10 / 36
10 愛人の不満
しおりを挟む
(失礼します……)
私は姿を消したまま、愛人宅へと足を踏み入れた。
中は想像以上に古く、一歩一歩進むたびに床が軋んだ。
(本当にここに公爵閣下とその愛人親子が住んでるのかしら……?)
とてもじゃないが信じられない。
ひとまずディアン様を探さなければ。
道中数人の使用人と遭遇したが、透明になっているため誰も気に留めない。
相変わらず便利な能力だ。
(ディアン様はどこにいるんだろう?)
そう思って角を曲がったそのとき、部屋の中から聞こえてくる怒声に足を止めた。
「ちょっと!!!いつまで待たせる気よ!!!」
「!」
近くにある部屋に誰かいるようだ。
私はすぐに声の聞こえた方に走った。
再び転移魔法を使って部屋の中に入ると、一人の女性が物凄い剣幕で侍女を怒鳴り付けていた。
「いい加減にしてよ!あなたもディアン様に何か言ってちょうだい!」
「そ、それは出来ません……お願いです、どうか怒りを鎮めてください――ドロシー様」
(ドロシーですって?)
私は目の前で声を荒らげているその女性をじっと見つめた。
鮮やかな赤い髪を腰まで伸ばし、胸元を出した黒いドレスを身に纏っている彼女からは男性が好みそうな妖艶な雰囲気が醸し出されていた。
(たしかに綺麗だわ……)
女の私から見てもそう思ってしまうほどだ。
しかし、そんな美しい見た目をしている彼女は今相当に怒り狂っている。
「何で私がこんなボロい家に住まないといけないのよ!!!八年も我慢してるのよ!?」
「ド、ドロシー様……落ち着いてください」
「こんな家に八年も住んで正気でいられる人がどこにいるのよ!!!」
どうやらドロシー様はこのボロ家で暮らすのを不満に感じているようで、それを侍女に八つ当たりしているらしい。
「これは一体何の騒ぎだ!!!」
「あっディアン様!」
騒ぎを聞きつけたディアン様が部屋にやって来た。
彼女はすぐにしわくちゃにしていた顔を元に戻すと、彼の胸に抱き着いた。
「ドロシー!お前、彼女に何かしたのか!!!」
「ち、違います公爵様……!」
ドロシー様は疑われている哀れな侍女のことなど気にも留めず、ディアン様に泣きついた。
「ディアン様、私新しい家が欲しいの!」
「新しい家だって?」
「私、公爵邸に住みたいわ!貴方と息子のルヴァンと三人で」
「公爵邸だと?あんな場所絶対にありえない!!!」
公爵邸という言葉を聞いた彼が、先ほどのドロシー様のように声を荒らげた。
「ここは亡き母上との思い出が詰まった大切な場所だ!私は公爵邸には良い思い出が無い、それは君もよく知っているではないか」
「……」
(なるほど、先代公爵の嫌がらせってわけね)
何故こんな家を買ったのだろうかと疑問に思っていたが、先代の公爵が用意したものであれば納得だ。
公爵ならもっと良い家をいくらでも用意できるだろうに、彼の父親はディアン様やその母親をかなり冷遇していたようだ。
「ディアン様は私よりも、正妻の方が大切なのですか?」
「何だって!?そんなことあるわけないだろう!」
ディアン様が慌てて首を横に振った。
「私にとって家族は亡き母と君たち二人だけなんだ!義母と腹違いの兄弟なんて心の底から憎んでいるし、私たちを放置した父も嫌いだ!本邸にいるアイツだってただのお飾りの妻さ!ドロシー、どうか分かってくれ」
「ディアン様……」
相思相愛の恋人のように二人はじっと見つめ合った。
(何かムカつく)
ドロシー様はしばらく黙り込んでいたが、諦めたようにゆっくりと頷いた。
「ハハ……そう、ですか……分かりましたわ……ディアン様……」
「良かった、やはり心優しい君なら分かってくれると思っていたよ!」
(あからさまに嫌そうな顔しているけれど)
何をどう解釈したらそのような考えになるのか。
ドロシー様はディアン様の気持ちを全くと言っていいほど理解していない。
「では私は仕事に戻る」
「はい、ディアン様……」
ディアン様が部屋から出て行き足音が聞こえなくなった後、ドロシー様は怒り任せに近くにあった花瓶を床に投げつけた。
「キャー!!!」
「何なのよ!!!何で公爵家の唯一の後継者の母親である私がこんな扱いを受けないといけないの!!!」
怯える侍女と、手当たり次第に物を投げつける愛人。
「……」
(……次はディアン様の執務室へ行ってみようかしら)
侍女は気の毒に思ったが、ひとまず見なかったことにして部屋を出た。
私は姿を消したまま、愛人宅へと足を踏み入れた。
中は想像以上に古く、一歩一歩進むたびに床が軋んだ。
(本当にここに公爵閣下とその愛人親子が住んでるのかしら……?)
