384 / 967
最後の恋は神さまとでした
陛下の命令は絶対服従/3
しおりを挟む
「明智 光秀という者を知っているか?」
「えぇ、名前はうかがったことがあります」
有名な話だ。陛下の分身で、人としても優れており、霊界から上がってくる子供たちから、明智に養子に行きたいと望む――明智家ブームが起きていると。それでも、家長はメディアからの取材には応じず、時折り感謝を口にするような人物だ。
しかし、光命は話したことがない。相手は国家公務員、自分は音楽家で畑違いだ。冷静な頭脳の中で可能性の数字を模索するが、陛下がされようとしていることは、どうにも見当がつかなかった。
「その者の、三女は知っているか?」
「いいえ、存じ上げません」
お子さんがいるのは自然なことだが、自身と関係している事実が過去のどこにもなかった。
「明智 倫礼と申す。地球という場所は知っているか?」
「えぇ」
「そこにいるある人間の話だ」
学校の授業でやったが、行ったこともなく興味もない場所だった。陛下は続ける。
「今現在、ある一定以上の霊層がない者には魂を宿らせていない。その女にもない。しかし、倫礼の魂の波動を受けて生きている。仮の魂だ。今のところ、肉体が滅んだあとは、本体に経験として吸収される運命だ」
「えぇ」
死の恐怖を知らない光命は、ただ事実として頭脳に記録する。自身を磨くために、ふたつの魂が合体をして、元の人がいなくなるなどということは、過去にあったらしいと聞いたことがある。
「その者は神を見る霊感を持っている。日に一度そばへ行き、一時間だけその者から見えないところで見ているよう命令する」
なぜという疑問ばかりが、光命の脳裏をかけめぐる。ただひとつわかることは、今も時間が止められた執務室でこうして、陛下と会っている理由だ。
「私が守護神の資格を持っていないために、内密にということだったのでしょうか?」
「そうだ。今のお前では資格を取りにいけないことも知っている」
重力が十五倍の、未知の世界で経験を積むことは、気絶してしまう光命ではできないのだ。陛下は冷静な水色の瞳を、何かを託すように真っ直ぐ見つめる。
「どのような立場であれ、地球へ資格を持っていない者が行くことを許していない。しかし、お前には特別許可をする」
なぜそこまでして、音楽家の自分が行く必要があるのかと思い、光命は慎重に質問した。
「理由はうかがえるのでしょうか?」
陛下は気怠そうに肘掛にもたれかかった。
「今は何とも言えない。お前ならよくわかっているであろう? 可能性の問題だ」
「そうですか」
つまりは何かの対策、もしくは下準備である可能性が高いのだ。しかし、陛下はどんな時でも人々の幸せを第一にお考えになり、実行されてきた。
そよりも何よりも、この帝国で生きている光命に、陛下の命令を断る権限は許されていないのだ。
「明智 倫礼とその人間の守護をしている明智 蓮とは顔を合わせることはさけられぬ。そのふたりには申すことを許可する。以上だ」
「かしこまりました」
光命は跪いたまま、丁寧に頭を下げた。
*
そのあと、自宅へと瞬間移動で返され、時は再び動き出した。誰にも知られることなく、日常は綴られ始めたのである。
「――そのようなことがあったのです」
「そうか」
銀の長い前髪を不機嫌に揺らす蓮は、甘ったるいコーヒーの最後の一口を飲んだ。紅茶の芳醇な香りを楽しむ、光命の銀の指輪がティーカップにかすかにすれる。
「ですから、あなたにご挨拶をしなくてはいけないと思い、声をかけたのです」
「陛下の命令では断れない。了承した」
おかしな出会い方だった。ここにいない人間の女――いや消えゆく運命の女を間にして、関係は成り立ったのだ。しかも、今ふたりきりでお茶をしている。会員制のサロンで、人払いまでして。
先に話しかけてきたのは、女の夫だ。光命はきちんと記憶していた。
「あなたのご用は何だったのですか?」
