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Dual nature
もうひとつの夜/6
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非現実的な名前が出てきて、颯茄は前を歩いていく漆黒の髪をまじまじと見つめた。
「何で疑問形なの?」
「はっきり聞いてないから。ただ、小さい頃から幽霊が見えて、神さまと話ができて、今みたいな魔法のようなものが使えた」
研究所内に人がいないのか、異様に静かな廊下を歩いてゆく。
「だけど活かせる機会がなくて、毎日神社の掃除だけに使ってた」
廊下を左へ曲がり、研究室の並ぶ通路に、孔明の好青年で春風みたいな柔らかな声がやけにはっきりと響く。
「でもね。あるニュースを見て、ボクの能力を使うことはこれだって思ったんだ」
漆黒の長い髪を持つ青年の日常は、幽霊と魔法でできている。それが当たり前。普通というものは、十人いたら十個あるのだ。颯茄は素直にすぐに納得した。
「そうなんだ」
自分たちの靴音だけが高く遠く響いていたが、やがてひとつのドアの前で立ち止まった。颯茄は表札の文字を読む。
「藍花 蓮香?」
印象的な名前。ロックのかかったドアを魔法で孔明が開けようとすると、颯茄が普通の声の大きさで話そうとしたが、
「どっかで聞いたことがあるなぁ~。あ――」
孔明の大きな手で口をふさがれ、
「しーっ!」
颯茄は首を激しく縦に振るというジェスチャーで、了承したことを伝えると、
「ふんふん!」
記憶の引き出しから、蓮香がテレビのニュースに出ていた人物だと探し当てた。
(難病を治したとかいう人だ。でも、何で、ここに孔明くんが用事があるんだろう?)
部屋の中の明かりは全開。きちんと整理された机の上には、試験管やビーカー。ガラス棒などが置いてある。両脇は本ばかりで、全て専門書。奥へ進んでゆくと、PCのモニター画面の裏側が見えた。
その向こうに、長い黒髪をバレッタで後ろでひとつにまとめている女が座っていた。ブルーライトが映るレンズの細い縁のメガネ。
こっちに気づいて、顔をふと上げ、
「誰?」
はっきりとした女の声は少し驚いていた。忍び込んだのだ、相手からすれば当然の言動だった。
しかし、孔明の背中からのぞき見た颯茄もびっくりした。仕事を中断した女がメガネをはずした顔に。
月のように美しく、ニコニコはしていないが、あの眠り王子がいるのかと思ったほどだった。
(やっぱり月くんのお母さん? そっくりだ。でも待って、名前違ったよね? どういうこと?)
混乱している颯茄を置いて、孔明の氷河期のような冷たい声が響く。
「ボクのことは知ってるはずだけど……」
ふたりの間で矛盾が起きている。颯茄は孔明の凛々しい眉を横からのぞき見た。
「え……?」
一触即発。毅然とした態度で、蓮香は言う。
「警備員呼ぶわよ」
「いいよ」
聡明な瑠璃紺色の瞳はまっすぐ見つめたまま、強がりでもなくはったりでもなかった。
蓮香は短縮ダイヤルを押して、コール音を聞き続けるが、どこまでも呼び出しているだけ。
「……出ない。おかしいわね」
「今この世界で動けるのは、ボクたち三人だけ」
颯茄はこの建物へ入ってくる時を思い出した。他の音が消えて、中に入っても誰一人として会わない。たとえ、勤務時間が過ぎていたとしても、誰も残っていないのは不自然だった。
見ず知らずの青年が自分を訪ねてくる。尋常ではない。蓮香は化学とは真逆と言っていいほどの言葉を口にした。
「時間を止めたの?」
「そう」
持っていた受話器を元へ戻し、蓮香はあきれた顔をした。
「甘く見てたみたいだわね」
「何で疑問形なの?」
「はっきり聞いてないから。ただ、小さい頃から幽霊が見えて、神さまと話ができて、今みたいな魔法のようなものが使えた」
研究所内に人がいないのか、異様に静かな廊下を歩いてゆく。
「だけど活かせる機会がなくて、毎日神社の掃除だけに使ってた」
廊下を左へ曲がり、研究室の並ぶ通路に、孔明の好青年で春風みたいな柔らかな声がやけにはっきりと響く。
「でもね。あるニュースを見て、ボクの能力を使うことはこれだって思ったんだ」
漆黒の長い髪を持つ青年の日常は、幽霊と魔法でできている。それが当たり前。普通というものは、十人いたら十個あるのだ。颯茄は素直にすぐに納得した。
「そうなんだ」
自分たちの靴音だけが高く遠く響いていたが、やがてひとつのドアの前で立ち止まった。颯茄は表札の文字を読む。
「藍花 蓮香?」
印象的な名前。ロックのかかったドアを魔法で孔明が開けようとすると、颯茄が普通の声の大きさで話そうとしたが、
「どっかで聞いたことがあるなぁ~。あ――」
孔明の大きな手で口をふさがれ、
「しーっ!」
颯茄は首を激しく縦に振るというジェスチャーで、了承したことを伝えると、
「ふんふん!」
記憶の引き出しから、蓮香がテレビのニュースに出ていた人物だと探し当てた。
(難病を治したとかいう人だ。でも、何で、ここに孔明くんが用事があるんだろう?)
部屋の中の明かりは全開。きちんと整理された机の上には、試験管やビーカー。ガラス棒などが置いてある。両脇は本ばかりで、全て専門書。奥へ進んでゆくと、PCのモニター画面の裏側が見えた。
その向こうに、長い黒髪をバレッタで後ろでひとつにまとめている女が座っていた。ブルーライトが映るレンズの細い縁のメガネ。
こっちに気づいて、顔をふと上げ、
「誰?」
はっきりとした女の声は少し驚いていた。忍び込んだのだ、相手からすれば当然の言動だった。
しかし、孔明の背中からのぞき見た颯茄もびっくりした。仕事を中断した女がメガネをはずした顔に。
月のように美しく、ニコニコはしていないが、あの眠り王子がいるのかと思ったほどだった。
(やっぱり月くんのお母さん? そっくりだ。でも待って、名前違ったよね? どういうこと?)
混乱している颯茄を置いて、孔明の氷河期のような冷たい声が響く。
「ボクのことは知ってるはずだけど……」
ふたりの間で矛盾が起きている。颯茄は孔明の凛々しい眉を横からのぞき見た。
「え……?」
一触即発。毅然とした態度で、蓮香は言う。
「警備員呼ぶわよ」
「いいよ」
聡明な瑠璃紺色の瞳はまっすぐ見つめたまま、強がりでもなくはったりでもなかった。
蓮香は短縮ダイヤルを押して、コール音を聞き続けるが、どこまでも呼び出しているだけ。
「……出ない。おかしいわね」
「今この世界で動けるのは、ボクたち三人だけ」
颯茄はこの建物へ入ってくる時を思い出した。他の音が消えて、中に入っても誰一人として会わない。たとえ、勤務時間が過ぎていたとしても、誰も残っていないのは不自然だった。
見ず知らずの青年が自分を訪ねてくる。尋常ではない。蓮香は化学とは真逆と言っていいほどの言葉を口にした。
「時間を止めたの?」
「そう」
持っていた受話器を元へ戻し、蓮香はあきれた顔をした。
「甘く見てたみたいだわね」
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