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神の名を冠する国
第 七百十二話 二度目の――
しおりを挟む怪訝な表情を浮かべているのは何もサナ達だけでない。テトやイリーナにしても同じ。
「く、クリスや?」
思わずその背に向けて声を掛けてしまった。
「テト様、どうもクリスの様子がおかしいです」
「たしかに……」
顔だけ振り返るクリスの表情は小さく笑みを浮かべており、その笑顔がどこか悪戯顔のように見える。
「ごめんね。ちょっと行って来る。そこのドラゴン、この子達を守ってあげて」
「う、ウム」
テトとイリーナはあまりにも様変わりした様子に呆気に取られているのだが、ギガゴンは怖気づいてしまっていた。
「あ、あの? クリスティーナさ……ま?」
ゆっくりと歩いて来るクリスティーナに声を掛けるサナ。そのサナの前に立つウンディーネは腕を水平に伸ばす。
「サナ。あの娘はお主の知っている者であってお主の知らない方だ」
「え? どういうこと?」
疑問を払拭できないまま、クリスティーナはカレンの前に立っていた。そのクリスティーナを正面に見るカレンはぽろぽろと涙を流している。
「やぁカレンちゃん。元気にしてた?」
「どう……して、どうしてなのよ」
「ふふふ。その様子だとやっぱり気付いているみたいだね」
「当たり前じゃない! そんなのすぐに気付くに決まってるじゃない」
「さすが。伊達に二年も付き合いがあったわけじゃないね」
「ばかっ!」
大きく腕を広げてクリスティーナを抱きしめるカレン。
「お兄ちゃん、あれって」
「……うん。間違いないよ」
まるで状況を呑み込めない一同の中、カレン以外で唯一事態を把握しているのはその場で二人――――いや、二人に加えて大精霊も含めて。
ただし、理解しているはずの二人であるヨハンとニーナも信じられないでいた。
「まさか、かような場所であの方がお目見えするとは思ってもみなかった」
「ウンディーネさん?」
「たぶん、今クリスの中にいるのはティアだね」
「ヨハンくん? ティアって?」
「ほぅ。お主はあの御方が誰なのか知っておるというのか」
「はい。僕たちも少しだけお世話になったことがありましたから」
そこでヨハンとクリスティーナの目が合う。
「久しぶり。ティア」
理由はわからなくとも、精霊王であるセレティアナがその身体を依り代にしているということだけはわかった。
「そうだね。久しぶりだね。でも、ボク的には思っていたよりも早かったと思うんだけど? まぁでもそれもこれも、多くの奇跡が重なったおかげかな?」
「奇跡?」
「ああ。これを奇跡と言わずして何というのか。まず一つ目に、この場にボクと深い繋がりがあるカレンちゃん、いや、カレンちゃんだけでなく、そのカレンちゃんと深い絆で結ばれたキミ達も一緒にいたことも大きいね」
そのままクリスティーナが自身の胸元へと手の平を送る。
「そして、二つ目に、この場にこの子がいたこと」
そのまま上方を見上げると、そこは倒壊した教皇の間であり、白を基調とした神々しさが姿を消していた。
「この子はね。たとえこのような場であろうとも、正しく神を信じているのだからね。信じられるかい? この子は自身へいくつもの憎しみを向けられようとも、それらを全て受け入れているのだから」
そのまま視線をヨハンへと落とす。
「そして最後に、神格とも呼べるべき存在が顕現する条件が整っていることだよ」
「条件?」
ニコリと微笑むセレティアナ。
「とにかく、詳しい話をしている時間はない。この子の身体も今はボクが命を繋ぎとめるために引き受けているからなんとかなっているが、そう長くはもたないよ」
「そう、なんだ。でもありがとうティア。ティアがそう言うってことは、この場を乗り切ればなんとかなるってことだよね?」
「その通りだよ。だからカレンちゃん、早速だけど始めようか」
「はじめるって……なにを?」
「もちろん……――」
