677 / 724
神の名を冠する国
第六百七十六話 続・厩舎事変
しおりを挟むヨハン達が清浄の間へと踏み込む少し前。翼竜厩舎では魔族化したカイザス・ボリアスに対してニーナとレオニルが共闘している。
「許さぬぞ雑魚が。誰に傷を負わせたと思っている?」
獣の姿をした人族を獣人と呼ぶのであるのならば、カイザスが変貌した姿は竜人とでも呼べばいいのか。しかし種として竜人の名を持つニーナとは似ても似つかない異形。
「……ニーナさん」
「わかってる。めちゃぐちゃやばいんだよね?」
漆黒の翼竜に跨るカイザス。
「我が愛竜ボルテックスよ」
徐に翼竜の背に手の平を着く。
「お前の力。頂くぞ」
どちゅッと翼竜の身体の中に腕をめり込ませた。
「うわぁ、ぐろぉ。なにやってんのあいつ?」
「ニーナさん、アレを!」
ボルテックスの中から取り出したのは一本の骨。それがカイザスの放つ瘴気と混ざり合うと、すぐに漆黒の剣へと変化を遂げる。
「剣に……変わった?」
直後、眼下に目掛けて剣を真っ直ぐ振り下ろすカイザス。轟音と共に降り注ぐのは巨大な風の刃。
「っ!」
ニーナとレオニル、横っ飛びして躱すと、翼竜厩舎を大きく損壊させた。
成体・幼体と、乗り手が定まっていない翼竜の檻が壊れ、空を飛べる翼竜は逃げるようにして一目散に羽ばたいていく。
「フンッ。上手く躱したな」
崩壊した翼竜厩舎を見下ろしながら、不遜に言い放つカイザス。
「なにあれ? 魔剣?」
「性質的には恐らくそのようなものなのでしょう」
魔の力を取り込んだ翼竜より創られし剣。魔剣と呼んで差し支えない。
「カイザスっ! あなたの護るべきはここではないのですか!?」
かつて共に過ごした場所を大きく損壊させる行い。複雑な感情を織り交ぜながら問い掛けるレオニル。
「何度も言わせないでください。ここはもう守るべき場所などではありませんよ。そもそも、獣人が我が物顔で闊歩している姿など反吐が出る」
残虐な視線を眼下に落とすカイザス。
「本当にあなたは変わってしまったのですね」
あれだけ何事にも真摯に取り組んでいた当時のカイザスの姿と比べて大きく違う。
「私が? いえ、それは違いますよ。私は初めからそのつもりでした。如何にして獣人どもを殲滅せしめるか、それのみを考え機を狙っていたのですよ」
「はあッ!」
不意にカイザスの視界に飛び込んで来る炎弾。
「むんッ!」
漆黒の剣を振るうカイザスによって炎弾が真っ二つに裂かれた。
「ちぇっ。やっぱり遠いや」
煉獄を駆使した遠当て。
「ねぇ、ズルいじゃん。ちゃんと下りてきて戦ってよ」
空からの一方的な攻撃。成す術がない。
「ふん。ならば貴様が飛べばいいだけのことではないか。得意なのだろう? 翼竜に乗るのは?」
「んなこと言ったって……――」
周りを見ても、損壊した厩舎にはまともな翼竜が残っていない。数頭の幼体が小さく鳴き声を上げながら怯えているだけ。
「ならば残念だったな。ん?」
怯えている幼体の翼竜が大半の中、一頭の幼体だけが上方に向け叫んでいる。
「ピギャアアアッ!」
「ほぅ。この状況で猛りをあげられるか。成長すれば良い個体になるだろうな。だが」
剣を構えるカイザスは幼体目掛けて剣を振るった。
「目障りだ」
「ぴぎゃっ!?」
迫る殺戮の刃に怯えの表情を見せる。
そこへ素早く飛び込んで来る影。
「ぐぅっ!」
背中に切り傷を負うニーナ。腕の中には幼体。
「ピギィィ!?」
「だ、だいじょうぶ?」
「ぴぎぃぃ……」
「よかった。大丈夫そうだね」
幼体に怪我がないことを確認するなりキッと空を睨みつけるニーナ。
「これは妙なことを」
「この子は関係ないじゃない!」
「だが貴様が庇う必要もないと思うがな」
「そういう問題じゃないから!」
「に、ニーナさん! 背中から血が」
「うん。結構深いっぽいね」
ドクドクと流れる血。今すぐにでも治癒魔法を施さなければならないのだがレオニルは治癒魔法が使えない。
「でも大丈夫。ほら」
竜人族の血を駆使すれば止血ならできる。肉体的な強度は人間の比ではない。ホッとレオニルが安堵の息を吐く。
「カイザス! もう許しません!」
素早く獣化するレオニルはそのまま跳躍して壁の上に立つ。
「ほぅ。どう許さないのか是非とも教えて頂きたい。できればあなたが死ぬ前にお願いしますね」
カイザスは言葉の落ち着き具合とは真逆の気配を放った。
「ピギィっ!?」
「大丈夫だって。それより、威勢が良いのはいいけどさ、ちゃんと強くなってからにしないとダメだよ?」
「ぴぃ……」
「よしよし。じゃあ、きみに一つだけお願いするね」
「ぷぎゃ?」
人語を理解しているわけではないことはニーナもわかっている。しかし何故か通じ合える気がした。
「他の飛べない子を連れて、もっと遠く、あの塔が見えるかな? あそこまで避難しておいて」
「…………」
「それでさ、もうちょっと大きくなったら、あたしと一緒にこの空を飛ぼうよ」
ニコッと微笑むニーナ。その笑顔を見て幼体は一瞬呆気に取られるのだが、すぐさま表情を引き締める。
「ピギィィッ!」
「うん。じゃあよろしくね」
拙い歩行ながらも、素早く怯える幼体へと走って行った。
「さーて、これで後はアイツを倒すだけ」
しかしどうやって。
空を飛べないのはもちろん、現在レオニルが跳躍を繰り返しながら行っているような戦い方も出来はしない。身体能力が異常に高い獣人の、その中でも一握りの者にしか持ち得ない動き。
「!?」
勢い良く背後を振り返るニーナ。ゾッと背筋を寒くさせる。
「だれ?」
間違いなく殺気。それも尋常じゃない程の強大な。
「あそこって……――」
殺気を感じた方角に目を送ると、そこには天幕。
「――……確かギガゴンの」
誰も乗りこなせないという巨大翼竜がいる場所なのだと。
そういえばと思う程度に、先程飛び立った翼竜たちの中にギガゴンの姿はなかった。混じっていればあれだけの巨体。目立つはず。
中にいるのかいないのかという疑問を抱くのと同時に、天幕の内側から獰猛な咆哮が響いた。次の瞬間にはカイザス目掛けて光弾が放たれる。
「なにッ!?」
突如として飛来する光弾。回避が間に合わないカイザスが漆黒の剣の腹を光弾へと向ける。
「ぐっ、ぐぅっ…………――」
異常なまでの威力。
「――……ぬ、ォオオオオッ!」
全力を以て光弾を弾くと、光弾は上方の雲を穿っていった。
「はぁ、はぁ、はぁ。な、なにものだ?」
光弾が飛んで来た方角を見るカイザス。
「ギガゴンっ!」
天幕が吹き飛んだ場所には、口元から湯気を放っている巨大翼竜の姿。
「いまのすっごいのギガゴンだよね!」
駆け寄るニーナに対して巨大翼竜は目もくれない。視線の先にはカイザスを捉えている。
「ねぇギガゴン! あたしを乗せて!」
「…………」
ギロッとニーナを睨みつける巨大翼竜。
「ねぇってばぁ!」
「…………」
「聞こえてるでしょ!?」
「…………ひとツ、聞かせロ」
ニーナをじろりと見るギガゴンは静かに口を開く。
「わ! しゃべった!?」
いくらかの意思疎通はできるものだと思っていたのだが、人語を発するとは思ってもみなかった。
11
あなたにおすすめの小説
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!
菊池 快晴
ファンタジー
10代という若さで老衰により病気で死んでしまった主人公アイレは
「まだ、死にたくない」という願いの通り異世界転生に成功する。
同じ病気で亡くなった親友のヴェルネルとレムリもこの世界いるはずだと
アイレは二人を探す旅に出るが、すぐに魔物に襲われてしまう
最初の武器は木の棒!?
そして謎の人物によって明かされるヴェネルとレムリの転生の真実。
何度も心が折れそうになりながらも、アイレは剣と魔法を使いこなしながら
困難に立ち向かっていく。
チート、ハーレムなしの王道ファンタジー物語!
