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神の名を冠する国
第六百二十二話 狂気の鎌
しおりを挟む「冷静に応戦しろっ!」
突然のアンデッド化によって動揺していた獅子王族の戦士たちもなんとか持ち直して戦局を盛り返していた。
「ほらほらっ。はーやーくー」
「が、が、が」
メキメキと音を立てるドローネの首の骨。ぶくぶくと泡を噴き始める。
「っと、あぶないあぶない」
パッと手を離すニーナ。ドローネはどすッと地面に尻もちを着く。
「ご、ごほっ、げほっげほっ」
「ふぃぃ。ほんとに殺しちゃうとこだった」
膝を折り、ぐいっと顔を近付けるニーナ。
「で、どうなのさ?」
「あ……あ…………あぁ…………」
竜の眼に睨みつけられるドローネの顔は恐怖に歪んでいる。
「わ、わかった。は、話すから許してくれ」
「ん。いいよぉ。じゃあ知ってることを全部話してね」
ニコリと微笑むニーナに対して小さく息を吐くドローネ。
「ぐっ……」
「いやぁ良かった。これで問題の解決に近付けるよ」
「だ、だが、知ってることとはいえ、いったいなにを?」
「もちろんこの国で誰が魔族なのか、全部教えてね。一人や二人じゃないよね? アイツら、あたしの眼でも変身するまでわかんないんだもん」
「……話したら逃がしてくれるか?」
提案に対して顎に指を一本持っていき、首を傾げて疑問符を浮かべるニーナ。
「んー。それはやっぱお兄ちゃんに聞いてからだよねぇ」
「ニーナ!」
どうしたものかと考えていたところ、丁度森の奥からヨハン達がやって来ていた。
「あっ、お兄ちゃん! あのね、この人が――!?」
魔族と関係しているのだと伝えようとしたところ、ニーナは強烈な殺気を感じ取る。その場を凄まじい速さで後方に飛び退くのだが、決して油断していたつもりはなかった。
だが、突如としてそれはやってきた。
「あ」
小さく声を漏らすドローネ。眼球だけを動かす。その目が視界に捉えるのはそれまで水平だった地面が垂直に変化をしており、よく知る自身の身体が盛大に血を噴き出していた。あるはずの頭部がなくなっている。
「はぇ?」
なくて当然。それは今その身体を視界に捉えているのだから。
戦意を失っていたドローネの首と胴体がいつの間にか切り離されている。眼球をひっくり返しながらドローネが最期に見たのは、ポタポタと血を滴らせている暗闇の中に光る鋭い鎌。自身を殺傷した強大な禍々しさ。
「シンさんっ!」
「おうよっ!」
ヨハンとシン。二人して同時に振り切られる剣。まだ距離はありながらも、鋭い斬撃が二つ、鎌の所持者へと飛来する。
「っと」
再び振り切られる禍々しい鎌。
ヨハンとシンの剣閃を瞬時に搔き消すと、そのままクルリと鎌を回して肩をトントンと叩く。
「おいおい。久しぶりの再会だってのに、冷てぇヤロウだなテメェは」
「…………ゴンザ」
「知り合いか?」
立ち止まるシンが問い掛けると、ヨハンはゴンザから視線を外さずに小さく頷いた。
目の前にいるのは、紛れもなくかつてのクラスメイト。負の感情を増大させた結果、魔族に転生してガルアー二・マゼンダと共に姿を消していた男。
「どうしてゴンザがここにいる?」
「ハッ! んなもん決まってるだろ? テメェを殺しに来たんだよ」
隠す事のない明確な殺意。それは二学年の学年末試験の時より大きく膨らんでいる。もう避けようのない事態。
「…………わかった。相手になるよ。君は僕が止める」
ゆっくりと剣を構えるヨハン。ゴンザが魔族へと転生した責任の一端は自身にあると感じていた。
「どうやら因縁の相手のようだな」
「……はい」
「いいぜ。好きにやりな」
「ありがとうございます」
「はっ。まだだぜ」
鎌を持つ手を反対の手、左手で指を立てるゴンザは小さく左右に動かす。
「まだってどういうことだ? 僕を殺しに来たんじゃないのか?」
「チッチッチッ。わかんねぇのかやっぱ。お前を殺すのはこんなチンケな場所じゃねぇんだわ。ここじゃ相応しくねぇって言ってんだよ」
「相応しくない?」
「ああ。まだその時じゃねぇ。俺とお前の決着に相応しい場所は他にある」
「他にあるってどういうことだ?」
「それはあそこに帰ってからのお楽しみにしときな。楽しいことになってるぜ今頃」
「何を言ってるんだ? 何が目的なんだ?」
「目的だって? オレの目的はこの雑魚の見張りだったからよぉ。仕方なく付いてきてやったけど、でもお前と会えて良かったぜ。そろそろ我慢の限界だったからなぁ。お前らがいるのを知ってるのに手が出せねぇって苦痛に耐えてたんだぜ?」
「なにを、言ってるんだ?」
「ってことでオレはそろそろ帰らせてもらうぜ。予定通りいきゃあそろそろ終わってる頃だろうしよ」
トプンと地面に沈んでいくゴンザ。
「待てッ!」
ダンッと勢いよく駆け出すヨハン。
「あれは闇魔法の影移動ね」
「だな。ここだと追いかけられねぇな」
ローズとシンの見解。辺りを見るに、ここは深い森の中。周囲には隠れ蓑になる影しかない。一度逃げられれば、探知するには強力な探知結界を張るしかなかった。
(彼の目的……いえ、魔族の目的って…………――)
会話の中からカレンがその可能性に辿り着く。
(――……まさか!?)
もう間もなく影に完全に身体を沈めるゴンザ。
「そうそう。お前に一つだけ教えておいてやるよ」
カレンの脳裏を過った嫌な予感が的中していた。
「残念だったな。器はオレ達が手に入れた」
「……え?」
「全てはこのために仕組まれていたのさ。これで残す刻が全てを埋める。まぁ、オレにはどうでもいいんだがな」
シン達には理解できない言葉だけを残してゴンザは姿を消す。しかし、ヨハンとカレンとニーナにはその言葉の意味を理解できた。
「お前たちも来ていたのか」
そこにバルトラが戻ってくる。
「バルトラ。どこに行ってたんだ?」
「死霊使いがいたのだが逃げられた」
「そっか」
「どうした? 終わったのであろう?」
「いや、俺らもよくわかんねぇんだわ」
シン達が向ける視線の先にはヨハンとカレンとニーナ。
「……カレンさん、僕、嫌な予感がします」
「ええ。ヨハンが言いたいことはわかるわ。でも大丈夫よ。あの子が、あの子がそんな簡単に捕まったりしないって。あなたも知っているでしょう?」
「……はい」
とはいえ、今は何を言ったところで何もわからない。カレン自身もその可能性に思い当たってしまっているのだから。
「だから。今はわたし達がするべきことをしないと。ね?」
「でも、ゴンザが意味もなくあんなこと言うなんて思えないです」
「……確かにそうだけど、今は落ち着いて次の行動を考えましょう。まだ七族会のこともあるのだし。焦りは禁物よ」
カレンは不安気な眼差しを浮かべているヨハンを軽く抱き寄せる。
「…………はい」
不安を抱かないようにしてくれているのだということは理解できるのだが、それでも早打ちをする心臓の鼓動を抑えられないでいた。不安が拭いきれない。
「大丈夫だってお兄ちゃん。お姉ちゃん達だけじゃなく、あっちにはミモザさんとアリエルさんも一緒なんだし」
「……そうだね」
なんとか笑顔を浮かべるのだが、内心穏やかではいられなかった。
(モニカ……無事でいて)
心の中で器である少女の無事を祈る。
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