S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

文字の大きさ
626 / 724
神の名を冠する国

第六百二十五話 眼視

しおりを挟む

風の聖女、イリーナ・デル・デオドールの審判が行われている審問所。

(なに、この感覚?)

突如としてナナシーの胸の中に湧く不快感。どこか悍ましさを感じさせていた。

「ナナシー?」

明らかに表情を変えるナナシーの横顔に疑問を浮かべながら目を向けるレイン。問い掛けようとしたところで光の聖女アスラ・リリー・ライラックが口を開く。

「一つ、お聞きしたいのですが、よろしいでしょうかエレナ王女?」
「なんでしょうか?」

疑問符を浮かべるエレナに姿を変えたマリンの返答。装いは見事で、何を聞かれようとも答えられる。

「いえ、あなたではありませんよ。マリン・スカーレット公女」
「えっ?」
「なっ!?」

同時に声を漏らすマリンとエレナ。真っ直ぐにアスラが射抜くようにして向ける視線の先、そこには間違いなくマリンに姿を変えたエレナ。

「それで、質問にお答えして頂けますか? エレナ王女」
「あっ……えっと…………」

エレナにしては珍しく動揺して口籠ってしまった。
王女と公女を反対に言う光の聖女アスラの言葉。一体どういうことか理解できない神官たちは口々に会話を交わすのだが、他の聖女達もアスラの言葉の意図が理解出来ずに目を細めている。

「静粛に! 静粛にせよ!」

僅かに審問所内にざわつきが生じていたのだが、一際大きく声を放つのはエチオーネ大神官。
その声によって徐々に静けさを取り戻すのだが、それぞれが視界に捉えるのはアスラとマリンとエレナへ。いくつもの視線が行き交う。

「さて。本来であれば審問に関係のないご質問はお控えいただくのですが、アスラ様程のお方がこのような場でそういった行為はされぬということは皆も承知の通り」
「それだとまるでウチがそうじゃないみたいさね」
「そういうところですよ。バニシュ・クック・ゴード様」

溜息を吐きながら、諫めるような言葉

「さて、アスラ様。先程の真意をお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「ええ。構いません」

そうして先端に魔石を取り付けた錫杖をマリンへと向けた。

「どういう事情かは存じませんが、彼女たちは容姿を入れ替えてこの場に臨んでおります」
「む?」
「ですので、聞きたいことはやはり当人にお聞きしませんと」

アスラの錫杖の先端にある魔石が光り輝くと、その場が大きな光に包まれる。光が収まるなり、会場内は騒然とした。

「立ち位置が……逆?」
「ということは、ほんとうに入れ替わっていた?」

魔道具によりそれぞれの姿を入れ替えていたマリンとエレナが元の姿へと戻っている。

「お、おいっ!」
「落ち着いてくださいませレイン」
「け、けどよ」
「黙りなさい!」

慌てふためきエレナに声を掛けるレインなのだが、制止するようにマリンが大きく声を発した。

「ぐっ……」

とはいえ、マリンも含めた誰もがレインの動揺は理解している。それどころか内心ではそれぞれ動揺しているのだが、表には出していないだけ。

「これは、マズいわね」

マリンが呟くのは、審問所内の至る所から疑念の眼差しが自分達へと降り注いでいた。

「ご説明、して頂けますか? エレナ王女?」
「……ええ」

姿を入れ替えていた魔道具のこと。クリスからの依頼のこと。モニカのことを含めた魔族のこと。果たしてどこまで説明したものかと頭を悩ませる。

「あの眼……」

どこか見透かされる様な左右の異なる眼。容姿を入れ替えていたことを見抜いたのであろうその眼で見つめられていると、ここで嘘を並べ立てたところで見破られる可能性が浮かんだ。

「実は……――」

となれば嘘でない程度に真実を述べればいいだけ。この国で探し物をするために姿を入れ替えていたのだと。実際にそれは事実。
そうして話し始めようとしたところ、ガタンと大きく音を鳴らして立ち上がる姿がある。

「この者達を捕らえよッ!」

声を発したのはゲシュタルク教皇。それと同時にエレナ達は武装した兵士――神に使える兵士である神兵によって取り囲まれた。

「いきなりなによ!?」
「だめですわモニカ!」

応戦する為、剣の柄に手を掛けるモニカを制止するエレナ。

「……いいのね?」
「ええ。今すぐ何か危害を加えられるということはありませんわ」

そんなことをすれば国際問題。しかしこの国は他国であり宗教国家。文化が違う。これまでにしてもそうなのだが、問答一つ次第で最悪の事態を招きかねない。今できることはこの場で力づくで押さえ込まれるという、最悪の事態だけは回避しなければならなかった。

「お待ちくださいゲシュタルク教皇様! まずはあちら側の弁明を受けませんと!」
「いけませんクリスティーナ様!」

大きく声を発すクリスティーナ。聖騎士リオンが慌てて制止させる。

「クリスティーナ。お前もわかっているだろう。これはダメだ。これが何でもない場であれば多少は酌量の余地はあるが、現在は聖女裁判の場である。神を前にした厳正なこの場、どのような事情があろうとも、互いの姿を入れ替えるなど不浄な精神で臨むことなど許されん。たとえそれが他国の者であろうともな」
「その通りでございます」
「…………」

悔しさを噛み締めるようにして、クリスティーナは沈痛な面持ちでエレナ達を見た。

「教皇様の言われる通りです。申し訳ありませんが、今は大人しくして頂けますか?」

表情を変えずにエレナ達へ告げる聖女アスラ。

「わかりましたわ」
「恐れながら意見を申し上げます」

神兵によってレイン達が拘束されていく中、バニシュが口を開く。

「教皇様。エレナ王女にはこの場に残って頂きませんと」
「……あの件か?」
「ええ。どちらにせよ、これより後にお話しせねばなりませんでしたので」

抽象的なやりとりであるにも関わらず、何かの意思疎通を交わすゲシュタルク教皇と火の聖女バニシュ。

(あの件?)

疑問に思いながらクリスがバニシュを見つめていると、振り返るバニシュと目が合い微笑まれた。

「ふむ。構わぬ。ではエレナ王女だけ残して他は連行しろ。無論、逃げられぬようにな」
「はっ!」

レインとモニカとマリンにナナシーが神兵によって連れられて行く。

しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!

菊池 快晴
ファンタジー
10代という若さで老衰により病気で死んでしまった主人公アイレは 「まだ、死にたくない」という願いの通り異世界転生に成功する。  同じ病気で亡くなった親友のヴェルネルとレムリもこの世界いるはずだと アイレは二人を探す旅に出るが、すぐに魔物に襲われてしまう  最初の武器は木の棒!?  そして謎の人物によって明かされるヴェネルとレムリの転生の真実。  何度も心が折れそうになりながらも、アイレは剣と魔法を使いこなしながら 困難に立ち向かっていく。  チート、ハーレムなしの王道ファンタジー物語!  異世界転生は2話目です! キャラクタ―の魅力を味わってもらえると嬉しいです。  話の終わりのヒキを重要視しているので、そこを注目して下さい! ****** 完結まで必ず続けます ***** ****** 毎日更新もします *****  他サイトへ重複投稿しています!

スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜

東雲ハヤブサ
ファンタジー
勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。 ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。 「おい雑魚、これを持っていけ」 ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。 ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。  怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。 いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。  だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。 ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。 勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。 自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。 今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。 だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。 その時だった。 目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。 その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。 ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。 そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。 これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。 ※小説家になろうにて掲載中

【完結】悪役に転生したのにメインヒロインにガチ恋されている件

エース皇命
ファンタジー
 前世で大好きだったファンタジー大作『ロード・オブ・ザ・ヒーロー』の悪役、レッド・モルドロスに転生してしまった桐生英介。もっと努力して意義のある人生を送っておけばよかった、という後悔から、学院で他を圧倒する努力を積み重ねる。  しかし、その一生懸命な姿に、メインヒロインであるシャロットは惚れ、卒業式の日に告白してきて……。  悪役というより、むしろ真っ当に生きようと、ファンタジーの世界で生き抜いていく。  ヒロインとの恋、仲間との友情──あれ? 全然悪役じゃないんだけど! 気づけば主人公になっていた、悪役レッドの物語! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。

転落貴族〜千年に1人の逸材と言われた男が最底辺から成り上がる〜

ぽいづん
ファンタジー
ガレオン帝国の名門貴族ノーベル家の長男にして、容姿端麗、眉目秀麗、剣術は向かうところ敵なし。 アレクシア・ノーベル、人は彼のことを千年に1人の逸材と評し、第3皇女クレアとの婚約も決まり、順風満帆な日々だった 騎士学校の最後の剣術大会、彼は賭けに負け、1年間の期限付きで、辺境の国、ザナビル王国の最底辺ギルドのヘブンズワークスに入らざるおえなくなる。 今までの貴族の生活と正反対の日々を過ごし1年が経った。 しかし、この賭けは罠であった。 アレクシアは、生涯をこのギルドで過ごさなければいけないということを知る。 賭けが罠であり、仕組まれたものと知ったアレクシアは黒幕が誰か確信を得る。 アレクシアは最底辺からの成り上がりを決意し、復讐を誓うのであった。 小説家になろうにも投稿しています。 なろう版改稿中です。改稿終了後こちらも改稿します。

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

悪役貴族に転生したから破滅しないように努力するけど上手くいかない!~努力が足りない?なら足りるまで努力する~

蜂谷
ファンタジー
社畜の俺は気が付いたら知らない男の子になっていた。 情報をまとめるとどうやら子供の頃に見たアニメ、ロイヤルヒーローの序盤で出てきた悪役、レオス・ヴィダールの幼少期に転生してしまったようだ。 アニメ自体は子供の頃だったのでよく覚えていないが、なぜかこいつのことはよく覚えている。 物語の序盤で悪魔を召喚させ、学園をめちゃくちゃにする。 それを主人公たちが倒し、レオスは学園を追放される。 その後領地で幽閉に近い謹慎を受けていたのだが、悪魔教に目を付けられ攫われる。 そしてその体を魔改造されて終盤のボスとして主人公に立ちふさがる。 それもヒロインの聖魔法によって倒され、彼の人生の幕は閉じる。 これが、悪役転生ってことか。 特に描写はなかったけど、こいつも怠惰で堕落した生活を送っていたに違いない。 あの肥満体だ、運動もろくにしていないだろう。 これは努力すれば眠れる才能が開花し、死亡フラグを回避できるのでは? そう考えた俺は執事のカモールに頼み込み訓練を開始する。 偏った考えで領地を無駄に統治してる親を説得し、健全で善人な人生を歩もう。 一つ一つ努力していけば、きっと開かれる未来は輝いているに違いない。 そう思っていたんだけど、俺、弱くない? 希少属性である闇魔法に目覚めたのはよかったけど、攻撃力に乏しい。 剣術もそこそこ程度、全然達人のようにうまくならない。 おまけに俺はなにもしてないのに悪魔が召喚がされている!? 俺の前途多難な転生人生が始まったのだった。 ※カクヨム、なろうでも掲載しています。

処理中です...