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少年期 少年の進路編
(70)二人の来た道歩む道
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ありがたくも馬車の揺れは小さなもので、加えてオルティアから王都に至る街道はよく整備されていた。振動による酔いは実に減じられているものの一方でフィンはダメだった。
肉体という器の中で精神が揺れて跳ねているような感覚が酷かった。いつぞやの幌馬車なんぞより余程乗り心地はよかったというのに、ドロシーからの魔力制御の助けがなければまともに座っていられなかった。
フィンは左手に座る師の手をずっと握り締めている。
「魔力欠乏は長引くよね。僕も昔、もう回復したと思って普通に乗馬しようとしたら三歩も歩まず落馬したことがあったなあ」
「まだ運動は控えてくださいといくら私が言っても大丈夫としか言わないんですもの。本当に難儀しましたわ」
朗らかに笑うムイロにイレーナが呆れ顔で言う。
領民の目がないからか平時よりも態度が気楽なもののように見える。
「すぐに無茶をしたり無理をしようとなさるのは本当にいただけませんと言っているのですが何かあればすぐに飛び出して行ってしまうんですから本当に心配の種がつきませんの」
そう苦言を呈するイレーナではあるがその顔は特段嫌そうではないのが二人の関係を示すようである。ドロシーは小さく、二度三度と頷いていた。
「でもその僕の欠けているところイレーナはいつだって補ってくれるからね。お陰で僕は立っていられるんだ」
素面でこともなげに口にするムイロにイレーナは頬を赤くする。
それにしても、とフィンは考える。
家名のある者同士の結婚は個人対個人に留まらず、その背後の親類、土地、政治基盤、版図も伴う結びつきである。しかるに当人同士の意に染まぬ婚礼の例も貴族という立場にはつきものであるという。にも関わらずこの二人は当人同士の相性もよいようだ。
親類にとっても土地にとっても領民にとっても幸いな結婚でありながら当人同士にとっても喜ばしいのであればそれはどれほどの幸いであろう。
戦闘のスタイルにしてもそうであったが、ムイロが前線を作り後方からイレーナが足止めするという連携が非常に上手く動いていた。
「どうしたんだいフィン、僕の顔に何かついているかな」
ついジッと彼の顔を眺めてしまっていた。非礼を詫びつつ、
「いえ、お二人はまるで結ばれるべく結ばれたかのように良い関係をお築きなのだなと思われまして……」
微かに残った酔いが理性を鈍らせてしまったのか、普段は口走らないことを発言してしまった。拙いと思ったが二人の様子を見ると、イレーナは「そんな」と頬を一層赤くし、ムイロも満更でもなさそうに頬を掻いている。失言にはならなかった。
「じ、実は私どもの父親同士が非常に仲が良く、また同じころに私たちが生まれましたので、その時から結婚させようと企んでいたそうですの」
「うん、それで親に連れられて何度も会っていたし、親からも二人でオルティアを背負っていくんだって何度も何度も言われていたからね……こうして成人を目前にしてもイレーナ以外との結婚なんて想像もできなかったし隣で共に立ってくれる生きていく人を考えたとき彼女以外は考えられなかったね」
多少は恥ずかしそうではありながらムイロはそうイレーナを評す。もうイレーナは何も言えなくなっていた。
「戦闘中の役割分担も連携が取れていましたよね」
あまりこのままの話題ではイレーナの心臓が持たないのではと心配になり、フィンは少しだけ話題を反らすことにした。
「ありがとう。そう評されるとありがたいよ。元々彼女には魔術の素養があってね。何かの折には自分が盾になって彼女の攻勢を支えることが有効だと思って今のスタイルに落ち着いたんだ。僕の戦い方は結構イレーナに依存する形なんだよね」
「そんな。私だって筋力や肉弾戦ではムイロ様のお役に立てないと思って魔術を専攻したんですから」
「イレーナ、そうだったんだね。君が僕をそう思ってくれているなんて心から嬉しく思うよ」
フィンの気遣いは無駄だったようだ。イレーナは「ごめんなさい嬉しすぎて、ちょっと体が」と断って窓の方に寄りかかって外を見ている。
剣士と魔術師という組み合わせはそこはかとなく自分と師の立ち位置に近似しているように思われ、ともすればムイロとイレーナの関係はフィンにとって一等眩いものと映った。
