冬の一陽

聿竹年萬

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少年期 少年の進路編

(71)手の汗握る

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 これから王太子としての誓いを立てるから立太子の礼であるということは、まだ王太子殿下ではなく第一王子殿下と呼ぶべきであったか、とフィンは思い返した。しかしながら今上国王には子息が一人のみと聞く。第一という冠も妥当であるかどうか。

「うーん、僕は昔王城内に父上に連れられて入城した時にお見かけしたきりだから詳しくはないんだけど、挨拶をしたときには衝撃的だったな。佇まいが尋常ではなかった……。年は五つしか違わないはずなのにもう既に人として出来上がっているようにさえ見えたな」

 ムイロは少し難しそうな顔をしている。どう評したものかとの顎に手を当てて思案していた。

「彼を前に畏敬の念を抱かない者はいないんじゃないかな。とにかく同じ人とは思えない雰囲気の人だったなあ……。イレーナは少し話したことがあるんだっけ?」

 窓の外を眺めていたイレーナは急に水を向けられ、かえってそれで平常心に戻られたらしかった。

「ええ、二年前に王都に留学していた時に少しだけ。私の魔術行使に興味を持たれたので少しばかり魔術の扱いについてお教えしたところ瞬く間に自分の物にされてしまいました。勤勉さと努力と、恐らくは直感的な理解力に長けた方なのでしょう。その点で言えばフィンさんにも似ているかもしれません」

「僕に、ですか?」

 王太子殿下に似ている、という評は意外なほどに心地よかった。とはいえ自分はイレーナのような大規模魔術を使えるわけではないし、魔術の手習いもそこまで造形は深くない。イレーナの評は意外かつ不適当なように思われた。その思案が表情に出てしまっていたのか、イレーナは小さく微笑みながら、「これを真似してみてもらえますか?」と手のひらに小さな、棒状の炎を作ってみせた。

「こうですか?」

 フィンはしばらくその炎の槍を観察した後に同じように作ってみせた。両手を使わないと大変そうだったが、先生の手を離すのが心情的に躊躇われ、同じように片手で。

「……ほら、やはり理解できています」

 自分から投げかけた問答であったが、少年の回答があまりにも完きであったのでイレーナは心から感嘆していた。

「同じ問いを投げると、球状の炎を作り出してからその上下を圧縮させようとします。しかしそうすると両端の炎は上手方向に立ち上ろうとするため綺麗な棒状になりません。このような形にするにはとても小さな火種を維持して渦を巻くように空気を供給する必要があります。その方が消費魔力も少ないですし放った時の指向性も高いです……と、そんな些末な講義は置いておくとしまして、殿下も同様に私の提示するあらゆるものを一瞥に理解して修得しておられました。それを支える基礎理論とともに」

 イレーナは先の魔獣討伐の現場において、さして魔力総量の多くはない少年が何故あれほどまでに魔術を連発、併用できていたのかと不思議に思っていたが、観察すればするほど少年の卓越さが理解できた。行使量は最小限にしつつ効果は最大限になるように極めて効率化された魔術使用であると。

「殿下は座学も魔術も長けている方だったね。勉学も武術も並ぶ者がなく同世代の誰からも尊敬されていて。だからこそ孤高の人と言える立場の方とも見えるね。王都の大学にいたというからお二人の方が縁はあったのだと思うのだけど会ったことはないのかな?」

 ムイロの問いに「僕なないですね……」とフィンが答える。

「私の口からは説明することができません……」

 とはドロシーの言である。手のひらにまた汗が滲む。
 いつもの倍は難しそうな表情をしている。そう言えば先生は教授であり宮中伯としての地位もあるらしい。ともすれば王族の情報についての秘匿を義務として負っているのかもしれないとフィンは予想する。これ以上この話題を引っ張るのは得策でないように思われた。

「でもそうですね。立太子の礼は王都に開かれて行われるとのことですしもうすぐ僕も自分の目で殿下を拝見できるでしょう。今はそれを楽しみにしています」

 師の手に少し、緊張が走ったようだった。

 国王陛下のご子息がどのような方なのか。お二人の話を聞くに大層立派で勤勉家のようだ。
 陛下から遣いを賜りオルティアを訪ね、道中様々な生活を送る人々を見た。様々な人が各々のすべきことを成し、多くの人々の日々を支えていく。此度の遠征で触れた人々の生き方から、人に託す生き方も実に素晴らしいものだという知見をフィンは得た。

 先生の実年齢をフィンは知らない。しかしながら自分の死後も余程長い時間を先生は生きるのだということは理解している。あるいはあの良き国王陛下の志を継ぐご子息に仕え、あの国王の次代を支えることもいいのかもしれない。国に仕え国を安泰にさせることは自分亡き後も生きる先生にとっても良いことのように思われた。

 随分と烏滸がましいことかもしれないが、と脳内に言い訳しつつ王太子殿下のもと、パーシバルやあるいはムイロのミルのように傍に仕えて生きていく未来を夢想した。そしてそれはひどく魅力的なことのように思われた。
 そう思ってみると宮仕えすれば師の立場にも近くなるようで一等魅力的に思われた。

「大学に帰ったら宮仕えするためにはどうしたらいいか調べてみようかな」

 そうさり気なく口にするのはいたく勇気が要った。随分と照れ臭かった。

「それはいいね。フィンのような人のために頑張れる人が人材として登用されるならそれはきっと国益に適うね」
「ええ、私も及ばずながら応援させていただきますわ。きっとそう頑張ってくださいね」

「貴方がそう決め、そう進むならば私は全力の支援を行いましょう……」

 師の言葉はとても心強かった。
 先生の手汗はすごかった。
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