S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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帰郷編

第九十三話 故郷に向かって

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遠征実習が始まり、王都を出て既に数時間経っていた。
商人の馬車三台の前後を挟むように先頭を先導するようにヤンセン達とヨハン達が乗っている。

何事もなく順調に進んでいるので多少の退屈さを感じていたのだが、何もないに越したことはなかった。

「なんだかお前たち……」
「えっ?」
「いや、えらく落ち着いているなと思ってな」

ヤンセンはそんなヨハン達の余裕を見せた振る舞いに感心している。

「そうですか?」

「ああ。普通はもっと緊張と不安でキョロキョロ周囲を見回しているからな。去年の学生なんかはもっと落ち着きがなかったな」

「いやいやヤンセン、どうせこいつら旅行気分で何も考えてないだけだって。これで魔物が出たら慌てるのは目に見えてるさ」
「確かに判断をするには尚早だな」

細身の男、トマスが小馬鹿にするように話す。

「(いやぁ、ちょっとした魔物や野盗程度ならたぶん俺たちでも普通に対応できるからな)」
「ご指導、よろしくお願いしますわ」

「大丈夫だって、お嬢ちゃん達は俺が守ってやるからな」

「心強いですわね。ねぇモニカ?」

「えっ?あ、そ、そうね!」

鼻の下を伸ばしながら話すトマスにエレナが笑顔で対応するのは、これぐらいで怒りを抱くほど狭量でもない。大人の対応をする中、レインも言いたいことを心の中で言うだけに留めた。

「(ま、知らない方がいいこともあるしな)」

と、エレナの素性が王女であることを公表するわけがない。

「だがトマス、お前もあまり学生を馬鹿にせん方がいいぞ? 学生でも意外と馬鹿に出来んやつもいるからな。 お前は知らんが、俺の学生時代に同期で凄いやつがいたもんでな」

「へいへい、何度も聞きましたよ、確かアトムってやつでしたっけ?けど、俺ぁそいつの名前をこの界隈で聞いたことないんでさぁ。ほんとに凄かったんですかい?」

唐突にヨハンの父と同じ名前がヤンセンの口から飛び出したことに思わずピクリと反応してしまうのは、それぞれその名前に聞き覚えがあったから。

思わず横目に見るヨハンに視線が集中する。

「あっ、僕のお父さんもアトムっていいますよ」
「そうか。まぁ珍しい名前でもないしな」

笑顔で話すヨハンとヤンセンを横目に冷や汗が垂れる。

「だが、俺の知ってるアトムは凄い奴でな!そりゃもう強いのなんのって!しかし卒業後ぱったりと名前を聞かなくなったんだ。あれほどのやつならもっと名前が売れているはずなんだが……。 王都近郊で冒険者をしていれば絶対に有名になるとは思っていたが他国の生まれってどこかで聞いたことがあるからもしかしたら国に帰ったのかもな」

「へぇ、そんなに凄かったんですか?」

「ああ。色々とぶっ飛んでたやつだったよ。とにかく喧嘩は負け知らずで成績が良いわけではないけど、いざという時の頼りがいが尋常じゃなくてな――」

懐かしそうに感慨深げにヤンセンが話す学生時代のアトムの武勇伝を、まるで自分のことのように話すのを聞いてレイン達は確信を持った。

「(……それ絶対ヨハンの父ちゃんだな)」
「(……ヨハンのお父さんね)」
「(……確実にヨハンさんのお父さんですわね)」

いつヨハンが地雷を踏んでしまうとも限らないので、肩を竦めて聞き耳を立てる。

「なんだぁ?っだくおいおい、こんな妄想話にビビってるようじゃこの先が思いやられるぜ」

溜め息混じりに呆れながらモニカ達を見るトマスなのだが、モニカ達の思考は別にある。
今は何も言うまいと聞き耳を立てているだけなのだが、話がいらぬ方向に進む時の横やりを入れるためで、トマスの考えとは裏腹に変なところで気を張る必要に駆られてしまっていた。

ヤンセンがアトムのその後について何も知らないのは、アトムは王都近郊の冒険者どころかスフィンクスとして大陸中を渡り歩いていたのだから知らないのも当然である。


そうして馬車が順調に街道を進む中、今回は遠征で日数の掛かる行程の為に野営を行うことになる。

「夜間は特に注意しろよ?視界が狭まるから襲撃に気付かないと命取りになるからな」
「はい」
「もちろんよ」

トマスがヨハンとモニカへ野営について説明をするのは、夜間はキズナとビスケッツのメンバーが半々で見張りを行っていくことになっていた。先輩冒険者そのままの夜間の注意点を話して聞かしていく。


翌日以降も目立った問題は起きず、五日後レナトの街に着いた。

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