化け物バックパッカー

オロボ46

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★化け物バックパッカー、ミカンにひどい仕打ちをする。

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 その人物は、異臭のする風呂に入浴した。

 血臭く、そして新鮮な匂いだった。



 小さな小屋の中、浴槽の大きさの割には巨大な五右衛門風呂。

 体を入れると、真っ赤な液体があふれ出す。



「フウウウウウウ……」



 こん棒のようなものを風呂の縁にかけて、その人物はまるで安らぐかのように声を上げる。

 湯船には、赤い塊のようなものが浮かんでいた。

 その塊を、右手がすくい上げる。



「やっぱり……あったけえなあ……人の温もりが直接伝わってくる」



 その塊の断片には、白い何かが埋まっている。



 右手の鋭い爪は、赤く染まっていた。









「……」

 山奥の森の中に貼られたテント。

 その中で老人は、黄色に染まった自分の爪を眺めていた。

「ミカン、オイシカッタ?」

 その横で体育座りをしていた少女は、老人の爪を見て笑みを浮かべていた。

 体は黒いローブで隠しており、顔もローブで見えない。
 ただ、裾からはみ出ている手は影のように黒く、先には鋭い爪が生えている。
 そして、その声は高くてどこか奇妙に聞こえてくる。

 まるで人間ではないように。



「ああ、もうコイツがうまいと感じる季節が来るとはな」

 それに特に違和感を持つこともなく、老人は足元に敷かれたティッシュの上に乗っているミカンの皮に目を向ける。
 少女とは長い間行動をともにしているのか、その奇妙な声になれているようだった。

 ただ……

 この老人、顔が怖い。
 たとえ少女の正体が何であっても、この老人以上の怖さはないだろう。

「ミカンッテ、食ベルベキ季節ガアルノ?」
「ああ、別に違う季節でも食べていいが……新鮮なものが食べられる旬ってものがあるんだ。ミカンだったら、寒い時期が1番うまい」

 老人はそばに置いていた黒いバックパックから、コンビニに使われるおしぼりを取り出すと、黄色く染まった指を拭いた。

「ところで“タビアゲハ”、この時期のミカンはうまいだけじゃないってこと、知っているか?」

 タビアゲハと呼ばれた少女は、フードの下でなにかを出し入れした。

「ウマイダケジャナイ……ツマリ、食ベルコト以外ニモアルノ?」
「ああ。この時期は冬至って言ってな……ミカンを丸ごと風呂の中に入れるんだ」

 老人の語りに、タビアゲハは想像するように顔を上に向ける。

「……ナンダカ、モッタイナクナイ?」
「使ったミカンは食えないからな。しかし、食べ物を食えない“変異体”であるおまえにとっても、ミカンを楽しむ方法のひとつになるぞ」

 タビアゲハは首をかしげながらも、「コンド、試シテミヨウカナ?」と笑みを浮かべた。



「た、たすけてー!」



 その笑みは、外から聞こえてくる叫び声によって消え去った。

 老人はすぐにテントの外をのぞき、なにかを見つけたようにすぐに出た。



 テントに老人が戻ってきた時、そのそばには小学生ぐらいの男の子がいた。
 顔についた泥の上を、涙が通っていく。

「いったい、なにがあったんだ?」

 老人はタビアゲハの横に男の子を座らせると、目線を合わせて声をかけた。
 よほど恐ろしい体験をしたのか、老人の凶悪な顔については反応しなかった。

「うん……僕の友達……みんな……化け物に……さらわれちゃった……もうすぐ……食べられるんだ……」

 老人とタビアゲハは眉をひそめ、互いに顔を合わせる。

「そうか……おまえは逃げてきたのか?」
「……肝試しに森に入ったら……化け物にさらわれて……ボロボロのおうちに連れられて……僕は逃げてきたけど……」

 わああと泣き始めた男の子に、老人は安心させるように肩をたたいてあげた。
 そして立ち上がろうとしたが、すぐになにかを考えたように手に拳を当てる。

 老人は考えをまとめてうなずくと、タビアゲハの耳元に口を近づけた。

「俺が様子を見に行こうと思ったが……この子と一緒に残しておくと、おまえの正体が明かされるかもしれん」

 タビアゲハはおびえきった男の子と自分の鋭い爪を交互に見た。
 まるで、明かされた後を想像しているかのように。

「すまないが、この子を襲ったと思われる変異体がいないか、見に行ってくれないか?」



 タビアゲハは何も言わずにうなずくと、テントから出た。

 それを確認した老人は再び男の子の肩に手を当てる。

「安心しろ。あのお姉ちゃんが、化け物がいないか調べてくれるからな」










 暗闇から、草を踏む音が響き渡る。

 光もないのに、まるで見えているかのようにその足音は響き続ける。



 そこに、懐中電灯の光が当てられた。

「ッ!!」

 光に照らされたタビアゲハは、体をひねらせ、来た道を戻るように走る。

 懐中電灯の光から一瞬だけ逃れられたが、

 すぐに当てられた。

 タビアゲハの周りの草が、徐々に大きく照らされていく……



「捕まえたぜ」
「!!」



 威圧を与える声とともに肩をつかまれて、タビアゲハは背伸びをして立ち止まった。

「まったく……ガキを逃がして探すのに苦労している時に限って、なんで獲物が来るんだろうなあ……」

 懐中電灯を持つ男性は前に移動しながら、冷静になれず動けなくなっているタビアゲハのフードに手を乗せる。

「せっかくだ。最後に顔を拝ませてもらお……う!?」



 フードが下ろされ、タビアゲハの頭部があらわになる。

 長めのウルフカットに、影のように黒い肌。

 そして、目には眼球の代わりに触覚が生えていた。

 その触覚は、まぶたを閉じると引っ込み、開くと出てくる。



「なんだ……あんた“も”変異体だったのか」



 ため息をつくこの男性の左手は、まるでこん棒のように長く、トゲが生えていた。



「……まあいい。俺についてこい。風呂、入れてやるよ」



 タビアゲハは戸惑い、口を開けなかった。










 懐中電灯の光に小屋が照らされたころ、辺りには異臭がした。

 鼻を鋭く刺激する、腐敗したような異臭だった。

「もうこの匂いではダメだな……まあいい。まだストックは残っていたはずだ」

 小屋の玄関に入ろうとするこん棒の変異体に、タビアゲハは「ネエ」と声をかけた。

「ヘンナ匂イジャア、ダメナノ?」
「鮮度が落ちていると、まったくリラックスできないからな。人の温もりがそのまま伝わってくる感じはしないんだ」

 こん棒の変異体は履いている靴を脱がずに、土足で上がっていく。

「先に風呂の水を捨ててから、また湧かす。そのへんを歩いて時間をつぶせ」

 立ち去る後ろ姿を見て、タビアゲハは鼻に手を当てた。

「……ナンダカ、モッタイナイ」










 小屋の中は古く、薄気味悪い空気という言葉がぴったりだ。

 タビアゲハは明かりのない小屋の中で、触覚を頼りに進んでいく。

 ギシギシときしむ床の音を聞きながら……

 というよりは、味わっているように見える。



 ふと、タビアゲハは横を見た。

 部屋をしきるふすまが、少しだけ隙間が空いている。

 その隙間を、タビアゲハがのぞいた時だった。



「クソガアアアアアアアアアアア!!!」



 大声が、小屋中に響いた。










 大声が聞こえた部屋に、こん棒の変異体は息を切らしていた。

 左の壁には、じたんだを踏むようになんどもたたきつけた跡が残っている。

 その部屋にいたのは、こん棒の変異体だけだった。



「ド……ドウシタノ!?」

 タビアゲハが駆けつけると、こん棒の変異体はいらだった顔を向け、すぐに申し訳ない顔になった。

「……すまん、逃げられた。あれがないと風呂が楽しめないのに……」

 頭を抱えるこん棒の変異体を首をかしげながらも、タビアゲハは部屋の中に入った。

「やっぱり、ムキになって追いかけるんじゃなかった。そのすきに、あいつらは……」

 ぶつぶつとつぶやく、こん棒の変異体。

 その一方で、タビアゲハは壁に手を当て、触覚で部屋を見渡した。



 そして、唇を口の裏側に巻き込んだ。

 まるで、前から感じていた予感が的中したように。

 “この変異体は、過去に人を殺している”と。

 今後を考えるように、タビアゲハは触覚をしまう。



 タビアゲハは決心したようにうなずくと、こん棒の変異体に近づいた。
 変異体に対しては危害を加えるつもりはないとわかっているのか、顔は緊張もなく自然体だ。

「ネエ、代ワリニナルモノナラ、サッキ見タ」
「……?」

 こん棒の変異体は、人間のままの目を丸くした。










 浴槽の窓から、湯気が出てきた。

「一応、言われたとおりにお湯を張ったが……」

 五右衛門風呂の前でこん棒の変異体は後ろを振り替え、絶句した。



 タビアゲハの手には、大量のミカンが抱えられていた。



「そ……それをどこで……」
「ウン。ココノアル部屋デ見ツケタノ。冬至デハ、ミカンヲオ風呂ニ入レルンダヨ」

 タビアゲハは反論の隙を与えないまま、風呂のお湯にミカンを投入した。

「ウン……スゴクイイ香リ。コノ風呂桶ハ大キイカラ、一緒ニ入レソウ」
「……」

 先に入ったタビアゲハは、気持ちよさそうにお湯を手ですくい、顔に当てる。

 一方、こん棒の変異体は困惑するように入浴した。

 なにか言いたそうににらむが、まったく純粋な笑みを浮かべるタビアゲハに対して、何も言えなかった。










 やがて、タビアゲハは小屋から出てきた。

「コレナラ、騒ギヲ起コサズニユックリ入レルデショ?」

 こん棒の変異体にそう言い残して、老人の元へと去って行った。









 まもなく、太陽が昇ってくるであろう時間帯。

「同じ変異体でも、理解はしてくれねえのかよ……」

 こん棒の変異体は段ボール箱を片手に、小屋のある部屋を開けた。



 そこは、祭壇。

 何かをささげていたような台の上には、今はろうそくしかない。

「あいつは……俺が改心するとでも思ったのか……?」

 その台の側にある、西洋の棺桶かんおけ

 こん棒の変異体は、その棺桶かんおけを開いた。



「ミカンがどんなに神聖な物なのか……知りもしないくせに……」



 その中には、腐ったミカンが保管されていた。

 棺桶かんおけに詰められたミカンたちは、

 まるで人の死体のように、丁寧に詰められていた。



「あの笑顔……腹がたつ。まったく悪気のないあの笑顔が……」



 ぶつぶつとつぶやきながら、持ってきた段ボール箱を床に置き、中身を取り出した。

 中に入っていたのは、水分を含んだミカン。

 それを、棺桶かんおけの中に入れていく。

 水死体をひとつひとつ、丁寧に運ぶように。



「神聖なものを踏みにじるように風呂に入れる気持ち……それだけはよーくわかったよ」
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