「そういえば王太子殿下ってどんな方なのでしょうか」
そう問いを投げたのはフィンであった。少し、仄かに、僅かながら握る師の手に汗が滲んだようであった。
肉体という器の中で精神が揺れて跳ねているような感覚が酷かった。いつぞやの幌馬車なんぞより余程乗り心地はよかったというのに、ドロシーからの魔力制御の助けがなければまともに座っていられなかった。
フィンは左手に座る師の手をずっと握り締めている。
「魔力欠乏は長引くよね。僕も昔、もう回復したと思って普通に乗馬しようとしたら三歩も歩まず落馬したことがあったなあ」
「まだ運動は控えてくださいといくら私が言っても大丈夫としか言わないんですもの。本当に難儀しましたわ」
朗らかに笑うムイロにイレーナが呆れ顔で言う。
領民の目がないからか平時よりも態度が気楽なもののように見える。
「すぐに無茶をしたり無理をしようとなさるのは本当にいただけませんと言っているのですが何かあればすぐに飛び出して行ってしまうんですから本当に心配の種がつきませんの」
そう苦言を呈するイレーナではあるがその顔は特段嫌そうではないのが二人の関係を示すようである。ドロシーは小さく、二度三度と頷いていた。
「でもその僕の欠けているところイレーナはいつだって補ってくれるからね。お陰で僕は立っていられるんだ」
素面でこともなげに口にするムイロにイレーナは頬を赤くする。
それにしても、とフィンは考える。
家名のある者同士の結婚は個人対個人に留まらず、その背後の親類、土地、政治基盤、版図も伴う結びつきである。しかるに当人同士の意に染まぬ婚礼の例も貴族という立場にはつきものであるという。にも関わらずこの二人は当人同士の相性もよいようだ。
親類にとっても土地にとっても領民にとっても幸いな結婚でありながら当人同士にとっても喜ばしいのであればそれはどれほどの幸いであろう。
戦闘のスタイルにしてもそうであったが、ムイロが前線を作り後方からイレーナが足止めするという連携が非常に上手く動いていた。
「どうしたんだいフィン、僕の顔に何かついているかな」
ついジッと彼の顔を眺めてしまっていた。非礼を詫びつつ、
「いえ、お二人はまるで結ばれるべく結ばれたかのように良い関係をお築きなのだなと思われまして……」
微かに残った酔いが理性を鈍らせてしまったのか、普段は口走らないことを発言してしまった。拙いと思ったが二人の様子を見ると、イレーナは「そんな」と頬を一層赤くし、ムイロも満更でもなさそうに頬を掻いている。失言にはならなかった。
「じ、実は私どもの父親同士が非常に仲が良く、また同じころに私たちが生まれましたので、その時から結婚させようと企んでいたそうですの」
「うん、それで親に連れられて何度も会っていたし、親からも二人でオルティアを背負っていくんだって何度も何度も言われていたからね……こうして成人を目前にしてもイレーナ以外との結婚なんて想像もできなかったし隣で共に立ってくれる生きていく人を考えたとき彼女以外は考えられなかったね」
多少は恥ずかしそうではありながらムイロはそうイレーナを評す。もうイレーナは何も言えなくなっていた。
「戦闘中の役割分担も連携が取れていましたよね」
あまりこのままの話題ではイレーナの心臓が持たないのではと心配になり、フィンは少しだけ話題を反らすことにした。
「ありがとう。そう評されるとありがたいよ。元々彼女には魔術の素養があってね。何かの折には自分が盾になって彼女の攻勢を支えることが有効だと思って今のスタイルに落ち着いたんだ。僕の戦い方は結構イレーナに依存する形なんだよね」
「そんな。私だって筋力や肉弾戦ではムイロ様のお役に立てないと思って魔術を専攻したんですから」
「イレーナ、そうだったんだね。君が僕をそう思ってくれているなんて心から嬉しく思うよ」
フィンの気遣いは無駄だったようだ。イレーナは「ごめんなさい嬉しすぎて、ちょっと体が」と断って窓の方に寄りかかって外を見ている。
剣士と魔術師という組み合わせはそこはかとなく自分と師の立ち位置に近似しているように思われ、ともすればムイロとイレーナの関係はフィンにとって一等眩いものと映った。
「そういえば王太子殿下ってどんな方なのでしょうか」
そう問いを投げたのはフィンであった。少し、仄かに、僅かながら握る師の手に汗が滲んだようであった。
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