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神の名を冠する国
第六百七十五話 千変万化
しおりを挟む「さて。これを前にして、お前達はどう戦う?」
形勢は傾いていないのだと示すかのようにしてほくそ笑むクリオリス。
「クリス」
「はい」
「治癒魔法はあとどれくらい使える?」
「規模にもよりますが、そう多くはないかと。すいません」
「ううん。ここまで随分と助けてもらったよ。ミモザさん、サイバル」
ヨハンの声に同調するようにして頷く二人。
三方向から同時に駆けだす。
(これの召喚に容量を使っているんだ)
チラと周囲を見回すと、倒した死人兵が数を戻すこともなく、それどころかガラガラと崩れ落ちて瘴気と化していた。
つまり、ドラゴンゾンビ一体に対して先程の死人兵全てが同等なのだと。
(いや……)
数の暴力を止めてまで召喚したドラゴンゾンビ。それが先程までの死人兵全てより劣るはずがない。間違いなく上回るのだと目算しておく方が良い。
「グシャアアッ」
大きく首を振り回すドラゴンゾンビは口腔内から紫色の液体を吐き出す。
「気を付けて! 毒よ!」
ミモザの言う通り、浴びればひとたまりもない程の猛毒。
本来であれば聖女が心身の浄化を行うその≪清浄の間≫が、今となっては夥しい赤い水が流れており、更に毒によってたちまち赤黒く変色させていった。
「どうした? 逃げてばかりでは何もならないではないか?」
ドラゴンゾンビの攻撃を回避しながらもいくらか攻撃は加えている。
「ちっ」
長剣をドラゴンゾンビに向けて振り切るサイバル。その剣がドラゴンゾンビの皮膚を少しばかり斬り落とすのだが、行えるのは一度きり。斬り付けた剣が溶け落ちていた。
「直接攻撃はするな!」
使い物にならない長剣を床に放り投げる。
「なるほどね。だったらコレならどう?」
動き回りながら風の刃を幾つも生み出すミモザ。しかしダメージは微々たるもの。
「防御力も桁違いに上がってるみたいですね」
「もう。やんなるなぁ」
「皆さん。私に考えがあります」
声を掛けるクリスティーナ。ヨハンに守られながら、握りしめる杖の先端に取り付けられている魔石が青く光を放った。
「聖界域」
直後、ドラゴンゾンビの足下に描かれる広範囲の魔方陣。立ち昇る青い光にたちまち捕らえられる。
「グシャオオオッ!?」
「い、今のうちに!」
クリスティーナが行使したのは魔の者の動きを抑制する魔法。魔力残量を惜しんでいる暇はない。
「なるほどね。さすがは聖女様」
攻撃が鎮静化したことで余裕ができ、動きを止めるミモザがすぐさま練り上げるのは最大の魔力。人間大程の大きさの風の膜を生み出した。
「螺旋刃」
高速で回転する風の刃。空気をも裂く音を発す魔法がドラゴンゾンビへと射出される。
「オオオオオオオッ!?」
これまで軽微だったドラゴンゾンビに甚大な被害を生み出した。巨大な風の刃はドラゴンゾンビを大きく切り裂く。だらりとぶら下がる上体。
「ば、ばかなっ!?」
驚愕の表情を浮かべるクリオリス。たった一撃によりドラゴンゾンビの半分がもっていかれてしまっていた。
「あとは頼むわねヨハンくん」
「はい!」
剣に闘気を流し込み、素早く振るう。
「光撃閃」
光属性を付与した剣閃。ミモザの魔法によって多大なダメージを負っているドラゴンゾンビに対するトドメ。
「我のドラゴンゾンビがこうもあっけなく……」
生命活動を行っていないとはいえ、両断されもすれば何もできようがない。魔素へと還るようにしてその身体を空気中に霧散させていった。
「さて、これで切り札も倒されたわけだけど、どうする? まだやる?」
挑発的なミモザの言動。
残すところはクリオリス・バースモールのみ。
「ぬ、ぬぅぅぅ」
わなわなと肩を震わせているクリオリス。再び魔力を練り上げると生み出されるのは魔方陣。
「これ以上は無駄なあがきだということはわかってるでしょ?」
「貴様たちはコレを見ても私を倒せるというのか?」
「え? あれって……」
「まさか!?」
魔法陣から浮かんで来たのは女性。土の紋様が刺繍されたローブを纏っている。
誰よりも一番驚愕したのは水の聖女クリスティーナ。
「ベラル様!?」
「も、申し訳ありません皆さまぁ」
その理由は、その場に姿を見せたのが土の聖女ベラル・マリア・アストロス。
「どうしてベラル様が!?」
「アレを見てクリス!」
「ま、まさか!?」
ヨハンの視線の先――ベラルの首に光る金属。
「れ、隷属の首輪?」
紛れもない絶対服従の首輪が付けられていた。
「さて、大事な聖女様が人質に取られているわけだが、それでも貴様たちは我を倒せるとでも?」
「おかしなことを言うのね、あなた。隷属の首輪は主人を殺せばその効力を失うわ」
だとすれば、ベラルに危害が加えられるよりも先に倒せばいいだけ。
「ハッ。何もわかっていないようだな」
「ちょっと待ってミモザさん。これがアイツの本当の切り札だとすれば、何か他に理由があるはずだよ」
「小僧の言う通りだ。我の魔力を通わせたこの首輪は、我を倒せばこの娘も命を落とすようになっている」
クリオリスの言葉に驚愕を示す一同。
「そ、そんな……」
「ならばどうしたらいいのだ」
「ベラル様……」
「卑怯だぞ!」
それぞれが困惑する中、クリオリスは腕を上方へと掲げる。
「なんとでも言うがいい。天破降雷」
部屋中を覆い尽くす程の稲光。
「みんなこっちへ!」
素早く集まる一同。その場でヨハンが展開するのは魔法障壁。
「剣技だけでなく、そのような魔法も扱えるとはな。恐れ入ったぞ、小僧」
天破降雷は広範囲魔法とはいえ、クリオリス最大の攻撃魔法。それを魔法障壁で守っているヨハンの練度を称賛する。
「しかしいつまで持ち堪えられるかな? ふはは。それにしても楽しみだ。これだけ卓越した剣と魔法の実力者が二人だけでなく、エルフに聖女か。これは良い実験材料になりそうだな」
形勢が大きく変化してしまう人質の存在。身動きが取れない。
「ぐっ……」
いくら障壁を展開しているとはいえ、このままでは打つ手がない。魔力がただ消費していくだけ。
「どうするのよこれ?」
「こうなれば一度退くしかないな」
「そ、そんな!? それではベラル様はどうなるのですか!?」
ミモザとサイバルの言葉に困惑するクリスティーナ。
「でもアイツを倒して死んじゃうならどうしようもないじゃない」
「で、ですが」
「だったらブラフだということに賭けてみる?」
「…………」
ミモザの提案に黙ってしまうクリスティーナ。判断を委ねられたことで思考を巡らせた。
「このままだと、僕もいつまでももたないよ」
「…………」
戦況を見回すクリスティーナ。現状どうするのが最善の選択なのか。
(やはり引き返すべきなのでしょうか。でもそれだと……――)
焦りだけが加速する。
しかし決断は下さなければならない。早急に。
「――……いえ、やはりこのまま引き返すことなどありえません」
確実に選択肢から除外されるべき選択は撤退。
(申し訳ありません。ベラル様)
非情な選択なのだが、水の聖女の立場を担うクリスティーナ・フォン・ブラウンは決断した。
ここで引き返したところで戦局を立て直せる保証などどこにもない、と。
(今は国民を守ることが第一)
ここまで混乱した国内。今さら引き返したところでどうしようもない。今しなければいけないことは魔族を倒しきること。
そのためには土の聖女のベラルであっても、幽閉されている風の聖女イリーナだったとしても、どの聖女であっても犠牲は厭わない。それはもう仕方ないこと。
「ヨハンさん。ミモザさん。私が全ての責任を負いますので、お願いします」
はっきりとした決意を宿した瞳で告げる。
「いいのね?」
「はい」
迷いは振り切った。最中、目が合うヨハンに微笑まれる。
「大丈夫。クリス一人だけに背負わせないよ。僕も一緒に背負うから」
「……ヨハンさん」
「っていっても僕に何かできるわけでもないけど」
「いえ、そんなことないです。十分助けられていますよ」
「そもそもの話だ。だいたい、俺達も仲間を救わなければいけないからそう言って欲しかったのだがな」
「ちょ、ちょっとサイバル!」
「なんだ? 本当のことだろう?」
「それは、そうかもしれないけど、クリスの気持ちも考えないと」
「そんな余裕は私たちにはないわ。それに、彼女の言うことにも一理あるわ。国を守る立場の聖女だもの。こればっかりは仕方ないわ」
誰も彼も事態は把握している。
「そう、だね。じゃあ僕が数えるから、そのあとは一斉にいくよ」
四の五の言っている時間などない。決断したのであればすぐに動かなければ魔力を無駄に消費していくだけ。
「何をするつもりだ?」
雷を防ぎながら見える障壁内の何らかの動き。
「もしやこのまま逃げるというか? だが逃がすわけがないだろう」
ググっと魔力を込めるクリオリス。一層の雷がその場に迸った。
「いくよ!」
障壁を解くタイミングが全て。雷の間隙を縫わなければならない。
「三……ニ…………一……――」
ほんの一瞬だけ雷が発生しないタイミングを見計らって障壁を解こうとするのだが、踏み込みを僅かに躊躇したのは、直前に土の聖女ベラルと微かに目があった。その信じられないと言った眼差し。
「!?」
だがヨハンは魔法障壁を解くことはない。不意に感じ取った気配。明らかに尋常ならざる驚異的なもの。
(え?)
クリオリスへと攻撃を仕掛けるよりも先に動きを見せるのは外壁。
「なんだ!?」
突然けたたましい音を上げることに疑問符を浮かべるクリオリスなのだが、次の瞬間には壁が崩壊したかと思えば、そこに姿を見せているのは巨大な翼竜。
「なっ!?」
クリオリスと目が合うその巨大な翼竜は、次には大きく口腔内に凝縮した火炎を部屋中に撒き散らしていた。
「ぐああああああっ!」
突然の炎によって断末魔の声を上げるクリオリス。
「え? いまあそこにお兄ちゃんの姿がなかった?」
一体中で何があったんだろうかと、ヒョコっと翼竜の頭部をずらして中を覗き見るニーナ。炎を吐き出した竜の背に乗っている。
「お兄ちゃんとハなんダ?」
「お兄ちゃんはお兄ちゃんに決まってるじゃないのさ!」
「なにヲ言っておルのかわからぬガ、仮に誰ガいようとモ、魔族ヲ倒すことガ何よりモ優先されル」
「いや、そうなんだけどさ…………」
部屋中に充満した燃え盛る爆炎を見ながら冷や汗を垂らすニーナ。直撃していれば生存者などいないであろう一撃。それは仮に攻撃を受けたのがニーナ自身であってもそう感じる程。
「やっばぁ…………。どうしよう」
轟々と燃え盛る清浄の間を見ながら冷や汗を垂らしていた。
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