異世界転生は2話目です! キャラクタ―の魅力を味わってもらえると嬉しいです。
話の終わりのヒキを重要視しているので、そこを注目して下さい!
****** 完結まで必ず続けます *****
****** 毎日更新もします *****
他サイトへ重複投稿しています!
【完結】悪役に転生したのにメインヒロインにガチ恋されている件
エース皇命
ファンタジー
前世で大好きだったファンタジー大作『ロード・オブ・ザ・ヒーロー』の悪役、レッド・モルドロスに転生してしまった桐生英介。もっと努力して意義のある人生を送っておけばよかった、という後悔から、学院で他を圧倒する努力を積み重ねる。
しかし、その一生懸命な姿に、メインヒロインであるシャロットは惚れ、卒業式の日に告白してきて……。
悪役というより、むしろ真っ当に生きようと、ファンタジーの世界で生き抜いていく。
ヒロインとの恋、仲間との友情──あれ? 全然悪役じゃないんだけど! 気づけば主人公になっていた、悪役レッドの物語!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。
神様に与えられたのは≪ゴミ≫スキル。家の恥だと勘当されたけど、ゴミなら何でも再生出来て自由に使えて……ゴミ扱いされてた古代兵器に懐かれました
向原 行人
ファンタジー
僕、カーティスは由緒正しき賢者の家系に生まれたんだけど、十六歳のスキル授与の儀で授かったスキルは、まさかのゴミスキルだった。
実の父から家の恥だと言われて勘当され、行く当ても無く、着いた先はゴミだらけの古代遺跡。
そこで打ち捨てられていたゴミが話し掛けてきて、自分は古代兵器で、助けて欲しいと言ってきた。
なるほど。僕が得たのはゴミと意思疎通が出来るスキルなんだ……って、嬉しくないっ!
そんな事を思いながらも、話し込んでしまったし、連れて行ってあげる事に。
だけど、僕はただゴミに協力しているだけなのに、どこかの国の騎士に襲われたり、変な魔法使いに絡まれたり、僕を家から追い出した父や弟が現れたり。
どうして皆、ゴミが欲しいの!? ……って、あれ? いつの間にかゴミスキルが成長して、ゴミの修理が出来る様になっていた。
一先ず、いつも一緒に居るゴミを修理してあげたら、見知らぬ銀髪美少女が居て……って、どういう事!? え、こっちが本当の姿なの!? ……とりあえず服を着てっ!
僕を命の恩人だって言うのはさておき、ご奉仕するっていうのはどういう事……え!? ちょっと待って! それくらい自分で出来るからっ!
それから、銀髪美少女の元仲間だという古代兵器と呼ばれる美少女たちに狙われ、返り討ちにして、可哀想だから修理してあげたら……僕についてくるって!?
待って! 僕に奉仕する順番でケンカするとか、訳が分かんないよっ!
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』
ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。
全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。
「私と、パーティを組んでくれませんか?」
これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!
転落貴族〜千年に1人の逸材と言われた男が最底辺から成り上がる〜
ぽいづん
ファンタジー
ガレオン帝国の名門貴族ノーベル家の長男にして、容姿端麗、眉目秀麗、剣術は向かうところ敵なし。
アレクシア・ノーベル、人は彼のことを千年に1人の逸材と評し、第3皇女クレアとの婚約も決まり、順風満帆な日々だった
騎士学校の最後の剣術大会、彼は賭けに負け、1年間の期限付きで、辺境の国、ザナビル王国の最底辺ギルドのヘブンズワークスに入らざるおえなくなる。
今までの貴族の生活と正反対の日々を過ごし1年が経った。
しかし、この賭けは罠であった。
アレクシアは、生涯をこのギルドで過ごさなければいけないということを知る。
賭けが罠であり、仕組まれたものと知ったアレクシアは黒幕が誰か確信を得る。
アレクシアは最底辺からの成り上がりを決意し、復讐を誓うのであった。
小説家になろうにも投稿しています。
なろう版改稿中です。改稿終了後こちらも改稿します。
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜
東雲ハヤブサ
ファンタジー
勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。
ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。
「おい雑魚、これを持っていけ」
ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。
ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。
怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。
いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。
だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。
ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。
勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。
自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。
今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。
だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。
その時だった。
目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。
その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。
ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。
そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。
これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。
※小説家になろうにて掲載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる