化け物バックパッカー

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化け物ライター、虹の橋を取材する。【前編】

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 赤茶色の地面に、大きな口があった。

 底が見えぬ、巨大な渓谷だ。

 横を見ても、向こう側に渡るための道は見えない。

 その渓谷のすぐ近くに、小さな小屋があった。

 オレンジ色の空の下、玄関の前には、ふたりの人影がある。




 ひとりが玄関の扉をノックすると、しばらくしたのち、中から女性が現れた。
 その女性は見慣れぬふたりに対して不信感を抱いている様子はなかった。

「すみません、昨日取材の許可をもらった“バンダナ”ですけど……」
 ひとりは背の高い若者だった。
 緑色のパーカーに動きやすいカーゴパンツ、髪は頭に巻かれたバンダナに隠れて見当たらない。一見すると男性らしい格好。しかしその顔つきは男性にも女性にも見える。
「ええ、聞いているわ。ウェブライターのバンダナさんよね。あとそれから……」
 バンダナと名乗る若者の後ろに立つ人物を見て、女性は思い出そうと目線を空へと動かしていく。
「化け物ライターのマフラーです。本日はよろしくお願いします」
 思い出せないことを察したもうひとりの人影が丁寧に自身の名前を名乗った。
 赤色のショルダーバッグを肩にかけており、首にはオレンジ色のマフラー、ショートボブの髪をまとめているのはリボンだ。小さい体格も合わせて少女のように見える。
「ああ、そうだった。でも化け物ライターなんて聞いたことないわね」
「特定の会員しか見られない記事を担当しているんですよ」
「そうなの? まあいいわ。とにかく上がってちょうだい」



 女性はふたりの記者を小屋の中に招き入れた。





 小屋の中は、どこか寂しく、暗かった。

 照明が薄暗いのか、それとも明るみのない壁のせいなのか。

 少なくとも、もしも窓に粉雪が振っていたなら、温かい雰囲気もあっただろう。今は振っていないのだが。



 そんな寂しい小屋の中で、ひとつだけ気になるものがあった。

 それは床に放置されている、木製でできた犬小屋。

 名札には“レイン”と書かれているが、中に犬はおらず、ただ物だけが入っている。

 寂しさを感じる原因は、この犬小屋だったのかもしれない。



「……」
 テーブル席に座ったバンダナは、その犬小屋の中身をじっと見ていた。
「バンダナさん、どうしたんですか?」
 隣の席に座っていたマフラーに聞かれたバンダナは「あ、いや、なんでもない」と答え、テーブルの向こう側に座る女性に顔を向けた。

「さて、それでは最初に質問させてもらいますね。この近くには、巨大な渓谷があり、橋は架かっていないと聞きました。しかしウワサによれば、そこに虹色の橋がかかる時間帯があるということです。あなたはあの橋は見たことはありますか?」

 女性はまぶたを閉じ、静かにうなずいた後、口を開いた。

「ええ。何度も見たわ。そしてここに訪れた人に紹介もしている。だけど誰も信じなくて帰って行っちゃうのよ」
「なるほど。ところで、写真に収めたものはありますか? できればそれを見せていただきたいのですが……」
「残念だけど、私はあまり写真を撮らないの。写真で撮ったものより、自身で見たほうが思い出に残りやすいから。まあ、だから誰も信用してくれないんだろうけどね」
 バンダナは一瞬だけ戸惑うように顔をそらしたが、すぐに戻した。
「それでは、今回写真を撮らせていただくのは……」
「それは自由にしてかまわないわ」
 笑顔で答える女性に、バンダナはホッと胸をなで下ろす。
「わかりました。その虹の橋が現れる時間帯はいつ頃ですか?」
「だいたい深夜の11時から12時までね。この家は民宿も兼ねているから、時間になるまではここでゆっくりしてってくださいな」
「それではお言葉に甘えさせていただきます」

 バンダナはおじぎを終えると、マフラーに目線を向けた。自身の質問が終わったことを合図しているようだ。

「それでは次にあたしが質問しますね。あたしは主に“変異体”と呼ばれる、化け物の姿に変異した元人間にまつわる取材を行っています。変異体の姿は千差万別ですから、あの虹の橋もそうなのではないかと考えていますが、どう思われますか?」

 女性はマフラーの話を静かに聞いていたが、話が終わると「ふふっ」とやさしく笑った。
「なるほど、だから化け物ライターなのね。だけど残念ながら、あれは変異体じゃないわ」
「根拠はありますか?」
「そうねえ……変異体って、普通の人間が見ると恐怖に襲われるって言うでしょ? だけど私が見ても、特に怖くも思わなかったわ」
「耐性があるだけの話かもしれませんよ。あたしも変異体を見ても怖くありませんから」
「あら、そうなの? でもやっぱり変異体じゃないわ。根拠はないけど、カンがそう言っているの」
 首を振る女性に対して、マフラーはバンダナの顔をちらっと見た。
「それなら、バンダナさんのおかげで変異体だってわかるかもしれませんね」

 バンダナは背伸びをした。まるで、背筋が凍るように。

 その反応からか、変異体だと判明することを想像したのか、女性はまた静かに笑った。
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