S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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禊の対価

第二百九十九話 掛けられた嫌疑

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「さて。どういうことですかペガサスの皆様方」

キッと鋭い眼差しをペガサスの面々に向けるドグラス。問い掛けるような疑念の眼差し。

「すまないドグラス殿。色々あってここまで辿り着かれた」

ジェイドの言葉を受けたドグラスはその眼差しの色を一層濃くする。

「おかしいですな。仮に百歩譲ってあなた方が敗北したとしても、その割には誰一人として欠けている様子が見られませんが?」

激しい戦闘による損傷具合。互いの衣類や装備がボロボロになっていることから見てもそれはすぐにわかるほど。にも関わらずカレン達だけでなく防衛を任せたペガサスも全員が揃ってここにいることがおかしい。

「まさか懐柔されたのですかな?」
「だから色々あったって言ってるだろ?」
「いやいや。そちらに何かしらの事情があったとして、ルーシュ様に対する反逆者と行動を共にするなどとは契約不履行どころか違反ではありませんか? まさかS級のあなた達がそんなことをするとは信じられません。今ならまだ間に合いますぞ?」
「カレン様はルーシュ様に危害を加えません。それは私が保証します」

ローズがカレンの前に立って断言する。直接的な危害を与えられなければ依頼に背くことではない。

「ほぅ。その確証はどこにあるのですかな? 証明して頂かないと困りますな。もしこれでいざ対面したとして、捨て身で斬りかかられればこちらとしては目も当てられませんので。追い詰められた鼠は何をするかわかりませんぞ?」

一向に譲る気配を見せないドグラス。ニーナはヨハンに小さく耳打ちする。

「ねぇお兄ちゃん。この人倒していけばいいんじゃないの? だって魔族なんでしょ?」
「それは無茶だよ。まだ証拠が何もないんだし」

ほぼ確定的に確信を持っているカレンなのだが、それでも物的証拠がない。まさかカレンがサリーの記憶から見てきたなどと、誰がそれを証明できるのか。どうにかしてドグラスが魔族だと、ガルアーニ・マゼンダなのだということをここで突き止めなければならない。

「ニーナはわからない?」

もしかすればニーナの魔眼であれば視えるかもしれないと考えるのだがニーナは首を傾げる。

「んー? 確かになんとなく黒い感じには見えるんだけど、よくわかんない」
「そっか」

小さく首を振るニーナ。ぼやーっと見えるその雰囲気。気持ちの良い魔力の色ではないのだがどうにもその色合いは不明瞭。その中で一部分が一際黒ずんで見えていた。

「質問があるわドグラス」

ヨハンとニーナが小さく会話を交わす中、そこへカレンが一歩前に出て問いかける。

「はて? 今更何を質問するのでしょうか?」
「わたしがルーシュを裏切ったという証拠はもちろんあるのよね?」
「ええ。それはもちろん。こちらで調査しました結果。毒物の混入の最初がカレン様であったというのですから」
「どうしてそれがわたしだと断定できるのかしら?」

要領を得ない物言い。毒物は他の一般兵にもいくつか入っていたのだがそれがルーシュを裏切ったという証左にはなり得ない。

「いやはや、もう少しで騙されそうになりましたが、まさか御身を差し出してまで容疑が掛からないように仕向けるとは、恐れ入りました」
「ああ。そういうこと」

言いたいことはわかった。ドグラスはカレン達が自分達に容疑がかからないよう偽装工作をしたのだと。

「それだけ?」
「いえ。加えてそちらの鼻が良い護衛。こちらとしては幸いでした。ルーシュ様が口にしてから駆け付けるつもりだったのでしょうが、当てが外れましたな」

暗殺未遂の一件を引き合いに出して来たドグラスなのだが、カレンには全く身に覚えのないことばかり。

「こちらの思惑を先読みされ、ドミトール王国の再建をそのようなことで妨害されようとは思ってもみませんでしたよ」
「……それは認めるのね」

順序に矛盾が生じている。暗殺未遂があったからこそドミトール王国の再建を持ちかけられたのだが、ここに至ってはカレンを首謀者に仕立てる為にそれを口実に持ってこられていた。

