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神の名を冠する国
第六百二十六話 推薦者
しおりを挟む「どうするアリエル?」
離れた場所で様子を見ていたミモザとアリエルの二人。突如として巻き起こった事態にどう対応するか。
「静観するしかあるまい」
「それが賢明だろうね」
背後の通路へと通じる影から姿を見せる人物。
「あなたは?」
「クリスが世話になっている」
「つまり、先代水の聖女あたりか」
「ああ。察しが良い子だね。それに、何より強いね」
「当然よ」
先代水の聖女テトが視る二人。淀みのない魔力の流れが二人の修練の高さを窺わせる。
「それで、これはどういうことかしら?」
「勿論神聖な場に於いて如何なる虚偽をも許されるものではない。口頭弁論だけでないのだが、そもそもそれはこの場に限らず神殿内の至るところで同じだね」
「……ふぅん」
テトの言葉に一定の納得はいく。神を崇拝するからこそ、その意に背くような行動は許されない。だからこそ教皇は激高したのだと。
(でもおかしいわね)
しかしどうにも違和感が拭えなかった。エレナに変装したマリンの護衛で行動を共にしていたからこそ疑問が浮かび上がる。
(だったらどうして今まで黙っていたの?)
アスラと顔を会わすのはこの場が初めてではない。初対面こそエレナもマリンも自身の姿で面会していたのだが、姿を入れ替えている間に神殿内を歩いているところを遠くから見られていたこともあった。それだというのにその場では言及されず、ようやくといえばいいのか、初めて言及されたのがこの場なのだと。
(見逃されていた?)
他国からの客人であり、信者ではないことが起因しているのかと考えるのだが答えが出るわけではない。
「何を考えておるか知らんが、今はそなたらもこれ以上この場におらん方が良い。ここにいるとそなたらも捕まってしまう。一度引いてくれるか?」
廊下の角ではテトの魔法により眠りについている神兵。二人であれば蹴散らすことも問題ないのだが、騒ぎを大きくするわけにもいかない。
「どうしよう?」
「構わないさ。どうやら不利な状況に追い込まれているのはこちらのようだしな」
強硬手段に出るにはまだ早い。
「ではここに向かってくれ。それを見せれば通してくれる」
渡されたのは街の地図で、テトの懇意にしている酒場。ミモザとアリエルは顔を見合わせ頷き合うとその場を後にする。
◆
「神聖な場を汚す余所者が」
「なんと罰当たりなことを」
拘束された後に連れられたレイン達を見送る神官たちはいくつも不満を漏らしていた。
「クリスティーナ様。如何なさいますか?」
リオンが小さく耳打ちする。
「……わかりません。どうしてあの二人が入れ替わっていたのか」
クリスティーナ自身、何も聞かされていない。助けるために何かしたいとは思うのだが、判断しかねてしまうのは確かにそのような行いは神を冒涜すること。気持ちが揺らいでしまっていた。
「さて。いらぬ問題が持ち込まれましたが本題に戻らねばなりません。そろそろ判決を下しましょう」
エチオーネ大神官を見上げるイリーナ。そのイリーナを見下ろしながらエチオーネ大神官はゆっくりと口を開く。
「先程のことも踏まえると、たとえ王女であろうとも神聖な場に於いてあのような神を欺く行いを堂々とするような者を見極められないとは誠に遺憾ですな。それどころかあまつさえ助けるような行いなど言語道断。イリーナ・デル・デオドール。残念ではありますが、あなたの聖女の資格を剥奪します」
エチオーネ大神官の判決と同時にざわつき始める周囲。呆然とするのはクリスティーナ。
「そんなっ!? どうしてイリーナが!? 大神官様! お考え直しください!」
立ち上がり大きく声を発するクリスティーナに対して溜息を吐くエチオーネ大神官。
「クリスティーナ様。私情を持ち込まれてはいませんよね? あなたのその振る舞いはこの場に相応しいものではありませんよ?」
諫める声を掛けられ周囲を見回すクリスティーナ。
「…………申し訳、ありません」
聖女としての振る舞いを損なった行為。座り直し、表情を落とすクリスティーナ。現状言い返す言葉を持ち合わせていない。
「発言、よろしいでしょうかぁ?」
「どうぞ、ベラル・マリア・アストロス様」
「次の風の聖女のことなのですがぁ、さっきのエルフの女の子を推薦したいと思いますぅ」
微笑みをながら言葉にする。
突然の提案に眉を寄せるエチオーネ大神官。
「突拍子もないことを言いだしますな。勿論意見としては頂戴しますが、今ここで早急に決めるわけにもいきません。次代の聖女は審査はもちろん、慎重に選ばねばなりません。今すぐ結論を下すものではありません」
「もちろんわかっているわよぉ」
「左様ですか。でしたら参考程度にそうお考えられた理由をお聞きしても?」
エチオーネ大神官の言葉を受ける土の聖女ベラルは僅かに口角を上げる。
「えぇえ。今回の発端となったのはぁ、イリーナが獣人と繋がっていたせいではありませんかぁ。でしたら今後も争いの火種となり得る獣人の血を一度聖女の中から除外する必要があると思いますのぉ」
「…………そんなことをすればどのような事態を引き起こすのか、ご存知でないわけではありませんよね?」
「勿論ですよぉ。だからエルフの少女を推薦したのではありませんのぉ?」
「……むぅ」
「必要でしたら私が見習いとしてあの子を預かりますしぃ。純血のエルフが聖女を務めることがあっても良いと思いますの。大昔はそうでしたのでぇ」
「確かに一理ありますな。伝承ではそう伝えられている」
風の聖女を純血のエルフが務めていたこと。しかし、そうなると問題もあった。
「翼竜部隊はどうなさる? いや、その辺りはまた別の問題か」
「ベラルの意見。全面的に支援しよう」
「教皇様?」
「ここでまた獣人の血を取り入れるなど、混迷を極めるのみだ。神の御心を乱す必要はない」
ゲシュタルク教皇の言葉に多くの神官が頷いている。
(なにが……起きてるの?)
クリスティーナが見回す周囲の異常さ。通常であればそのような考えに帰結するわけがない。
(エレナ様?)
ふと目が合うエレナ。小さく頷かれた。
(これは意図的に獣人の方達との諍いを引き起こそうとされているものですわね)
冷静に状況の分析に努めるエレナ。これまでのパルスタット神聖国と人魔戦争を鑑みると風の聖女から獣人の血を排除するなどあり得ない。
「ではエレナ王女。交換条件を出そうか」
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