【完結】6代目総長

ジロ シマダ

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尊の過去

焼けつくコンクリート

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 焼けつくような暑さがコンクリートから発せられる錆びれた倉庫の中に尊はいた。
 夏休みに入り、近くのスーパーにパチパチキャンディを買いに出たと覚束ない意識の中で尊は考える。後ろ手に縛られた手首に縄が食い込み、尊は顔をゆがめる。そして
 「また・・・・・・」
と呟いた。


 神林尊、9歳は関東最大暴力団組織神林組総長の息子。両親は神林組総長の子供だとばれないように配慮している。が・・・・・・やはり、今回のように誘拐されることが多い。ゆえに尊は誘拐されることに慣れつつあり、そして油断していた。
 今回もすぐに組員が助けに来てくれるのだと安直に考えている。はっきりしてきた視界を尊は動かし、あたりを確認する。埃っぽい倉庫に陽炎が泳いでいる。尊は喉を癒すために唾を飲み込む。体をくねらせその場に起きる。近くには誰もいないと今度は立ち上がった。

 もう一度、あたりを見渡し尊は走った。腕を縛られバランスを崩しながらも出口に走る。しかし、尊は外に出れない。倉庫をふさぐ鉄扉は重く、小さな尊には簡単に開けることもできない。ましては後ろ手に縛られていてはどうにもできなかった。
 開けられない扉に尊は泣きそうだ。例え、慣れつつあっても誘拐されているというのは怖い。

 「どうしよう」
不安が口から洩れると尊の目が潤む。泣くまいと耐える尊の後ろで鉄扉が揺れた。尊はすぐに扉から離れた。開く鉄扉の向こうから光が差し込む。その暴力的な明るさに尊は視線を逸らす。

 「あれ? 目が覚めてるのか」
 大柄な男は立っている尊に、にやりと笑った。鉄扉を閉め、おとこは尊に近づく。尊は突然の光でおかしい視界で男を見上げた。尊は何とも言えない男の迫力に後ろに下がったが、つかまれ引き戻された。

 「お前は神林のガキでいいんだよな」

男の問いかけに尊は口をつぐんだまま何も答えない。目を合わせないように顔を俯かせ尊は耐えた。

 「答えろよ! なめてんのか!」
何も言わない尊に男は怒鳴りつける。しかし、尊は何も答えない。それが数回続き、しびれを切らした男は尊を殴りつけた。小さな尊の体は殴られれば、飛ばされる。尊は少し後ろに飛ばされた。縛られていても、習っていた受け身を取り、急所のダメージを避けていた。それでも痛む体にいくら耐えようとも涙が出てしまう。

 男は舌打ちすると携帯電話を取り出し、ボタンを押し耳に当てた。


 「5代目! 若が行方不明って本当ですか!」
 目白台の本手に隠岐は駆けつけ、進志に迫った。進志は総長席に肘をつき深刻そうな顔で頷く。
 「黒木は」
 「近くのスーパーに行くだけだったから1人でいかせてしまった」

進志の声には後悔の色が濃く滲んでいる。隠岐は思わず進志を責め立ててしまいそうになる。自分も考えが甘かったと考えなおす。苛立ちを紛らわすように壁を殴りつけた。進志は壁を殴りつけた隠岐の姿に疑問が浮かぶ。

 「隠岐・・・・・・お前はなぜそこまで尊を心配するんだ」
 「大切だからですよ」
隠岐はそれだけ答えた。隠岐が尊を探そうと総長室から出ようとしたところに、若衆が子機を片手に駆け込んできた。

  「総長!」

 進志は素早く受け取ると耳に当てた。

 「もしもし」

隠岐は進志に近寄り耳を研ぎ澄ませる。なにか手掛かりになるものはないかと、必死にだ。電話から聞こえてきた声は男。
 『あんたのところのガキを預かっている』
 「本当か」
 『聞かせてやるよ。おい! 何かいえ』

 男の言葉の後には無言が続く。男の大きな舌打ちの後、なにかがぶつかったような音が聞こえた。そして、うめくような音が進志と隠岐の耳に届いた。

 「やめろ! わかった!」

思わず大きな声で相手を止める進志の横で隠岐は口を押えた。怒鳴りそうになる自分を押さえる。隠岐は言葉を交わす進志をイライラと伺う。
 うめき声は尊の声。進志にも隠岐にははっきりわかった。そして同時に今までの誘拐とは違うと知らされた。今までは尊にそこまで危害を加えるような犯人はいなかった。金のもとであり、神林の報復を恐れて尊を殴りつけるようなものはいなかった。今回は躊躇なく尊に暴力をふるっている。

 電話を切った進志に隠岐は詰め寄った。
 「5代目・・・・・・今までとはわけが違います。すぐに若を助けないと」
 「わかっている。しかし、どこにいるのか」
 「犯人はなんて」
 「またあとで連絡するそうだ」
隠岐は何も手掛かりになりそうなものがないことに、また壁を殴りつけた。
 なんとしても助けると隠岐は部屋を飛び出した。5代目の総長の指示を聞くこともなく、飛び出す隠岐に進志は頼もしさを感じた。しかし、別に不思議さも感じずにはいられない。自分の息子である尊のどこをそんなに気に入っているのかがわからない。
 隠岐は神林組一の武闘派。軽い雰囲気を醸し出しつつも誰も寄せ付けない冷たさをもつ男。尊に武道を教えるように指示をしてから、大分変ったと進志は思う。尊の優しさに触れて丸くなったのかと思いもする。が、やはり違うような気がする。

と気を紛らわせるように別ごとを進志は考える。尊が誘拐されている焦燥を紛らわせるために




 「どこにいるんですか・・・・・・若」
賭け事に興じることが好きな軽い若頭とは思えない焦燥と悲しみにあふれた声が隠岐から漏れた。 



ーーー

 尊は電話の向こうに自分の存在を知らせないために必死に声を出さないように耐えた。しかし、殴られうめくような声が漏れた。尊の頭の中には迷惑をかけてしまうという気持ちがあふれる。誰かが怪我をしたらと、尊はこれから起こりうることに恐怖する。その恐怖は涙に変わり倒れる尊の頬を伝った。

 「泣いてんじゃねぇよ」
 男は静かに涙を流す尊の姿にかわいそうだと感じた。罪悪感を紛らわせるために泣き止めと尊に言う。腕を組んで見下ろす男の目を避けるように尊は顔を下に向けた。地面に鼻をつけ涙を止めようと深く息をする。深く息を何度かすると気持ちが落ち着くと隠岐から学んだ。鼻の奥でなにかがツンとしているが涙は止まった。

 男は顎を流れる汗をぬぐいながら、腕時計を何度も見る。尊はその様子に電話をかけるタイミングをみているのかとぼんやりと考える。真夏のコンクリート造スレート屋根建屋。そのような倉庫の室温はどんどんと上昇する。締め切り空気の流れも悪い倉庫は汚いサウナ。
 尊の体から水分は汗として出ていく。尊は喉が渇いたと少し朦朧とし始めた頭で考えた。



 「あっちぃな」
 「当たり前だろ」
 「あと何をしたらいいんだ」
 「そうだな・・・・・・で、その子には手を出すな」


 尊は水をかけられ意識を少し戻した。尊は意識を失いかけていたことに気が付いた。かすむ目の前で不機嫌そうな男が水を差し出している。尊は男以外の声がしたような気がしたはずと、見渡そうとした。しかし、起こそうとした首はだるくて上がらない。
 
 「飲め」
 差し出されるペットボトルに口をつけてよいものか悩む。喉の渇きをどうにかしたいと尊は口をつけた。口の端から水がこぼれる。しかし、こぼれた水がひんやりとして気持ちがよかった。
 男もペットボトルを1本開けるとその場に座り込んだ。コンクリートの床は冷たいと男は思っていた。しかし、冷たさはあまりなく、凶悪な顔をさらに凶悪にさせる結果に終わる。

 尊は左肩がしびれていることに気が付いた。ずっと下にしていたために血行が悪くなっているようだ。尊は小さくもぞもぞと動く。反対を向きたいが男は怒るだろうかと様子を伺った。

 「動きたいなら動け。どうせ縛られているんだ」
尊は男の許可をもらい寝がえりをうった。
 「ん?」
尊は違和感を感じ手を動かす。
 「逃げないようにそこの柱とつないだ」

 男の言葉に指さす方を見て尊は顔をしかめた。まるで犬だと尊は不機嫌になる。誘拐されている身では何も言えないと大人しくするほかない。その時、男の携帯電話が2コールなって切れた。男は画面を確認し電話をかけた。

 「待たせたな。今から言うだけの金を用意しろ」
尊は父親に電話しているのだと、身を起こす。その様子に男は笑う。子供はこうでなくてはいけないと男は加虐心をくすぐられる。

 「2億だ」
男の提示した額に尊は目を見開いた。



 隠岐はさんざん探し歩き、神林本邸に戻ってきた。わずかな期待を扉を開けた総長室には、うなだれる進志の姿しかない。隠岐は力なく歩きソファーに腰を下ろした。すぐ後に黒木が滝のように汗を流し入室した。

 「なにか手掛かりはあったか」
 「なにも・・・・・・頭は」
 「俺も何もつかめなかった」
3人が揃って手詰まり。それなのに、いつものように時間は過ぎる。そのことに焦りが募ってしまう。黒木はもう一度、探しに行こう部屋から出かけた。その時、進志の目の前に置かれた子機が鳴る。進志は震えないように指先にまで力を入れて子機を耳に当てた。

 『2億だ』
 男の要求金額に進志は反対の手を握りこむ。用意できない額ではない。しかし、組の維持にかかわってくる。子分の命を預かる総長として簡単に承諾できない。例え自分の息子と引き換えにしてもだ。
 「そのような大金すぐには用意できない」
進志は大金を理由にする。大金はすぐに銀行から下ろすことができないと。犯人を待たせている間に自分の考えを決定させよう進志は思った。

 男は進志の答えを鼻で笑った。

 『自分の息子がどうなってもいいのか』
 「・・・・・・」
 『おい、お前の父親は冷たいな・・・・・・なんか言えよ』

 怒りの声に続いて最初の電話で聞こえた打撃音がまた聞こえた。進志は目も口も強く閉じて耐えた。総長と父親の間で進志は揺れる。そんな進志の手から子機が奪われた。
 進志が目を開ければ隠岐の声が耳に入った。

 「やめろ! 俺が用意する!」
 「隠岐・・・・・・お前」
進志は泣きそうになる自分の目に力を入れ耐える。父親ではない目の前の男が尊を救おうとしていることに感謝しか感じない。そして、進志も決意を固めた。
 「出そう・・・・・・2億」

 進志の言葉に犯人ではない声が返ってきた。
 「だめ!」
幼い声が拒否を示す。また続く男の怒鳴り声と打撃音。進志も隠岐も、そして黒木も声を荒げ懇願する。

 「やめてくれ!」

 『このクソガキ! ふざけんなよ!』

 「やめろ!」

 『っ・・・・・・だめ・・・・・・皆が困るのは嫌だ!』
電話の向こうで殴られても拒否を示す尊。隠岐の目から涙がこぼれた。幼い尊はすでに組のことを案じ、組員のことを案じていることを察する。感動と同時に悲しみを覚えた。
 殴る音が途絶え男の息遣いだけが子機から聞こえる。

 「尊!」
進志は尊を必死に呼びかける。無事でいてくれと願いを込めて呼ぶ。

 『と・・・・・・さん・・・・・・だめだよ、総長なら・・・・・・く、組のことを考えて』
弱弱しい声で同じように拒否をする尊に進志はうなだれた。尊と比べて自分はどうなんだと愚かしく思えた。
 「どこに持っていけばいい」
荒い鼻で笑う男の楽し気な声が進志の言葉に答えをよこす。


 自ら行こうとする進志を本邸にとどまらせ、隠岐と黒木が金をもって倉庫に走った。時刻は15時13分。昼に吸収した熱を地面が放出する時刻。はやる気持ちを押さえ、隠岐は車から降りる。すぐにさびれた倉庫の鉄扉を力を込めてスライドさせた。

 開けた倉庫から香るのは埃でもカビの匂いでもない。むせ返すような匂いが隠岐と後ろの黒木を迎えた。
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