化け物バックパッカー

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★変異体ハンター、空き缶を投げ捨てる。【後編】

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「っ!?」
 晴海がハンドバッグに手を伸ばそうとした時は、もう遅かった。
 生ゴミのミミズは晴海の両手両足を座席に拘束した。それでも生ゴミは大きくなるのを止めなかった。

 晴海の両手両足以外は包み込まず、車の内装を覆い尽くす。

 それとともに、晴海の首は座席の背もたれに倒れた。

 生ゴミによって踏まれたアクセルが車を走らせ、

 生ゴミによって握られたハンドルが車を運転する。

 わずかに見える時速を表すメーターは、

 80km/hを刺していた。



 そのメーターを見た晴海は、腰に顔を近づけた。

 口を開け、ミミズの出てきたのとは違うポケットの中の何かをくわえた。



 取り出されたのは、大型のサバイバルナイフ。

 持ち手にはトリガーのようなものがある。

 トリガーを歯で押すと、刃の片側が赤く点灯した。

 様子が違うことを察知したのか、生ゴミのミミズは晴海の首を抑えるべく体を伸ばす。

 もう、遅かった。生ゴミのミミズにとっては。

 刃が、生ゴミのミミズの頭に目掛けて振り下ろされた。

 頭はすぐに横に回避したが、その根元に刃が刺さる。

 熱を帯びたその刃によって傷口から煙を上げ――

「ッッッッッッァァァァアアアアアア!!!」

 悲鳴を上げた。



 車の内装を覆う生ゴミのミミズの体は縮みだし、

 晴海の手足からも撤退した。

 手足の自由を取り戻した晴海は、ふと、前方を見る。



 映っているのは暗闇。どこを走っているかはわからない。

 車のライトを付けると、晴海は刺しているナイフから急いで口を離した。





 見えたのは、手すりのない道。





 その手すりの向こう側は、湖だ。










 晴海はゆっくりと瞳を開けた。

 目の前のガラスに映っているのは、湖。

 ブレーキを踏む左足を恐る恐る離し、右手のドアを開け車から下りる。



 降り立ったのは、湖に設置された木製の波止場。ココアカラーの車の前輪と、波止場の先端の距離はペットボトル2本分だ。

「……いいドライビングテクニックだねえ……景色を楽しむ余裕はぜんっぜんなかったけど……」
 力を抜けるように、晴海はその場に座り込んだ。

 車の運転席には、ゴミのミミズの姿はなかった。

 刃の先端が欠けたナイフを残して。










 翌日の昼、公園の近くに立つアパート。

 その前で大森はスマホをつついていた。誰かを、恐らく晴海を待っているかのような様子で。
 頭には、ゴーグルのようなものがかけられている。

「大森さん、おまたせえ」
 ふと顔を上げた大森の視界に、晴海が入ってきた。
「晴海先輩、もう取り調べは終わったんですか?」
「ええ。昨日死にかけたのに、その上交番で取り調べられるなんて……私が変異体ハンターであること、なかなか信用してくれなかったんだからねえ……」
「変異体にアクセルとハンドルを取られたとはいえ、80km/hで走っていたらそりゃあ取り調べされますよ。とりあえず、気持ちを切り替えていきましょ」
 スマホを仕舞い、大森はアパートの中へと向かった。
「……そうだねえ。気持ちを切り替えないと。あの変異体をきっちりとっ捕まえないと減点されちゃうねえ」
 晴海は頬をたたくと、大森の後を追いかけた。



 ふたりが立ち止まったのは、アパートのとある一室の前。
 大森の持つスマホの画面を確認してふたりが確認するようにうなずくと、晴海がインターフォンを押す。

 しばらくした後、スピーカーから女性の声が聞こえてきた。
「はい、どちらさまですか?」
「あ、どうも。宅配便です」
 その声に出たのは、大森だ。
 スピーカーからわずかに「宅配……誰からかしら?」と小さなつぶやき。
「はんこ、お願いできないでしょか?」
「……あ、はい。今行きます」

 スピーカーが切れてからしばらくして、玄関の扉が開かれた。

「……」



 その女性は、昨日公園で出会った女性だ。

 大森が投げた空き缶に当たった額には、出血していないのに包帯が巻かれていた。

 戸惑う女性に、大森は親しそうに右手を挙げた。

「……やあ、昨日ぶりだな」
「あなた……昨日の……?」

 女性は大森だけでなく、晴海も目で追っていた。



「……アアッ!!!」



 その声は驚きの声ではなく、悲鳴だった。

 女性は首筋を押さえ、その場にうずくまった。

「やっぱり、この人で間違いないみたいだねえ」
 晴海はハンドバッグの中に手を入れていた。
 女性が震えながら目を向けていることに気づくと、手をゆっくりと上げていく。

 握られていたのは、先端が欠けたナイフだ。
 トリガーに指がかけられており、刃は赤く点灯していた。

「あなた、命からがら逃げ延びたと思っていましたよねえ。でもこのナイフ、刃の先が簡単に折れるようになっているんですよう。半径5m以内なら遠隔で熱を出すこともできますし、おまけに発信器付き。つまり逃走する変異体を逃がさないために作られたんですよねえ」

 晴海はトリガーから手を離さないままその場にしゃがむと、女性の額の包帯に手を触れる。
 それと同時に、大森は頭のゴーグルを目の位置に装着した。



 晴海が包帯を引きはがすと、そこにあったのは傷口。

 しかし、血は出てきていない。

 傷口の中にあったのは、生ゴミ。

 昨日の、生ゴミのミミズと同じ色の、生ゴミだ。



「……」

 女性……いや、女性の皮を被った生ゴミの変異体は言葉を放つことが出来ない。

 首の痛みはもうない。その代わり、晴海が構える拳銃に突きつけられている。

「つい最近、別の場所である人間が車に引かれて死んじゃいました。その人間……いや、人間じゃないんだけどねえ……人間の皮を被った変異体だったんですよお」

「……ワ……私……知ラナイ……」

「人に化けて人間社会に溶け込む変異体……この町の警察はウワサ話としか知らないのか、説得するのにずいぶん時間をかけたんですよう」

「知ラナイッタラ知ラナイ……タダ、人間ノ皮ヲ作ッテクレル人ガイテ……ソノ人ニ水ヲツケテ柔ラカクシタ皮ヲ持ッテ行ケバ……変異体デモ着レル皮ヲ作ッテクレルッテ……タダ、人間ニ戻リタカッタダケナノニ……アノゴミ処理場デ、皮ヲ借リタダケナノニ……」



 その横で、大森は耳に当てていたスマホを下ろした。



 パトカーのサイレンが聞こえてきても、人間の皮に詰まったゴミはただ震えることしか出来なかった。









 その夕方、晴海と大森はコンビニに買い出しに来ていた。



「晴海先輩、ついでだからゴミ袋買っていきませんか?」

「そうだねえ。リサイクルせずにただ放置されたゴミって、よく考えると後味悪いからねえ」
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