陛下の話で危うく忘れるところだったと、蓮は思いながら、
「俺のは……息子の百叡の話だ。妻がピアノの才能があるというから、レッスンをしてほしいと頼むところだった」
目の前にいる男は、住む世界は違っても、妻がふたりいるのだ。
「本体の奥様からですか?」
「そうだ、あれはおまけの倫礼が音楽をやっていた影響で、少しは聞く耳がある」
本当の家族のように、夫は話すのだ。それならば、礼儀として、光命もこの世界の人と変わらぬ対応をしようと心に決めた。
蓮はまだ無名のアーティストで、その息子がピアノを習いたい。家族の幸せが咲いているのだと、その役に少しでも立てるのならと、光命は思った。
「えぇ、構いませんよ。ピアノの講師もしていますからね。時間を調整して、後ほど連絡を差し上げますから、空いている日に一緒に自宅へきてください」
「そうか、頼む」
ふたりの食器に入っていた飲み物はなくなり、光命がゆっくりと頭を下げた。
「急にお呼び立てして申し訳ありませんでした」
「いや、陛下がどのようなおつもりかはわからないが、顔を合わせることはあると思う。名前で呼んでいい」
椅子から立ち上がり、一緒に過ごす時間が増えることになった、男ふたりは握手をして、それぞれの瞬間移動で帰ろうとした。
「えぇ、それでは――」
光命の言葉は途中で止まり、床に崩れるように体は落ちた。テーブルを挟んでいた蓮はのぞき込む。
「どうした?」
「…………」
返事は返ってこなかった。テーブルを慌てて回り込み、蓮は片膝を絨毯の上について、シャツの肩を強く揺する。
「おい! 光?」
「…………」
紺の長い髪は、中性的な横顔に絡みついたまま、冷静な水色の瞳は姿を現すことはなかった。
今日初めて会った男だが、蓮にはそう思えなかった。
「気絶してる……。あのテレビゲームも小説のモデルも体が弱い描写があったが、脚色ではなく、本当だったのかっ?!」
神界で気絶するなどあり得ない。蓮は光命を抱き抱えて、病院へと瞬間移動した。「明智 光秀という者を知っているか?」
「えぇ、名前はうかがったことがあります」
有名な話だ。陛下の分身で、人としても優れており、霊界から上がってくる子供たちから、明智に養子に行きたいと望む――明智家ブームが起きていると。それでも、家長はメディアからの取材には応じず、時折り感謝を口にするような人物だ。
しかし、光命は話したことがない。相手は国家公務員、自分は音楽家で畑違いだ。冷静な頭脳の中で可能性の数字を模索するが、陛下がされようとしていることは、どうにも見当がつかなかった。
「その者の、三女は知っているか?」
「いいえ、存じ上げません」
お子さんがいるのは自然なことだが、自身と関係している事実が過去のどこにもなかった。
「明智 倫礼と申す。地球という場所は知っているか?」
「えぇ」
「そこにいるある人間の話だ」
学校の授業でやったが、行ったこともなく興味もない場所だった。陛下は続ける。
「今現在、ある一定以上の霊層がない者には魂を宿らせていない。その女にもない。しかし、倫礼の魂の波動を受けて生きている。仮の魂だ。今のところ、肉体が滅んだあとは、本体に経験として吸収される運命だ」
「えぇ」
死の恐怖を知らない光命は、ただ事実として頭脳に記録する。自身を磨くために、ふたつの魂が合体をして、元の人がいなくなるなどということは、過去にあったらしいと聞いたことがある。
「その者は神を見る霊感を持っている。日に一度そばへ行き、一時間だけその者から見えないところで見ているよう命令する」
なぜという疑問ばかりが、光命の脳裏をかけめぐる。ただひとつわかることは、今も時間が止められた執務室でこうして、陛下と会っている理由だ。
「私が守護神の資格を持っていないために、内密にということだったのでしょうか?」
「そうだ。今のお前では資格を取りにいけないことも知っている」