とてもじゃないが信じられない。
ひとまずディアン様を探さなければ。
道中数人の使用人と遭遇したが、透明になっているため誰も気に留めない。
相変わらず便利な能力だ。
(ディアン様はどこにいるんだろう?)
そう思って角を曲がったそのとき、部屋の中から聞こえてくる怒声に足を止めた。
「ちょっと!!!いつまで待たせる気よ!!!」
「!」
近くにある部屋に誰かいるようだ。
私はすぐに声の聞こえた方に走った。
再び転移魔法を使って部屋の中に入ると、一人の女性が物凄い剣幕で侍女を怒鳴り付けていた。
「いい加減にしてよ!あなたもディアン様に何か言ってちょうだい!」
「そ、それは出来ません……お願いです、どうか怒りを鎮めてください――ドロシー様」
(ドロシーですって?)
私は目の前で声を荒らげているその女性をじっと見つめた。
鮮やかな赤い髪を腰まで伸ばし、胸元を出した黒いドレスを身に纏っている彼女からは男性が好みそうな妖艶な雰囲気が醸し出されていた。
(たしかに綺麗だわ……)
女の私から見てもそう思ってしまうほどだ。
しかし、そんな美しい見た目をしている彼女は今相当に怒り狂っている。
「何で私がこんなボロい家に住まないといけないのよ!!!八年も我慢してるのよ!?」
「ド、ドロシー様……落ち着いてください」
「こんな家に八年も住んで正気でいられる人がどこにいるのよ!!!」
どうやらドロシー様はこのボロ家で暮らすのを不満に感じているようで、それを侍女に八つ当たりしているらしい。
「これは一体何の騒ぎだ!!!」
「あっディアン様!」
騒ぎを聞きつけたディアン様が部屋にやって来た。
彼女はすぐにしわくちゃにしていた顔を元に戻すと、彼の胸に抱き着いた。
「ドロシー!お前、彼女に何かしたのか!!!」
「ち、違います公爵様……!」
ドロシー様は疑われている哀れな侍女のことなど気にも留めず、ディアン様に泣きついた。
「ディアン様、私新しい家が欲しいの!」
「新しい家だって?」
「私、公爵邸に住みたいわ!貴方と息子のルヴァンと三人で」
「公爵邸だと?あんな場所絶対にありえない!!!」
公爵邸という言葉を聞いた彼が、先ほどのドロシー様のように声を荒らげた。
「ここは亡き母上との思い出が詰まった大切な場所だ!私は公爵邸には良い思い出が無い、それは君もよく知っているではないか」
「……」
(なるほど、先代公爵の嫌がらせってわけね)
何故こんな家を買ったのだろうかと疑問に思っていたが、先代の公爵が用意したものであれば納得だ。
公爵ならもっと良い家をいくらでも用意できるだろうに、彼の父親はディアン様やその母親をかなり冷遇していたようだ。
「ディアン様は私よりも、正妻の方が大切なのですか?」
「何だって!?そんなことあるわけないだろう!」
ディアン様が慌てて首を横に振った。
「私にとって家族は亡き母と君たち二人だけなんだ!義母と腹違いの兄弟なんて心の底から憎んでいるし、私たちを放置した父も嫌いだ!本邸にいるアイツだってただのお飾りの妻さ!ドロシー、どうか分かってくれ」
「ディアン様……」
相思相愛の恋人のように二人はじっと見つめ合った。
(何かムカつく)
ドロシー様はしばらく黙り込んでいたが、諦めたようにゆっくりと頷いた。
「ハハ……そう、ですか……分かりましたわ……ディアン様……」
「良かった、やはり心優しい君なら分かってくれると思っていたよ!」
(あからさまに嫌そうな顔しているけれど)
何をどう解釈したらそのような考えになるのか。
ドロシー様はディアン様の気持ちを全くと言っていいほど理解していない。
「では私は仕事に戻る」
「はい、ディアン様……」
ディアン様が部屋から出て行き足音が聞こえなくなった後、ドロシー様は怒り任せに近くにあった花瓶を床に投げつけた。
「キャー!!!」
「何なのよ!!!何で公爵家の唯一の後継者の母親である私がこんな扱いを受けないといけないの!!!」
怯える侍女と、手当たり次第に物を投げつける愛人。
「……」
(……次はディアン様の執務室へ行ってみようかしら)
侍女は気の毒に思ったが、ひとまず見なかったことにして部屋を出た。
1,941
あなたにおすすめの小説
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
溺愛されていると信じておりました──が。もう、どうでもいいです。
ふまさ
恋愛
いつものように屋敷まで迎えにきてくれた、幼馴染みであり、婚約者でもある伯爵令息──ミックに、フィオナが微笑む。
「おはよう、ミック。毎朝迎えに来なくても、学園ですぐに会えるのに」
「駄目だよ。もし学園に向かう途中できみに何かあったら、ぼくは悔やんでも悔やみきれない。傍にいれば、いつでも守ってあげられるからね」
ミックがフィオナを抱き締める。それはそれは、愛おしそうに。その様子に、フィオナの両親が見守るように穏やかに笑う。
──対して。
傍に控える使用人たちに、笑顔はなかった。
愛人のいる夫を捨てました。せいぜい性悪女と破滅してください。私は王太子妃になります。
Hibah
恋愛
カリーナは夫フィリップを支え、名ばかり貴族から大貴族へ押し上げた。苦難を乗り越えてきた夫婦だったが、フィリップはある日愛人リーゼを連れてくる。リーゼは平民出身の性悪女で、カリーナのことを”おばさん”と呼んだ。一緒に住むのは無理だと感じたカリーナは、家を出ていく。フィリップはカリーナの支えを失い、再び没落への道を歩む。一方でカリーナには、王太子妃になる話が舞い降りるのだった。
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
殿下、幼馴染の令嬢を大事にしたい貴方の恋愛ごっこにはもう愛想が尽きました。
和泉鷹央
恋愛
雪国の祖国を冬の猛威から守るために、聖女カトリーナは病床にふせっていた。
女神様の結界を張り、国を温暖な気候にするためには何か犠牲がいる。
聖女の健康が、その犠牲となっていた。
そんな生活をして十年近く。
カトリーナの許嫁にして幼馴染の王太子ルディは婚約破棄をしたいと言い出した。
その理由はカトリーナを救うためだという。
だが本当はもう一人の幼馴染、フレンヌを王妃に迎えるために、彼らが仕組んだ計略だった――。
他の投稿サイトでも投稿しています。
理想の妻とやらと結婚できるといいですね。
ふまさ
恋愛
※以前短編で投稿したものを、長編に書き直したものです。
それは、突然のことだった。少なくともエミリアには、そう思えた。
「手、随分と荒れてるね。ちゃんとケアしてる?」
ある夕食の日。夫のアンガスが、エミリアの手をじっと見ていたかと思うと、そんなことを口にした。心配そうな声音ではなく、不快そうに眉を歪めていたので、エミリアは数秒、固まってしまった。
「えと……そう、ね。家事は水仕事も多いし、どうしたって荒れてしまうから。気をつけないといけないわね」
「なんだいそれ、言い訳? 女としての自覚、少し足りないんじゃない?」
エミリアは目を見張った。こんな嫌味なことを面と向かってアンガスに言われたのははじめてだったから。
どうしたらいいのかわからず、ただ哀しくて、エミリアは、ごめんなさいと謝ることしかできなかった。
それがいけなかったのか。アンガスの嫌味や小言は、日を追うごとに増していった。
「化粧してるの? いくらここが家だからって、ぼくがいること忘れてない?」
「お弁当、手抜きすぎじゃない? あまりに貧相で、みんなの前で食べられなかったよ」
「髪も肌も艶がないし、きみ、いくつ? まだ二十歳前だよね?」
などなど。
あまりに哀しく、腹が立ったので「わたしなりに頑張っているのに、どうしてそんな酷いこと言うの?」と、反論したエミリアに、アンガスは。
「ぼくを愛しているなら、もっと頑張れるはずだろ?」
と、呆れたように言い捨てた。
壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~
志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。
政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。
社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。
ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。
ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。
一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。
リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。
ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。
そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。
王家までも巻き込んだその作戦とは……。
他サイトでも掲載中です。
コメントありがとうございます。
タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。
必ず完結させますので、よろしくお願いします。
あなただけが私を信じてくれたから
樹里
恋愛
王太子殿下の婚約者であるアリシア・トラヴィス侯爵令嬢は、茶会において王女殺害を企てたとして冤罪で投獄される。それは王太子殿下と恋仲であるアリシアの妹が彼女を排除するために計画した犯行だと思われた。
一方、自分を信じてくれるシメオン・バーナード卿の調査の甲斐もなく、アリシアは結局そのまま断罪されてしまう。
しかし彼女が次に目を覚ますと、茶会の日に戻っていた。その日を境に、冤罪をかけられ、断罪されるたびに茶会前に回帰するようになってしまった。
処刑を免れようとそのたびに違った行動を起こしてきたアリシアが、最後に下した決断は。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる