化け物バックパッカー

オロボ46

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商人の我輩、車の異変に気づく。

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 今回の商談は、非常に苦い思いをさせられた。



 赤茶色の大地を横切る、まっすぐな道路。

 そこで我輩は、スマートフォンを見ながらローファー……に似せたサンダルの指を動かしていた。

「……遅い」

 我輩は、いわゆる行商人である。
 今日は客との商談のために、待ち合わせ場所に向かうのだが……迎えの車がこない。

 翌日には、別の商談がある。
 今日の商談が終わった後、すぐに向かえばギリギリ間に合う距離だ。だから、この機会を逃してしまうと今日の商談の延長はできない。

 一度、電話をかけようかと考えた。しかし、相手はある事情でスマートフォンを持っていないのだ。
 商談相手が欲しがっていたのはそのスマートフォンだ。今日、その商談相手の元に我輩が行き、面接をもって取引の成立が決まる。

 普通の人間ではスマートフォンごときで面接はいるかと聞かれそうだ。

 今日に限らず、我輩の顧客はみな普通の人間ではない。

 と言えば、最小限のトラブルで済むだろう。



 その時、我輩の目の前に1台の車が止まった。

「ヨオ! ソコノ兄チャン、信士シンジサンッテ言ウンダロ?」

 赤い塗装に包まれたワゴンカー。
 運転席のサングラスと麦わら帽子を被った人影が、こちらに顔を向けずに陽気に話しかけた。

 しかし……依頼で聞いていた車と違うな。
 それに、寒気がする。

「ああ……そうだが」
「ソリャヨカッタ! 兄チャンノコトハ依頼主カラ聞イテイルゼ! 来ル予定ダッタ車ハチョット事情ガアッテコレナクナッチマッタカラ、代ワリニ俺ガ来タワケダ!」

 ひとどおり説明を終えると、後部座席の扉がひとりでに開く。

「サア! 早ク乗ッテクレ!! 時間ハナインダロ?」

 我輩はその後部座席に乗る前に、一度踏みとどまった。

「……少し待ってくれ」

 車にそう告げると、我輩は手に持っていたビジネスバッグを床に置き、中身をさぐる。

 中にあったのは、ゴーグル。
 このゴーグルを装着してから、我輩は車に乗り込んだ。



 ほどなくして、車は発進した。










 車内は騒音ひとつ聞こえず、ちょうどいい涼しさだった。



 だが、車内がいくら快適であっても、

 窓の外の景色というものは、いずれ飽きるものだ。

 赤茶色の大地と空、そしてたまに通り過ぎる看板しか写さないのだから。

「……しかし、この仕事をなりわいとするならば、もう少しやりようはあったのではないか? 貴様の声にその“人形”、勘のいい者にはすぐに気づかれるだろう」

 後部座席で我輩は、前の座席に向かって声をかけた。

「オー、ヤッパリプロハ違ウンダナア」



 前方の座席についているラジオ。

 それがふたつに割れ、中から人間らしい歯が出てきた。
 その割れたラジオは……まるで口のようだった。

 間違いなかった。彼は、“変異体”である。
 “突然変異症”によって異形の姿へと変えた、元人間である。


「シカシヨウ、ドンナトコロデ見分ケガツイタンダ? 信士サン」
「まず、運転席に座っている人影がこちらを向かないどころか、ハンドルにすら手をつけていないところだな。それに、声だ。“突然変異症”が進んだ際によく見られるのが、声帯の変異だ」

 この車の変異体は、声が甲高い。
 その声を先ほど聞いた時、我輩は寒気を感じたほどだ。

「変異体の変異した部位を見るだけでも、耐性のない人間は恐怖に襲われてしまう。見た目にかかわらず、変異した肉体を見たことによる反応だ。我輩だって、このゴーグルをつけずに貴様の口を見れば、白目を向いていただろう」

 ラジオの口はケラケラと笑う。

「信士サンノ白目、一度見テミタイナ!」
「……貴様の目はこの車内にあるのか?」

 口が「俺ノ目ハ前方ノライトダヨ」、



 と言ったそばだった。



「おいっ!? 前!!」
「ン?」



 前方に、人影が通過した。










 その人影が車体と激突し、姿を消した。









「……」



「ア、別ニ気ニスル必要ハナイゼ。食ッタカラ」



 やがて、助手席のエアバッグが開かれ、



 そのエアバッグが破れたかと思うと、中から女性が出てきた。









 先ほどの事故――となったのかはわからないが――があったにも関わらず、窓の景色は相変わらず赤茶色の大地と空、そしてたまに通り過ぎる看板しか写さなかった。

「……それで、ケガはないのか?」
「はい……正直、なにが起きたのか理解できていないのですが」

 先ほどの人影は、10代前半の少女と思われた。
 身なりは清らかなワンピースで、犬のイラストが描かれたトラベルバッグを手にしている。

「そうか……しかし、なんとも思わないのか?」

 この少女の隣は運転席……つまり、外から見た人間を欺くための人形が置かれている。
 布でできた肌、毛糸の髪の毛、サングラスの下にあるボタンの目……
 これで少女が気がつかないほうが難しいだろう。

「ええ。だいじょうぶです。変異体は慣れてますから」

 その瞬間、車体が縦に揺れた。

 まるで背後から話しかけられた時の反応のタイミングだったが、おそらく段差であろう。
 まっすぐに伸びたアスファルトだって、大きめの小石ぐらいはある。



「私、いつもは親戚の家に住んでいて、今日は実家に帰るつもりだったんです。私のお母さんも変異体なのですが……そんなお母さんのために、変異体でも役に立つ道具を買ってあげるんです」
「それはつまり……プレゼントというやつであるか?」

