S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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神の名を冠する国

第六百二十三話 足止め

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「どうやらもう限界のようだな」

獅子王族の集落に戻ると、大きく溜め息を吐いている族長バンス・キングスリー。
土の聖騎士団を迎え撃っていた同胞の戦士から襲撃者の正体について報告を受けていた。

「ダカラ言ったであろう」
「ユガラの希望もこれまでダ。アヤツらに希望など見出せはしない。今すぐにでも撃って出るべきだ」

バンスの後ろで怒りを露わにする漆黒の体毛を持つ狼の獣人と長い首を持つ馬の獣人。共に族長。

「ゴレアスの敵を討つべきだ。あいつは何も間違っていなかった。これで答えが出たであろう。良いなイヌの者、ネコの者、兎の者よ」
「「「…………」」」

バンス・キングスリーは周囲の六族長の様子を目にして大きく息を吸い込んだ。

「……わかった。明晩、パルストーンへ全面攻撃を仕掛けよう。それまでに各自装備を揃え、進撃準備に備えよ」
「決断なされたか」
「仕方あるまい。確かにこれ以上の被害を生むわけにはいかぬ。皆の者ッ! 覚悟を決めろッ!」
「「「「オオオオオッ!」」」」

バンスにより力強く放たれる言葉。直後には猛る獣人達の咆哮。

「無論、そなたたちにも助力を頼む。気は進まないかもしれないが、少しでも戦力は底上げせねばなるまい」

そのままバンスは振り返り、穏健派の三族長へと身体を向ける。

「……承知した」
「七族会の決定には従おう」
「ええ。ただし最後まで共存の道を探すことを認めてください」
「構わぬ。それが可能であればな。我とてこのような手段に出たくはなかったが、向こうが仕掛けてくる以上は種の存続の為に応戦せねばなるまい」

七族会の盟主であるバンスの決意を宿した瞳を逸らすことなく見つめるイヌ耳族の族長たちは小さく頷いた。

(これは……?)

ヨハンの目の前で慌ただしく動き始める獣人達。どう見ても戦支度を始めている。

「どうするよ?」
「決まっておろう。結末を見届けるのみ」
「シンさん? ジェイドさん?」

まるで止める様子のない二人。疑問を抱いていると肩に手の平を乗せられた。

「ローズさん?」

振り返った先にはローズ。小さく首を振る。

「ごめんなさい。あなたには辛い話かもしれないけど、もうこれは私達にも止められないのよ」
「申し訳、ありません」

先代風の聖女であるレオニル・キングスリーの懸念通りの事態。

「レオニルさん?」

目の前のレオニルは大腿の裾を力一杯に握りしめながら悔しさを露わにしていた。

「もう、こうするしか」

獣人の尊厳がこれ以上淘汰されるようであれば族長である父はこの決断を下すであろうという予想。

「すいません! 僕たちは先に戻ります!」

これからどう対応をすればいいのかすぐに相談しなければならない。それに先程ゴンザが言っていたことも脳裏を離れない。不安が加速する。

「待てッ!」

獅子王族の集落を急いで出て行こうとするヨハン達を止めるのは黒狼族の戦士。

「キサマラを帰すわけにはいかん」

他にも何人もの獣人達が追随するように武器をヨハン達へと向けていた。

「どういうつもりですか?」

これまで一切敵意を見せて来なかった獣人達があからさまに敵意を剥き出しにしている。

「ここでキサマラに帰られては態勢を整えられてしまうからな」

ゆっくりとヨハン達の正面へと立つバンス・キングスリー。

「正直なところ、彼我の戦力差を侮りはしない。やつらは強大だ。こちらの生存を賭けた決戦を成功させるためには奇襲によってやつらの戦力を大きく削ぐ必要がある」
「…………」

視界に映すシン達は獣人達の行動を止める気配がない。

「……シンさん達はこの人たちに協力するんですか?」

問い掛けるS級冒険者達へ。僅かの無言の中には鋭い眼差し。返ってくる言葉に覚悟を決める。最悪の事態も想定しなければならない。
ヨハンは知っていた。彼らが任務のためであればどんなことでも厭わないのであるのだと。依頼に忠実であり、その結果カサンド帝国では敵対することになってしまっていた。

「いや、俺達はこいつらに直接手は貸さねぇよ」
「ええ。あくまでも条件付きの護衛だから。一方的な襲撃に対して備えはするけれど、彼らから積極的に撃って出るというなら手は貸さないわ」
「そう、なんですね」
「けど、止めもしないわ」

最悪の事態は回避できたのだが、しかしそれでも事態が好転したわけではない。

「でもそんな……」

本当にそんなことで良いのだろうか。確かに一介の冒険者が国家の――人間と獣人の抗争にどれだけの力を発揮できるのか。影響力も個人単位では知れている。エレナのような王女ともなれば別なのだが。

(何が正義で何が悪……――)

脳裏に甦るミモザの言葉。迷いが生まれる。
手を取り合い、共存を目指すのが本来的には望ましいとは思うのだが、しかし誰がそれを決めるのか。仮に獣人の総攻撃を情報として持ち帰りパルスタットに報告したとしても、彼らが蹂躙されるだけ。そんなこと許されるはずがない。

(――……それに)

もう一つの懸念材料。
これが魔族によって仕組まれたものかもしれないということ。ヨハン自身はその可能性が高いのだと、先程の襲撃によってそう思わずにはいられなかった。

(でもどうしたら)

だからといって全面的に獣人の味方をするわけにもいかない。

「では、わたしから提案があります」
「カレンさん?」

ヨハンより一歩前に出るカレン。目が合うなり微笑まれる。

「提案、とな?」
「はい。少しでいいので聞いていただけますか?」

ジッと目を逸らすことなく視線を交差させるカレンとバンス。

「……聞けばそなたはカサンドの皇女のようだな。であれば下手に抵抗しなければ不要な危害は加えまい」
「ありがとうございます。ですが、わたしだけでなく、現在シグラムの王女もこちらに来ています」
「ふむ。だがそれがどうした?」

威厳たっぷりの睨み付けながらの低い声。しかし物怖じせずにカレンは微笑む。

「だから、彼女たちをパルストーンから遠ざけることだけでも許可できないかしら? ここでもし彼女、エレナ王女に何かあればそれこそ次にはシグラム王国まで敵に回してしまうわ。さすがにそんなことになればシグラムの友好国であるカサンドは疎か、あなた達獣人と共生をしているメトーゼ共和国まで巻き込んだ、とても大きな戦争に発展することになるわ。あなた達はそれを引き起こすというの?」
「む、むぅ……――」

カレンの言葉を受けて互いに目を向け合う獣人達。

「――……確かにそれはそうだが、しかしそうなればそれも致し方なし。今大事なのは我等の生存だ。そのためにはまずあの国を制圧することが先決となる」
「ええ。あなた達が現状に嘆き憂いていることも十分理解できるわ。虐げられることを喜ぶ者などいないもの」
「であればこれ以上の会話は不要。邪魔立てするでない」
「邪魔はしないわ。むしろ反対もあり得るもの」
「どういうことだ?」
「だから、わたしからあなた達にお願いを三つします」

指を三つ立てるカレン。

「その願いというのは」

そのまま反対の手を指に添え、ゆっくりと指を一本折り始める。

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