化け物バックパッカー

オロボ46

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化け物バックパッカー、お守りを捨てる。

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 とある高校へ続く小道の桜の木。

 まだ、花は咲いていない。

 空気は肌寒く、

 つぼみは越冬芽えっとうがに包まれ、開花の時期を待っていた。



 その下を、ひとりの少女が歩いていた。

 白いブレザーに、手に持つスクールバッグ。

 ここの学生なのだろうか。

 それにしては、道の先を見つめる目が輝き過ぎている。

 そのまなざしは、これからのことを思いつつ、だけど確定はしていないまなざし。

 憧れのまなざし。

 少女は目を閉じ、まぶたの裏側で想像を見た。

 そして目を開くと、決心したようにうなずき、Uターンして帰って行った。



 少女の姿が見えなくなったころ、越冬芽のひとつが花を咲かせた。

 その中にあったのは、ひとつの目玉。

 花びらの裏側には、越冬芽とそっくりの模様が描かれており、

 花びらの表には、1枚1枚口が付いている。

 目玉は少女が去って行った方向を見つめ、花びらの1枚の口でため息をついた。





「……アレ、桜、咲イテル?」



 その逆の方向から聞こえてきた声に、目玉のついた桜は慌てて花びらを閉じ、再び越冬芽に擬態する。

 声の主は、黒いローブを着た人物だ。
 体格はよく見ると大人の女性。背中には少しだけ汚れた黒いバックパックを背負っている。
 顔はフードで隠れてよくわからない。しかし、黒い手の先にある爪で桜の越冬芽を刺し、不思議そうに首を刺すその姿はまるで幼い少女の反応のようだ。

「“タビアゲハ”、発芽の季節はまだだぞ」

 その隣に、もうひとりいた。白髪としわがあることから、老人だ。
 派手なサイケデリック柄のシャツに黄色のデニムジャケット、青色のデニムズボン、頭にはショッキングピンクのヘアバンド。そして、怖い顔。
 その背中には、ローブの人物よりも比較的奇麗な黒いバックパックが背負われている。

「デモ、本当ニ咲イテイタ」
 タビアゲハと呼ばれたローブの人物は、指を差したまま奇妙な声で訴える。
「……咲いて“いた”ということは、今は閉じている、ということか? どう見ても先ほどから閉じたままとしか思えないが……」

 老人はアゴに手を当てながらも、タビアゲハの指を刺す越冬芽に近づいていく。

「どんな感じで開いていたんだ?」
「ウン。ツボミノ状態デ、女ノ人ヲ追イカケテ向キヲ変エテイタ。女ノ人ガ遠クイッテカラ、花ガ開イテイタ」

 見ていないだろうと思っていたことを見たと言った。

 これは驚かない方が無理がある。

 かくして目玉は口のついた花びらを1枚だけ開いてしまい、目玉の一部を老人とタビアゲハに見せてしまった。
 慌てて花びらを戻すが、もう遅い。

「あ、見えたな。でも女の人って誰のことだ?」
「ウン。サッキノ学校ノ前ヲ通ッテコッチノ道ニ来ルトキ、遠クニ女ノ人ガ見エタ」
「ああ、あの人影か。しかし、よくあの遠さで見つけられたな」
「サッキノ女ノ人、道ノ真ン中デ止マッテイタカラ気ニナッタノ。ソレデソノ人ヲ集中シテ見ヨウトシタラ、カメラノズームミタイニ視点ガ近ヅイテ……」
「要するに、おまえの目の代わりの“触覚”のおかげで、見えたというわけだな」

 老人の言った“触覚”という言葉に、目玉は反応するように花びらを1枚開いた。
「ア、マタ開イタ」
「やっぱり、こいつは“変異体”のようだな」
「ウン。桜ニ化ケテ、ココデ暮ラシテイルミタイ」
 この異質な姿を見ても、ふたりは微動だにしなかった。
 タビアゲハは桜の目玉に向けて、自分のフードの中身をのぞかせた。

 その中にあったのは、影のように黒い顔。

 そして、本来眼球が収められるべき場所からは、

 青い触覚が生えている。

 それはまぶたを閉じようとすると引っ込み、開くと出てくる。

「……ヤッパリ、アナタモ変異体ナノカ」
 落ち着いた声を出したのは、タビアゲハではなく目玉の桜だ。閉じている他の花びらを開き、それぞれ付いている口のひとつを動かす。
「ウン。“坂春”サント一緒ニ旅ヲシテイルノ。コノ人ハ信頼デキルカラ、大丈夫」
 タビアゲハは一瞬だけ老人に顔を向けて紹介した。“坂春”と呼ばれた老人は頭をかきながら目玉の桜を見る。
「なんか、すまなかったな。隠れているところを踏み込んでしまって」
「イヤ、大丈夫。僕ハ通報サレルコトヲ恐レテイルダケダ。ソノ恐レガナケレバ、ムシロ人ト話シタカッタ」
 目玉の桜は瞬きするように花びらを閉じて開き、タビアゲハに目玉を向ける。
「旅ヲシテイルッテ言ッテイタガ、ドコカニ向カッテイルノカ?」
「ウウン。特ニ決マッテナイ。世界ヲ見テ回ッテイルノ」
 タビアゲハの言葉に、目玉の桜は戸惑うように花びらを高速で開け閉めする。
「……僕ニハヨクワカラナイナ。目的地モ決メナイデ、変異体デアルコトヲ隠シテ旅ヲスルナンテ」
「ただ俺は価値が見たくて、この子は全てを見たくて旅をしているんだ。もっとも、そこまでして見に行く理由は俺たちもよくわかってないけどな」

 目玉の桜が次の言葉を言うまでに、沈黙が挟まれた。



「……ソレナラ、僕ニモアルナ。理由ハワカッテイルケド、深イ理由ハヨクワカラナイ。旅デハナイケド」
 目玉の桜の言葉は少し難しかったのか、タビアゲハはゆっくりと首をかしげた。
「ほお、それはなんだ?」
 興味が湧いた坂春が指を指すと、指された目玉の桜は少し恥ずかしがるように花びらの半分を閉じた。

「……恋ダ」

 タビアゲハは何かに気づいたように道に触覚を向けた。
「サッキアナタガ見テイタ女ノ人?」
「ソウ。ココノ近クニ住ム中学3年生。アノ人ハイツモコノ高校ヘ続ク道カラ高校ノ校舎ヲ見テ、決心シテイルヨウニウナズイテイルンダ」
 坂春は高校があった方向を見て、納得したようにうなずいた。
「そうか。受験か」
「……受験ッテナニ?」
 受験という意味を知らなかったタビアゲハは坂春にたずねる。
「試験を受けることだ。その女子は恐らく、高校に入学するために受験を受けるようだな」
「ウン。アノ子ハナゼカワカラナイケド、毎日ココニ来テハウナズイテイル。ヨッポドアノ高校ニ行キタイミタイダ」



 目玉の桜は高校への道を見て、再びため息をつく。

「アノ子ト出会ッタノハ、僕ガコノ姿ニナッテカラダ。ダケド、コノ姿デハアノ子ニ近ヅクコトスラデキナイ。デモ、アノ子ノタメニナニカガシタイ……」

 今までためめていたであろう、自身の思い。
 それを聞いたタビアゲハは口に手を近づけ、彼の思いに答えられる方法を探すように、坂春を見た。

 坂春はまぶたを閉じて腕を組んでいたが、その答えが見つかったかのようにまぶたを開いた。そしてすぐに指を使って目玉の桜の大きさを測り始めた。

「坂春サン、ナニカ思イツイタ?」
「ああ、受験を受けるに当たって役に立つもの、それでいて非科学的なもの。それなら、力になれるかもな」



 坂春が「少し待っててくれ」と立ち去ってから、30分立った。

「ふう、待たせたな」
 他の木を眺めていたタビアゲハが坂春の声に気づくと、すぐに近づいてきた。
 坂春の手には、手のひらぐらいの大きさの袋が握られていた。その袋を開封し、中から出てきたものをタビアゲハに見せる。
「コレッテ……オ守リ?」

 その青色のお守りの表面には、“合格祈願”と書かれた文字があった。

「ああ。あの目玉に合う大きさのものがちょうど売り切れ直前だったからな。それを買おうとしていた者とちょっとした取引で時間がかかってしまったぞ」
 聞いてもいない苦労話に、タビアゲハは嫌な顔ひとつ……いや、心の底からも迷惑と思っていなさそうに口を開いて、関心していた。
 その後ろで、桜のひとつである目玉の桜は花びらを開いて坂春を見た。
「ソノ中ニ、僕ガ入レバイインダナ?」
「その通りだ。当分……少なくともあの子の受験が終わるまでは袋詰めになると思うが、それでもいいか?」

 目玉の桜は、迷わずにうなずいた。





 その翌日、ブレザーを着た少女はいつも通りに高校へ向かう道に立っていた。

 これからのことを思いつつ、だけど確定はしていないまなざし。

 憧れのまなざし。

 少女は目を閉じ、まぶたの裏側で想像を見た。

 その後ろに、鈴の音が聞こえた。

 少女が振り返ると、地面にお守りが落ちていた。

 不信に思いながら辺りを見渡すも、誰もいない。

 やがて少女の目は、“合格祈願”の文字に向けられた。



 お守りを拾って帰って行く少女の後ろ姿を見て、

 木の影に隠れていた坂春とタビアゲハは安心したようにうなずき、

 どこかへ去って行った。



 その上の桜の木には、越冬芽がひとつだけ消えていた。





 それから月日は流れ、

 越冬芽に包まれていた桜たちが、ようやく花を咲かせた。

 風に舞うピンク色の花びらが、高校の校舎へと続く地面を彩る。



 その下を、あの少女は歩いていた。

 ブレザーではなく、セーラー服を着て。

 他の学生たちとともに歩く中、少女はふと空を見上げた。

「ねえ、どこ見てんの?」
 その後ろから、少女と同じ年に見える女子高生が話しかけた。友人だろうか。
「あ、うん。ちょっとね」
「ちょっとって言ったって分からないでしょ。なんかいいこととかあったの?」
 興味を示す友人に対して、少女は恥ずかしそうに地面に目を向ける。
「……私のちょっとした思い込みとして聞いてね」
 そして、友人に顔を向けた。



「昨日、燃やして処分したお守りのことを考えていたの」

 

「お守りって、受験用の? そういえば、受験会場に大きめのお守り、持ってきていたよね」

「うん。そのお守りを処分するために神社に行ってたんだけどね……なんだか、肉が焼けるような匂いがしたような気がするの」

「え、なにそれ。気味悪くない?」

「ううん。なぜかそんなことはなかった。むしろ、別れを告げているような、不思議な気持ちになったの」



 少女はその匂いを思い出すようにまぶたを閉じ、



 花が咲くようにまぶたを開けて、再び空を見上げた。





「試験の直前、私、とても不安だった。だけどあのお守りを見ると、なぜか心が落ち着いた。まるで、がんばってって言っているような、まなざしで私を見ていた気がするの」
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