S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

文字の大きさ
352 / 724
再会の王都

第三百五十一話 閑話 サナの決意

しおりを挟む

「ヨハン君、どうしているかな?」

ヨハンが帝都の武闘大会で優勝を決めたその夜、冒険者学校学生寮にて艶のある黒髪を櫛でかしながらサナは一人物思いに耽っている。

「私、頑張ってるよ」

髪をく手を止め、息を吐きながらもその瞳にははっきりとした力強さが宿っていた。

「あっ。サナもうお風呂入ったの?」

同室の女子、リリが向かいにあるベッドに腰掛ける。

「うんごめんね。明日も早いから先に入っちゃった」
「また明日も早錬? 毎日よく続くわねぇ」
「……うん。やっぱり負けたくないから」

サナは笑顔で答えた。

「ふぅん。凄いね。ウチには無理だなぁ」
「そんなことないわよ。努力すれば」
「その努力することも才能の一つなんだって。それよりさ、ユーリとはどういう関係なの?」
「え? どういう関係って?」
「もちろん付き合ってるのかどうかってことよ」

リリの問いを受けたサナはきょとんとすると、すぐさま質問の意図を理解してプッと吹き出す。

「ないない。ユーリはただの仲間だって」
「でも毎朝一緒に鍛錬しているのでしょ?」
「それはユーリも私も強くなりたいからであって、そういうのとはまた別よ?」
「そうなの?」

答えながらサナは窓の外に目を向けた。

「それに私、好きな人、いるし…………――」

リリに聞こえない程度に小さく呟いた言葉。今は遠く離れた人に思いを馳せる。

「なに? いまなんていったの?」
「なんでもなぁい。じゃあ私そろそろ寝るね」

櫛を近くの机に置くとぼすっとベッドに横になった。

「じゃあウチもお風呂行って来るね」
「うん、いってらっしゃい」
「おやすみ学年十位さん。おっぱいの大きさなら一位なのにね」
「なっ!?」
「あーあ。ウチもあれぐらい大きければなぁ」

サナが驚きに目を見開く中、バタンとドアが閉まりリリが出ていく。

(も、もうリリったら!)

不意の言葉に考え込み思わず両手を胸へ送ってしまっていた。

(……確かに大きくなったものね)

育ち盛りとはいえ大きくなりすぎている。動き回る時に邪魔だけど、と思う時がなくもない。

(あーあ。ヨハンくん、はやく帰ってこないかなぁ。今の私を知ったら少しは見直してくれるかな?)

同時に小さく漏れる笑い。
育つということで連想するのは先程リリに言われた言葉から。この半年、十分すぎる程頑張ったし、確かに自信も自覚もある程度は持ち合わせていた。
胸に当てていた手を、左腕を顔の前に持って来て恋心を抱く男の子にもらったブレスレットがチャリっと音を鳴らす。

「やっと十位。でもまだ足りない。もっともっと強くならないと。でないとあの背中にはとても追いつけない」

ただ見ているだけだった巨大飛竜の王都襲来。素直に感動した。憧れた。
自分だけでなく他の学生たちにしても同じ。およそ一学生に何かができるわけではなかったはずのその脅威。しかしそれを同い年の男の子が単独で討伐した。

(すごかったなぁヨハンくん。でも……――)

それだけならまだ良かった。あの男の子が、ヨハンがただただ凄いというだけで済む話なのだが、決着がつく間際に飛竜の眼に突き刺さった一本の薙刀。どういう流れでヨハンが一人で戦うことになったのかが定かではないが、最後のあの瞬間、不覚にも思わず魅入ってしまっていた。

「負けるつもり、なかったのにな」

王女が相手とはいえ、それとこれとはまた別の話。
同級生の女の子、エレナはあの局面に割って入れるだけの実力がある可能性を示していた。

(……私も、いつかあんな風に隣に立ちたい)

憧れ。容姿や立場ではない羨望。
しかし彼の隣に同じようにして立つ為には純粋な強さが必要。背中を任せられる仲間である必要がある。だったらもっともっと強くならなければならない。

(まだ、まだ強くならないと)

諦められないこの気持ち。それがサナを突き動かしていた。

(入学前の私なら、きっとこんなこと思わなかっただろうな。ううん。ヨハンくんに会わなかったら、みんなに会わなかったら…………あの時助けてもらわなかったら、きっと……――)

そうして夢の中に意識を移していく。

きっかけは入学後、最初の学外行事である野外実習。危うく命を落としかけた出来事であるビーストタイガーによる経験したことのない危機。
元々サナが冒険者学校に通い始めた理由は、家庭が裕福ではなかったためと同年代の子と比べると身体能力や魔力量が多少秀でていただけ。
冒険者学校に通う子供達は一部の貴族の子女を除き、だいたいが同じ理由。そのため、サナは周囲を見渡して自分が特別ではないことを入学式ですぐに理解した。上には上がいる。
その時点では冒険者になることを諦めたわけではないが、特段上を目指す必要も感じなかった。

一般的なレベルに達すれば比較的裕福な生活を冒険者は送れる。そうなれば実家に仕送りもできる。命を賭けてまで生活を豊かにするために冒険者をするのだからその見返りは当然。目指すところは一部の夢追い人のような冒険者などではない。

しかし今は違った。意識を変えた。はっきりと目的を持って上を目指している。いつか認めてもらうために。

振り返ってみても一学年時は本当に色々と力不足を痛感した。
不甲斐無い姿を何度も見せた。守ってもらうばっかりだった。そんな自分が情けなくて、虚しくて、しかしそれでも結果的に奮起して必死に努力した。人間死ぬ気になれば意外と頑張れるものだと実感する。

そうしてヨハンが帝都に行っている間にサナは学年十位まで躍り出た。周囲からの評価はもう既に一変している。
それでもまだ届かない。あの背中には。でも次は諦めない。誰かを守るためなどという崇高な理由ではない。自分本位な理由。自分自身のために。いつか追い付くのだと、隣に立つことが出来るのだと自分を信じて。

『凄いなサナ』
『うん。でも……――』

同じパーティーのケントに言われたのだがまだ足りない。

『――……でもまだあの人たちには及ばないよ』

これだけ努力して初めて知ったまだ努力不足なのだという事実。
二学年がある程度経ったころに貼り出された順位。総合評価表のトップに位置する三人。

『エレナさんはもちろんとして、モニカさんもあれだけ強いんだし』
『……まぁ、な』

二位の王女エレナだけでなく学年三位にいるモニカにしてもそう。その華麗な剣技と容姿からいつの間にか【剣姫】の異名を得ている。

『私も負けてられないよ』
『……そっか。頑張れよ』
『……うん。ありがと』

そう話していたケントだけでなく、最近はアキとも妙な温度差を感じていた。ユーリは鍛錬に付き合ってくれ、そのユーリも十五位。あれだけ互いに努力しているのに四位にはレインが位置している。

『まだ足りない』

誰が自分の行いを認めてくれるのか。わかっている。結局最後は自分自身なのだと。努力して、結果を出して、他者から褒められて、満足して。そこで満足するかどうかも自分が決めること。

満足は満足ですればいい。
どこかで区切りを付けなければ張り詰めた糸はいつか切れる。だがそれで終わってはいけない。満足は過程に対して満足することで、辿り着いた境地に満足したわけではない。
しっかりと自戒を込める。

次にヨハンと会った時は成長した自分を見てもらおうと。
成績表を見上げながら空白の一位に目を送った。そこに誰の名前が入るのかということは誰もが、全員が知っている。だから誰も空白のことを口にはしない。

(次に会ったらまず……――)

サナはそうして決意する。
取り組み続けたことで得た自信。

(――……会えなかった分も合わせて思いっきり抱き着こう!)

この気持ち、彼を想う意思と諦めない強さは誰にも負けない自信も身に付けられた。

しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

転落貴族〜千年に1人の逸材と言われた男が最底辺から成り上がる〜

ぽいづん
ファンタジー
ガレオン帝国の名門貴族ノーベル家の長男にして、容姿端麗、眉目秀麗、剣術は向かうところ敵なし。 アレクシア・ノーベル、人は彼のことを千年に1人の逸材と評し、第3皇女クレアとの婚約も決まり、順風満帆な日々だった 騎士学校の最後の剣術大会、彼は賭けに負け、1年間の期限付きで、辺境の国、ザナビル王国の最底辺ギルドのヘブンズワークスに入らざるおえなくなる。 今までの貴族の生活と正反対の日々を過ごし1年が経った。 しかし、この賭けは罠であった。 アレクシアは、生涯をこのギルドで過ごさなければいけないということを知る。 賭けが罠であり、仕組まれたものと知ったアレクシアは黒幕が誰か確信を得る。 アレクシアは最底辺からの成り上がりを決意し、復讐を誓うのであった。 小説家になろうにも投稿しています。 なろう版改稿中です。改稿終了後こちらも改稿します。

スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜

東雲ハヤブサ
ファンタジー
勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。 ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。 「おい雑魚、これを持っていけ」 ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。 ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。  怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。 いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。  だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。 ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。 勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。 自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。 今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。 だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。 その時だった。 目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。 その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。 ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。 そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。 これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。 ※小説家になろうにて掲載中

無尽蔵の魔力で世界を救います~現実世界からやって来た俺は神より魔力が多いらしい~

甲賀流
ファンタジー
なんの特徴もない高校生の高橋 春陽はある時、異世界への繋がるダンジョンに迷い込んだ。なんだ……空気中に星屑みたいなのがキラキラしてるけど?これが全て魔力だって? そしてダンジョンを突破した先には広大な異世界があり、この世界全ての魔力を行使して神や魔族に挑んでいく。

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

異世界成り上がり物語~転生したけど男?!どう言う事!?~

ファンタジー
 高梨洋子(25)は帰り道で車に撥ねられた瞬間、意識は一瞬で別の場所へ…。 見覚えの無い部屋で目が覚め「アレク?!気付いたのか!?」との声に え?ちょっと待て…さっきまで日本に居たのに…。 確か「死んだ」筈・・・アレクって誰!? ズキン・・・と頭に痛みが走ると現在と過去の記憶が一気に流れ込み・・・ 気付けば異世界のイケメンに転生した彼女。 誰も知らない・・・いや彼の母しか知らない秘密が有った!? 女性の記憶に翻弄されながらも成り上がって行く男性の話 保険でR15 タイトル変更の可能性あり

老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!

菊池 快晴
ファンタジー
10代という若さで老衰により病気で死んでしまった主人公アイレは 「まだ、死にたくない」という願いの通り異世界転生に成功する。  同じ病気で亡くなった親友のヴェルネルとレムリもこの世界いるはずだと アイレは二人を探す旅に出るが、すぐに魔物に襲われてしまう  最初の武器は木の棒!?  そして謎の人物によって明かされるヴェネルとレムリの転生の真実。  何度も心が折れそうになりながらも、アイレは剣と魔法を使いこなしながら 困難に立ち向かっていく。  チート、ハーレムなしの王道ファンタジー物語!  異世界転生は2話目です! キャラクタ―の魅力を味わってもらえると嬉しいです。  話の終わりのヒキを重要視しているので、そこを注目して下さい! ****** 完結まで必ず続けます ***** ****** 毎日更新もします *****  他サイトへ重複投稿しています!

処理中です...