化け物バックパッカー

オロボ46

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化け物運び屋、七五三のために誘拐する。【後編】

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 アスファルトの上にある白線を、バイクのライトが照らす。

 フルフェイスのヘルメットを被った少年が乗る、その雪のように白いアドベンチャーバイクは、法定速度ギリギリの速度で走っている。

 急いでいるのだ。といって、焦っている様子ではない。

 順調である計画を確実に済ますために、少年……“ケイト”は急いでいた。





 やがて、ケイトのバイクは路地裏の入り口の前で止まった。

 ケイトはヘルメットを脱ぎゴーグルを装着し、バイクの後部座席に乗せていたリアバッグから新聞紙に包まれた本と懐中電灯を取り出すと、路地裏の細い通路へと消えていく。



 通路の行き止まりで、紫色の排水溝が懐中電灯の光で照らされる。

 ケイトは紫色の排水溝のフタに対して、懐中電灯でたたく。

 鉄と鉄がぶつかり合う音がしてしばらくすると、排水溝の中から人影が現れ、排水溝のフタを中から持ち上げた。

「よっ! 依頼通り、届けに来たぜ!」



 ケイトが片手を上げた相手である人影は、毛むくじゃらの男性。

 毛が多く、肌が見えているのはごくわずか。

 そしてなにより、そのひとつだけの目が印象的だ。

 カメラのレンズのように……というより、カメラのレンズそのものの目だ。

「ア……ドウモ、アリガトウゴザイマス……!」
 そのカメラの男性……いや、カメラの変異体はケイトに向かって軽くお辞儀をした。その言葉には、想定していなかったことへの感激と不安が入り交じったように聞こえる。
「……シカシ、僕ノ娘ハ……?」
「ああ、ちゃんと連れてきているぜ。ここで出すよりは、中で出してやったほうがいいだろ?」

 新聞紙に包まれた本を片手で持ち、示すように優しく振るケイト。

 言葉の意味がわからないカメラの変異体は、ただ首をかしげるしかなかった。










 その紫色の排水溝の下には、地下へと続く階段が続いていた。

 カメラの変異体に続いてケイトは階段を下りていく。壁は肘を曲げただけでもぶつかりそうだ。

 やがて、前方に木製の扉が見えた。

 カメラの変異体はそれに手をかけ、ゆっくりと扉を開いた。





 中に広がっていたのは、撮影スタジオ。

 無機質なコンクリートの壁に設置された撮影ボックスの中には、木製のイスが1脚

 その前方には、一眼レフカメラがスタンドに立てかけられていた。



「……本当ニ、ソノ本ノ中カラ娘ガ出テクルノデスカ?」
 ケイトが撮影ボックスの中のイスの上に置いた本に対して、カメラの変異体は恐る恐る指をさした。
「ああ。今、会わせてやるからよお」
 歯を出した笑みをカメラの変異体に見せると、ケイトは本のページを開こうとする。
「チョ、チョット待ッテクダサイ!」
 それを制止したのはカメラの変異体だ。
「ア、アノ……マダ、心ノ準備ガ……」
「だいじょうぶだって! あんたの娘は、俺様の仲間の変異体を見ても全然平気だったし!」
 ケイトは「おっ、あそこに置かせてもらうぜ」と、意気揚々とイスの上に向かう。
「シ、シカシ……コノヨウナ変ワリ果テタ姿ヲ、アノ子ガ認メテクレルカドウカ……」
 カメラの変異体は人差し指を合わせ、不安である様子を表現した……が、ケイトは特に気にしない様子だった。
「それは本人に見てもらわないとわからねえだろ?」
「ア……」

