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再会の王都
第三百五十二話 王都への帰還
しおりを挟むシグラム王国への道中は順調に進んでいた。道すがら、町や村があれば宿を取り、なければ野営。
そうして幾多の山を越え、ひと月近くかけて進んでいる。
基本的には整備された街道を進むのでほとんど魔物には遭遇はしない。代わりに野営していると野盗に襲撃されることもあったのだが、全く問題にならなかった。むしろ襲撃した野盗の方が気の毒というもの。
なにせラウル一人だけでも事足りる中、ヨハンとニーナも合わせれば野盗を壊滅させるには余剰戦力。そのためラウルは敢えて手を出さず、せっかくの実戦だということでヨハンとニーナとカレンの連携向上を図っている。
そうした小さな出来事を挟みながら、もう間もなくシグラム王都へ着こうとしていた。
「みんな元気にしてるかな?」
「あたしも早く会いたいなぁ。モニカお姉ちゃんにエレナさんに。レインさんは……別にいいかな?」
半年も合わないと随分昔のことのように感じる。
そんな中、カレンがそれを聞いてピクッと反応を示した。
「わたし……受け入れてもらえるかしら?」
妙な緊張感に襲われる。
よくよく考えればヨハンとニーナは元から知っている環境に戻るだけ。だが自分は違う。見ず知らずの他人がいきなり来て一緒にいることをどう思われるのか。
「大丈夫ですよ。安心してください」
「そう?」
「はい、もちろんです」
快い返答を受けてカレンはホッと安堵の域を漏らす。
「でもレインさんには気を付けてくださいね! きっとカレンさんを見ると鼻の下伸ばすと思うから!」
「大丈夫よ。その手の扱いは慣れているから。あとの二人は?」
「あとの二人って、ああモニカお姉ちゃんとエレナさんのこと?」
「そう。その二人」
「だったらカレンさんびっくりすると思うなぁ」
「びっくりするって、どうして?」
ふふんとしたり顔のニーナを見てカレンは疑問符を浮かべた。
「二人共めちゃっくちゃ可愛いですよ! 見ればびっくりするのは絶対! ね、お兄ちゃん!」
「あー、そうだね。確かにモニカもエレナも可愛いよね」
不意に問いかけられるヨハンは二人のことを思い出しながら口にする。
モニカは垢抜けた物言いに凛々しさを伴っており、エレナは物越し柔らかでありつつも芯の通った一面も持ち合わせていた。共に容姿の美しさは言うまでもない。
「へぇ……そう。そうですか……可愛いですか、ふふっ、それは是非とも会ってみたいわね」
不敵な笑みを浮かべる中、その話を聞いていたラウルは一人考える。
(さて、ここからはカレンが自分自身でなんとかしてもらわないとな)
婚約を結ぶというお膳立てはもう十分に済んでいるのだと。ここから先は一人の女性として行動してもらわなければならない。
(ヨハンが貴族であればその辺りも問題なく解消されるのだがな)
正室とは別に側室を持つ貴族も中にはいる。推奨されるわけではないのだが世継ぎを確保したい場合に重宝される。
そうしてシグラム王国の王都に無事帰還した。
◇ ◆ ◇
「……驚いたわ。シグラム王都って、これほど美しかったのね!」
帝都を出てからここまでの町と一線を画するその王都の規模。帝都も十分な大きさを誇るのだが、巨大な外壁に囲まれた強固な街。それだけでもカレンが感嘆の息を漏らすには十分なのだが、目を引くのはその街並みに感動している。
初めての旅だというだけでも既に緊張感と高揚感を得ていたのだが、帝都に引けを取らない規模の都市。ただ大きいだけではなくその造形美。芸術の域にすらあった。
(帝都ってどこか殺風景だったものね)
比較しながら中に入ると、それは一層際立つ。
これまでは帝都の石畳で石造建ての建物がカレンの中で主要都市の基準になっていたのだが、王都の地面は土がそこら中にあるにも関わらずしっかりと整備されていた。建物は木造建てが基本になっているのだが自然との調和を見事に織り成している。
それは感動すら覚える様式美。美的感覚を刺激された。
「そうですよね、僕も初めて来たとき本当に感動しましたよ。もうあれから二年近くも経つと思うと改めて早いなぁって」
