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化け物ライター、虹の橋を取材する。【後編】
しおりを挟む渓谷から眺める空は、夕焼けから星空へと変わった。
23時と言われても納得できる暗闇が辺りを包み込む。
その中で、懐中電灯を手にしたバンダナと電気ランタンを手にしたマフラーが渓谷のすぐ側まで近づいてきた。
小屋からそう離れていない位置だった。
「はあ……今回も変異体がらみなんて……」
渓谷を前に、バンダナの背中は曲っていた。
「あたしはよかったと思いますよ。またこうして、憧れのバンダナさんと取材が出来るんですから」
それとは対象的に、マフラーはわくわくしているように目を輝かせていた。
「君はよくても、僕はよくないんだよ……僕が変異体の耐性がないって、わかっているだろ?」
「それでもバンダナさんはそれでもこの依頼を受けたんですよね」
「確かに受けたけどさ……あれは先輩が強引に仕事を振ってきたから断れなかっただけで……」
「あ、現れましたよ!」
マフラーが指を指した方向を見て、バンダナは目を見開いた。
渓谷の崖と崖をつなぐように、半透明の石橋が現れた。
その石橋の色は7色……いや、正確には数え切れないが、感覚的には虹の7色で間違いない。
見た目はなんの変哲もない虹の橋だが、バンダナはその場で崩れ、白目で気絶した。まるで、得体の知れない恐怖に取り付かれたように。
一方、マフラーは何事もないようにバンダナに近づいて、彼の耳元でささやいた。
「それじゃあ、あたしはちょっと橋を渡ってみますね」
バンダナがその言葉を聞いているのかもお構いなしに、マフラーはひとりで虹の橋に向かった。
半透明であるにも関わらず、虹の橋はマフラーの足を載せた。
マフラーが歩くと、石橋の橋を歩いた時と同じ音が渓谷に響き渡った。
橋の中央に到着すると、マフラーは虹の橋の手すりに手を置き、景色を眺めた。
しばらくしてからスマホを撮りだし、周りの景色を写真に収めていった。
虹の橋が現れて5分後、手にあるスマホから着信音が鳴り出した。
「バンダナさん、大丈夫ですか?」
スマホを耳に当てながらマフラーが尋ねると、スマホのスピーカーからバンダナの声が聞こえてきた。
「う、うん。橋から目をそらしているから大丈夫」
「それならよかった。今、橋の上からの景色を撮りましたから、十分堪能してから戻りますね」
「十分堪能ってことは、しばらく見続けるの?」
「はい。12時までには戻ってきますよ」
「それだとギリギリになっちゃうかな……まあ、僕が知らせばいいか……」
その直後、「ん?」と首をひねっていそうな声が聞こえた。
「バンダナさん?」
「あ、いや、ちょっと思い出してね」
「なにを思い出したんです?」
「ほら、虹の橋がかかっているだろ? それでちょっとした昔話を思い出したんだ。確か……死んだペットは、天国に続く虹の橋の前で飼い主を待っているって話」
バンダナの話を聞いて、マフラーはうっとりとしたようにまぶたを閉じた。
「なんだかロマンチックな話ですね……あ、そういえば、あの小屋にも犬小屋がありましたよね」
「ああ、レインってかかれたあの犬小屋ね。多分あの小屋の主人が飼っていた犬の物だろうけど……なんかおかしいんだよなあ」
「おかしい?」
「ええ、普通はボールとかオモチャとか、犬が大切にしていたものが入っているだろう? でもあの中に入っていたのは、財布とか、髪飾りとか、バッグとか……犬が大切にしていないものばかり……」
それから、バンダナの声は聞こえなくなった。
「もしもし? バンダナさん?」
スマホからは、声は聞こえない。
マフラーは首をかしげながら着信を切り、バンダナのいた方向にむかって橋を降りようとした。
ふとマフラーが後ろを振り返った時だった。
「……!!?」
橋が、中央から消え始めていた。
まるで幻だったかのように、半透明から完全な透明へと変わっていく。
マフラーは歩きから走りへと速度を変えた。
橋の消滅も同じように早まり、マフラーの足元に迫る。
まもなく橋を渡りきるところで、
マフラーの足が、宙に浮いた。
足場がなくなる直前、宙に身を踊らせたのだ。
「いつっ!!」
全身を地面にたたきつけられても、マフラーはつぶれたトマトにはならなかった。渓谷の底ではないからだ。
後ろを振り向いて、橋の架かっていない渓谷が広がっているのを確認すると、大きな安心のため息をついた。
「でも、まだ12時じゃないのに、どうして消えたんだろう……」
その疑問を問いかける相手であったバンダナの姿は、どこにもいなかった。
代わりにいたのは、小屋の女性だけだ。
「……もう少し待ってて。ひとりはすぐに落ちるから。もうひとりは……」
女性は、渓谷を眺めながらブツブツとつぶやいている。
起き上がったマフラーが後ろに近づいても、気づかないようだ。
その直後、マフラーは渓谷に目を向けた。
「……さん……」
渓谷から、バンダナの声が聞こえてきた。
マフラーは女性を無視して渓谷に近づき、のぞいた。
バンダナは渓谷の崖にしがみついている。
マフラーの顔を見ると一瞬だけ唇が緩んだが、すぐに目を見開いた。
「マフラーさん、後ろ!!」
マフラーの後ろに、女性の影が覆いかぶさった。
バンダナの声に合わせて、横に避ける。
「――っ!!」
押し倒そうと前方に体重をかけていた女性は、バランスを崩し、
何も言わず、渓谷の底へ落ちていった。
渓谷の前に、地面に尻をつけて息を切らしているバンダナとマフラーの姿があった。
「……バンダナさん、何があったんですか?」
「うん……電話をしていたら急に背中を押されて……」
「でも、どうしてあの人が……」
「それなんだけど、崖に捕まっていた間にあの人が言っていたんだ。虹の橋になった君のために、今日も遊び相手を連れてきたわよ。君は人間が好きだったから、ずっと寂しい思いをしてごめんね……レイン……って」
「それじゃあ、あの虹の橋の変異体は……!?」
「どうだろう……人間が化け物の姿になったのが変異体だから、動物が変異体になるはずはないけど……でも、確かにあの橋は変異体だった……」
バンダナは先ほどまで橋があった場所に目を向けた。
その直後、渓谷の底から何かが聞こえてきた。
それは、犬の遠吠え。
どこか悲しく、どこかやるせない遠吠えだった。
渓谷に虹の橋がかかった最後の日の出来事である。
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