重力が十五倍の、未知の世界で経験を積むことは、気絶してしまう光命ではできないのだ。陛下は冷静な水色の瞳を、何かを託すように真っ直ぐ見つめる。
「どのような立場であれ、地球へ資格を持っていない者が行くことを許していない。しかし、お前には特別許可をする」
なぜそこまでして、音楽家の自分が行く必要があるのかと思い、光命は慎重に質問した。
「理由はうかがえるのでしょうか?」
陛下は気怠そうに肘掛にもたれかかった。
「今は何とも言えない。お前ならよくわかっているであろう? 可能性の問題だ」
「そうですか」
つまりは何かの対策、もしくは下準備である可能性が高いのだ。しかし、陛下はどんな時でも人々の幸せを第一にお考えになり、実行されてきた。
そよりも何よりも、この帝国で生きている光命に、陛下の命令を断る権限は許されていないのだ。
「明智 倫礼とその人間の守護をしている明智 蓮とは顔を合わせることはさけられぬ。そのふたりには申すことを許可する。以上だ」
「かしこまりました」
光命は跪いたまま、丁寧に頭を下げた。
*
そのあと、自宅へと瞬間移動で返され、時は再び動き出した。誰にも知られることなく、日常は綴られ始めたのである。
「――そのようなことがあったのです」
「そうか」
銀の長い前髪を不機嫌に揺らす蓮は、甘ったるいコーヒーの最後の一口を飲んだ。紅茶の芳醇な香りを楽しむ、光命の銀の指輪がティーカップにかすかにすれる。
「ですから、あなたにご挨拶をしなくてはいけないと思い、声をかけたのです」
「陛下の命令では断れない。了承した」
おかしな出会い方だった。ここにいない人間の女――いや消えゆく運命の女を間にして、関係は成り立ったのだ。しかも、今ふたりきりでお茶をしている。会員制のサロンで、人払いまでして。
先に話しかけてきたのは、女の夫だ。光命はきちんと記憶していた。
「あなたのご用は何だったのですか?」
陛下の話で危うく忘れるところだったと、蓮は思いながら、
「俺のは……息子の百叡の話だ。妻がピアノの才能があるというから、レッスンをしてほしいと頼むところだった」
目の前にいる男は、住む世界は違っても、妻がふたりいるのだ。
「本体の奥様からですか?」
「そうだ、あれはおまけの倫礼が音楽をやっていた影響で、少しは聞く耳がある」
本当の家族のように、夫は話すのだ。それならば、礼儀として、光命もこの世界の人と変わらぬ対応をしようと心に決めた。
蓮はまだ無名のアーティストで、その息子がピアノを習いたい。家族の幸せが咲いているのだと、その役に少しでも立てるのならと、光命は思った。
「えぇ、構いませんよ。ピアノの講師もしていますからね。時間を調整して、後ほど連絡を差し上げますから、空いている日に一緒に自宅へきてください」
「そうか、頼む」
ふたりの食器に入っていた飲み物はなくなり、光命がゆっくりと頭を下げた。
「急にお呼び立てして申し訳ありませんでした」
「いや、陛下がどのようなおつもりかはわからないが、顔を合わせることはあると思う。名前で呼んでいい」
椅子から立ち上がり、一緒に過ごす時間が増えることになった、男ふたりは握手をして、それぞれの瞬間移動で帰ろうとした。
「えぇ、それでは――」
光命の言葉は途中で止まり、床に崩れるように体は落ちた。テーブルを挟んでいた蓮はのぞき込む。
「どうした?」
「…………」
返事は返ってこなかった。テーブルを慌てて回り込み、蓮は片膝を絨毯の上について、シャツの肩を強く揺する。
「おい! 光?」
「…………」
紺の長い髪は、中性的な横顔に絡みついたまま、冷静な水色の瞳は姿を現すことはなかった。
今日初めて会った男だが、蓮にはそう思えなかった。
「気絶してる……。あのテレビゲームも小説のモデルも体が弱い描写があったが、脚色ではなく、本当だったのかっ?!」
神界で気絶するなどあり得ない。蓮は光命を抱き抱えて、病院へと瞬間移動した。