「あたしはそういうのあんまりわかんないかなぁ」
しかし帝都との共通点もあるのは行き交う人たちが皆笑顔。楽しそうに過ごしている。
(そうね。こうしてみると、旅に出たのよねわたし)
生まれ育ったその帝都への思い、里心。すぐには帰れない寂しさを若干感じるものの、今はそれ以上に好奇心をくすぐっていた。
「あら? あんた冒険者学校の学生だろ?」
「えっ?」
王都の中に入るなり果物屋の女主人に声をかけられる。
「最近顔見なかったねぇ」
初めて王都を訪れた際に声をかけられて以降、時々買いに来ていた果物屋。
「あぁはい。お久しぶりです」
「どっか行っていたのかい? そっちは?」
女主人はヨハンの後ろにいるカレン達をジッと見た。
「あー、えっと僕の仲間です」
ヨハンの返答を聞いたカレンは僅かにムッとする。
「ねぇヨハン」
「はい」
「わたしの紹介の仕方はそれだけ?」
「え? そうですけど?」
一体どうしたのかと首を傾ける中、カレンはヨハンより一歩前に出た。
「はじめまして。わたしはカレン・エルネライと申します。こちらの彼の、婚約者になります」
ニコリと笑顔を向けながらの綺麗な所作、公人としての所作を用いて軽く一礼する。
その仕草を見た女主人は口をあんぐりと開けた。
「こ、これは大変失礼しました。お貴族様でいらっしゃいましたか」
それだけで十分に理解する。明らかに自分とは身分が違うのだと。
「ああ、いえ。お気遣いなさらないでください。今は身分を置いて出たただの旅人ですので」
ニコリと笑みを浮かべるカレン。
「そうですか。いやぁそれにしてもやるねきみも。あたしゃてっきりあの子と上手くいくものだとばかりに思っていたのにさ」
「あの子って、モニカですか? 金色の長い毛の。前に僕と一緒に買いに来ていた」
「そうそう。あの可愛い子さ。今でも買いに来てくれるんだよ」
「そうなんですね」
モニカも変わらずこの店に買いに来ているのだと思うと妙に嬉しくなるのだが、その横顔、ヨハンの笑顔を見ながらカレンは不安に駆られている。
「じゃあこれからもウチを是非ご贔屓に」
「わかりました」
そうして店を後にするのだが、その直前ニーナにねだられ、果物をいくつか買うことになった。
「さて、色々と見て回りたいところはあるだろうが、まずは王宮に向かうぞ」
「はい」
まず帰還の報告に行かなければいけないのはローファス王。
早くレイン達に会いたいのだが用事が終わればすぐに会いに行けるので逸る気持ちを抑える。
「あのねヨハン。わたしのこと婚約者として紹介するのは恥ずかしいのかしら?」
不意に口を開くカレン。
「まぁ、その、ちょっとそういうことに慣れていないものですから」
「そう。だったら少しずつ慣れていけばいいわ」
「……わかりました」
ニコッと微笑むカレンを見ていると妙な気恥しさが生まれた。
(そっか、そうだよね。カレンさんのことは婚約者として紹介しないといけないんだもんね)
改めて考えると少しどころではない。物凄く恥ずかしい。
しかしそれでももうどうあっても覆らないその事実。なんとかして慣れないといけない。
そうして中央区にある検閲を行うのだが、担当した衛兵は驚き困惑している。
「ら、ラウル様にヨハン様で間違いないですね?」
「ああそうだが?」
「わかりました! ではそのまま真っ直ぐ王宮に向かって下さい! 連絡はしておきますので」
衛兵は近くにいる兵に伝言を話すと、伝えられた兵は慌てた様子で王宮の方角に走っていった。
「どうかしたんですかね?」
「さぁな」
まるで待ち焦がれていたかのようなその反応。ヨハンとラウルからすれば王都に戻る予定日とそれほど差はないのだが、どうしてこれほどまでの反応をされるのか思い当たることはない。
「まぁ行けばわかるだろう」
中央区の貴族屋敷がいくつも立ち並ぶ中を馬車は真っ直ぐに王宮を目指す。
「ようやく帰ってきたか」
着いた先、王宮の入り口には近衛隊長のジャンと宰相のマルクスがそこにいた。
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