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禊の対価
第二百九十八話 敵対の理由
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「(……ルーシュ)」
カレンが神妙な面持ちをしながらもう間もなくルーシュのいる天幕に着こうとしていた。
「あの、どうして僕たちを?」
そこでヨハンが疑問を呈した。
ここまで強引に踏み込んで来た自分達に対して戦ってまで、殺してしまうことも厭わなかった程に立ちはだかったのだから通す気は一切なかったはず。それなのにその突然の心変わりが不思議でならない。
「…………」
「…………チッ」
無言のジェイドと小さく舌打ちするバルトラを横目にローズが苦笑いしながら溜め息を吐く。
「ローズがカレン様に絆されたんだとよ」
「え?」
不穏な空気が流れる中、見かねたシンが口を開いた。
「お主もそうではないかシン」
「ジェイドも反対しなかっただろ?」
「反対しようにも拙者達二人にお主ら二人を相手にする力はもう残されておらん。無駄なことよ。そこの小僧のせいでな」
ギロッとヨハンを睨みつけるジェイドなのだが、まるで理解できない。
「どういうことですか?」
「そんなに難しい話じゃねぇぜ。俺もローズの肩を持ったからな。まぁお前らっていう方が俺の場合は正しいけどな」
それはヨハンが気を失っている間にペガサスの間で行われていた話し合い。カレンが身を挺してまで、自身のことなど省みない捨て身の行動をしてまでヨハンを護ろうとしたことでローズが戦闘を中止する。下手をすればカレン自身が死んでしまいかねない行動。ここまでするのだから、カレンに反逆の意志はないと。確信を抱いていた。
ルーシュにカレンを会わせるというローズの言葉をジェイドとバルトラはひどく反対していたのだが、ローズは二人を倒してでも成すという意思を頑なに崩さない。
『――正気か?』
『もちろん』
バチッと火花を散らすローズとジェイドとバルトラの両者の睨み合いが生まれる。
『あっ。なら俺もローズに付くわ』
『『なっ!?』』
そこに言葉を差し込むシンによって状況は一変した。
『で、どうするよ? 俺ら二人を相手にするのか? その身体で』
『……シン。貴様という奴はどこまで』
どう見ても激しい怒気を向けられていたのだが、それでもシンは引き下がらない。ニヤリと意地悪く笑みを浮かべ刀の柄に手を添える。
『そんなに睨むなよ。どっちにしろ今のお前らじゃローズを倒せるねぇだろ? でもそれだけじゃあお前らが引き下がらないことは俺が良く知ってる。なら俺がこっちに付けば無駄に争う必要ないじゃねぇか』
『貴様がこっちに付けば良い』
『やだよ。俺ローズと戦いたくねぇもん』
『……シン』
『めんどくせぇからこいつの魔法』
『あなたって人は……ちょっとは見直したっていうのに』
杖の先端をパキパキと凍らせ始めるローズ。
「――どうかしましたか?」
「ああいや。あとはローズに聞いてくれ」
シンが思い返して苦笑いしている中、視線がローズに集まった。
「実はね。私は元々カレン様を迎え撃つことに反対だったのよ」
「えっ!?」
笑顔で答えられたのだが、とても反対していたとは思えない勢いで交戦し、善戦したとはいえ結果的に返り討ちに遭っている。
「詳しく話すと長くなるから掻い摘んで話すけど、私達の依頼はあくまでもルーシュ様の護衛。つまり、ルーシュ様に危害を加えられることを未然に防ぐことなのよ」
それはヨハン達もよく知っている内容なのだが、それがどうしてこんなことになっているのか。
「だからカレン様を捕らえることは依頼内容にないわけ。もしカレン様がルーシュ様に危害を加えることがあれば結果的に捕らえることはあるだろうけど」
「わたしはルーシュと話し合いに来ただけです」
語気を強めて口にするカレン。まるで覚えのない言いがかり。そんな意図など一切ない。
「ええ。だから追加依頼であるカレン様を捕らえる依頼を断ったのです。でも、この二人が最初の依頼を譲らなかったから」
ローズがチラリと見るジェイドとバルトラなのだが、二人とも目を合わせようともしない。
「拙者は任務の通りただ通さないと言っただけだ」
「我は戦闘になれば負けることを許さんと言っただけだ」
不快感を露わにする二人。その様子を見てカレンは大筋を理解した。
「あの、もしかして。つまりこういうこと?」
見解通りなら全く以て信じられない。あれだけの死闘を演じることになったことに憤りすら覚える。
「わたしがルーシュに危害を加える可能性のある反逆者だとされているから、ルーシュに会わせられない。だからジェイドさんは道を譲らなかっただけ。それにヨハンとニーナの二人だともしかすればジェイドさんが突破されかねなかったのでバルトラさんもそれに加わったと?」
