57 / 162
化け物バックパッカー、ガムをかむ。【前編】
しおりを挟む窓ガラスに映る、数字。
そのひとつひとつを、窓ガラスの外から彼女は指をさしていた。
1、2、0、0、円。
鋭いツメが円を指すと、彼女はその人差し指でアゴをなでる。
何か、頭を使っているような時間の流れ。
しばらくすると彼女はうなずき、隣にある数字にまた指をさす。
7、5、0……
「……何をしているんだ?」
街中にあるレストラン。
その店内から出てきた老人は、窓ガラスに映る食品サンプルを眺めている人物に声をかけた。
黒いローブを身に包んだその人物は、人差し指でさしていた右手を胸に引き戻し、すぐに老人に顔を向ける。
「ア、“坂春”サン、食ベ終ワッタノ?」
顔はローブのフードを深く被っているためによく見えない。だが、すらりとしたシルエットは女性を思わせ、先ほどのしぐさから少女の純粋さを感じさせる。
「ああ、ここのカレーライスはなかなかの味だったな」
坂春と呼ばれた老人は、黄色いダウンジャケットと頭のショッキングピンクのヘアバンド、背中のリュックサックが目立っている。服装や言葉使いだけ聞くと、まだまだ若者に負けない活発さが少しだけ感じる。
ただまあ、彼の顔を一言で言ってしまうと、怖い。近い例えで言えば、そのスジのものと言われても違和感のない顔だ。
「ところで“タビアゲハ”、さっき食品サンプルに指をさしていたようだが、どうしたんだ?」
坂春が先ほど思った疑問を口にすると、タビアゲハは恥ずかしそうに窓ガラスに目を向け、何かに気がついたように顔を上げて、かしげた。
「食品サンプルッテ……コノ中ニ入ッテイル食ベ物ノコト?」
その声は震えている。とても人間とは思えないほどに。
「ああ、本物そっくりに作られた見本だな。食べ物ではないが、これを見るだけでも腹が空くもんだ」
「……本物ジャ……ナインダ……」
「ん?」
「マ、イイヤ。私ガ指サシテイタノハ、数字」
タビアゲハは食品サンプルの前に置かれている値段表に目線のようなものを向けた。
「坂春サンガ払ッタノハ、全部デ3720円デショ?」
「……正確には、5000円払って1280円のおつりだ」
坂春が財布の中からレシートを取りだして確認している間に、タビアゲハは「ア、オツリガアッタッケ」と手を合わせた。
「それにしても、よく計算できたな。見たところ紙や鉛筆を使っていないようだが」
「私ッテ字ヲ書クノガ下手ダカラ……頭デ計算シタホウガ早イノ。練習シテイタラ、案外イケル」
「計算の練習をしてどうするんだ?」
タビアゲハは声を出そうと口を開けるが、1回だけ何も言わずに閉じてしまう。少しの恥じらいで躊躇していたようで、すぐに口を開くと同時に声を出す。
「電車トカノ乗リ物ニ乗ッタ時トカ……旅ニ必要ナオ金、イツモ坂春サンガ払ッテイルカラ……」
「なるほど、将来のことを考えて、自分で払えるように今のうちに練習しているのか」
歩道を歩きながら、坂春は理解したようにアゴをなでる。
この辺りは、都会よりも人通りがやや少なめ。しかし、田舎という言葉には似合わない印象のある町だ。
「ウン。オツリノコトモ、ヨク覚エテオカナクチャ……」
タビアゲハは両手を胸に持って行き、握り拳を作ってうなずいた。
「確かに、俺はまだまだ若い者には負けないとはいえ、そろそろ考えたほうがいいな……やはり練習になるのは、おつかいが一番なんだが……」
ふと、坂春はふたりの子どもを見かけた。
小学生ぐらいのその子どもたちは、閉まっているシャッターにもたれかかりつつ、何かを膨らませていた。
「あれは……風船ガム……!」
茶色の風船ガムが子どもたちの口から膨らんでいるのをみて、坂春は生唾を飲み込んだ。
「フウセン……ハワカルケド、ガムッテナニ?」
「かんで味わう駄菓子のことだ。特に、風船のように膨らませることができるものを風船ガムと呼ぶ」
「オイシイノ?」
「まあ、駄菓子だから好き嫌いは分かれるが……俺にとっては、非常に懐かしいものだ」
坂春はポケットからスマホを取り出すと、口の中に何かが入っているのを想像しているのかのように、唇を動かしながらスマホを操作する。
「なるほど、この近くに駄菓子屋があるのか。よし」
スマホをしまい、バックパックからメモ帳とボールペンを取り出す。
メモ帳の1枚にボールペンで文字を書き込むと、そのページを千切ってタビアゲハに渡した。
「この道の先に駄菓子屋がある。タビアゲハ、ちょっとおつかいに行ってくれないか?」
メモ帳を手に取ったタビアゲハは、書かれていた文字を不思議そうに眺めていた。
「フーセンガムノコーラ味……ヒトツ何円スルノ?」
「それはあえて言わない。タビアゲハは計算の方は問題ないから、今回は名前だけで求めている商品を見つける練習と、おつりの感覚を学んでもらうぞ」
