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少年期 少年の進路編
(59)早々の起立
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一目にはそれは鮮やかな青色に見えた。しかし目を凝らしてみると赤銅色の光沢にも見えた。光の当たり方の都合か不可思議な輝きをそのメダルは保っている。また、微かにメダルの輪郭は陽炎のように揺らいで見える。意匠は師や学生の身分証明のメダリオンに似て見えたが至る所に魔術刻印が施されていた。
魔術触媒だ、とフィンが気が付いたのはその特徴がかつて読んだ書籍に記載があったからだ。
通常の魔術触媒はありふれており、民生品も世に多くあるが、半永久的な仕様に堪える魔術触媒は稀少も稀少。白金で作ったメダルに術式を刻印し魔力の変換効率を格段に向上させる作用を持つそれは材料の調達も製造も困難であるという。
稀少さが実用性を担保するという話はないのであるが、高品質なそれは戦略物資として扱われるという。
ムイロが「ありがたい」と感慨深く零したのもよくわかる。つまり国王は、オルティア領主が領民にしていることと同様の施しを次代のオルティア領主に施したのだ。
しばらくの沈黙があった。
フィンは今にも泣きそうな表情でメダルを眺めるムイロに、恐らくはその言葉が相応しかろうと推察して、
「改めて、おめでとうございます」
と言祝いだ。
「ああ……、すみません。少し呆けてしまいました。これでオルティア領内の他の貴族らも喜びます。こうして国王陛下がどれほどオルティアに心を寄せているか示していただけたとあれば」
フィンには、ムイロの喜びがどれほどのものであるかは察しあぐねていた。それほどまでに魔術触媒には効能があるのだろうか。
「イレーナ、国王陛下がこれを」
子供の相手推していたイレーナがムイロの呼びかけに答えて「ごめんね」と子供らに言い、ムイロの持つメダルを認め息を飲んだ。
「きっと、お二人の行いが陛下のお耳に入ったのでしょう。この度はおめでとうございます」
ドロシーが脱帽して頭を下げる。師の帽子は大きいので脱帽するだけで動きが随分と大仰になり、一層ありがたげに見える。
「いえ、イレーナのおかげです。彼女の日々の行いがよかったから。そんな彼女が僕との結婚を了承してくれたからこそ陛下もメダルを叙勲してくださったのでしょう」
「そんな、ムイロ様の奮闘あってこそですわ。そんなムイロ様だから私も……」
「イレーナ……」
フィンは、たまらなく二人のことが羨ましくなってしまった。憧憬にも似たような羨望を覚えた。
「あらぁ……」
「ふふっ……」
気が付けばご婦人方が二人の甘い空気に当てられて作業の手を止めてしまっていた。
ただ子供らだけが変わらず、そこらを走り回ってははしゃいでいる。
窓から差し込む日の光が柔らかに朱色に染まっていた。
事態が動いたのは一瞬のうちであった。最初にフィンが壁に立てかけていた槍を手に取り耳を澄ませた。ムイロが瞬く間に建物入り口に向けた走り出した。フィンも彼に続いた。
――ヒイィィィン。
鳥の鳴き声とも聞こえる高い音をその場にいた誰もが認識した時、続いてイレーナが動いた。緊急事態を告げる鏑矢が放たれた音であった。
「ドロシー様! ここの方々とこれから避難してくる人をどうかお守りくださいませ!」
ようやく状況を把握して腰を上げたドロシーにイレーナが求める。ムイロもフィンも既に音の出どころに向けて解き放たれていた。
ドロシーは周囲の様子を見た。先ほどまで快活に笑っていた婦人方の表情が強張っていた。青ざめている人もあった。子供らが不安げにしている。空気が冷え切って感じられた。
「イレーナ様、フィンを――」
なんておこがましいことを頼もうとしているのかと、言葉に詰まる。
「フィンをお願いします……っ!」
ドロシーはそう絞り出すように懇願し、歯噛みする。
イレーナは力強く首肯して駆け出して行った。
「皆さん、ご安心ください。私がこの場所の安全を保障いたします! どうか落ち着いて、木戸を閉じ閂をかけてください。私は出入口で他の方の誘導します」
柔らかく、優しく、フィンに物事を言い聞かせるときの調子を思い出しながらドロシーは宣言する。高らかに身分証明のメダリオンを掲げて見せる。部屋の空気に安堵の気配が混じるのがわかった。
「そうよね、ムイロ君がきっと」
「イレーナ様も一緒なのだし」
「あのフィン君もすっごい身のこなしだったし、そうよね」
「それにこの娘も大学の偉い先生のようだし、ねぇ?」
婦人会の方々は口々に安心の材料を確認するように交わしながら戸締りし始める。数人の子供が空気に飲まれ泣き出してしまっていたが悲壮感が漂っていないのはムイロやイレーナの日々の努力の賜物か。あるいは何度となく何度となく見舞われたが故の慣れによるものか。