「「…………」」
問い掛けに対してジェイドとバルトラは無言。
「ええ。その通りです。加えるなら非常時に意見が分かれればその時の判断は多数決になるって私達は事前に決めていますから。どっちつかずだったシンは意見なし。それでわたしも戦列に加わらざるを得なかったのですよ」
「なに、それ?」
とんでもない話だった。今の話の通りだとすれば不要な戦闘とも言える。そもそも問題はそこではない。
「そんなことでヨハンは死にかけたのッ!?」
怒鳴り声を上げるカレン。ほとほと怒りを抑えきれない。
「どうして怒る? 小僧は護衛なのだろう? 護衛が雇い主を護って死ぬことなど当たり前ではないか」
「うぐっ!」
ジェイドの疑問にカレンは返す言葉もない。それは護衛を雇う側も雇われる側も承知の事。冒険者としては至極当然の事実。
「そもそもとして、お主の目的はルーシュ様に面会することではないのか? それが今果たされようとしているというのに何に不満がある?」
「そ、それはッ! あ、あなたがいらない戦いをしたから」
「拙者は受けた依頼を遂行しようとしただけだ。非難される謂れはない」
ジェイドの正論。全く以てその通り。ペガサス側には依頼を遂行する義務がある。カレン達を通すことを諦めたのはシンとローズを相手取る等ということ自体が現実的ではないから。気力、体力、魔力とその全てを激しく消耗した今、結果は火を見るよりも明らかである。そのため、依頼の遂行が不可能になったのでこうしてカレンを通しているだけに過ぎなかった。
「もぉいいじゃない。誰も死なずに済んだんだから」
目的を達成しているニーナにとってはどうでもいい話。確かにヨハンの危機には冷や汗以上の焦りを覚えていたのだが終わり良ければ総て良し。
「で、でも……」
「そうですよカレンさん。それよりも、今は誤解を解かないと」
天幕は目の前。確かにゆっくりと話し合い、言い争いをしている暇など今はない。
「……ヨハン」
確かにあれだけの激闘を行ったにも関わらずカレンからすればヨハンを失わずに済んだことはせめてもの僥倖。ギリギリのところでセレティアナが間に合っただけで結果はどう転んでいてもおかしくはなかった。
「はぁぁぁっ」
カレンは長い息を吐いたあとに表情を引き締める。頭の中を切り替えて、ようやく辿り着いた天幕。ルーシュとどう話そうかと思考を巡らせた。
「おやおや。まさか本当にここまで来るとは」
「……ドグラス」
天幕の布が捲られ、中から姿を見せたのはバルジ・ドグラスだった。
カレンが神妙な面持ちをしながらもう間もなくルーシュのいる天幕に着こうとしていた。
「あの、どうして僕たちを?」
そこでヨハンが疑問を呈した。
ここまで強引に踏み込んで来た自分達に対して戦ってまで、殺してしまうことも厭わなかった程に立ちはだかったのだから通す気は一切なかったはず。それなのにその突然の心変わりが不思議でならない。
「…………」
「…………チッ」
無言のジェイドと小さく舌打ちするバルトラを横目にローズが苦笑いしながら溜め息を吐く。
「ローズがカレン様に絆されたんだとよ」
「え?」
不穏な空気が流れる中、見かねたシンが口を開いた。
「お主もそうではないかシン」
「ジェイドも反対しなかっただろ?」
「反対しようにも拙者達二人にお主ら二人を相手にする力はもう残されておらん。無駄なことよ。そこの小僧のせいでな」
ギロッとヨハンを睨みつけるジェイドなのだが、まるで理解できない。
「どういうことですか?」
「そんなに難しい話じゃねぇぜ。俺もローズの肩を持ったからな。まぁお前らっていう方が俺の場合は正しいけどな」
それはヨハンが気を失っている間にペガサスの間で行われていた話し合い。カレンが身を挺してまで、自身のことなど省みない捨て身の行動をしてまでヨハンを護ろうとしたことでローズが戦闘を中止する。下手をすればカレン自身が死んでしまいかねない行動。ここまでするのだから、カレンに反逆の意志はないと。確信を抱いていた。
ルーシュにカレンを会わせるというローズの言葉をジェイドとバルトラはひどく反対していたのだが、ローズは二人を倒してでも成すという意思を頑なに崩さない。
『――正気か?』
『もちろん』
バチッと火花を散らすローズとジェイドとバルトラの両者の睨み合いが生まれる。
『あっ。なら俺もローズに付くわ』
『『なっ!?』』
そこに言葉を差し込むシンによって状況は一変した。
『で、どうするよ? 俺ら二人を相手にするのか? その身体で』
『……シン。貴様という奴はどこまで』
どう見ても激しい怒気を向けられていたのだが、それでもシンは引き下がらない。ニヤリと意地悪く笑みを浮かべ刀の柄に手を添える。
『そんなに睨むなよ。どっちにしろ今のお前らじゃローズを倒せるねぇだろ? でもそれだけじゃあお前らが引き下がらないことは俺が良く知ってる。なら俺がこっちに付けば無駄に争う必要ないじゃねぇか』
『貴様がこっちに付けば良い』
『やだよ。俺ローズと戦いたくねぇもん』
『……シン』
『めんどくせぇからこいつの魔法』
『あなたって人は……ちょっとは見直したっていうのに』
杖の先端をパキパキと凍らせ始めるローズ。
「――どうかしましたか?」
「ああいや。あとはローズに聞いてくれ」
シンが思い返して苦笑いしている中、視線がローズに集まった。
「実はね。私は元々カレン様を迎え撃つことに反対だったのよ」
「えっ!?」
笑顔で答えられたのだが、とても反対していたとは思えない勢いで交戦し、善戦したとはいえ結果的に返り討ちに遭っている。
「詳しく話すと長くなるから掻い摘んで話すけど、私達の依頼はあくまでもルーシュ様の護衛。つまり、ルーシュ様に危害を加えられることを未然に防ぐことなのよ」
それはヨハン達もよく知っている内容なのだが、それがどうしてこんなことになっているのか。
「だからカレン様を捕らえることは依頼内容にないわけ。もしカレン様がルーシュ様に危害を加えることがあれば結果的に捕らえることはあるだろうけど」
「わたしはルーシュと話し合いに来ただけです」
語気を強めて口にするカレン。まるで覚えのない言いがかり。そんな意図など一切ない。
「ええ。だから追加依頼であるカレン様を捕らえる依頼を断ったのです。でも、この二人が最初の依頼を譲らなかったから」
ローズがチラリと見るジェイドとバルトラなのだが、二人とも目を合わせようともしない。
「拙者は任務の通りただ通さないと言っただけだ」
「我は戦闘になれば負けることを許さんと言っただけだ」
不快感を露わにする二人。その様子を見てカレンは大筋を理解した。
「あの、もしかして。つまりこういうこと?」
見解通りなら全く以て信じられない。あれだけの死闘を演じることになったことに憤りすら覚える。
「わたしがルーシュに危害を加える可能性のある反逆者だとされているから、ルーシュに会わせられない。だからジェイドさんは道を譲らなかっただけ。それにヨハンとニーナの二人だともしかすればジェイドさんが突破されかねなかったのでバルトラさんもそれに加わったと?」
「「…………」」
問い掛けに対してジェイドとバルトラは無言。
「ええ。その通りです。加えるなら非常時に意見が分かれればその時の判断は多数決になるって私達は事前に決めていますから。どっちつかずだったシンは意見なし。それでわたしも戦列に加わらざるを得なかったのですよ」
「なに、それ?」
とんでもない話だった。今の話の通りだとすれば不要な戦闘とも言える。そもそも問題はそこではない。
「そんなことでヨハンは死にかけたのッ!?」
怒鳴り声を上げるカレン。ほとほと怒りを抑えきれない。
「どうして怒る? 小僧は護衛なのだろう? 護衛が雇い主を護って死ぬことなど当たり前ではないか」
「うぐっ!」
ジェイドの疑問にカレンは返す言葉もない。それは護衛を雇う側も雇われる側も承知の事。冒険者としては至極当然の事実。
「そもそもとして、お主の目的はルーシュ様に面会することではないのか? それが今果たされようとしているというのに何に不満がある?」
「そ、それはッ! あ、あなたがいらない戦いをしたから」
「拙者は受けた依頼を遂行しようとしただけだ。非難される謂れはない」
ジェイドの正論。全く以てその通り。ペガサス側には依頼を遂行する義務がある。カレン達を通すことを諦めたのはシンとローズを相手取る等ということ自体が現実的ではないから。気力、体力、魔力とその全てを激しく消耗した今、結果は火を見るよりも明らかである。そのため、依頼の遂行が不可能になったのでこうしてカレンを通しているだけに過ぎなかった。
「もぉいいじゃない。誰も死なずに済んだんだから」
目的を達成しているニーナにとってはどうでもいい話。確かにヨハンの危機には冷や汗以上の焦りを覚えていたのだが終わり良ければ総て良し。
「で、でも……」
「そうですよカレンさん。それよりも、今は誤解を解かないと」
天幕は目の前。確かにゆっくりと話し合い、言い争いをしている暇など今はない。
「……ヨハン」
確かにあれだけの激闘を行ったにも関わらずカレンからすればヨハンを失わずに済んだことはせめてもの僥倖。ギリギリのところでセレティアナが間に合っただけで結果はどう転んでいてもおかしくはなかった。
「はぁぁぁっ」
カレンは長い息を吐いたあとに表情を引き締める。頭の中を切り替えて、ようやく辿り着いた天幕。ルーシュとどう話そうかと思考を巡らせた。
「おやおや。まさか本当にここまで来るとは」
「……ドグラス」
天幕の布が捲られ、中から姿を見せたのはバルジ・ドグラスだった。
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