カレンの問いに対して意地悪い笑みを浮かべるクリスティーナ。普段のクリスティーナであれば間違いなく見せることのないその笑み。しかしヨハンとカレンとニーナからすればその笑みははっきりとセレティアナを感じさせた。
「――……もちろん、キミとボクの契約に決まってるじゃないか」
そのまま軽やかに指を一本だけ立てる。
「「「「えっ!?」」」」
はにかむセレティアナと同時に驚愕する一同。
「そんな顔して、いやかい? ショックだなぁ。もっと喜んでくれるとおもったのだけどぉ」
「ちょ、ちょっとティア、違うわよ! 別にいやとかじゃないけど、でも、その……いいの?」
「当然じゃないか。だからこうしてここに来ているのだからね。それにむしろカレンちゃんの方こそいいのかい? この機を逃せば精霊王であるボクと再び契約ができることなんてカレンちゃんの生涯においてないと思うのだけど? これは予感とかではなくて、ただの事実だよ」
最上の意地の悪い笑みを見せる。
「するっ! ティアともう一度契約するわ!」
間髪入れず返答するカレン。一切の迷いを抱くことはない。
「ふふふ。カレンちゃんならそう言うと思った。じゃあ、はじめようか」
突然生じた事態に、尚も一同の理解が追い付かない中、カレンとセレティアナの契約が行使されることになる。
「で、今度の契約はどうする? 龍脈が落ち着いた今制約自体はけっこう厳しくなっているかな?」
「そうね。わかってるわ」
カレンも覚悟の上。
通常、精霊との契約は精霊術士の格が大きく影響する。
(今のわたしは前のわたしとは違うもの)
その魔力の性質は精霊との親和性に通じ、ともすれば相性に大きく左右される。それに加えて制約が生じる。
精霊術士としての格が、精霊自体よりも上回るようであれば制約はほぼ必要としない。その最たる代表として微精霊がそれに該当するのだが、微精霊に関しては基本的に融和性のみが作用する。
だが名付きの精霊ともなれば話は別。しかもセレティアナは精霊王。格は最上位。
それらを踏まえた上で、カレンは契約条件を満たさなければならない。
「わたしの制約は、精霊達にとって不利益を生じさせないこと。これを生涯かけて誓うわ」
「ふむ。それだとちょーっとばかし弱いかな? いくらこの場にあの子がいるとはいえ」
あの子――――四大精霊であるウンディーネ。
「それと、精霊が住める環境を整えていく」
「うん。それは悪くないね」
実際、人間の文明が発展すると自然から生み出される精霊の力は弱まるもの。精霊術士の役割として、精霊が快適に過ごせる環境を構築することは大きな貢献。
「ただ、もう一声あれば嬉しいかな」
「もちろんよ。わたしがそれらを違えるようなことがあれば、わたしはこの命をティア……いいえ、精霊王様へ捧げるわ」
「おっと、それは大きく出たね。けど、それなら問題ないね。カレンちゃんほどの命ともなれば精霊王にとっても大きな力となる」
「ちょ、ちょっとカレンさん、そんな約束していいの!?」
「大丈夫よモニカ。わたしがティアを裏切るはずないもの」
「……そぅ」
自信に満ち溢れたカレンの顔を見ると、モニカもそれ以上声をかけることはできなかった。
(その覚悟、ボクとしてはそれだけで十分だけどね)
セレティアナとしても、実際には精霊にとってよっぽどの不利益を被らない限りその誓約は必要ない。それだけの覚悟を示すことが半分裏条項のような条件。
(というか、カレンちゃんは気付いていないようだけど……――)
人間の潜在的な願望を受け取れるセレティアナは、一方的にもう一つの制約を押し付けている。そして、それが数年後に確実に行使されるということはわかっていた。
(――……ふふふ。今からその時が楽しみだね)
そうしてカレンとセレティアナ――外見上はクリスティーナなのだが、二人の足下に紅い魔方陣が描かれ、即座に立ち昇るのは激しい光。
戦場のど真ん中にて異質とも呼べる契約が交わされる。
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