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悪意の彼岸:前編 *
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んっ……あぁっ、……もっと……もっと、おくまでついて……ぇ。
ギシギシと耳障りな音と、掠れた声で喘ぐ男の声が聞こえ、憂璃は意識が浮上するのを感じた。
意識が戻った途端、むせ返るような安っぽい香料の匂いと不快感しかない獣臭が鼻をおかしくさせ、頭痛までしてくる。
あまりにも強すぎる匂いに口と鼻を手で覆うとしたが、腕は背中に回っていてピクリともしない。これは拘束されているのだろうか。
なんとか外せないかと無闇矢鱈に手首を動かすが、拘束された部分が肌と擦れピリピリと痛みを訴える。しかも、無理な体勢のせいか、治ったばかりの左肩が鈍く痛みだす。
これ以上無理をすると、いざという時に動けない。
憂璃は無駄なあがきをやめ、状況を冷静に考えることにした。
それにしてもここはどこだろう。
ズキズキと痛む頭でここに至った経緯を思い出そうとする。
朝、椿に送ってもらって、友人の藤田にからかわれたあと、上靴に替えるために下足置き場に行ったら、またあの手紙が入っていた。
無機質な洋型封筒は、憂璃が三年になってすぐから投入されるようになっていた。
最初は隠し撮りしたと分かる目線の合わない憂璃の写真が入っていただけだった。
しかし日を追うごとに相手の行動は過激となり、今では写真だけでなく、使用済みの避妊具が数個結ばれた状態で入るようになっていた。……使用済みというからには、送った相手の精液もたっぷりと溜まっていた。
何度か椿や壱岐に相談しようと思っていた。
だけど、一年後にはふたりと離れ、別のアルファに身請けされる自分だ。
秋槻学園のそうそうたる施設や待遇を考えるに、学費が安くないのは分かる。そんな所に憂璃が変質者から怖気の立つ贈り物をされていると知ったら、椿は学校を辞めさせすぐに憂璃を売買する手続きを始めてしまうだろう。
ただでさえ椿と一緒に居れる時間が刻一刻と減っているのに、それよりも早く離別させられるかもしれない。
それは嫌だったから言えなかった。
憂璃は出会った時から椿が好きだった。たとえこの思いが椿に伝わらなくても、ひっそりと自分の中で育てて枯らしてしまおうと思っていた。
健気な憂璃のご褒美と言わんばかりに元々大事にしてくれていたが、最近では椿がとても優しく、自分を甘やかしてくれる。
もし、写真の話をしてしまったら、間違った言葉で伝えてしまったら、椿は憂璃を軽蔑し、淫売と罵るかもしれない。
壱岐も普段は憂璃の味方をしてくれるけども、基本的にはカシラである椿の命令優先だ。
椿が本気で怒ったら、壱岐も追従してしまうかもしれない。
残り一年。せめて一日でも長く椿の傍に居て、悔いなく時間を過ごし、できれば笑顔でお別れしたかった。
だから……言えなかった。
切なくて、胸が痛むけど、その胸を掴む手は拘束されて動かすこともできない。
考えろ。打開できる瞬間はきっとある、と憂璃は自分を鼓舞し、唇を噛み締める。
(きっと僕をどこかに連れてきたのは、母と数学教師の男のふたりだろう。でも、母は憂璃を買ったお金で保養施設に入ったんじゃ……。それに、どうやって秋槻学園の教師と母がつながったのだろう)
考えなくてはならないことが多すぎるのに、頭の痛みとさっきから聞こえる不快な喘ぎ声で思考が散漫になる。
このままでは埓があかない。
憂璃は意を決し閉じていた目を開く。
「……え」
椿のマンションに比べたら雲泥の差ともいえる狭い古ぼけた一室。
やけに大きなベッドに、胡座をかいた全裸の数学教師の上で、同じく裸の母が淫れて踊り狂っている。なんの家具もなく飾りもない部屋。まるで静止画のような風景の中でベッドの上だけが滑稽に景色が動いている。
「あぁっ、ちょ……だ、いっ、あなたの、せーし、ほし……のぉっ」
「欲しけりゃ、たっぷりナカに出してやるよ。だけど、ちゃんと、避妊薬飲めよっ、……ぁ、でるっ!」
「あぁんっ! お腹、あついぃ、精子で子宮が灼けちゃうぅ……んんっ!」
涙をポロリと流し、母は絶頂から意識を飛ばしてベッドの上に倒れこむ。教師はなおも母の腰を掴み最後の一滴まで注いでから、雑に腰を引いて母から離れた。
「ああ、起きてたのか」
ギシリ、とベッドのスプリングが軋み、教師がそのまま憂璃の元までやってくる。達したばかりだというのに、彼の中心は雄々しく勃ち上がり白濁に浸っていたせいかヌラヌラと輝っていた。
「待たせたね。さあ、次は憂璃、君を快感に堕としてあげよう」
愉悦の笑みを浮かべ、教師は憂璃の前にしゃがむ。眼前に男の逸物が迫ってくるのを、憂璃は自由な顔を逸らし拒絶する。
「あ……あなたは……母の……恋人なんじゃ……」
「恋人?」
憂璃の言葉に教師はキョトンと目を見開き、そしてあふれるようにクツクツと笑い出す。
最後には腕で腹をかかえ、部屋の中に教師の哄笑が響き渡る。
「あはははっ! 憂璃は面白いことをいうねぇ。秋槻学園の教師であるわたしが、どうして学もなにもない娼夫を恋人にしなくてはいけないのかな?」
「え……」
「わたしの目的は憂璃、君なんだよ。……というか、本質で言えば玉之浦椿……かな」
「椿……さん」
「ああ、そうだよ。あの、冷酷で非道な玉之浦椿だ」
目的達成寸前の男は、教師の顔ではなく恍惚とした男の顔で語る。
「わたしはね、君が入学した時からずっと目をつけてたんだ。愛らしいアルビノの人形である君にね。でも、未成年で生徒である君に教師が手を出しては重責問題となる。そこで、ちょっと調べてみたら玉霞会の玉之浦椿に金で買われたと知って、ある計画を思いついたんだ」
「ある……計画……」
「そう。茶咲って名前、知ってるよね」
「!」
知らないもなにも、つい先月に茶咲真矢に襲われそうになって、怪我をしたばかりだ。
椿も壱岐も詳細を語ることはなかったが、茶咲組は解体、父親の組長は玉霞会から破門状が全国に知れ渡り、財産も没収となったそうだ。茶咲真矢も親が支払い能力がなくなったために春休みの間に退学をしたとのこと。
だが、なぜ一介の教師が憂璃の身上を調べ、かつ茶咲のことを知っているのだろうか。
「わたしはね、茶咲組元組長の愛人の子供──いわゆる庶子っていうのかな。あの男は昔から本当に下衆なヤツでね、当時女子高生のオメガだったわたしの母を強引に犯しただけでなく、その後も執拗に囲い、わたしがアルファだと知ると、母からわたしを奪ったんだよ」
ふふ、とどこか楽しげに話す内容の凄絶さに、憂璃は口を挟むこともできない。
「母にとってわたしは唯一のよすがだった。たとえ犯され孕まされ産まされたとしても、母にはわたしがたったひとりの家族だったとよく言っていた」
だけど、といきなり表情が消え、さながら能面のようなのに、淡々と唇だけが動いている。
「椿……そう、玉之浦椿。あいつのせいで、ひっそりと生きていたわたしの母は表舞台に引っ張り出され、嫌だと言う体に誘発剤を打たれ、意思とは関係なく中学生の椿を襲った」
「!?」
三次団体の元茶咲組の組長だった男は、昔から上昇志向が強く、いずれはどんな手法を取っても玉霞会全てを手に入れようと画策していた。
しかし本家である玉霞会は磐石で、どこにもつけいる隙もない。
それならばと、元組長は玉之浦の中で一番脆い椿を拉致し、暴れるのを暴力で気を失わせ、玉霞会では御法度の薬を用いて椿を強制発情させたのだ。
同じように教師の母も薬によってヒートを起こし、思いも感情も色欲に塗りつぶされ、互いがたがいの肉だけを求める獣と化した。
母が一心不乱に自分の子供と変わらない年齢の椿の上で淫れ踊っていたのを、茶咲は教師に見せつけたそうだ。そうして茶咲元組長は教師に囁いた。母を、教師を貶める言葉を。
『ほら、お前の母親はアルファというだけでガキの精を絞ろうとしているぞ』と。
この時に、教師は茶咲だけでなく、同じアルファだから強制ラット状態にさせられたと頭では理解しつつも、虚ろな目で母を抱く椿も同じように憎悪を抱いた。
「未来に夢を見ていた少女が突然体を奪われ、祝福されない子供を産み、薬で壊れヒートになった哀れな母は椿との交合のあと、どうしたと思う?」
「……」
「……死んだよ。包丁で喉を突き刺して、わたしが発見した時、現場だった寝室は一面血の海だった。そう、この場所で」
「っ!!」
憂璃は言葉が出てこなかった。
ちらりとベッドの上で情痕を残したまま臥している母を見る。
男性体でありながら子を孕むことができるオメガに生まれ、ベータであった両親からは愛情も与えられず化物のように扱われ、挙句の果てに教師にレイプをされ、心も体もズタズタに傷つけられ。バース性という壁がつねに立ちはだかっていたと、憂璃に何度も語っていた。
寂しい。家族が欲しかった。自分だけの家族を。だから自分も子供も幸せになろうとアルファに嫁ぐ夢を見た。
こんな底辺から出ていきたい。だから体を売る。媚びと言われようとも家族を心の底から手に入れたかった青年の、小さくとも叶えるのが困難な夢。
昔に比べると、とても細く華奢になったように思える。どう見ても保養所に入ってるとは考えられない不健康そうな体。
あんな母だけども、別に死んでほしいとは願ってないし、道は違えども生きていれればいいとさえ思っていた。しかし教師の母は生に耐え切れず死を選んだ。
壮絶な場面を息子である教師の記憶に焼き付けて。
「その後、わたしは金を渡され家を放り出された。あの男が執着していたのは母で、アルファであっても副産物でしかないわたしは不要だったのだろう。誰かを頼ろうにも父親はアレだし、母の両親も母が極道の囲い者になったと知るや行方をくらませた。わたしは必死で生きたよ。それこそアルファという立場を使って春の街で金持ちオメガの体を抱いていた時期もあった。わたしは自力で地獄から這い上がり、今の地位を手に入れたんだ」
憂璃の母とは春の街にいた頃からの知り合いらしい。
四年ほどまえに偶然再会してから、何度か肌を重ねたと言われた。
なにかの折に母の口から憂璃が椿に引き取られたと聞いた。そして色々探っていた所に義弟の真矢が憂璃を狙い、元組長と一緒に処分されたと知った。教師は積年の恨みが晴れたと恍惚とした顔で告げる。
「ざまあみろ、と思ったね。クズの子はクズで、自ら破滅に向かってくれたのだから。だが、わたしの復讐はそれだけで終わるつもりはない。まだ玉之浦椿が残っている。そこで目をつけたのが君だよ、憂璃」
「……ぼ、くが……」
「ああ、そうだよ。若頭補佐の壱岐を知ってるだろう? アイツはね、椿が拉致されてから片時も離れなかったし、椿も離そうとしなかった。それが、四六時中君の護衛として傍にいる。わたしは直感したね。ああ、椿は番を見つけたのだ、とね。しかも最近では君を溺愛しているのを隠そうともしていない。ようやくチャンスがやってきたとほくそ笑んだものさ」
「え……?」
椿の番? 自分が?
だって、椿は僕をいずれ誰かに売るために、管理として一緒に住んでるのではなかったのか。
教師が滔々と話す内容が頭の中で渦となり混乱となる。
「さあ、ここで質問です。市居憂璃君。椿を真の意味で傷つけるために、君の役割を答えなさい」
ニヤリと悪意に唇を歪めて問う教師。
憂璃は口にしなくても、これまでの彼の過去の話で気づきたくなくとも理解してしまった。
彼は椿の心を壊すために、憂璃を彼の母と同じ状況に追い込もうとしているのだ──と。
ギシギシと耳障りな音と、掠れた声で喘ぐ男の声が聞こえ、憂璃は意識が浮上するのを感じた。
意識が戻った途端、むせ返るような安っぽい香料の匂いと不快感しかない獣臭が鼻をおかしくさせ、頭痛までしてくる。
あまりにも強すぎる匂いに口と鼻を手で覆うとしたが、腕は背中に回っていてピクリともしない。これは拘束されているのだろうか。
なんとか外せないかと無闇矢鱈に手首を動かすが、拘束された部分が肌と擦れピリピリと痛みを訴える。しかも、無理な体勢のせいか、治ったばかりの左肩が鈍く痛みだす。
これ以上無理をすると、いざという時に動けない。
憂璃は無駄なあがきをやめ、状況を冷静に考えることにした。
それにしてもここはどこだろう。
ズキズキと痛む頭でここに至った経緯を思い出そうとする。
朝、椿に送ってもらって、友人の藤田にからかわれたあと、上靴に替えるために下足置き場に行ったら、またあの手紙が入っていた。
無機質な洋型封筒は、憂璃が三年になってすぐから投入されるようになっていた。
最初は隠し撮りしたと分かる目線の合わない憂璃の写真が入っていただけだった。
しかし日を追うごとに相手の行動は過激となり、今では写真だけでなく、使用済みの避妊具が数個結ばれた状態で入るようになっていた。……使用済みというからには、送った相手の精液もたっぷりと溜まっていた。
何度か椿や壱岐に相談しようと思っていた。
だけど、一年後にはふたりと離れ、別のアルファに身請けされる自分だ。
秋槻学園のそうそうたる施設や待遇を考えるに、学費が安くないのは分かる。そんな所に憂璃が変質者から怖気の立つ贈り物をされていると知ったら、椿は学校を辞めさせすぐに憂璃を売買する手続きを始めてしまうだろう。
ただでさえ椿と一緒に居れる時間が刻一刻と減っているのに、それよりも早く離別させられるかもしれない。
それは嫌だったから言えなかった。
憂璃は出会った時から椿が好きだった。たとえこの思いが椿に伝わらなくても、ひっそりと自分の中で育てて枯らしてしまおうと思っていた。
健気な憂璃のご褒美と言わんばかりに元々大事にしてくれていたが、最近では椿がとても優しく、自分を甘やかしてくれる。
もし、写真の話をしてしまったら、間違った言葉で伝えてしまったら、椿は憂璃を軽蔑し、淫売と罵るかもしれない。
壱岐も普段は憂璃の味方をしてくれるけども、基本的にはカシラである椿の命令優先だ。
椿が本気で怒ったら、壱岐も追従してしまうかもしれない。
残り一年。せめて一日でも長く椿の傍に居て、悔いなく時間を過ごし、できれば笑顔でお別れしたかった。
だから……言えなかった。
切なくて、胸が痛むけど、その胸を掴む手は拘束されて動かすこともできない。
考えろ。打開できる瞬間はきっとある、と憂璃は自分を鼓舞し、唇を噛み締める。
(きっと僕をどこかに連れてきたのは、母と数学教師の男のふたりだろう。でも、母は憂璃を買ったお金で保養施設に入ったんじゃ……。それに、どうやって秋槻学園の教師と母がつながったのだろう)
考えなくてはならないことが多すぎるのに、頭の痛みとさっきから聞こえる不快な喘ぎ声で思考が散漫になる。
このままでは埓があかない。
憂璃は意を決し閉じていた目を開く。
「……え」
椿のマンションに比べたら雲泥の差ともいえる狭い古ぼけた一室。
やけに大きなベッドに、胡座をかいた全裸の数学教師の上で、同じく裸の母が淫れて踊り狂っている。なんの家具もなく飾りもない部屋。まるで静止画のような風景の中でベッドの上だけが滑稽に景色が動いている。
「あぁっ、ちょ……だ、いっ、あなたの、せーし、ほし……のぉっ」
「欲しけりゃ、たっぷりナカに出してやるよ。だけど、ちゃんと、避妊薬飲めよっ、……ぁ、でるっ!」
「あぁんっ! お腹、あついぃ、精子で子宮が灼けちゃうぅ……んんっ!」
涙をポロリと流し、母は絶頂から意識を飛ばしてベッドの上に倒れこむ。教師はなおも母の腰を掴み最後の一滴まで注いでから、雑に腰を引いて母から離れた。
「ああ、起きてたのか」
ギシリ、とベッドのスプリングが軋み、教師がそのまま憂璃の元までやってくる。達したばかりだというのに、彼の中心は雄々しく勃ち上がり白濁に浸っていたせいかヌラヌラと輝っていた。
「待たせたね。さあ、次は憂璃、君を快感に堕としてあげよう」
愉悦の笑みを浮かべ、教師は憂璃の前にしゃがむ。眼前に男の逸物が迫ってくるのを、憂璃は自由な顔を逸らし拒絶する。
「あ……あなたは……母の……恋人なんじゃ……」
「恋人?」
憂璃の言葉に教師はキョトンと目を見開き、そしてあふれるようにクツクツと笑い出す。
最後には腕で腹をかかえ、部屋の中に教師の哄笑が響き渡る。
「あはははっ! 憂璃は面白いことをいうねぇ。秋槻学園の教師であるわたしが、どうして学もなにもない娼夫を恋人にしなくてはいけないのかな?」
「え……」
「わたしの目的は憂璃、君なんだよ。……というか、本質で言えば玉之浦椿……かな」
「椿……さん」
「ああ、そうだよ。あの、冷酷で非道な玉之浦椿だ」
目的達成寸前の男は、教師の顔ではなく恍惚とした男の顔で語る。
「わたしはね、君が入学した時からずっと目をつけてたんだ。愛らしいアルビノの人形である君にね。でも、未成年で生徒である君に教師が手を出しては重責問題となる。そこで、ちょっと調べてみたら玉霞会の玉之浦椿に金で買われたと知って、ある計画を思いついたんだ」
「ある……計画……」
「そう。茶咲って名前、知ってるよね」
「!」
知らないもなにも、つい先月に茶咲真矢に襲われそうになって、怪我をしたばかりだ。
椿も壱岐も詳細を語ることはなかったが、茶咲組は解体、父親の組長は玉霞会から破門状が全国に知れ渡り、財産も没収となったそうだ。茶咲真矢も親が支払い能力がなくなったために春休みの間に退学をしたとのこと。
だが、なぜ一介の教師が憂璃の身上を調べ、かつ茶咲のことを知っているのだろうか。
「わたしはね、茶咲組元組長の愛人の子供──いわゆる庶子っていうのかな。あの男は昔から本当に下衆なヤツでね、当時女子高生のオメガだったわたしの母を強引に犯しただけでなく、その後も執拗に囲い、わたしがアルファだと知ると、母からわたしを奪ったんだよ」
ふふ、とどこか楽しげに話す内容の凄絶さに、憂璃は口を挟むこともできない。
「母にとってわたしは唯一のよすがだった。たとえ犯され孕まされ産まされたとしても、母にはわたしがたったひとりの家族だったとよく言っていた」
だけど、といきなり表情が消え、さながら能面のようなのに、淡々と唇だけが動いている。
「椿……そう、玉之浦椿。あいつのせいで、ひっそりと生きていたわたしの母は表舞台に引っ張り出され、嫌だと言う体に誘発剤を打たれ、意思とは関係なく中学生の椿を襲った」
「!?」
三次団体の元茶咲組の組長だった男は、昔から上昇志向が強く、いずれはどんな手法を取っても玉霞会全てを手に入れようと画策していた。
しかし本家である玉霞会は磐石で、どこにもつけいる隙もない。
それならばと、元組長は玉之浦の中で一番脆い椿を拉致し、暴れるのを暴力で気を失わせ、玉霞会では御法度の薬を用いて椿を強制発情させたのだ。
同じように教師の母も薬によってヒートを起こし、思いも感情も色欲に塗りつぶされ、互いがたがいの肉だけを求める獣と化した。
母が一心不乱に自分の子供と変わらない年齢の椿の上で淫れ踊っていたのを、茶咲は教師に見せつけたそうだ。そうして茶咲元組長は教師に囁いた。母を、教師を貶める言葉を。
『ほら、お前の母親はアルファというだけでガキの精を絞ろうとしているぞ』と。
この時に、教師は茶咲だけでなく、同じアルファだから強制ラット状態にさせられたと頭では理解しつつも、虚ろな目で母を抱く椿も同じように憎悪を抱いた。
「未来に夢を見ていた少女が突然体を奪われ、祝福されない子供を産み、薬で壊れヒートになった哀れな母は椿との交合のあと、どうしたと思う?」
「……」
「……死んだよ。包丁で喉を突き刺して、わたしが発見した時、現場だった寝室は一面血の海だった。そう、この場所で」
「っ!!」
憂璃は言葉が出てこなかった。
ちらりとベッドの上で情痕を残したまま臥している母を見る。
男性体でありながら子を孕むことができるオメガに生まれ、ベータであった両親からは愛情も与えられず化物のように扱われ、挙句の果てに教師にレイプをされ、心も体もズタズタに傷つけられ。バース性という壁がつねに立ちはだかっていたと、憂璃に何度も語っていた。
寂しい。家族が欲しかった。自分だけの家族を。だから自分も子供も幸せになろうとアルファに嫁ぐ夢を見た。
こんな底辺から出ていきたい。だから体を売る。媚びと言われようとも家族を心の底から手に入れたかった青年の、小さくとも叶えるのが困難な夢。
昔に比べると、とても細く華奢になったように思える。どう見ても保養所に入ってるとは考えられない不健康そうな体。
あんな母だけども、別に死んでほしいとは願ってないし、道は違えども生きていれればいいとさえ思っていた。しかし教師の母は生に耐え切れず死を選んだ。
壮絶な場面を息子である教師の記憶に焼き付けて。
「その後、わたしは金を渡され家を放り出された。あの男が執着していたのは母で、アルファであっても副産物でしかないわたしは不要だったのだろう。誰かを頼ろうにも父親はアレだし、母の両親も母が極道の囲い者になったと知るや行方をくらませた。わたしは必死で生きたよ。それこそアルファという立場を使って春の街で金持ちオメガの体を抱いていた時期もあった。わたしは自力で地獄から這い上がり、今の地位を手に入れたんだ」
憂璃の母とは春の街にいた頃からの知り合いらしい。
四年ほどまえに偶然再会してから、何度か肌を重ねたと言われた。
なにかの折に母の口から憂璃が椿に引き取られたと聞いた。そして色々探っていた所に義弟の真矢が憂璃を狙い、元組長と一緒に処分されたと知った。教師は積年の恨みが晴れたと恍惚とした顔で告げる。
「ざまあみろ、と思ったね。クズの子はクズで、自ら破滅に向かってくれたのだから。だが、わたしの復讐はそれだけで終わるつもりはない。まだ玉之浦椿が残っている。そこで目をつけたのが君だよ、憂璃」
「……ぼ、くが……」
「ああ、そうだよ。若頭補佐の壱岐を知ってるだろう? アイツはね、椿が拉致されてから片時も離れなかったし、椿も離そうとしなかった。それが、四六時中君の護衛として傍にいる。わたしは直感したね。ああ、椿は番を見つけたのだ、とね。しかも最近では君を溺愛しているのを隠そうともしていない。ようやくチャンスがやってきたとほくそ笑んだものさ」
「え……?」
椿の番? 自分が?
だって、椿は僕をいずれ誰かに売るために、管理として一緒に住んでるのではなかったのか。
教師が滔々と話す内容が頭の中で渦となり混乱となる。
「さあ、ここで質問です。市居憂璃君。椿を真の意味で傷つけるために、君の役割を答えなさい」
ニヤリと悪意に唇を歪めて問う教師。
憂璃は口にしなくても、これまでの彼の過去の話で気づきたくなくとも理解してしまった。
彼は椿の心を壊すために、憂璃を彼の母と同じ状況に追い込もうとしているのだ──と。
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