 少女は「誕生日なんですよ」と笑みを浮かべてうなずいた。

「そのために、ある人と会う予定なんですけど……間違って、待ち合わせ場所を実家の方で伝えてしまったんです。今から予定を変更してももう日が近いので迷惑をかけてしまうということで……急いで帰っている途中だったんです」

 その顔には、たくさんの汗が流れていた。



 ……それにしても、暑い。

 この少女が乗ってから、なんだか車内の温度が上がってきているような気がする。

 それに、振動だ。
 まるで助走をつけるように、少しずつ、ほんのわずかに揺れているような気がする。

「……だいじょうぶであるか?」



 少女ではなく車の変異体に問いかけても、ラジオの口は開かなかった。











 ほどなくして、待ち合わせ場所の目印である、公衆トイレが見えてきた。



 我輩はそこで降りると、ともに少女が降りてきた。

「なんだ、目的地は一緒だったのか?」
「いいえ、よく見たら飲み物を忘れちゃって……そこの自動販売機で買うんです」

 少女は自動販売機の前で財布を取り出し、なににしようか迷っている様子だった。

「あ、あなたはここでお別れですね。短い間でしたが、ありがとうございました」

 たまたま同席した相手にまで丁寧におじぎをする少女が、すこし可笑しかった。

「ああ。母親と元気にしてくれ……ああ、そうだ」

 少女が首をかしげている間に、我輩はビジネスバッグの中から名刺入れを探し始める。
 この少女は変異体の母親を持っている。将来のお得意様候補を、みすみす逃すわけにはいかなかった。

「どうしましたか?」
「我輩、じつは……」



「実ハ俺!! アナタニ一目ボレシマシタアッッッッ!!!」



 いきなり車の変異体が大声を出したので、指に挟んだ名刺を離してしまった。

 風にゆられて、名刺ははるか彼方へと飛んでいった。



「アナタノ声ヲ聞イルト、モウ心臓ガ跳ネ上ガリ……体温モ上ガッテ……オマケニ俺カラ降リタアナタノ姿……マルデ女神ダッ!!」

 ……なるほど。
 車内の異変は、そういうことであったか。

「ア……アナタノ行キタイ場所ナラ……スグニ連レテ行キマス! デモ、ヨロシケレバ……ソノ前ニ、俺トデートシテクダサイッッ!!」

 車の変異体の告白に、少女は笑みをうかべた。



「明日までに間に合うのなら、いいですよ」










 少女を乗せると、車の変異体はあっという間に走り去ってしまった。

「明らかにスピード違反なのだが……だいじょうぶであるか?」
「シカシ、若イモンッテイイデスナア」

 若いもの……か。
 たしかに、人の恋愛はつい応援したくなる気持ちもわからんでもな……



「……いつからいたのだ」



 後ろには、毛布にくるまったナメクジ状の変異体がいた。
 今日の依頼人だ。

「サッキ告白サレタ女ノ子、アレ、私ノ姪ナンデスヨ」

 そうだったのか。
 そういえば、親戚の家から帰る途中だと言っていたが……親戚も変異体だったとはな。

 そうだ。先ほど聞きそびれたことをこの依頼人に聞いてみよう。
 少女に我輩の商売の宣伝ができなかったことは悔やまれるが、この親戚から場所を聞けば、それとなく訊ねることができるだろう。

「そういえば、あの少女のことであるが……」
「アア、アノ子ニハアナタノコトヲ話シテシマイマシタ。変異体デモ使エルスマホ……ソレガモラエルト聞クト、ツイ嬉シクナッテ……」

 どうやら既に宣伝してくれたようだ。
 これで手間が省けた……



「アノ子ハスグニ興味ヲモッタヨウデ……サッソク普通ノスマホカラ依頼シタソウナンデスヨ。母親ニ誕生日プレゼントヲアゲタイト。ソシタラ明日、アノ子ノ実家ニ向カウト連絡ガ来タヨウデ……」



 ……



 翌日には、別の商談がある。
 今日の商談が終わった後、すぐに向かえばギリギリ間に合う距離だ。



「ココカラ距離ガ離レテイルノデ、チョット無茶ヲサセテシマッタト思ッテイタノデスガ……」



“私、いつもは親戚の家に住んでいて、今日は実家に帰るつもりだったんです。私のお母さんも変異体なのですが……そんなお母さんのために、変異体でも役に立つ道具を買ってあげるんです”

“そのために、ある人と会う予定なんですけど……間違って、待ち合わせ場所を実家の方で伝えてしまったんです。今から予定を変更してももう日が近いので迷惑をかけてしまうということで……急いで帰っている途中だったんです”

“明日までに間に合うのなら、いいですよ”



「チョウド同ジ車ニ乗ッテイタトハ! コレナラアノ子トノ商談モ終エテ、効率ヨク進ミマシタナ!! サア、順番ハ前後シマシタガ、次ハ私ノ……」

「できなかった」

「エ?」

「あの少女との商談は、できなかった」

「デモ、アノ子ト同ジ車ニ乗ッテキタノダカラ、タップリ時間ハ……」

「気づかなかったのだ。あの少女が翌日の商談相手だったとは」










 なんど目をこらしても、少女を乗せた車の変異体の姿が見えなかった。



 1日かけての移動を、今日中に済ませるチャンスだったのだが……



 今回の商談は、非常に苦い思いをさせられた。
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