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17話 策略の影
しおりを挟むソウタは、縁談の手紙を前にしたルースに腕を掴まれ、困惑した。ルースの瞳には、かつてないほどの真剣な光が宿っていた。
「ソウタ……待っていてくれ!」
ルースの声は、力強く、そして決意に満ちていた。
(待ってくれ、って……一体何の話だ?)
ソウタは、ルースの言葉の意味が全く理解できなかった。
彼の頭の中は縁談の面倒さでいっぱいだったが、ルースの言葉からは、具体的な内容が何も読み取れない。
しかし、ソウタは、ルースの真剣な眼差しを受けて、深く追求することをやめた。
ルースの好感度を維持するためには、彼の言葉に同調するのが最も合理的だと判断したのだ。
「ああ、分かった……待つよ」
ソウタは、いつものように穏やかに承諾した。
ルースは、ソウタの言葉に力強く頷くと、ソウタの手を離し、自身の部屋へと戻っていった。その背中からは、強い決意が感じられた。
ソウタは、残された部屋で、首を傾げながら、積み重ねられた縁談の手紙を眺めていた。
数ヶ月後。
軍事学校では、一大イベントである闘技トーナメントの開催が迫っていた。このトーナメントは、生徒たちの実力を示す重要な場であり、多くの貴族や有力者が視察に訪れる。
ルースは、このトーナメントに向けて、以前にも増して鍛錬に励んでいた。彼の動きは、より洗練され、その剣筋には、研ぎ澄まされた刃のような鋭さが宿っていた。
ソウタは、そんなルースの姿を見て、一抹の不安を感じていた。彼は原作の筋書きを正確に記憶している。
この闘技トーナメントで、主人公であるルースは、剣に細工をしたという濡れ衣を着せられ、違反行為を疑われ、最終的に棄権に追い込まれることになるのだ。
(くそっ、このイベントか……! ルースが違反なんかするわけない。これは、間違いなく貴族派の陰謀だ)
ソウタは、心の中で舌打ちをした。ルースの不利益は、そのままソウタの「生存戦略」にも影響を及ぼす。何としても、この陰謀を阻止しなければならない。
ソウタは、黒幕を探すべく、密かに情報収集を開始した。しかし、一人では限界がある。ソウタは、一番信頼できる人物に協力を仰ぐことにした。
「オリオン。ちょっと相談したいことがあるんだ」
ソウタは、オリオンの部屋を訪ね、闘技トーナメントでのルースの棄権の件と、黒幕の存在について打ち明けた。
オリオンは、ソウタの話を真剣な表情で聞いた。
「ルース君が……そんなことをするはずがない。僕も協力するよ」
オリオンは、ソウタの言葉を信じ、迷うことなく協力を申し出てくれた。
その日から、ソウタとオリオンは、鍛錬の合間を縫って、学校内を散策し、情報を集めるようになった。
怪しい人物はいないか、不審な動きをしている生徒はいないか。二人は、細心の注意を払って、貴族派の動向を探っていた。
ある日の散策中のことだった。
ソウタとオリオンが、校舎の裏にある、あまり人が通らない小道に差し掛かった時、オリオンが突然、小さな石につまずいた。
「あっ……!」
オリオンは、バランスを崩し、近くにあった古い石像の角に、手の甲を勢いよく引っ掻いてしまった。鋭い角が、オリオンの白い手の甲に、赤い線を刻む。
「オリオン! 大丈夫?」
ソウタは、オリオンの怪我にすぐに気づき、慌てて駆け寄った。彼の顔には、心配の色が浮かんでいる。
ソウタは、自身の制服のポケットから、たたんであったハンカチを取り出した。そのハンカチには、ソウタの家であるフランゼ家の家紋、美しい金色の鳥の紋章が刺繍されている。
ソウタは、ハンカチを広げながら、オリオンの手に伸ばそうとした。
しかし、ソウタがハンカチを差し出した瞬間、オリオンの顔に驚きと、そして、戸惑いの色が浮かんだ。彼の瞳は、ソウタの手元のハンカチに釘付けになっている。
(ソウタ君の……侯爵家の紋章入りのハンカチ……!?)
オリオンは、顔を赤くした。
ソウタは知らないが、帝国では、家紋入りのハンカチを渡す行為は、愛の告白と同等の意味を持つ。特に、貴族社会においては、それは非常に重い意味を持つ行為だった。
オリオンの心臓は、激しく脈打った。
ソウタは、本当に自分を愛してくれているのか?
この場で、自分の気持ちを伝えるべきか?
オリオンの頭の中は、様々な感情と疑問でいっぱいになった。
オリオンが戸惑っている間にも、ソウタは心配そうな表情で、オリオンの手にハンカチを差し出し続けていた。
「オリオン、早く! 血が出てるよ」
ソウタは、早く怪我の手当てをさせたかった。彼にとって、このハンカチはただのハンカチであり、オリオンの怪我を心配する、純粋な「友人としての気遣い」でしかなかったのだ。
ソウタは、オリオンの戸惑いを理解できず、しびれを切らしたかのように、オリオンの手をそっと掴んだ。
そして、彼の顔が赤くなるのも構わず、ささっとオリオンの手にハンカチを巻き付けてしまった。
ソウタの指が、オリオンの肌に触れる。
その温かさに、オリオンの顔はさらに赤くなった。
ソウタの、何気ない、しかし温かい手当てに、オリオンの心は揺さぶられた。
「あ、ありがとう……ソウタ君……」
オリオンの声は、顔を真っ赤にしながら、蚊の鳴くような声でお礼を言った。
彼の心の中は、ソウタの無自覚な「告白」と、それを受け止める自分自身の感情で、いっぱいいっぱいになっていた。
ソウタは、オリオンの反応に首を傾げながらも、怪我の手当てができたことに満足していた。
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