「えぇ、名前はうかがったことがあります」
有名な話だ。陛下の分身で、人としても優れており、霊界から上がってくる子供たちから、明智に養子に行きたいと望む――明智家ブームが起きていると。それでも、家長はメディアからの取材には応じず、時折り感謝を口にするような人物だ。
しかし、光命は話したことがない。相手は国家公務員、自分は音楽家で畑違いだ。冷静な頭脳の中で可能性の数字を模索するが、陛下がされようとしていることは、どうにも見当がつかなかった。
「その者の、三女は知っているか?」
「いいえ、存じ上げません」
お子さんがいるのは自然なことだが、自身と関係している事実が過去のどこにもなかった。
「明智 倫礼と申す。地球という場所は知っているか?」
「えぇ」
「そこにいるある人間の話だ」
学校の授業でやったが、行ったこともなく興味もない場所だった。陛下は続ける。
「今現在、ある一定以上の霊層がない者には魂を宿らせていない。その女にもない。しかし、倫礼の魂の波動を受けて生きている。仮の魂だ。今のところ、肉体が滅んだあとは、本体に経験として吸収される運命だ」
「えぇ」
死の恐怖を知らない光命は、ただ事実として頭脳に記録する。自身を磨くために、ふたつの魂が合体をして、元の人がいなくなるなどということは、過去にあったらしいと聞いたことがある。
「その者は神を見る霊感を持っている。日に一度そばへ行き、一時間だけその者から見えないところで見ているよう命令する」
なぜという疑問ばかりが、光命の脳裏をかけめぐる。ただひとつわかることは、今も時間が止められた執務室でこうして、陛下と会っている理由だ。
「私が守護神の資格を持っていないために、内密にということだったのでしょうか?」
「そうだ。今のお前では資格を取りにいけないことも知っている」
重力が十五倍の、未知の世界で経験を積むことは、気絶してしまう光命ではできないのだ。陛下は冷静な水色の瞳を、何かを託すように真っ直ぐ見つめる。
「どのような立場であれ、地球へ資格を持っていない者が行くことを許していない。しかし、お前には特別許可をする」
なぜそこまでして、音楽家の自分が行く必要があるのかと思い、光命は慎重に質問した。
「理由はうかがえるのでしょうか?」
陛下は気怠そうに肘掛にもたれかかった。
「今は何とも言えない。お前ならよくわかっているであろう? 可能性の問題だ」
「そうですか」
つまりは何かの対策、もしくは下準備である可能性が高いのだ。しかし、陛下はどんな時でも人々の幸せを第一にお考えになり、実行されてきた。
そよりも何よりも、この帝国で生きている光命に、陛下の命令を断る権限は許されていないのだ。
「明智 倫礼とその人間の守護をしている明智 蓮とは顔を合わせることはさけられぬ。そのふたりには申すことを許可する。以上だ」
「かしこまりました」
光命は跪いたまま、丁寧に頭を下げた。
*
そのあと、自宅へと瞬間移動で返され、時は再び動き出した。誰にも知られることなく、日常は綴られ始めたのである。
「――そのようなことがあったのです」
「そうか」
銀の長い前髪を不機嫌に揺らす蓮は、甘ったるいコーヒーの最後の一口を飲んだ。紅茶の芳醇な香りを楽しむ、光命の銀の指輪がティーカップにかすかにすれる。
「ですから、あなたにご挨拶をしなくてはいけないと思い、声をかけたのです」
「陛下の命令では断れない。了承した」
おかしな出会い方だった。ここにいない人間の女――いや消えゆく運命の女を間にして、関係は成り立ったのだ。しかも、今ふたりきりでお茶をしている。会員制のサロンで、人払いまでして。
先に話しかけてきたのは、女の夫だ。光命はきちんと記憶していた。
「あなたのご用は何だったのですか?」
陛下の話で危うく忘れるところだったと、蓮は思いながら、
「俺のは……息子の百叡の話だ。妻がピアノの才能があるというから、レッスンをしてほしいと頼むところだった」