「フィン……ごめんなさい……」
誰にも聞こえないような声で小さく呟いた。
魔獣災害、境界越えを知らせる警鐘を叩く音が町中に響き始めていた。
魔術触媒だ、とフィンが気が付いたのはその特徴がかつて読んだ書籍に記載があったからだ。
通常の魔術触媒はありふれており、民生品も世に多くあるが、半永久的な仕様に堪える魔術触媒は稀少も稀少。白金で作ったメダルに術式を刻印し魔力の変換効率を格段に向上させる作用を持つそれは材料の調達も製造も困難であるという。
稀少さが実用性を担保するという話はないのであるが、高品質なそれは戦略物資として扱われるという。
ムイロが「ありがたい」と感慨深く零したのもよくわかる。つまり国王は、オルティア領主が領民にしていることと同様の施しを次代のオルティア領主に施したのだ。
しばらくの沈黙があった。
フィンは今にも泣きそうな表情でメダルを眺めるムイロに、恐らくはその言葉が相応しかろうと推察して、
「改めて、おめでとうございます」
と言祝いだ。
「ああ……、すみません。少し呆けてしまいました。これでオルティア領内の他の貴族らも喜びます。こうして国王陛下がどれほどオルティアに心を寄せているか示していただけたとあれば」
フィンには、ムイロの喜びがどれほどのものであるかは察しあぐねていた。それほどまでに魔術触媒には効能があるのだろうか。
「イレーナ、国王陛下がこれを」
子供の相手推していたイレーナがムイロの呼びかけに答えて「ごめんね」と子供らに言い、ムイロの持つメダルを認め息を飲んだ。
「きっと、お二人の行いが陛下のお耳に入ったのでしょう。この度はおめでとうございます」
ドロシーが脱帽して頭を下げる。師の帽子は大きいので脱帽するだけで動きが随分と大仰になり、一層ありがたげに見える。
「いえ、イレーナのおかげです。彼女の日々の行いがよかったから。そんな彼女が僕との結婚を了承してくれたからこそ陛下もメダルを叙勲してくださったのでしょう」
「そんな、ムイロ様の奮闘あってこそですわ。そんなムイロ様だから私も……」
「イレーナ……」
フィンは、たまらなく二人のことが羨ましくなってしまった。憧憬にも似たような羨望を覚えた。
「あらぁ……」
「ふふっ……」
気が付けばご婦人方が二人の甘い空気に当てられて作業の手を止めてしまっていた。
ただ子供らだけが変わらず、そこらを走り回ってははしゃいでいる。
窓から差し込む日の光が柔らかに朱色に染まっていた。
事態が動いたのは一瞬のうちであった。最初にフィンが壁に立てかけていた槍を手に取り耳を澄ませた。ムイロが瞬く間に建物入り口に向けた走り出した。フィンも彼に続いた。
――ヒイィィィン。
鳥の鳴き声とも聞こえる高い音をその場にいた誰もが認識した時、続いてイレーナが動いた。緊急事態を告げる鏑矢が放たれた音であった。
「ドロシー様! ここの方々とこれから避難してくる人をどうかお守りくださいませ!」
ようやく状況を把握して腰を上げたドロシーにイレーナが求める。ムイロもフィンも既に音の出どころに向けて解き放たれていた。
ドロシーは周囲の様子を見た。先ほどまで快活に笑っていた婦人方の表情が強張っていた。青ざめている人もあった。子供らが不安げにしている。空気が冷え切って感じられた。
「イレーナ様、フィンを――」
なんておこがましいことを頼もうとしているのかと、言葉に詰まる。
「フィンをお願いします……っ!」
ドロシーはそう絞り出すように懇願し、歯噛みする。
イレーナは力強く首肯して駆け出して行った。
「皆さん、ご安心ください。私がこの場所の安全を保障いたします! どうか落ち着いて、木戸を閉じ閂をかけてください。私は出入口で他の方の誘導します」
柔らかく、優しく、フィンに物事を言い聞かせるときの調子を思い出しながらドロシーは宣言する。高らかに身分証明のメダリオンを掲げて見せる。部屋の空気に安堵の気配が混じるのがわかった。
「そうよね、ムイロ君がきっと」
「イレーナ様も一緒なのだし」
「あのフィン君もすっごい身のこなしだったし、そうよね」
「それにこの娘も大学の偉い先生のようだし、ねぇ?」
婦人会の方々は口々に安心の材料を確認するように交わしながら戸締りし始める。数人の子供が空気に飲まれ泣き出してしまっていたが悲壮感が漂っていないのはムイロやイレーナの日々の努力の賜物か。あるいは何度となく何度となく見舞われたが故の慣れによるものか。
「フィン……ごめんなさい……」
誰にも聞こえないような声で小さく呟いた。
魔獣災害、境界越えを知らせる警鐘を叩く音が町中に響き始めていた。
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