秘密はいつもティーカップの向こう側 ―BONUS TRACK―

天月りん

文字の大きさ
3 / 4

白石美緒の考察―藤宮湊について

しおりを挟む
「藤宮くんってさぁ、師匠のこと、どう思ってるの?」

 唐突な質問に、シャーペンが机を転がった。
 図書館の地下室。
 二人で試験勉強をしていた、静かな午後のことだ。

「えっ!?きゅ、急にどうしたの、白石さん」

 藤宮くんは真っ赤になって、慌ててシャーペンを拾った。
 
(あはは、かわいい。こういうところが、好かれるんだろうな)

 実のところ、藤宮くんは女生徒の間で人気がある。
 本人はまったく気付いていないようだけど。
 
(観察開始!……うん、顔良し)

 本人は童顔を気にしているが――確かに少し幼い印象はある。
 けれど顔の作りは整っていて、くるくる動く目はぱっちり。鼻も高くて唇は上品な厚さ。笑うととてもチャーミングだ。

(スタイル……文句なし)

 群を抜いて高身長というわけではない。
 しかし隣に立つと、意外に背が高くて驚く。
 師匠よりは少し低いけれど、日本人としては標準よりちょっと上くらい?
 
(それに顔が小さいし、姿勢も良いよね)

 着ているものは量販店のそれだけど、学生らしいコーディネートは好感度高め。
 ちゃんと洗濯されていて、清潔感もある。

(あとはやっぱり、性格の良さが最大の長所なのよ!)

 藤宮くんは優しい人だ。
 まず相手の話を最後まで聞いて、それから自分の意見を言う。
 これは意外と難しい。聞いているようで『右から左』な人は、かなり多いから。
 しかも「ノー」と言えない優柔不断じゃないのが、またすごい。

(総合評価、花丸満点!)

 つくづく優良物件だ。そりゃあ女子が放っておかないわけだけど……。

(ただ、ねぇ……)

 藤宮湊という人間の、唯一にして最大の欠点、それは――。

「藤宮くんって、どうしようもなく鈍感よね」
「え?何のこと?」

 小首を傾げる友人を眺めて、私は深いため息を吐いた。

(師匠……先は長いですよ)

 西園寺亜嵐という男が藤宮くんを単なる好意以上に想っていることは、初見ですぐにわかった。
 そして恐らくだが、彼は生来の同性愛者ではない。純粋に『藤宮湊という人間』を気に入っているのだろう。

(あの人もなぁ。いろいろあった匂いがするしね)

 そんな師匠にとって、藤宮くんは癒しというか、救いのような存在に違いない。
 私にとっても、藤宮くんは異性というより、同志のような感覚だ。

 うーん、と唸っていると、隣で藤宮くんがあたふたし始めた。

「ねぇ、白石さん。俺、知らないうちに、何かやらかしてる……?」

(ええ、ええ。無自覚にやらかしてますとも。……ちょっといじめちゃおうかな)

 私はわざと困った顔を浮かべた。

「実はさ……友だちから『藤宮くんと付き合ってるの?』って言われちゃって」
「えぇっ!?」

 藤宮くんの顔から、一気に血の気が引いた。

「どうしてそんな!?」
「だって、よく一緒にいるじゃない?」
「それは……そうだけど……」

 顎に手を当てて、俯いて何かを考え込んでいた藤宮くんは、顔を上げるとキッパリ言い切った。

「わかった。俺、責任を取るよ」
「はい!?どうするつもり!?」

 今度は私の顔が真っ青になる。
 もし藤宮くんが「白石さんと付き合うよ」なんて言おうものなら、私は師匠に殺される。

「白石さんの友達に、違いますってちゃんと説明するから!」
「……あぁ、そういうこと、ね」

 ガクッと肩の力が抜ける。
 よかった――私はまだ、師匠の弟子でいられそうだ。

「いいよ、そんなことしなくて。違うって言ってあるし、こういうのは放っておけばそのうち消えるから」
「そう、なの?」

 きょとんとする藤宮くんの肩に手を置き、「そういうものよ」と言い含めた。
 まったく。ちょっとしたいたずらのつもりが、大けがをするところだった。

(それにしても)

「それで結局、師匠のことはどう思ってるわけ?」

 話を振り出しに戻すと、目の前の友人は顔をポッと赤くして、周りを窺った。

「えっと……その、亜嵐さんのことは……」
「うんうん、師匠のことは?」

 視線を泳がせもじもじしながら、ぽつぽつと口を開く。

「いろんなこと知ってて……憧れっていうか、尊敬っていうか……とにかく、すごい人だと思ってるよ」
「ふんふん、それで?」
「それで!?」

 先を促すと、藤宮くんの顔は、トマトのように真っ赤になった。

「あと、は……えと、人の心に寄り添えて、情が深いのと……か、格好いい、よね」

 握った手で膝をごしごし擦る姿に、溜飲が下がる。

(……ふーん。まんざらでもない、のかな?)

 この先二人がどうなるかなんて、私にはわからないし、何かできるわけでもない。
 それでも――。

「藤宮くんも師匠も、私にとって、すっごく大切な人だよ!」
「……?あ、ありがとう……?」

(大切な人が幸せになってくれたら、それ以上うれしいことってないよね!)

 いつだって良い未来を考える――それが私の得意技なのだ。
 エアコンが効いた図書館の片隅で、私の心は温かく跳ね上がった。



 秘密はいつもティーカップの向こう側 BONUS TRACK
 白石美緒の考察ー藤宮湊について / 完

 ◆・◆・◆

 秘密はいつもティーカップの向こう側
 本編もアルファポリスで連載中です☕
 ティーカップ越しの湊と亜嵐の物語はこちら。

 秘密はいつもティーカップの向こう側の姉妹編
 ・本編番外編シリーズ「TEACUP TALES」
  シリーズ本編番外編
 ・番外編シリーズ「BONUS TRACK」
  シリーズSS番外編
 ・番外SSシリーズ「SNACK SNAP」
  シリーズのおやつ小話
 よろしければ覗いてみてください♪

 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

秘密はいつもティーカップの向こう側 ~サマープディングと癒しのレシピ~

天月りん
キャラ文芸
食べることは、生きること。 紅茶とともに、人の心に寄り添う『食』の物語、再び。 「栄養学なんて、大嫌い!」 大学の図書館で出会った、看護学部の女学生・白石美緒。 彼女が抱える苦手意識の裏には、彼女の『過去』が絡んでいた。 大学生・藤宮湊と、フードライター・西園寺亜嵐が、食の知恵と温かさで心のすれ違いを解きほぐしていく――。 ティーハウス<ローズメリー>を舞台に贈る、『秘密はいつもティーカップの向こう側』シリーズ第2弾。 紅茶と食が導く、優しくてちょっぴり切ないハートフル・キャラ文芸。 ◆・◆・◆・◆ 秘密はいつもティーカップの向こう側の姉妹編  ・本編番外編シリーズ「TEACUP TALES」シリーズ本編番外編  ・番外編シリーズ「BONUS TRACK」シリーズSS番外編  ・番外SSシリーズ「SNACK SNAP」シリーズのおやつ小話 よろしければ覗いてみてください♪

秘密はいつもティーカップの向こう側 ―SNACK SNAP―

天月りん
キャラ文芸
食べることは、生きること。 ティーハウス<ローズメリー>に集う面々に起きる、ほんの些細な出来事。 楽しかったり、ちょっぴり悲しかったり。 悔しかったり、ちょっぴり喜んだり。 彼らの日常をそっと覗き込んで、写し撮った一枚のスナップ――。 『秘密はいつもティーカップの向こう側』SNACK SNAPシリーズ。 気まぐれ更新。 ティーカップの紅茶に、ちょっとミルクを入れるようなSHORT STORYです☕ ◆・◆・◆・◆ 秘密はいつもティーカップの向こう側(本編) ティーカップ越しの湊と亜嵐の物語はこちら。 秘密はいつもティーカップの向こう側の姉妹編  ・本編番外編シリーズ「TEACUP TALES」シリーズ本編番外編  ・番外編シリーズ「BONUS TRACK」シリーズSS番外編  ・番外SSシリーズ「SNACK SNAP」シリーズのおやつ小話 よろしければ覗いてみてください♪

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

秘密はいつもティーカップの向こう側 ―TEACUP TALES―

天月りん
キャラ文芸
食べることは、生きること。 湊と亜嵐の目線を通して繰り広げられる、食と人を繋ぐ心の物語。 ティーカップの湯気の向こうに揺蕩う、誰かを想う心の機微。 ふわりと舞い上がる彼らの物語を、別角度からお届けします。 本編に近いサイドストーリーをお届けする 『秘密はいつもティーカップの向こう側』SHORT STORYシリーズ。 気まぐれ更新でお届けする、登場人物の本音の物語です あなたのタイミングで、そっと覗きにきてください☕ ◆・◆・◆・◆ 秘密はいつもティーカップの向こう側(本編) ティーカップ越しの湊と亜嵐の物語はこちら。 秘密はいつもティーカップの向こう側の姉妹編  ・本編番外編シリーズ「TEACUP TALES」シリーズ本編番外編  ・番外編シリーズ「BONUS TRACK」シリーズSS番外編  ・番外SSシリーズ「SNACK SNAP」シリーズのおやつ小話 よろしければ覗いてみてください♪

婚約者の心が読めるようになりました

oro
恋愛
ある日、婚約者との義務的なティータイムに赴いた第1王子は異変に気づく。 目の前にいる婚約者の声とは別に、彼女の心の声?が聞こえるのだ。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...