「ええ。それはやはりこの土地に住む者としての悲願ですから。いつまでも帝国の属国であるということに納得しているわけではありません」
「それをわたしが未然に防ごうとしたとでも? ラウル兄様の命令で?」
「だってそうでしょう? 御身の帝国における立場を少しでも向上させようと。だからこそルーシュ様の暗殺を仕掛けて、メイデント領全体に容疑を掛けて再建しようとするそれ、帝国からすれば反乱分子を一掃、根絶やしにしようと画策されたのだと。まさかそのために弟君の命まで犠牲にされるとはその覚悟、さすがラウル様に身を差し出すだけありますな。まさに愛国心の成せる業。いえ、禁断の愛の成せる業、とでも言い換えた方がよろしいでしょうかな?」

ドグラスの言葉にカレンは唇を噛む。とんでもない言いがかり。
つまり、カレンがルーシュを裏切ったその理由をカレンが自身の立場を確立させようとしているのだと。継承権を放棄しようとしているラウルなのだが、事実は別にして、それでも帰還した際は皇帝に次ぐ権力を有しているのは変わらない。だからこそ今後の何かしらに取り立ててもらえるような工作をしているのだと。

「わたしがそんなこと――」
「それにそちらの護衛にしてもそうです。その年端もいかない見た目につい騙されていましたが、それだけの隠し玉があるとは。いざとなれば力づくで行為に及ぼうとしていたのでしょう? だからこれまでその力を隠していたのでは?」

既に報告を受けているヨハンとニーナの抜きんでた実力。レグルスの私設兵と帝国兵団を強行突破されただけでなく、激闘を繰り広げたペガサスとの戦いに関しても。予想外の能力。

「戯言を。よくもまぁそれだけの詭弁を並べ立てられるものね。あなたはそれを理由にルーシュを説き伏せたのね」
「カレン様に裏切られたと知ったルーシュ様はひどく落ち込んでおられました。ルーシュ様はラウル様とカレン様を慕っておりましたので」

ここまでのドグラスの手札。まるででまかせばかりなのだが、問題はそれを逆転させるだけの証明を今すぐに用意できない。ここに至ってもルーシュが顔を見せない辺り、恐らくドグラスの言葉を鵜呑みにしているのだろうと推測する。

「いいからルーシュに会わせて!」
「それはできかねます。ではお話はこれまで、ということで。これ以上踏み込もうとするものなら、不法侵入に該当しますので任務を再開して頂きますよペガサスの方々」
「待ちなさいっ!」

天幕の中に入ろうとするドグラスの肩をカレンが掴む。

「ムッ!?」
「カレン様!」

ローズが慌ててカレンを後ろから止めに入るのだが、ドグラスは不快感を見せながらカレンに侮蔑の眼差しを向け掴まれた腕を振りほどいて振り返った。その拍子にドグラスの袖口からポロっと細長い筒状の物が落ちる。

「結局最後は力づく。強引な手に出るのですな。これだから素養のない者は」
「くっ!」

落とした物を拾いながら笑みを浮かべて天幕の中に戻ろうとするドグラスの背中を見ながらヨハンは疑問を抱いた。

「(今の……もしかして)」

どうにも見覚えがある物。厳密にはその可能性がある物。細長い筒状。以前見た時とは僅かに形状は違うのだが、もしかすればそれが起死回生の一手になるかもしれない。

「すいません」

不意に掛けられるヨハンの言葉にピタと足を止めるドグラス。

「なんですかな?」
「僕からも一つだけいいですか?」
「はて。護衛風情がここでどのような話をするつもりかな?」

懐疑的にヨハンを見るドグラス。ヨハンとは会話などこれまでしたこともない。

「いくら腕が立とうとも、今からルーシュ様に取り入ろうなどという無理な申し出は受け入れられませんな。お前達はこの場で処分しなければならん」
「いえ。そんなこと考えていませんよ。僕はいつだってカレンさんの味方ですから。だからってルーシュ様に敵対するつもりもないですけど」
「……ヨハン」

迷うことなく笑顔で答えるヨハンの返答を聞いたカレンは微かに頬を赤らめる。

「ならば余計な口を出すな。例え小さなことであろうともルーシュ様を危険な目に遭わすわけにはいかないのでな。今後の活動に支障を来す」
「別にルーシュ様に危害を加えるつもりもないですよ。僕が知りたいのは、どうしてあなたが魔物を召喚するその魔道具を持っているのか、ということです」

一種の賭け。
目的の物。メイデント領を訪れて探していた魔道具。違うかもしれないのだが、可能性は十分にある。シトラスと繋がりのあるドグラスだからこそ魔道具ソレを持っていたとしても不思議はなかった。

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