化け物バックパッカー

オロボ46

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化け物バックパッカー、ガムをかむ。【前編】

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 窓ガラスに映る、数字。



 そのひとつひとつを、窓ガラスの外から彼女は指をさしていた。



 1、2、0、0、円。



 鋭いツメが円を指すと、彼女はその人差し指でアゴをなでる。



 何か、頭を使っているような時間の流れ。



 しばらくすると彼女はうなずき、隣にある数字にまた指をさす。



 7、5、0……





「……何をしているんだ?」

 街中にあるレストラン。
 その店内から出てきた老人は、窓ガラスに映る食品サンプルを眺めている人物に声をかけた。
 黒いローブを身に包んだその人物は、人差し指でさしていた右手を胸に引き戻し、すぐに老人に顔を向ける。

「ア、“坂春サカハル”サン、食ベ終ワッタノ?」

 顔はローブのフードを深く被っているためによく見えない。だが、すらりとしたシルエットは女性を思わせ、先ほどのしぐさから少女の純粋さを感じさせる。

「ああ、ここのカレーライスはなかなかの味だったな」

 坂春と呼ばれた老人は、黄色いダウンジャケットと頭のショッキングピンクのヘアバンド、背中のリュックサックが目立っている。服装や言葉使いだけ聞くと、まだまだ若者に負けない活発さが少しだけ感じる。
 ただまあ、彼の顔を一言で言ってしまうと、怖い。近い例えで言えば、そのスジのものと言われても違和感のない顔だ。

「ところで“タビアゲハ”、さっき食品サンプルに指をさしていたようだが、どうしたんだ?」
 坂春が先ほど思った疑問を口にすると、タビアゲハは恥ずかしそうに窓ガラスに目を向け、何かに気がついたように顔を上げて、かしげた。
「食品サンプルッテ……コノ中ニ入ッテイル食ベ物ノコト?」
 その声は震えている。とても人間とは思えないほどに。
「ああ、本物そっくりに作られた見本だな。食べ物ではないが、これを見るだけでも腹が空くもんだ」
「……本物ジャ……ナインダ……」
「ん?」
「マ、イイヤ。私ガ指サシテイタノハ、数字」
 タビアゲハは食品サンプルの前に置かれている値段表に目線のようなものを向けた。
「坂春サンガ払ッタノハ、全部デ3720円デショ?」
「……正確には、5000円払って1280円のおつりだ」
 坂春が財布の中からレシートを取りだして確認している間に、タビアゲハは「ア、オツリガアッタッケ」と手を合わせた。
「それにしても、よく計算できたな。見たところ紙や鉛筆を使っていないようだが」
「私ッテ字ヲ書クノガ下手ダカラ……頭デ計算シタホウガ早イノ。練習シテイタラ、案外イケル」
「計算の練習をしてどうするんだ?」

 タビアゲハは声を出そうと口を開けるが、1回だけ何も言わずに閉じてしまう。少しの恥じらいで躊躇ちゅうちょしていたようで、すぐに口を開くと同時に声を出す。

「電車トカノ乗リ物ニ乗ッタ時トカ……旅ニ必要ナオ金、イツモ坂春サンガ払ッテイルカラ……」



「なるほど、将来のことを考えて、自分で払えるように今のうちに練習しているのか」
 歩道を歩きながら、坂春は理解したようにアゴをなでる。
 この辺りは、都会よりも人通りがやや少なめ。しかし、田舎という言葉には似合わない印象のある町だ。
「ウン。オツリノコトモ、ヨク覚エテオカナクチャ……」
 タビアゲハは両手を胸に持って行き、握り拳を作ってうなずいた。
「確かに、俺はまだまだ若い者には負けないとはいえ、そろそろ考えたほうがいいな……やはり練習になるのは、おつかいが一番なんだが……」

 ふと、坂春はふたりの子どもを見かけた。

 小学生ぐらいのその子どもたちは、閉まっているシャッターにもたれかかりつつ、何かを膨らませていた。

「あれは……風船ガム……!」

 茶色の風船ガムが子どもたちの口から膨らんでいるのをみて、坂春は生唾を飲み込んだ。
「フウセン……ハワカルケド、ガムッテナニ?」
「かんで味わう駄菓子のことだ。特に、風船のように膨らませることができるものを風船ガムと呼ぶ」
「オイシイノ?」
「まあ、駄菓子だから好き嫌いは分かれるが……俺にとっては、非常に懐かしいものだ」
 坂春はポケットからスマホを取り出すと、口の中に何かが入っているのを想像しているのかのように、唇を動かしながらスマホを操作する。
「なるほど、この近くに駄菓子屋があるのか。よし」
 スマホをしまい、バックパックからメモ帳とボールペンを取り出す。
 メモ帳の1枚にボールペンで文字を書き込むと、そのページを千切ってタビアゲハに渡した。
「この道の先に駄菓子屋がある。タビアゲハ、ちょっとおつかいに行ってくれないか?」
 メモ帳を手に取ったタビアゲハは、書かれていた文字を不思議そうに眺めていた。
「フーセンガムノコーラ味……ヒトツ何円スルノ?」
「それはあえて言わない。タビアゲハは計算の方は問題ないから、今回は名前だけで求めている商品を見つける練習と、おつりの感覚を学んでもらうぞ」

 坂春が財布の中から取り出したのは、100円玉だった。

「フーセンガムヲヒトツデイインダネ」
 その100円玉を受け取ると、タビアゲハはそれをバックパックのポケットに入れた。
「ああ、俺はここで待っているからな」
 坂春は近くにあったベンチに腰掛けた。
 タビアゲハは「ソレジャア、行ッテクルネ」と声をかけて、歩き始めた。





 その駄菓子屋は、汚れた川が見える位置に立っていた。

 外見は懐かしさを通りこして、放置された看板の汚れなどの汚らしさが目立つ。

 店の前に立ったタビアゲハも、本当にここで合っているのかと首をかしげるほどだった。



 扉を開け、店内に入るタビアゲハ。
 店内は外見と比べてまだ清潔感が残っており、これなら懐かしさを感じることができる。もっとも、タビアゲハは初めてみる景色に関心するように口を開いていたが。

 次に彼女が注目したのは、レジの置かれたカウンター席だった。
 そこに人は座っていない。それどころか、店内に人影は見られなかった。
「誰モ……イナイノ……?」

 ひょこっ

「ここにいるよ」

「キャッ!?」
 カウンターから現れた人物に、タビアゲハは思わず飛び上がり、すぐに両手で口をふさいだ。
 その人物は白髪の交じった髪が特徴の中年女性だった。昔ながらの割ぽう着を着ている。ここの店主なのだろうか。
 彼女はタビアゲハの服装を見て一瞬だけ目を見開いたが、すぐに無合いそうな表情に戻った。
「あんた、お客さん?」

 タビアゲハが口をふさいだままうなずくと、店主は「そうかい」と答えた。
「ちょっと椅子の修理に手間取っているから、買いたいものはカウンターに置いといてくれ。決して万引きするんじゃないよ」
 店主が再びカウンターの下にもぐるのを確認すると、タビアゲハは店内の商品から目的の品を探し始めた。

 一口サイズのチョコ、

 棒状のゼリー、

 せんべいサイズのスナック菓子、

 缶ジュースのような容器のラムネ菓子、

 つまようじの入ったグミ、

 ミニサイズのカップ麺、など……

 さまざまな商品の中から、タビアゲハは目的の品を見つけることができた。



 四角いガムが、1枚の包み紙に包まれているという簡素なもの。
 タビアゲハはそのひとつをつまみ上げ、包み紙を見た。

 【フーセンガム “ソーダ”味】

 探していたコーラ味ではないとわかると、タビアゲハはソーダ味のガムを元にあった場所に戻し、その隣に付いていた値段表を目にした。

 【風船ガム コーラ味 10円】

 目的のコーラ味のようだ。
 しかし、その値段表の奥には、何もない。

「もしかして、そのコーラ味が欲しいのかい?」

 椅子の修理をしていた店主が、いつのまにか背後に立っていた。
 タビアゲハは背中を伸ばしたが、さすがに声を出すほどではなかった。
「一応、くじのガムならコーラ味だけど、それにするかい」
 くじのガムという聞き慣れない言葉に対して、タビアゲハは戸惑いながらもゆっくりとうなずいた。
「それじゃあカウンターのレジの横にくじがあるから……」

 ふと、店主は店の外の様子に目線を見せた。

 電柱の影に、何者かが隠れていた。



「ふう……見つかるところだった」

 電柱の影から駄菓子屋の店内をのぞいていた坂春は、体を隠せることが出来たことに胸をなで下ろす。

 もっとも、駄菓子屋の外を歩く人たちの視線を集めているが。

「なんやかんや言って、子どもにおつかいに行かせる親の気持ちがわかったような気がするな……だが、甘やかしすぎるのもいかん。本人が気づいていないうちに退散すべきか……」



 だが、坂春は動かなかった。



 駄菓子屋の店主が、タビアゲハを突き飛ばしたからだ。



 店主はそのまま駄菓子屋を飛び出し……



 坂春のいる方向に走ってくる!!



「ぶがっ!!」

 店主からタックルを食らい、そのまま歩道に押し倒される坂春。
「あんた、戻ってきたんだね!? 人間に戻ったんだね!?」
 力強く締め付けられ、たまらずシワだらけの左手の手のひらでタップアウトのごとく地面をたたく。
「し……しらん! あんたって……いったい誰のこ……」

 ゴキッ




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