385 / 967
最後の恋は神さまとでした
陛下の命令は絶対服従/4
しおりを挟む
無感情、無動のはしばみ色の瞳が心配そうに自分を見つめている。光命はいつも思っていた。この男はいつか地球へ修業のために行くのではないかと、自分から離れるのではないかと。
そして、とうとうその日がきたのだ。
「行ってくる」
愛しているという言葉を言えないまま、従兄弟の大きな背中が離れてゆく。魂の修業と称して、霊層をわざと下げた条件からのぼり始める。
「夕霧……!」
霊層が高くなるまでは、神世には戻ってこない。それはどれだけの時が流れるのだろう。想いは届けられなくても、そばにいられた日々はやはり大切だったの――
「――り、光……!」
奥行きのある少し低めの声が、自分の名前を呼んでいた。いつの間にか閉じていた瞳を開けると、
「っ!」
病院の白い天井が広がっていた。
「覚めたか?」
いつも気絶した光命を運んでくれていたのは夕霧命。しかし、
(声が違う……)
光命はぼんやりした視界で、銀の長い前髪と鋭利なスミレ色の瞳を見つけた。
「……蓮」
記憶が途切れる前は、会員制のサロンにいた。何が起きたのか光命はわかったが、なぜだか、夕霧命と同じような安心感を蓮に抱いた。
「倒れたから、俺が病院に運んだ」
「ありがとうございます」
何かがお互いの中で交差する――。夕暮れに染まる空が、病室の窓から見えた。
「家には事務所から連絡が入っている。そのうち迎えもくるだろう」
「そうですか」
共通点はあの地球にいる倫礼だ。それ以外には何もない。そう……何もないのだ。蓮は聞いていいものか迷い、光命は知っているのかと聞くことを躊躇した。
「俺は帰る」
蓮は事務的に立ち上がった。光命は起き上がりたかったが、蓮に止められる。
「いい」
「忙しいところ、ありがとうございました」
病室のドアノブに手をかけて、蓮は光命と視線を合わせないまま話し出した。
「何で倒れるのかは知らないが、原因があるはずだ。この話が参考になるかはわからないが……」
「えぇ」
「おまけのあれが昔……!」
滅多に泣かない蓮だったが、言葉を詰まらせた。
自分が生まれた時には、すでに発病していて、未来を見ることができる自分は、おまけの倫礼がこの先苦しんでいる姿を、守護神として黙って見ていることしかできなかった。それがもどかしくて悔しくて、蓮は目を真っ赤にして、一粒の涙を流した。
「蓮、どうかしたのですか?」
光命の冷静な声で我に返り、蓮はおまけの倫礼の病状のひとつを何事もないかのように伝えた。
「昔、あれがお前の思考回路を好きになった。それを考えていて、眠れなくなったことがあった。ウトウトするくらいで三ヶ月が過ぎ、ある日寝不足で気絶した。だから、何か我慢していることがあるのなら、それは自分で解消しろ。じゃあ」
「えぇ、さようなら」
光命が言うと、蓮は病室を出て行った。陛下があの女の元へ行けと言った理由はかすかにわかった。火のないところに煙は立たない。
まだ会ったこともない人間の倫礼が、自身のことを以前から知っていて、好意を持っていたという事実だった。
青の王子はそう導き出した――。
しかし、残念ながら、光命の心は動かなかった。陛下がおっしゃっている意味はそんな単純なことではないだろう。
ひとりの人間の女が神を好きになった。だから、会わせてやろうとした――。
そんな情で動くような陛下ではない。それどころか、たくさんの人間の幸せがかかっているのなら、感情を抜きにして、愛する妻も子供も切り捨てるだけの強さを持っていらっしゃる方だ。だからこそ、誰も倒せなかった邪神界に一人立ち向かえたのだ。
神の神である陛下はどのような未来を見ていらっしゃるのだろうか。神の手足となれるのだろうか。
一番星が輝き始めた空を、光命は水色の瞳に映しながら、大きく未来の方向性が変わったことを実感せずにはいられなかった。
そして、とうとうその日がきたのだ。
「行ってくる」
愛しているという言葉を言えないまま、従兄弟の大きな背中が離れてゆく。魂の修業と称して、霊層をわざと下げた条件からのぼり始める。
「夕霧……!」
霊層が高くなるまでは、神世には戻ってこない。それはどれだけの時が流れるのだろう。想いは届けられなくても、そばにいられた日々はやはり大切だったの――
「――り、光……!」
奥行きのある少し低めの声が、自分の名前を呼んでいた。いつの間にか閉じていた瞳を開けると、
「っ!」
病院の白い天井が広がっていた。
「覚めたか?」
いつも気絶した光命を運んでくれていたのは夕霧命。しかし、
(声が違う……)
光命はぼんやりした視界で、銀の長い前髪と鋭利なスミレ色の瞳を見つけた。
「……蓮」
記憶が途切れる前は、会員制のサロンにいた。何が起きたのか光命はわかったが、なぜだか、夕霧命と同じような安心感を蓮に抱いた。
「倒れたから、俺が病院に運んだ」
「ありがとうございます」
何かがお互いの中で交差する――。夕暮れに染まる空が、病室の窓から見えた。
「家には事務所から連絡が入っている。そのうち迎えもくるだろう」
「そうですか」
共通点はあの地球にいる倫礼だ。それ以外には何もない。そう……何もないのだ。蓮は聞いていいものか迷い、光命は知っているのかと聞くことを躊躇した。
「俺は帰る」
蓮は事務的に立ち上がった。光命は起き上がりたかったが、蓮に止められる。
「いい」
「忙しいところ、ありがとうございました」
病室のドアノブに手をかけて、蓮は光命と視線を合わせないまま話し出した。
「何で倒れるのかは知らないが、原因があるはずだ。この話が参考になるかはわからないが……」
「えぇ」
「おまけのあれが昔……!」
滅多に泣かない蓮だったが、言葉を詰まらせた。
自分が生まれた時には、すでに発病していて、未来を見ることができる自分は、おまけの倫礼がこの先苦しんでいる姿を、守護神として黙って見ていることしかできなかった。それがもどかしくて悔しくて、蓮は目を真っ赤にして、一粒の涙を流した。
「蓮、どうかしたのですか?」
光命の冷静な声で我に返り、蓮はおまけの倫礼の病状のひとつを何事もないかのように伝えた。
「昔、あれがお前の思考回路を好きになった。それを考えていて、眠れなくなったことがあった。ウトウトするくらいで三ヶ月が過ぎ、ある日寝不足で気絶した。だから、何か我慢していることがあるのなら、それは自分で解消しろ。じゃあ」
「えぇ、さようなら」
光命が言うと、蓮は病室を出て行った。陛下があの女の元へ行けと言った理由はかすかにわかった。火のないところに煙は立たない。
まだ会ったこともない人間の倫礼が、自身のことを以前から知っていて、好意を持っていたという事実だった。
青の王子はそう導き出した――。
しかし、残念ながら、光命の心は動かなかった。陛下がおっしゃっている意味はそんな単純なことではないだろう。
ひとりの人間の女が神を好きになった。だから、会わせてやろうとした――。
そんな情で動くような陛下ではない。それどころか、たくさんの人間の幸せがかかっているのなら、感情を抜きにして、愛する妻も子供も切り捨てるだけの強さを持っていらっしゃる方だ。だからこそ、誰も倒せなかった邪神界に一人立ち向かえたのだ。
神の神である陛下はどのような未来を見ていらっしゃるのだろうか。神の手足となれるのだろうか。
一番星が輝き始めた空を、光命は水色の瞳に映しながら、大きく未来の方向性が変わったことを実感せずにはいられなかった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
67
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる