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化け物バックパッカー、新幹線の窓を見つめる。
しおりを挟むその新幹線の車内は、静かだった。
誰ひとり、車内に人がいないからだ。
横並び座席も、誰がくるのだろうと困惑しているように見える。
窓には、人気のない駅が映っていた。
やがて、車内にふたりの人影が入ってきた。
ひとりは黒いバックパックを背負った老人のようだ。顔は怖い。
派手なサイケデリック柄のシャツに黄色のデニムジャケット、青色のデニムズボン、頭にはショッキングピンクのヘアバンドという謎のファッションセンスをしている。
もうひとりは黒いローブを被った人物だ。背中には老人のものよりも古いバックパックが背負われている。
ローブの人物は周りを見渡して、頭のフードを下ろした。
現れたのは、影のように黒い肌とウルフヘアー、そして、本来は眼球が収まるべき場所から生えているいる青い触覚。その触覚はまぶたを閉じると引っ込み、開くと出てくる。化け物だ。
「ネエ“坂春”サン、コノ席ニシナイ?」
化け物が奇妙な声を出しながら近くの席を指さした。その横並び席は、向かい合うように向きを変えられている。
「席なんてどこでもいいだろ、“タビアゲハ”。こんなに空いているんだから」
坂春と呼ばれた老人は化け物に対して恐怖心を抱くこともなく、親しい関係のように答えた。
「デモ、コノ席ナラ窓ノ景色モ見ヤスイデショ?」
その席に、“タビアゲハ”と呼ばれた化け物が座った。頬をゆるめた顔を坂春に向けるそのしぐさは、どこか少女のような無邪気さがある。
「……まあ、別にいいんだけどな」
タビアゲハと向かい合う席に、坂春が座る。
それと同時に、窓の外の景色が動き出した。
先ほどまで駅の様子を写していた窓は、いまや暗闇を映している。
「真ッ暗ダネ……コレッテ地下鉄ダッケ?」
窓の景色を眺めながら、タビアゲハは坂春にたずねる。
「トンネル内に駅があっただけだ。もうすぐ日が出てくるだろう」
坂春は端的に解説しながら、少しだけ腹をさすった。腹ぺこではないが、少し小腹を満たしたい様子か。
その時、車両の扉が開き、人影がふたりに近づいてきた。
「お客様、切符の拝見を行います」
その人影は、車掌の服装をしていた。手には銀色に光る検札鋏が握られている。
タビアゲハは車掌に触覚を向けると、聞き慣れない言葉に首をかしげた。
「キップノ……ハイケン……?」
「購入した切符が間違っていないか確認することだ」
坂春はタビアゲハに向かって説明すると、今度は車掌に顔を向ける。
「しかし、この電車ではいまだに切符の拝見をしているのか?」
不思議そうに検札鋏を見つめる坂春に対し、車掌は「ええ」と丁寧にお辞儀した。
「この時代で切符の拝見は珍しいと思いますが、この車両では切符の拝見を行うことになっているので」
「そうか。それならひとまずやってもらうか」
坂春がポケットから切符を取り出す様子を見て、タビアゲハも慌ててバックパックから切符を取り出した。
車掌はふたつの切符を受け取ると、検札鋏で穴を空け、ふたりに切符を返した。
「はい、確かに確認しました。それでは、よい電車の旅を」
再び車掌はお辞儀をし、隣の車両に向かって立ち去ろうとした。
「アレ、ドコニイクノ?」
「隣の車両に乗っている、乗客の切符の拝見ですよ」
呼び止めたタビアゲハの声に、振り返らずに車掌は答える。それに対して、タビアゲハは周りの席を見渡した。
「私タチノ他ニモイルノ?」
「いいえ、いません。ただ、仕事上確認する必要があるので」
そう言い残して、車掌はこの車両から立ち去った。
窓の景色が、暗闇から変わった。
「ワア……」
現れたのは街並み、その向こう側に広がる海、そして太陽だった。
海には、小さな島がぽつりと浮いている。遠近法を無視すると、ジャガイモの大きさだろうか。
「アノ島ヲ見テイルト、ナゼカ露天風呂ヲ思イ出スヨネ」
窓に鋭い爪の生えた手をつけながら、タビアゲハは島を眺める。
「ああ、あの島の露天風呂は気持ちよかったからな。もっとも、今見えている島は見覚えのない場所のようだが」
坂春も島に目を向け、思い出すように目を閉じると、無意識に肩をもみ始めた。
その時、ワゴンが押される音が聞こえてきた。
坂春が通路に向けると、ふたりの前で食べ物を載せたワゴンが止まった。
「お飲み物はいかがでしょうか」
ワゴンを押していたのは、先ほどの車掌だった。
「……おまえは新幹線パーサーも勤めているのか?」
「なにぶん人手不足ですので。ところで、何か購入いたしますか? 缶ビールもありますよ」
車掌が手のひらを上に向け、ワゴンに乗っている缶ビールを指す。しかし坂春は首を振り、その近くにある缶コーヒーに指をさした。
「あいにくだが、俺はアルコールよりカフェインが好きでな。缶コーヒーを頼む」「かしこまりました」
深くお辞儀をし、車掌は缶コーヒーを手に――
「あとそれから弁当を5箱だろ、それからポテチだろ、それからサンドイッチだろ、バニラアイスだろ、クッキーだろ……」
――お構いなく注文を続ける坂春に戸惑うようにまばたきを繰り返した。
「……お、おふたりで食べるんですか?」
先ほどまで窓を見続けていたタビアゲハは、“ふたり”という言葉に驚いたように振り向いた。
「私、食ベナイヨ?」
「あ、そっか、“変異体”だからか……」
車掌は納得したように軽くうなずき、まさかと言わんばかりに目を見開き坂春を見る。
「心配しなくても、俺が全部平らげる」
その言葉は、強がりでも軽く見ているわけでもなく、当然のように感じられた。
窓の景色は街並みから森へと移り変わった。
それでもタビアゲハは窓を眺め続けたが、ふと、後ろの気配を感じて振り返る。
反対側の席に、車掌がパンを片手にふたりを見ていた。
「車掌サンモ、ココデゴハンヲ食ベルンダネ」
「私がここで食事するのは人がいないからですよ」
車掌は顔をそらし、パンに口をつける。
つまようじを動かしていた坂春はここでようやく車掌に気づき、顔を向ける。
「それにしても、あんたはどうしてこんなところで車掌をやっているんだ?」
車掌はゆっくりとパンを口から離し、喉仏を動かし、坂春の顔を見つめた。
「あなたこそ、どうして変異体を連れているんですか?」
「世界の価値を見て回るためだ。悪いか?」
すぐに、そしてあっさりと答えた坂春に対して、車所はあっけにとられたようにしばらく声を出さなかった。
「……はっきり答えた。しかし、それと変異体を連れていることと関係は?」
「少し前まではひとりで旅していたが、あまり実感が湧かなくてな。どうしてもひとつの視点でしか物事が見られなかったんだ」
「それが、変異体と一緒に行動することで違う視点で見られるようになった……と?」
「そんなものだ」
坂春はうなずくと、窓に顔を向けた。
続いて、話が終わったと判断したタビアゲハが触覚を車掌に向ける。
「車掌サンッテ、サッキノ場所ニ行ッタコトアルノ?」
「ええ……妻と一緒に来ました。妻は電車が好きでしたよ。特に電車の窓から見る外の景色が好きだってね。私がその魅力に気づいたのは、つい最近でしたけどね」
「……ヘエ、ソレデココノ車掌ヲシテイルンダ」
そう言っているうちに、窓の外が再び暗闇に包まれた。
しばらくして、元の駅のホームが映し出され、動きが止まった。
三人の体は、ひとつも揺れることはなかった。
乗車口から坂春が、それに続いてタビアゲハ、最後に車掌が出てきた。
タビアゲハは触覚をまぶたの内側に仕舞い、大きく背伸びをする。
そしてまぶたを開け、現れた触覚を動かして建物の中を見渡した。
ここは、鉄道博物館。
動かない電車たちが、展示物として飾られている。
3人が出てきた車両は、白い新幹線。
その新幹線は、先ほどから1歩も動いていなかったのだ。
「いかがでしたか?」
博物館内のホームの上で、車掌は坂春にたずねた。
「ああ、いい旅だった。あの場所がどこにあるのか教えてくれるか? 実際に行きたくてな」
「ここの近くの駅で西の方向に向かう電車に乗ってください。2,3日すれば同じ景色が写っているはずです」
車掌が指を使って坂春に説明している間、タビアゲハは新幹線を眺めていた。
「コノ新幹線ガ、車掌サンノ奥サンナンダヨネ?」
振り返ってたずねるタビアゲハに、車掌はうなずいた。
「正確には、窓ガラスですが。妻は電車が好きでした。しかし突然変異症により、景色を写し出す窓ガラスの変異体になってしまった」
「あんたの奥さんは、本当に俺たちの会話を聞いていたのか?」
「ええ。聞いていたはずですよ」
車掌は新幹線の窓に目線を向け、「そうだろう?」と声をかけた。
新幹線の車内に、車掌が足を入れた。
窓の外は博物館の中を写している。いや、見えていると言ったほうが正しい。
車掌は横並び席に腰掛けると、まぶたを閉じ、窓に手を当てる。
「……やっぱりキミもそう思っていたのか」
聞こえない声に答えるようにつぶやき、まぶたを開ける。
窓の外に、博物館から出て行くふたつの人影が見えた。
車掌は人影に向かって、ゆっくりと敬礼する。
「変異体と旅をする理由……あのおじいさんは世界の価値を見ることと言っていたけど、本当はただ単にあの変異体と旅をしたいだけかもしれない」
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