 ケイトがイスの上に新聞紙で包まれた本を置くと、本はひとりでに開き、ページをめくった。



 やがて、瞬きのような一瞬で、女の子が現れた。



 女の子は先ほど、家で持っていた着物を着込んでいる。



 子供用の着物だが、写真に映っていた幼きころと比べると、どこかちょっとだけ成熟したような大人っぽさを持っていた。



 3歳の女の子が、7歳になった時の姿といえばいいだろうか。



「……」「……」
 女の子は戸惑ったようにカメラの変異体を眺め、カメラの変異体も戸惑ったように頭をかいて目を逸らした。
「ほら! 感動の再会の場面だろ! ちゃんと呼び掛けてやれって!」
 ふたりの真ん中の位置……綱引きでいえば、審判の位置に立っていたケイトは、明るくカメラの変異体を鼓舞する。
 カメラの変異体は恐る恐る目のレンズを女の子に向けて、目線を合わせようと姿勢を低くする。
「オ……覚エテイル……? オ父サンダヨ……?」



「……誰?」



 女の子の単純な言葉で、この空間の空気は一瞬で凍り付いた。

「ほ、ほら! 会いたかったんだろ? オヤジさんに! 今、目の前にいるじゃねえか!」
 ケイトはフォローしようと、必死に女の子に対して声をかける。しかし、女の子の首をかしげる動作によって、より気まずい空気になっていく。
「本当に? 全然見えないし、別の人が成り済ましているんじゃあ……」
「……」

 カメラの変異体は、目のレンズを女の子に向けたまま、両手を力なくぶら下げた。

 そして、レンズの中から涙のような、墨汁のように黒い液体が流れ落ちる。



 やがて、どこからかパシャリ、という音が響き渡った。



 しばらくすると、カメラの変異体の頭から、何かが生えてきた。



 その何かはある程度まで伸びると、頭を離れ、



 女の子の足元に、降り立った。



「……!!」

 その何か……写真を女の子は拾い上げた。

 ただ、先ほどの首をかしげている女の子だけが写っている写真。

 それ以外特徴のわからないその写真を見て、女の子は口に手を当てる。



「この写真……この写し方……このピント……これ、お父さんの写真だ……」



 ゆっくりと顔を上げる女の子。



 それと同時に口を開くカメラの変異体。



 やがて、カメラの変異体が大きく手を広げると、



 女の子はカメラの変異体の胸に、飛び込んだ。





 カメラの変異体と女の子は、撮影ボックスの中で会話に花を咲かせていた。

「お父さん、変異体になっちゃったけど……これからどうするの?」

「アア、今ハ隠レルコトシカデキナカッタケド……今回ノ機会デ、チョットシタ仕事ヲ思イツイタ。変異体カラ依頼ヲ受ケテ、写真ヲ撮ルトイウノハドウダロウ」

 互いの顔を見て笑い合うふたり。

 そんなふたりから距離を取り、やさしく見守るのは、

 ケイトとキツネの変異体だ。

「サッキ、図書館ニ戻ッテミタンダケド……アノ子、図書館ノ中デオ父サンガ変異体デアルコトニツイテハ、信ジヨウトシナカッタノ。受ケ入レラレナカッタノネ」

「でも、写真を見たらすぐに態度を変えていたよな? やっぱり、これが親父さんだっていう根拠っていうのは、姿を変えても変わらねえもんだよなあ」

 ケイトは誰かの顔を思い浮かべるように天井を見上げ、

 首を振り、鼻で笑った。



 その瞬間、再びパシャリ、という音が響き渡った。



 イスの上に腰掛けた七五三の着物を着た女の子を、



 カメラの変異体は、じっと見ていた。










 夜が明け、太陽が昇り始めたころ。

 ある一軒家の玄関から出てきたのは、

 母親らしき女性と、着物を着た女の子。

 母親と手をつなぎ、嬉しそうに手を振る女の子に、母親は話しかける。

「今日はなんだかうれしそうね」

「うん! お父さんに会えたんだもん!」

 母親は不思議そうに首をかしげたが、すぐに微笑ましそうに笑みを浮かべた。

 夢の話だと、解釈したのだろう。





 親子が通過していった有料駐車場。

 その中でアドベンチャーバイクを止めている学生服の少年は、

 上り始めた太陽に向かって、大きなあくびをした。
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