穏な原作の記述がフラッシュバックした。
(この演習で、ルースは腕を負傷するはずだ。そして、その原因は……!)
ソウタの視線は、演習場の片隅にいる一人の生徒に釘付けになった。
その生徒は、以前ソウタと一緒にルースをいじめていた、貴族派の一員だった。
彼は、模擬弾を装填した銃を、ルースの方に向けて、悪意のこもった笑みを浮かべていた。
狙われているのは、ルースの右腕だ。
そして、この模擬弾は、通常よりも威力が調整されており、当たれば骨折は免れない。
原作では、この怪我によって、ルースは一時的に訓練から離脱し、それが後の重要な実技試験に影響を及ぼすことになる。
「くそっ、今ここで怪我をされたら、計画が台無しだ!」
ソウタの心の中で、焦りが募った。
この怪我は、ソウタ自身の未来にも悪影響を及ぼす可能性がある。
ソウタの目は、すでに狙いを定めている悪役の生徒と、無防備なルースの間を高速で往復した。
時間は、わずか数秒。
ソウタの頭の中では、瞬時に複数の選択肢が計算された。
(回避は間に合わない。声をかけるのも間に合わない。最適な選択は……)
ソウタは、考えるよりも早く、体が動いていた。
「ルース!」
ソウタは、必死に叫びながら、猛然と走り出した。
彼の足は、普段のマイペースな彼からは想像できないほどの速さで、演習場を横切る。
ルースは、ソウタの声に、ハッと振り返った。
彼の瞳には、ソウタが自分に向かってくる姿が映っている。
その瞬間、悪役の生徒が、銃の引き金を引いた。
模擬弾が、唸りを上げてルースの右腕へと向かっていく。
ソウタは、ルースの目の前で、躊躇なく、その身体を飛び込ませた。
「危ない!」
ドンッ!
鈍い衝撃音が、演習場に響き渡った。
模擬弾は、ルースの腕ではなく、ソウタの左肩に直撃した。
ソウタの体は、その衝撃で勢いよく吹き飛ばされ、泥だらけの地面に叩きつけられた。
「ソウタ様!!!」
ルースの声が、悲鳴のように響いた。
彼の瞳は、信じられないものを見るかのように大きく見開かれ、そして、瞬時に怒りと、ソウタを心配する感情で満たされた。
ルースは、怪我をしたソウタの元へ、駆け寄った。
「ソウタ様!大丈夫ですか!? ソウタ様!」
ルースは、ソウタの体を抱き起こした。
ソウタの肩からは、模擬弾の色素が滲み出し、白い制服を赤く染めている。
ソウタは、激痛に顔を歪ませながらも、ルースの顔を見て、安堵の息を吐いた。
(よかった……間に合った……これで、ルースは無事だ……そして、僕の未来も……)
ソウタの視線は、悪役の生徒へと向けられた。
その瞳には、普段の穏やかさとはかけ離れた、冷たい光が宿っていた。
ルースは、ソウタのその様子を見て、激しい怒りに震えていた。
「これは、一体どういうことです!……私を狙ったのですか?」
ルースは、悪役の生徒を睨みつけた。
彼の顔には、普段の優しい笑顔は微塵もなく、まるで氷のように冷たい表情が浮かんでいる。
悪役の生徒は、まさかソウタが庇うとは夢にも思っていなかったのだろう。
恐怖に顔を引き攣らせ、後ずさりした。
ソウタは、ルースの腕の中で、かすかに笑みを浮かべた。
(これで、僕の好感度は、爆上がりだろ……? この痛みに見合うだけの効果は、出してほしいな……)
彼の行動は、あくまで「生存戦略」の一環だった。
しかし、その身を呈した庇護は、ルースの心に、ソウタへの感謝と、そして、抑えきれないほど強い感情を深く刻み込むことになった。
ルースの瞳は、ソウタを護るために、怒りに燃え上がっていた。
この瞬間、ルースの中で、ソウタは単なる「自分を恋慕う相手」から、
「何があっても護らなければならない、大切な存在」へと、その意味を大きく変えたのだった。
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