目の前にいる男は、住む世界は違っても、妻がふたりいるのだ。
「本体の奥様からですか?」
「そうだ、あれはおまけの倫礼が音楽をやっていた影響で、少しは聞く耳がある」
本当の家族のように、夫は話すのだ。それならば、礼儀として、光命もこの世界の人と変わらぬ対応をしようと心に決めた。
蓮はまだ無名のアーティストで、その息子がピアノを習いたい。家族の幸せが咲いているのだと、その役に少しでも立てるのならと、光命は思った。
「えぇ、構いませんよ。ピアノの講師もしていますからね。時間を調整して、後ほど連絡を差し上げますから、空いている日に一緒に自宅へきてください」
「そうか、頼む」
ふたりの食器に入っていた飲み物はなくなり、光命がゆっくりと頭を下げた。
「急にお呼び立てして申し訳ありませんでした」
「いや、陛下がどのようなおつもりかはわからないが、顔を合わせることはあると思う。名前で呼んでいい」
椅子から立ち上がり、一緒に過ごす時間が増えることになった、男ふたりは握手をして、それぞれの瞬間移動で帰ろうとした。
「えぇ、それでは――」
光命の言葉は途中で止まり、床に崩れるように体は落ちた。テーブルを挟んでいた蓮はのぞき込む。
「どうした?」
「…………」
返事は返ってこなかった。テーブルを慌てて回り込み、蓮は片膝を絨毯の上について、シャツの肩を強く揺する。
「おい! 光?」
「…………」
紺の長い髪は、中性的な横顔に絡みついたまま、冷静な水色の瞳は姿を現すことはなかった。
今日初めて会った男だが、蓮にはそう思えなかった。
「気絶してる……。あのテレビゲームも小説のモデルも体が弱い描写があったが、脚色ではなく、本当だったのかっ?!」
神界で気絶するなどあり得ない。蓮は光命を抱き抱えて、病院へと瞬間移動した。「明智 光秀という者を知っているか?」
「えぇ、名前はうかがったことがあります」
有名な話だ。陛下の分身で、人としても優れており、霊界から上がってくる子供たちから、明智に養子に行きたいと望む――明智家ブームが起きていると。それでも、家長はメディアからの取材には応じず、時折り感謝を口にするような人物だ。
しかし、光命は話したことがない。相手は国家公務員、自分は音楽家で畑違いだ。冷静な頭脳の中で可能性の数字を模索するが、陛下がされようとしていることは、どうにも見当がつかなかった。
「その者の、三女は知っているか?」
「いいえ、存じ上げません」
お子さんがいるのは自然なことだが、自身と関係している事実が過去のどこにもなかった。
「明智 倫礼と申す。地球という場所は知っているか?」
「えぇ」
「そこにいるある人間の話だ」
学校の授業でやったが、行ったこともなく興味もない場所だった。陛下は続ける。
「今現在、ある一定以上の霊層がない者には魂を宿らせていない。その女にもない。しかし、倫礼の魂の波動を受けて生きている。仮の魂だ。今のところ、肉体が滅んだあとは、本体に経験として吸収される運命だ」
「えぇ」
死の恐怖を知らない光命は、ただ事実として頭脳に記録する。自身を磨くために、ふたつの魂が合体をして、元の人がいなくなるなどということは、過去にあったらしいと聞いたことがある。
「その者は神を見る霊感を持っている。日に一度そばへ行き、一時間だけその者から見えないところで見ているよう命令する」
なぜという疑問ばかりが、光命の脳裏をかけめぐる。ただひとつわかることは、今も時間が止められた執務室でこうして、陛下と会っている理由だ。
「私が守護神の資格を持っていないために、内密にということだったのでしょうか?」
「そうだ。今のお前では資格を取りにいけないことも知っている」
重力が十五倍の、未知の世界で経験を積むことは、気絶してしまう光命ではできないのだ。陛下は冷静な水色の瞳を、何かを託すように真っ直ぐ見つめる。
「どのような立場であれ、地球へ資格を持っていない者が行くことを許していない。しかし、お前には特別許可をする」
なぜそこまでして、音楽家の自分が行く必要があるのかと思い、光命は慎重に質問した。
「理由はうかがえるのでしょうか?」
陛下は気怠そうに肘掛にもたれかかった。
「今は何とも言えない。お前ならよくわかっているであろう? 可能性の問題だ」
「そうですか」
つまりは何かの対策、もしくは下準備である可能性が高いのだ。しかし、陛下はどんな時でも人々の幸せを第一にお考えになり、実行されてきた。
そよりも何よりも、この帝国で生きている光命に、陛下の命令を断る権限は許されていないのだ。
「明智 倫礼とその人間の守護をしている明智 蓮とは顔を合わせることはさけられぬ。そのふたりには申すことを許可する。以上だ」
「かしこまりました」
光命は跪いたまま、丁寧に頭を下げた。
*
そのあと、自宅へと瞬間移動で返され、時は再び動き出した。誰にも知られることなく、日常は綴られ始めたのである。
「――そのようなことがあったのです」
「そうか」
銀の長い前髪を不機嫌に揺らす蓮は、甘ったるいコーヒーの最後の一口を飲んだ。紅茶の芳醇な香りを楽しむ、光命の銀の指輪がティーカップにかすかにすれる。
「ですから、あなたにご挨拶をしなくてはいけないと思い、声をかけたのです」
「陛下の命令では断れない。了承した」
おかしな出会い方だった。ここにいない人間の女――いや消えゆく運命の女を間にして、関係は成り立ったのだ。しかも、今ふたりきりでお茶をしている。会員制のサロンで、人払いまでして。
先に話しかけてきたのは、女の夫だ。光命はきちんと記憶していた。
「あなたのご用は何だったのですか?」
陛下の話で危うく忘れるところだったと、蓮は思いながら、
「俺のは……息子の百叡の話だ。妻がピアノの才能があるというから、レッスンをしてほしいと頼むところだった」
目の前にいる男は、住む世界は違っても、妻がふたりいるのだ。
「本体の奥様からですか?」
「そうだ、あれはおまけの倫礼が音楽をやっていた影響で、少しは聞く耳がある」
本当の家族のように、夫は話すのだ。それならば、礼儀として、光命もこの世界の人と変わらぬ対応をしようと心に決めた。
蓮はまだ無名のアーティストで、その息子がピアノを習いたい。家族の幸せが咲いているのだと、その役に少しでも立てるのならと、光命は思った。
「えぇ、構いませんよ。ピアノの講師もしていますからね。時間を調整して、後ほど連絡を差し上げますから、空いている日に一緒に自宅へきてください」
「そうか、頼む」
ふたりの食器に入っていた飲み物はなくなり、光命がゆっくりと頭を下げた。
「急にお呼び立てして申し訳ありませんでした」
「いや、陛下がどのようなおつもりかはわからないが、顔を合わせることはあると思う。名前で呼んでいい」
椅子から立ち上がり、一緒に過ごす時間が増えることになった、男ふたりは握手をして、それぞれの瞬間移動で帰ろうとした。
「えぇ、それでは――」
光命の言葉は途中で止まり、床に崩れるように体は落ちた。テーブルを挟んでいた蓮はのぞき込む。
「どうした?」
「…………」
返事は返ってこなかった。テーブルを慌てて回り込み、蓮は片膝を絨毯の上について、シャツの肩を強く揺する。
「おい! 光?」
「…………」
紺の長い髪は、中性的な横顔に絡みついたまま、冷静な水色の瞳は姿を現すことはなかった。
今日初めて会った男だが、蓮にはそう思えなかった。
「気絶してる……。あのテレビゲームも小説のモデルも体が弱い描写があったが、脚色ではなく、本当だったのかっ?!」
神界で気絶するなどあり得ない。蓮は光命を抱き抱えて、病院へと瞬間移動した。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる