化け物バックパッカー

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変異体ハンター、つりをする。【後編】

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「あいつって……他に誰かいるんですかあ?」

 晴海は魚の変異体に突きつけている拳銃を、ゆっくりと仕舞った。
「ココノ海ニツナガル川ニハ、下水道ノ排水溝ガアル。ソコデ別ノ変異体ニ襲ワレタノヨ! 姿ハヨク見エナカッタケド、イキナリツカミカカッテキテ……死ヌカト思ッタワ!!」
 その証言に、晴海と大森は互いに顔を合わせる。
 魚の変異体に取って、それは自分の言葉を信用していないように見えたのか、彼女は必死に網の中ではねた。
「本当ヨ! アタシハ、ウソヲ言ッテイナイ!!」
「まだそうとは言い切れないですよう。海に生息する魚が川に行けるのかは、まあ変異体のあなたならできると思いますがあ……その変異体が本当に犯人なのかという確証はないんですからねえ」
「ダッタラ! ソノ変異体ヲ見ツケテヨ!」
「言われなくても見に行きますよう。ただ、このまま野放しにして逃げられてもいけないのでえ……」

 晴海はまず、魚の変異体の口に引っかかっている針をのけた。
「イチッ」
 少し乱暴にのけてしまったのか、魚の口から黒い血液があふれてきた。

 次に、魚の変異体を包んでいる網を結び、大森に着き出した。
「大森さん、この人をリュックサックに入れといてねえ」
「あ、はい。わかりました」

 じたばたはねる魚の変異体を、大森は網ごとリュックサックに詰め込んだ。




 場所は変わり、ここは下水道。

 暗闇が広がるこの空間に、水の流れる音、

 そして、何かが泳いでいる音が、響いている。

 一瞬だけ、水から何かが上がる音が聞こえてきた。

 暗闇でわからないが、大きさで考えれば全身ではない。

 頭だけを出して、様子をうかがっているようだ。

 そこに、ひとつの光が現れた。

 それに気がついたように、何かが沈む音がした。



「この辺りですかあ?」
 懐中電灯を持った晴海の声が下水道に響き渡る。
「多分コノ辺リダワ」
 網に包まれたままの魚の変異体が、大森のリュックサックから顔を出した。
「それじゃあ、この辺りで準備をしましょうか……よっこいしょっと」
 大森は魚の変異体が入ったリュックサック、そして手に持っていた2脚のパイプイスと釣り道具をおろす。
 変異体ハンターのふたりは、縦に置かれた懐中電灯の光を頼りにパイプイスを組み立て、釣りの準備を整えていった。
「アタシヲ釣リ上ゲタノハ、タマタマジャナインデショウ? ドウシテ釣リデ捕獲シヨウトシタノ?」
 魚の変異体の質問に、釣りざおを手にした大森が振り返る。
「警察があの港を捜査した時、あんたの姿は見つからなかった。警察の気配に気づいて隠れたんだろうと考えた俺たちは、のんきに釣りをしにきた男女を演じたわけだ」
「最初は変異体をつり上げて襲われた線でいっていたから、釣ることも想定内でしたよう。もっとも、知能のある変異体のことを考えて、お昼を食べた後は別の作戦に取りかかる予定でしたけどお」
 晴海は振り向かずに、針とエサを手に苦戦していた。
「アタシハタダ、寝ナガラ泳イデイタラ口ニ針ガ引ッカカッタダケダケド……」



 魚の変異体の声に、ふたりは耳も貸さなかった。



「……さっそくお出ましか」
「この様子は……すでにあたしたちのことを知っててきてるねえ」

 ふたりは、下水道に映る影に、釣り糸を入れる。

 晴海はハンドバッグから拳銃を、大森はリュックサックから捕獲用のクラッカーを取り出す。

「……」「……」「……」



 沈んだのは、晴海の釣りざおのウキだ。



「……っ!!」

 晴海の釣りざおが、しなるどころか下水道の水に吸い込まれそうになる。
「先輩!! 釣りざおから手を離してください!!」
 大森の指示で晴海は手を離す。
 釣りざおは高く飛び上がり、下水道の水、それも影に落ちた。
「……油断は禁物だよう」
 大森はゆっくりうなずき、影にクラッカーを向ける。

 影は泡をはき、だんだん広くなる。



 水しぶきを上げて、人影が勢いよく飛び上がった。



 釣りざおの糸が体に絡みつつも、人影は晴海に目掛けて落ちていく。



 そこに、クラッカーの網が飛び出してくる。



 人影から逃れるために晴海は横に転がり、



 網は、人影にのみを包み込んだ。



「うあああ!? うああああ!!?」

 網の中で、人影が暴れる。
 その様子を見た魚の変異体は、目を見開いた。
「ソイツヨ!! ソイツニ間違イナイワ!!」
 大森は懐中電灯を人影に向け、晴海は拳銃を人影の頭に突きつけた。

 ところが、しばらくの間、水の流れる音しか聞こえなくなった。

 次に聞こえてきた音は、拳銃の安全装置をかける音だった。

「……この人は、人間だねえ」

 その人影は、泥だらけで姿こそは醜いものの、どこも変異した部位はなかった。
 ただ、錯乱したような声を上げ、目玉を上下左右に動かしていただけだ。



「この男……写真で見せてもらった、行方不明になった男だ……」





 それから、数日後。

 港の海の中を泳いでいる者がいた。

 他の魚たちについていきながらも、自分よりも小さな魚を食するわけではない。

 ある者との再会を待つためだ。

「……!」

 目の前に、釣り糸が現れた。

 その釣り糸には餌がついておらず、代わりに招き猫のキーホルダーがついていた。

 釣り糸に食いつかず、彼女は海面上に向かった。



「ドウダッタ?」
 顔を出した魚の変異体は、釣りざおを握っているふたりに声をかける。
「ええ、ひとまずゴタゴタは収まりましたよう」
 その内のひとり……パイプ椅子に座っている晴海はキーホルダーのついた釣り糸を上げ始めた。
 その隣で同じようにパイプ椅子に座っていた大森は、魚の変異体の姿を見るとポケットからメモ帳を取り出した。
「行方不明となっていた男は、夜中に釣りに出かけた後、何らかの変異体を目にしてしまったというのが有力だ」
 大森は目線をメモ用紙から魚の変異体に向ける。
「あんたも知っていると思うが、普通の人間が変異体の姿を見ると、恐怖に襲われる。もっとも、俺のように特殊なゴーグルを装着すれば影響を受けないし、晴海先輩のように元から影響を受けない人もいる」
「あの人はその逆で、変異体を見ると精神にあまりにも大きな傷を付けちゃうタイプだったみたいだよう」

 ふたりの話を聞いて、魚の変異体は目を下に向けた。

「ヤッパリ、アタシガ原因ナノカシラ」

 釣りざおを片付けていた晴海も、魚の変異体に目を向けた。

「アタシ、誰モイナイ時間帯ニ飛ビ跳ネルクセガアルノ。誰カニ見ラレタト思ッタコトハ警察ガ来ルマデ思ッタコトガナクテ……」

「見られたかとしれないと、思ったのか」

 大森の言葉に、魚の変異体はうなずいた。



「それならば、あなたが“エサ”として使われた可能性も、ありえそうですねえ」



 驚く魚の変異体の顔を見ると、晴海はパイプ椅子をたたみ始めた。



「彼の捜索を依頼した妻。彼女、ものすごいヒステリックで自分の悲劇を大げさに周りに言い回っていたらしいですよう。そんな彼女が起こした茶番……いや、こんな線なんて、やっぱりこじつけですよねえ」
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