坂春が財布の中から取り出したのは、100円玉だった。
「フーセンガムヲヒトツデイインダネ」
その100円玉を受け取ると、タビアゲハはそれをバックパックのポケットに入れた。
「ああ、俺はここで待っているからな」
坂春は近くにあったベンチに腰掛けた。
タビアゲハは「ソレジャア、行ッテクルネ」と声をかけて、歩き始めた。
その駄菓子屋は、汚れた川が見える位置に立っていた。
外見は懐かしさを通りこして、放置された看板の汚れなどの汚らしさが目立つ。
店の前に立ったタビアゲハも、本当にここで合っているのかと首をかしげるほどだった。
扉を開け、店内に入るタビアゲハ。
店内は外見と比べてまだ清潔感が残っており、これなら懐かしさを感じることができる。もっとも、タビアゲハは初めてみる景色に関心するように口を開いていたが。
次に彼女が注目したのは、レジの置かれたカウンター席だった。
そこに人は座っていない。それどころか、店内に人影は見られなかった。
「誰モ……イナイノ……?」
ひょこっ
「ここにいるよ」
「キャッ!?」
カウンターから現れた人物に、タビアゲハは思わず飛び上がり、すぐに両手で口をふさいだ。
その人物は白髪の交じった髪が特徴の中年女性だった。昔ながらの割ぽう着を着ている。ここの店主なのだろうか。
彼女はタビアゲハの服装を見て一瞬だけ目を見開いたが、すぐに無合いそうな表情に戻った。
「あんた、お客さん?」
タビアゲハが口をふさいだままうなずくと、店主は「そうかい」と答えた。
「ちょっと椅子の修理に手間取っているから、買いたいものはカウンターに置いといてくれ。決して万引きするんじゃないよ」
店主が再びカウンターの下にもぐるのを確認すると、タビアゲハは店内の商品から目的の品を探し始めた。
一口サイズのチョコ、
棒状のゼリー、
せんべいサイズのスナック菓子、
缶ジュースのような容器のラムネ菓子、
つまようじの入ったグミ、
ミニサイズのカップ麺、など……
さまざまな商品の中から、タビアゲハは目的の品を見つけることができた。
四角いガムが、1枚の包み紙に包まれているという簡素なもの。
タビアゲハはそのひとつをつまみ上げ、包み紙を見た。
【フーセンガム “ソーダ”味】
探していたコーラ味ではないとわかると、タビアゲハはソーダ味のガムを元にあった場所に戻し、その隣に付いていた値段表を目にした。
【風船ガム コーラ味 10円】
目的のコーラ味のようだ。
しかし、その値段表の奥には、何もない。
「もしかして、そのコーラ味が欲しいのかい?」
椅子の修理をしていた店主が、いつのまにか背後に立っていた。
タビアゲハは背中を伸ばしたが、さすがに声を出すほどではなかった。
「一応、くじのガムならコーラ味だけど、それにするかい」
くじのガムという聞き慣れない言葉に対して、タビアゲハは戸惑いながらもゆっくりとうなずいた。
「それじゃあカウンターのレジの横にくじがあるから……」
ふと、店主は店の外の様子に目線を見せた。
電柱の影に、何者かが隠れていた。
「ふう……見つかるところだった」
電柱の影から駄菓子屋の店内をのぞいていた坂春は、体を隠せることが出来たことに胸をなで下ろす。
もっとも、駄菓子屋の外を歩く人たちの視線を集めているが。
「なんやかんや言って、子どもにおつかいに行かせる親の気持ちがわかったような気がするな……だが、甘やかしすぎるのもいかん。本人が気づいていないうちに退散すべきか……」
だが、坂春は動かなかった。
駄菓子屋の店主が、タビアゲハを突き飛ばしたからだ。
店主はそのまま駄菓子屋を飛び出し……
坂春のいる方向に走ってくる!!
「ぶがっ!!」
店主からタックルを食らい、そのまま歩道に押し倒される坂春。
「あんた、戻ってきたんだね!? 人間に戻ったんだね!?」
力強く締め付けられ、たまらずシワだらけの左手の手のひらでタップアウトのごとく地面をたたく。
「し……しらん! あんたって……いったい誰のこ……」
ゴキッ
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
偽夫婦お家騒動始末記
紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】
故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。
紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。
隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。
そして、拾った陰間、紫音の正体は。
活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる