S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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帝都武闘大会編

第三百三十一話 閑話 自覚の芽生え(後編)

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「おいおい。本当にこんなところでいいのか?」
「もちろんですわ」

着いた先は王都の東地区にある大衆食堂。出入りしているのは平民だけに留まらず多くの冒険者たち。時にはならず者も混ざっている。
行き先を尋ねたマリンが指定したのは「レインが普段食事をしている場所に連れて行って欲しいの」だった。

わけもわからず困惑しながらも、誘いを了承した以上連れて行くしかない。
時々隣を歩こうとするマリンなのだが、人通りもかなり多い上にはぐれても困る。案内するだけなので後ろを歩いてもらうのだが、肩越しに見る目が合うマリンはそれでも何故か道中ニコニコと笑顔を絶やさなかった。不気味さが増していく。

(大体、なんでこんなところに来たいんだか)

店の中に入って調理場の前のカウンターに座り、片肘を着いて疑問を抱きながら隣に座るマリンの横顔をレインはジッと眺めていた。

「あいよ。おまっとさん!」
「ふわぁっ!」

ダンッと店主によって置かれる食器、野菜麺、パスタを目にしてマリンは目を輝かせる。

「これが庶民の食べ物!?」
「お、おい、言葉に気を付けろよ!」

瞬間的に慌てた。
実際庶民の食べ物に違いはないのだが、マリンが放った言葉を額面通りに受け取ると高貴な身分の者が食べに来たと口伝するに等しい。ならず者に絡まれることになればめんどくささが増す。

「いただきます」

きょろきょろと周囲を見回すそんなレインの不安を意に介さず、視線を戻した先のマリンが髪を耳にかき上げて麺を口に運ぶその姿にどこかグッとくるものがあった。だがすぐに振り払うようにして小さく首を振る。

「な、なぁ。いい加減本当のこと教えてくれないか?」
「え?」

フォークを食器の上にカチャンと置くマリンは疑問符を浮かべて首を傾げた。

「本当のことってなんですの?」
「いや、だから、どうしてこんなところに来たかったんだ? 目的は?」
「…………目的、ですか?」
「ああ」

それまで楽しそうにしていたマリンの表情が一気に暗くなる。

「目的という目的は……正直、自分でもわかりませんの」
「は?」
「ですが一つだけはっきりしていることは、レインが普段どういう風に過ごしているのか、どういった食べ物が好きなのか、それが知りたかったのですわ」
「…………は?」

聞き間違いではなかろうか。そもそも耳がおかしくなったのだろか。

(え? それってつまり……――)

思い上がってしまいそうなその言い方。まるで自分のことが好きなのかと思えるような物言い。

(――……でも目的がわからないって?)

しかし勘違いの可能性もある。
いつの間にかマリンの言葉を考えていると耳まで赤くしているレインはその赤髪に同化するように色味を帯びていった。

「あ、あのさ?」

羞恥を堪えて口を開く。

「なんですの?」

突然態度を変えたレインの様子にマリンは疑問符を浮かべた。

「い、いや、もしかして、その、俺に気がある、とか?」

意を決して口にする。

「は?」

レインの言葉を受けた途端、マリンは目を丸くさせた。

「え?」
「どうしてわたくしがレインに気があることになるの? 意味がわからないのだけれど?」
「いやいやお前だって今さっき――」
「わたくしがレイン達庶民の食べる食事を知りたいって言ったことがどうかしたかしら?」
「え?」

次にはレインが目を丸くさせる。

(ちょ、ちょっと待て。もしかして、さっきの言葉はつまりそういうことか!?)

ようやく理解した。ボンっと顔を赤らめる。とんだ恥をかいたと。
要するに、高貴な身分であるマリン・スカーレット公爵令嬢。お高く止まったそのお嬢さんが庶民の食事に興味を持ったのだが、自尊心によって周囲に頼む相手がいないのだと。それでエレナの仲間である自分のところに頼み込みに来たのだということを。

「何を妄言めいたことを言っているのやら。そんなことより、他におススメはないのかしら?」
「え? あ、ああ。それならこんなのもあるぜ!」

慌ててレインはメニュー表に手を送り、印字されている文字に目を通す。
結果、マリンが次に浮かべた表情を目にすることが適わなかった。

(え? も、もしかして、わたくしレインに気があるのかしら?)

なんとか平静を装っていたのだが、それでも思わず目が泳ぎ、顔を赤らめてしまっている。
全く自覚がなかった。元々レインのことをもっと知りたいという気持ちから声を掛け続けており、頑なに逃げられ続けたことによる意地も多少はあったにせよ、思い返せばそう取られても仕方ないことをたった今口にしてしまっている。

そっと横目に慌ただしく指でメニュー表の字をなぞっているレインをチラと見るのだが凝視できない。視界に捉えると思わず目を逸らしてしまった。

(ま、まさか、わたくしに限ってそんなことあるわけないじゃないの)

恋だの愛だのということにはとんと覚えがない。父マックスともつい最近そんな話をした覚えもあるのだが、自分にはそんなもの必要だとさえ思ったこともない。

(ここっ、これは違うわよっ! そういうのとはッ!)

必死に過る考えを内心では否定するのだが、本能的に得る矛盾。トクトクと早打ちする心臓の音が大きく鳴り響き、レインに聞こえてしまっているのではないかと思うと余計に大きく鳴るような錯覚に陥る。

「わ、わたくしっ!」

ガタンと食器を鳴らしてバッと思わず立ち上がるマリン。

「へ?」

急に立ち上がったマリンにレインは呆気に取られて見上げた。

「きゅ、急用を思い出しましたので帰らせていただきますわ!」
「お、おうっ……」

勢いよく店の外に出るマリンの後ろ姿をただただ見送ることになる。

「え?」
「なんだ。兄ちゃん、あの綺麗な嬢ちゃんに振られたのか?」
「……俺が?」

店主の言葉に指で自分の顔を指すレイン。店主は鼻を手の平の付け根で擦った。

「しゃあねぇ。兄ちゃんの今後を祈ってあの子が食った分はタダにしといてやるぜ! 頑張んなこれからも。めげんなよこれぐらいで」
「……あっ、ども」

ペコリと頭を軽く下げるレインはわけもわからない。

(は? 何、俺、今振られたの? え?)

結果、自分が食べた分だけ支払ったレインは、一連のやり取りを寮に帰ってエレナとモニカに一応報告したところ、二人共に爆笑することになる。

「んだよ。言わなきゃ良かった」
「そ、そんなことないですわレイン」
「あーあ。とんだ恥かいたわ」
「そうね。頑張ってねレイン、いろいろと、ね」

翌日。
学校でマリンとすれ違う際には目も合わせてくれない始末。余計なことを言ったことで嫌われたのだと解釈した。

(いや、変に絡まれないからいいんだけどよ、これはこれでなんつうか、ひどくね?)

以前と同じような状況といえばそれまでなのだが、極端すぎるだろうと小さく息を吐き学内を歩いていたのだが、そのレインの背中をマリンはそっと見送っている。

(そういえば恋っていやぁ。ナナシー、元気にしてるかな)

そんなマリンの視線に気付かないレインが歩きながら考えるのは一年前に会ったエルフの少女のこと。もう一度会いたいと思うのだが、簡単に会えるわけでもない。

(ヨハンが帰って来たら相談してみるか。あいつエルフの里に行けるやつもらってたしな)

もう少しすれば帰って来るであろう仲間に対して思いを馳せていた。

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