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白石美緒の考察―藤宮湊について
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「藤宮くんってさぁ、師匠のこと、どう思ってるの?」
唐突な質問に、シャーペンが机を転がった。
図書館の地下室。
二人で試験勉強をしていた、静かな午後のことだ。
「えっ!?きゅ、急にどうしたの、白石さん」
藤宮くんは真っ赤になって、慌ててシャーペンを拾った。
(あはは、かわいい。こういうところが、好かれるんだろうな)
実のところ、藤宮くんは女生徒の間で人気がある。
本人はまったく気付いていないようだけど。
(観察開始!……うん、顔良し)
本人は童顔を気にしているが――確かに少し幼い印象はある。
けれど顔の作りは整っていて、くるくる動く目はぱっちり。鼻も高くて唇は上品な厚さ。笑うととてもチャーミングだ。
(スタイル……文句なし)
群を抜いて高身長というわけではない。
しかし隣に立つと、意外に背が高くて驚く。
師匠よりは少し低いけれど、日本人としては標準よりちょっと上くらい?
(それに顔が小さいし、姿勢も良いよね)
着ているものは量販店のそれだけど、学生らしいコーディネートは好感度高め。
ちゃんと洗濯されていて、清潔感もある。
(あとはやっぱり、性格の良さが最大の長所なのよ!)
藤宮くんは優しい人だ。
まず相手の話を最後まで聞いて、それから自分の意見を言う。
これは意外と難しい。聞いているようで『右から左』な人は、かなり多いから。
しかも「ノー」と言えない優柔不断じゃないのが、またすごい。
(総合評価、花丸満点!)
つくづく優良物件だ。そりゃあ女子が放っておかないわけだけど……。
(ただ、ねぇ……)
藤宮湊という人間の、唯一にして最大の欠点、それは――。
「藤宮くんって、どうしようもなく鈍感よね」
「え?何のこと?」
小首を傾げる友人を眺めて、私は深いため息を吐いた。
(師匠……先は長いですよ)
西園寺亜嵐という男が藤宮くんを単なる好意以上に想っていることは、初見ですぐにわかった。
そして恐らくだが、彼は生来の同性愛者ではない。純粋に『藤宮湊という人間』を気に入っているのだろう。
(あの人もなぁ。いろいろあった匂いがするしね)
そんな師匠にとって、藤宮くんは癒しというか、救いのような存在に違いない。
私にとっても、藤宮くんは異性というより、同志のような感覚だ。
うーん、と唸っていると、隣で藤宮くんがあたふたし始めた。
「ねぇ、白石さん。俺、知らないうちに、何かやらかしてる……?」
(ええ、ええ。無自覚にやらかしてますとも。……ちょっといじめちゃおうかな)
私はわざと困った顔を浮かべた。
「実はさ……友だちから『藤宮くんと付き合ってるの?』って言われちゃって」
「えぇっ!?」
藤宮くんの顔から、一気に血の気が引いた。
「どうしてそんな!?」
「だって、よく一緒にいるじゃない?」
「それは……そうだけど……」
顎に手を当てて、俯いて何かを考え込んでいた藤宮くんは、顔を上げるとキッパリ言い切った。
「わかった。俺、責任を取るよ」
「はい!?どうするつもり!?」
今度は私の顔が真っ青になる。
もし藤宮くんが「白石さんと付き合うよ」なんて言おうものなら、私は師匠に殺される。
「白石さんの友達に、違いますってちゃんと説明するから!」
「……あぁ、そういうこと、ね」
ガクッと肩の力が抜ける。
よかった――私はまだ、師匠の弟子でいられそうだ。
「いいよ、そんなことしなくて。違うって言ってあるし、こういうのは放っておけばそのうち消えるから」
「そう、なの?」
きょとんとする藤宮くんの肩に手を置き、「そういうものよ」と言い含めた。
まったく。ちょっとしたいたずらのつもりが、大けがをするところだった。
(それにしても)
「それで結局、師匠のことはどう思ってるわけ?」
話を振り出しに戻すと、目の前の友人は顔をポッと赤くして、周りを窺った。
「えっと……その、亜嵐さんのことは……」
「うんうん、師匠のことは?」
視線を泳がせもじもじしながら、ぽつぽつと口を開く。
「いろんなこと知ってて……憧れっていうか、尊敬っていうか……とにかく、すごい人だと思ってるよ」
「ふんふん、それで?」
「それで!?」
先を促すと、藤宮くんの顔は、トマトのように真っ赤になった。
「あと、は……えと、人の心に寄り添えて、情が深いのと……か、格好いい、よね」
握った手で膝をごしごし擦る姿に、溜飲が下がる。
(……ふーん。まんざらでもない、のかな?)
この先二人がどうなるかなんて、私にはわからないし、何かできるわけでもない。
それでも――。
「藤宮くんも師匠も、私にとって、すっごく大切な人だよ!」
「……?あ、ありがとう……?」
(大切な人が幸せになってくれたら、それ以上うれしいことってないよね!)
いつだって良い未来を考える――それが私の得意技なのだ。
エアコンが効いた図書館の片隅で、私の心は温かく跳ね上がった。
秘密はいつもティーカップの向こう側 BONUS TRACK
白石美緒の考察ー藤宮湊について / 完
◆・◆・◆
秘密はいつもティーカップの向こう側
本編もアルファポリスで連載中です☕
ティーカップ越しの湊と亜嵐の物語はこちら。
秘密はいつもティーカップの向こう側の姉妹編
・本編番外編シリーズ「TEACUP TALES」
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・番外SSシリーズ「SNACK SNAP」
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「えっ!?きゅ、急にどうしたの、白石さん」
藤宮くんは真っ赤になって、慌ててシャーペンを拾った。
(あはは、かわいい。こういうところが、好かれるんだろうな)
実のところ、藤宮くんは女生徒の間で人気がある。
本人はまったく気付いていないようだけど。
(観察開始!……うん、顔良し)
本人は童顔を気にしているが――確かに少し幼い印象はある。
けれど顔の作りは整っていて、くるくる動く目はぱっちり。鼻も高くて唇は上品な厚さ。笑うととてもチャーミングだ。
(スタイル……文句なし)
群を抜いて高身長というわけではない。
しかし隣に立つと、意外に背が高くて驚く。
師匠よりは少し低いけれど、日本人としては標準よりちょっと上くらい?
(それに顔が小さいし、姿勢も良いよね)
着ているものは量販店のそれだけど、学生らしいコーディネートは好感度高め。
ちゃんと洗濯されていて、清潔感もある。
(あとはやっぱり、性格の良さが最大の長所なのよ!)
藤宮くんは優しい人だ。
まず相手の話を最後まで聞いて、それから自分の意見を言う。
これは意外と難しい。聞いているようで『右から左』な人は、かなり多いから。
しかも「ノー」と言えない優柔不断じゃないのが、またすごい。
(総合評価、花丸満点!)
つくづく優良物件だ。そりゃあ女子が放っておかないわけだけど……。
(ただ、ねぇ……)
藤宮湊という人間の、唯一にして最大の欠点、それは――。
「藤宮くんって、どうしようもなく鈍感よね」
「え?何のこと?」
小首を傾げる友人を眺めて、私は深いため息を吐いた。
(師匠……先は長いですよ)
西園寺亜嵐という男が藤宮くんを単なる好意以上に想っていることは、初見ですぐにわかった。
そして恐らくだが、彼は生来の同性愛者ではない。純粋に『藤宮湊という人間』を気に入っているのだろう。
(あの人もなぁ。いろいろあった匂いがするしね)
そんな師匠にとって、藤宮くんは癒しというか、救いのような存在に違いない。
私にとっても、藤宮くんは異性というより、同志のような感覚だ。
うーん、と唸っていると、隣で藤宮くんがあたふたし始めた。
「ねぇ、白石さん。俺、知らないうちに、何かやらかしてる……?」
(ええ、ええ。無自覚にやらかしてますとも。……ちょっといじめちゃおうかな)
私はわざと困った顔を浮かべた。
「実はさ……友だちから『藤宮くんと付き合ってるの?』って言われちゃって」
「えぇっ!?」
藤宮くんの顔から、一気に血の気が引いた。
「どうしてそんな!?」
「だって、よく一緒にいるじゃない?」
「それは……そうだけど……」
顎に手を当てて、俯いて何かを考え込んでいた藤宮くんは、顔を上げるとキッパリ言い切った。
「わかった。俺、責任を取るよ」
「はい!?どうするつもり!?」
今度は私の顔が真っ青になる。
もし藤宮くんが「白石さんと付き合うよ」なんて言おうものなら、私は師匠に殺される。
「白石さんの友達に、違いますってちゃんと説明するから!」
「……あぁ、そういうこと、ね」
ガクッと肩の力が抜ける。
よかった――私はまだ、師匠の弟子でいられそうだ。
「いいよ、そんなことしなくて。違うって言ってあるし、こういうのは放っておけばそのうち消えるから」
「そう、なの?」
きょとんとする藤宮くんの肩に手を置き、「そういうものよ」と言い含めた。
まったく。ちょっとしたいたずらのつもりが、大けがをするところだった。
(それにしても)
「それで結局、師匠のことはどう思ってるわけ?」
話を振り出しに戻すと、目の前の友人は顔をポッと赤くして、周りを窺った。
「えっと……その、亜嵐さんのことは……」
「うんうん、師匠のことは?」
視線を泳がせもじもじしながら、ぽつぽつと口を開く。
「いろんなこと知ってて……憧れっていうか、尊敬っていうか……とにかく、すごい人だと思ってるよ」
「ふんふん、それで?」
「それで!?」
先を促すと、藤宮くんの顔は、トマトのように真っ赤になった。
「あと、は……えと、人の心に寄り添えて、情が深いのと……か、格好いい、よね」
握った手で膝をごしごし擦る姿に、溜飲が下がる。
(……ふーん。まんざらでもない、のかな?)
この先二人がどうなるかなんて、私にはわからないし、何かできるわけでもない。
それでも――。
「藤宮くんも師匠も、私にとって、すっごく大切な人だよ!」
「……?あ、ありがとう……?」
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