S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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帝都武闘大会編

第三百三十二話 準決勝(前編)

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「いいぞぉ!」
「やれぇッ!」

湧き上がる大歓声。繰り出される両者の剣戟に対して観客は声援を飛ばしていた。

「フッ。その程度か」

キィンと鳴り響く金属音。剣と剣がぶつかり合う音。盛り上がりは最高潮になっている。

「果てろッ!」

アレクサンダーが片足を低く踏み込み、剣を振り払った。

「はっ!」

しかしヨハンは後方宙返りをして躱す。

「チッ!」

着地した先で素早く顔を上げアレクサンダーを確認するが、アレクサンダーは追撃を仕掛けずにじっとその場に立っていた。

「結構速いし。それに隙が無い」

アレクサンダーの構えとしてはそれほど目立った特徴があるわけではない。印象としては基本に忠実。変則的な動きがあるわけではない。それでもカサンド流剣術を基礎としてその磨き上げられた剣技の冴えは鋭く一流といっても差し支えない程。

「なるほど。強いね」

小さく呟く。視界に捉えるアレクサンダーの堂々としているその立ち姿は威圧感十分であり流石の一言。五英剣に迫る勢いを見せるというのも納得出来た。

「でも……――」

互いに効果的な一撃を見舞えない拮抗した状況ではあるが動きがないわけではなく、立ち位置を何度も入れ替えながら交差している。

「――……これなら勝てる」

体感としては技術に秀でてはいるが、それだけであれば勝てる自信はあった。

「気に入らないな」

アレクサンダーは表面上では余裕を見せているのだが、実際はそれほど余裕があるわけではない。

(こいつ。どれだけの底があるのだ?)

ヨハンの動きを細かく観察しているのだが、それ以上に相手から、ヨハンから探られているような気配がしてならない。不気味そのもの。
本来であれば先程の一撃にしても追撃を仕掛けたかったのだが、後の先で対応しなければ必要以上の攻勢は隙を生むことに繋がる。積極的に攻められないでいた。

「くっ。あんなガキにこれほど手こずるとはな……――」

考えれば考える程に苛立ちが込み上げてきた。
これだけの大舞台。いくら内外問わずに強者と囁かれている者が相手だとしてもシール家の人間が子供相手に手をこまねいているわけにはいかない。これ以上の苦戦は家名に傷を付けかねない。仮に傷を負えばどんな小さな傷であろうとも許されるものではない。

「――……仕方ない」

深く息を吐いて剣を鞘に納める。

「何をする気だろう?」

アレクサンダーの気配の変化をヨハンは見逃さない。先程までとは打って変わった真剣味。開戦当初からそうであったのだが、徐々に鋭さを増しているアレクサンダーがここに来て気配を一層変化させたことが示す本気度の向上。


剣を鞘に納めた理由に思考を巡らせる。
直後、前傾姿勢になったアレクサンダーはダンッと地面を勢いよく踏み抜いてヨハンに迫った。

「――来るっ!」

剣は未だ鞘に納められたまま。
冷静に見るその剣自体は通常の騎士剣。何か特別な能力が付与されているような気配は見られない。そうなると剣を鞘に納める理由で考えつくのは二つしかない。

仄かにアレクサンダーの剣が放つ妙な気配を感じ取っている。

(でも遠距離攻撃じゃない)

一つ目の可能性。ドミトールで魔族化したレグルスを両断したラウルの剣閃。居合と呼ばれる東国の技術をラウルが独自に昇華させたその剣技。
シンによれば東国の武器、刀のような反りがある刃であってこそ鞘を走らせ剣速を引き上げられるらしいのだが、ラウルはそれを剣閃に応用。溜めに使用していた。

しかしアレクサンダーは剣を抜く気配を見せないまま一気に距離を詰めて来ている。遠距離だけでなく中距離に来ても剣を抜く気配を見せない。近距離であれば放出系の技の意味がない。

(となると)

飛び道具ではない。
考えられるのはもう一つの可能性。

「ふっ!」

ヨハンも迎え撃つ様にして軽く踏み込み剣を振り下ろす。

(まだ抜かない? ならやっぱり……――)

振り下ろされた剣をギリギリまで引き付けて回避するアレクサンダーは尚も踏み込み、もう既にヨハンの懐近くにまで来ていた。そこでようやくクッと剣の柄を引き抜く。

(――……狙いは目算の見誤り)

アレクサンダーの狙い。それをヨハンは正確に見抜いた。
見えている剣だからこそ紙一重の回避を可能にさせ、熟練者になればなるほどその見切りが重要な要素。
しかし剣を鞘に納め、相手の見えない位置に持っていくことで得物の長さを見誤らせることによる不安と緊張が判断を鈍らせる。

「だったら!」

振り上げられようとする剣に対してヨハンは後方に飛び退いた。それはアレクサンダーの剣の長さとほぼ変わらない距離であり、寸分違わない記憶と目算。
ようやく見せるであろう隙を狙い、振り上げた直後に合わせて飛び込むつもりで距離を見極める。

(ダメだッ!)

刹那の瞬間、咄嗟に得る違和感。
そのアレクサンダーの口角がほんの僅かに上がったことでも理解したのだが、引き抜かれる剣から迸る光に何より目を奪われる。危険な気配。

「――ッ!」

迷う時間を許さない一瞬の判断。生存本能がそうさせた。
飛び込むのを止めて剣を真横に切り返す。

激しく鋭い金属音を響かせながら、アレクサンダーの剣が大きく弾かれた。

「「「おおーーーーーっ!」」」

再び沸き上がる歓声。
一瞬決着したかと思えるような二人の交差。それを目にした観客は感心するように大きく声を放つ。


「ヨハンさんっ!」

思わずアイシャが声を大きく発すその視線の先にいるヨハンは右腕からポタポタと血を流していた。

「――っ!」

グッと祈る様に手を組み合わせるアイシャの肩をアリエルがポンと軽く叩く。

「大丈夫だ。少し切られたが十分躱せていたさ」
「え?」

首を回して手に汗を握りその後の展開を見届けていた。

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